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小さな吟遊詩人は過保護な剣士と旅をする  作者: 七王(ななお)
神様の戯れ
9/31

アッシュとシエル

何処へも行けない僕達の代わりに、箱庭で遊んでおいで。


太陽(アルフ)はそういって自分の左目を取り出すとアッシュを造り、僕と一緒に大陸へ降ろした。

僕の見たものは(セリス)に、アッシュが見たものは太陽(アルフ)に届けられ、彼らはそれをこよなく喜んだから僕はやっと僕を(シエル)として造りなおす事が出来たのだ。


「この姿なのはただただ(アルフ)の過保護故なんだけど」


つい呆れたように呟いてしまう。(セリス)の姿のままではまともに生きられるわけがないとか言って、男で造っただけでは飽き足らず子供の姿でいろなんて。


「…どうした」


やっと髪色が落ち着いたのかアッシュが幕裏から顔を出し、心配そうに覗き込んでくる。


「君の主の事を思い出していました」

「…何でだ」


途端に不機嫌になる可愛い伴侶動物(ペット)に思わず吹き出してしまう。

アッシュの方は僕と違って太陽(アルフ)であるという意識はないらしく、主の事は自分以外で僕が愛していたらしいただの敵としかみていない。彼の話をするとすぐにこうして不機嫌になるのだ。ぎゅうぎゅうと抱きしめてくる彼をひたすら撫でて宥めてやる。


「あの頃の僕は、僕じゃないって言っているのに」

「おや、また拗ねてるの。あの子は私の可愛い息子なんだから、仲良くして欲しいんだけどね」

「ふん、奴のおかげでベリルに絡まれるわ気分は不快だわ…」

「まぁ、あの子(ベリル)にとって君は太陽(アルフ)の一部でしか無いだろうから仕方ないね」

「彼奴の恨みは俺のせいじゃないだろ」

「……ふふ」


本当は分かっている。太陽(アルフ)が僕を(セリス)のまま、造り直さなかった事。


僕は、(セリス)ではないから。

アッシュが太陽(アルフ)ではないように。


アッシュに自分の記憶を写さなかったのも、絶望して、慟哭して、諦めた僕に、愛していると言ってくれた言葉が嘘ではないと伝える為だ。彼は、()()()()()()()()()()を取り出してアッシュを造り、僕を(セリス)ではない、()()()()()()造った。


だからアッシュ、安心して。太陽(アルフ)の中には優しい友愛はあっても、僕への愛慕は残っていないんですよ。

 だって、君が全部、持っているでしょう?


懐かしい(ひと)をぼんやり思い出していると、やっとホール内の人々が我に返りだし、さわさわと気配が動き出した。


「さて、それでは僕達はそろそろ行きます」

「大公位、本当にあげるけど?」

「まだとどまる気はありません」

「つれないな」

「あと1000年くらい遊んだら考えますよ」


ふわり、と綺麗に綺麗に微笑んだ。

まぁ実のところ、大公位と言うのは間違ってはいないのだろう。元を正せば自分もアッシュも(カイダイ)から産まれているのだから。

ただ自分達は《箱庭》に、遊びに来ているのだ。


ついでに言うなら、実は大陸に産まれた瞬間に精霊にも愛されている。なかなか規格外な待遇だなと自覚はしていた。

神の気配に釣られたのかその時主を失っていた風と水の精霊に気に入られたおかげでまぁまぁ快適に楽しんでいて、所謂マルルの言うところの『伝説の男と幻のような人』と言うわけだ。

 おまけにアッシュはベリルの、僕はクロードの永続加護に守られている。アッシュは分かりやすくその髪と瞳に受けているから綺麗だった白銀の髪が普段は黒く、月色の瞳は紅紫に染まっているし、僕は子供の姿に変えられた。太陽(アルフ)(クロード)にお願いでもしたのだろう。


「多分解決した事だし、マルルへのお詫びと風の便り(エアリアル)を飛ばしましょうか」

「来い、レンブラント」


鈴の音のような笑い声と共に、可愛らしい少女が風を纏って現れる。


「レン、あそこに居る女と大陸の何処かに居る《ल आर्चे》だ」


風の流れで音を遮断するのは風の精霊(レンブラント)の能力だ。風に乗って探し物をするのも、目的の場所を見つけて飛ばすのも、そして歌声を大陸全土に届けるのも。

風の便り(エアリアル)は目標が分からない時は真名で探すらしい。


さて。「リリィ、お願いします」

ふわりと現れた水滴を纏った少女にお願いする。

「セレネにいる彼女の姉、月光病で眠る女性に湖の水を届けてあげて」

こくこくと頷くと、大好きな主の頬にキスをしてから水の精霊(リリィローズ)は姿を消した。


「これでお詫びになるでしょうか」

「また寂し(つまらな)くなるなぁ」

「彼がいるでしょう、でもあまり虐めないように。それから彼女をこちらでの準備がつき次第、元の場所に帰してあげてくださいね」

挨拶もさせずに放り出したらダメだと念を押す。まったくこの人はやりかねないのだ。


「君がいない時にいじめたりしないよ」

「僕達を巻き込むのはやめてください」




よし、それでは行きましょうか。


夜にしか目覚めない少女は、陽の光の下で目覚めただろうか。


大陸の何処かで彼女の父は、娘の病気が癒えた便りを受け取っただろうか。


そしてほんのひと時、神様の戯れに巻き込まれた少女に最後の挨拶を送ろう。


ふわりと風がマルルを包み、頭に響くメッセージが聞こえた。


『優しいマルル

約束どおり国へ帰れるよう手配しました。もう花が枯れても闇に喰われる事はないでしょう。お詫びも既にお届けしましたので、水の国(セラニティ)に帰ったらお確かめください。

 素敵なレディになられる事を。 シエル』


「嘘…」


あの後王の宣言で我に返り、アッシュとシエルを会場内で探したが見つけることは出来なかった。


「あれが最後なの…、サヨナラも言ってないのに」


しかも、届いたのは王の光の文字(ネオン)ではなく、風の便り(エアリアル)だったのである。

心当たりのある剣士なんて一人しか思いつかない。

言葉にもならなかったし、気持ちも追いつかない。淡い初恋なんて何も始まらないうちに終わってしまった。

あの月夜の晩から嵐のような数日だった。今でも夢ではなかったかと疑うほどだ。


でも、お世話になった男爵家に挨拶をして恐れ多くも王の手で水の国(セラニティ)に帰してもらって、そこでやっと初めて実感したのだ。


「ミル姉さん!」


明るい太陽の下で、恋人と一緒に自分を迎えてくれる姉を見て『お詫び』を既に受け取っていた事も知った。


ねぇシエルくん、君は本当に神様じゃなかったの





❀❀❀





「おや、ステラ。久しぶりです」


国境近くの丘で執事姿の男が礼をとった姿勢で待っていた。


「シエル様もアッシュ様もご健勝そうで何よりです」

「…、わざとらしい呼び方はやめろ。普段俺をなんて呼んでるかくらい知ってる」

「それでも、この程に関しましてはお礼だけでもと参じましたので」

「…ふん」

「ベリルの機嫌は落ち着きましたか」

「はい、やっとお眠りになられました。愛ですとか恋ですとかというものは(わたくし)にもよくわからない代物ですが、全く厄介なものでございます」

「何やら殊勝な振りをしてますけど、…楽しそうですね」

「いえいえそんな、滅相も。ひとりでグズグズに泣いてクロード様を恋しがる主がぞくぞくする程愛らしいなどと、そんな…」

「てめぇは…」


歪んだ愛を本人がいないところでだけ存分に語る執事が相変わらずで、呆れるアッシュを尻目にふわりと宙空に手を差し伸べると執事の手に一枚の手紙が現れる。


「どうぞ、これを」

「君への手紙、かな?」

「左様でございます。一度だけ、何を置いてもあなた様の為に参じましょう」

「いいのかな、お礼の方が大きくない?」

「まさか、貴方の歌声のお見返りがこれしきの事で贖えるのでしたら、幸甚の至りでございます」


彼はベリルの為だけに生まれた彼だけの(ステラ)だ。

それが(ベリル)を置いても、と言うのだから破格の礼と言える。ふわりとその手を離れてシエルの手へと収まった。


「ありがとう、もしもの時に頼みます」

「どうぞ、お任せください」


丘の上で一礼のまま見送る彼に背を向けると、次の瞬間には気配が掻き消えた。主の元へ帰ったのだろう。


「あれで彼も随分気をもんだのでしょう」

「アイツこそベリルの忠犬だろうが」

「いいものを頂きました。魔法、という分野で言えば彼以上の方はいないでしょうから」

「まぁ、後腐れなしで奴を使えるなら悪くない」

「神の悋気はそれ程厄介なものなのでしょう」

「やれやれ」


永遠に知らなくてもいい、と腕の中の白い頬をべろりと舐めた。


「…ッ、こらその姿ではやめなさい」

「人が見るところではしない」

仕方ないな、と苦笑するだけで結局は許してしまうのだ。


彼は数少ない現存するマーナガルムだ。


月の夜に白銀の狼の姿になれば何処へでも一瞬で駆ける。月を追う狼(マーナガルム)とはよく言ったもので、大陸に生まれ落ちて自分と出会ってからは何を置いても僕だけを愛してくれる。


そして月の雫である自分も、(セリス)の心があるからなのか、ただ単純に僕自身が(アッシュ)に惹かれたのか、アッシュを拒むという選択肢はなかった。出会った瞬間から愛していた。


「あの方達も神様達が羨ましかったと言うことなのかな」

「何の話だ」

「…ふふ、何でも」


神様の欠片達が慈しみあうのが羨ましかったのかもしれない。抱きしめられながら腕の中の可愛い彼を抱きしめる。


花畑のガゼボで、晴れ渡る空を穏やかだけれど悲しげに見つめていた彼を知っている。

湖に建つ小さな神殿に閉じ込められたまま、一筋の光を淋しげに浴びていた彼女を知っている。


僕達が彼らの小さな慰めになるのなら、僕は精一杯この箱庭で遊ぼう。


「どうした…珍しいな、その姿になるのは」


抱き上げていた小さな身体がふわりと重みを増すのに腕の中の少年を見ると、愛してやまない彼が笑っていた。自分で歩く、というのに少し縮んだ衣服の上からマントを被せて降ろしてやれば嬉しそうにからかって来る。


「たまにはいいでしょう、子供の振りというのも存外疲れます」

「…いつお前が子供の振りなんかしたんだ」

「たまには同じ目線で歩いてみたい」

「おい待て、ならせめて顔を隠せ。そのままで歩くな、シエル!」


慌ててヴェールを被せようとしてくるアッシュを見ていると、何だかあの馬鹿(クロード)の気持ちが少しわかってしまって可笑しくなる。


吟遊詩人の真似事も、本当にしてみても悪くはないでしょう。

旅人には何かしら目的が必要で、冒険者であったりとか、新天地を目指すのだとか。

僕より強い人に会いに行く?あ、多分アッシュに勝てる人間はいませんね。


吟遊詩人です、なんて夢があってなんだか楽しそうじゃありませんか。うん、竪琴の一つも用意してみようかな。




歌は、歌いませんけど。



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