間章 健太
翌日の昼休み。健太は本を閉じてぼんやりと窓の外を見ていた。子どもたちが机を寄せ合ってわいわい話している声が耳に入る。
あゆみが梓の隣で何か楽しそうに話しているのが目に留まり、ついつい目で追ってしまう。屈託のない笑顔で梓の手を取り、何かを教えているあゆみ。
自分にはない積極性と明るさが眩しい。あゆみの弾むような笑い声に、健太の胸が少しきゅっとした。美穂も輪に加わって座ったようだった。
「昨日の畑作業、お疲れさまじゃった」
美穂が優しく声をかける。
梓は少し躊躇してから口を開いた。
「あの……昨日の畑で、土の中に変なものを見たの。目のような……それに、帰り道で変な子供も……」
健太は顔を上げた。目? そういえば梓は昨日、土を見つめて青ざめていた。
あゆみが首を振って笑う。
「ええ? 目? そんなん、ただの根っこじゃけぇ。それに村の子供は都会の人から見たから変かも知れんけどなぁ」
「そうそう、気のせいじゃ」
美穂も口を揃える。
「畑なんて、いろんなものが埋まっとるとよ」
健太は眉をひそめた。みんな、梓の話をまともに聞いていない。
「それに掟をちゃんと守っとれば、何も怖いことはないけぇ」
美穂は安心させるような笑顔を浮かべながら言った。
――掟。また掟だ。健太の胸に苛立ちがこみ上げる。梓が不安がっているのに、掟さえ守れば大丈夫だなんて。そして、あゆみの前で情けない自分を見せるわけにはいかない。あゆみの明るさに釣り合うような、強いところを見せたかった。
梓は不安そうな表情を浮かべたまま、「でも、本当に見えたの……」と食い下がろうとした。
その時、健太は椅子から勢いよく立ち上がった。もう我慢できなかった。
「そんなん守らんでも、何も起こりゃせん」
吐き捨てるような声だった。ざわめきが止まる。教室の空気が張り詰める。
健太は挑むように、笑顔を一度だけ作って見せた。
「ほら、一回で十分じゃろ」
子どもたちの笑顔が固まり、不安げな視線が交錯する。梓はその異様さを初めて体で感じ、背中に冷たい汗が流れた。
清音がゆっくり立ち上がる。健太を見つめる瞳は、氷のように冷たい。
「健太、今ならまだ間に合うわ。ちゃんとやり直しなさい」
声は静かだが、底に冷たさを含んでいる。健太は顔を赤くして突っぱねた。
「大げさなんじゃ。何も起きんじゃろ」
清音はほんの一瞬、悲しそうに目を伏せる。
「……きっと報いがあるわ。でも、今はまだ大丈夫」
健太は美穂が何かを言いたげにこちらを見ているのに気づいたが、あゆみが「どうしよう」と小声で呟くのが聞こえると、つい強がってしまった。
「なんともありゃせんよ。ただの決まりごとじゃろ」
健太は強がって見せたが、清音の冷たい視線が背中に突き刺さるのを感じていた。教室に重い空気が漂い、皆の視線が健太に集まっているのが分かる。あゆみの心配そうな顔を見ると、胸の奥で何かが痛んだ。でも、もう引き返すことはできなかった。
「ほぅ……」
教室の隅で、清音が物憂げにため息をついたのを見て、健太の胸には言い知れない不安がわき上がってくるのだった。