神が治める弊害
「まぁ筆頭様の見た目は置いておいて、今の宮廷魔導士達は普段何をしてるんです」
「…そういやあんまり構わんから知らねぇな」
「仕事ありませんからね」
大丈夫なのかこの国は。
「仕事ありませんからねじゃありません。体制がめちゃくちゃじゃないですか、国の税で動かしている機関でしょう」
「まぁほんの数十人の小さな組織なので忘れていました、申し訳ございません」
「……僕が見てきた限りでは少なくとも250人は超えていたように見えましたけど」
え、と2人が同時に手を止めて顔を上げる。
宮廷魔道士が250人?把握している10倍ほどなのだが。
「おかしいですね…、300年ほど前はこの国から集めたそこそこ魔法力の保有量が高い人間達30名ほどだったかと記憶しているのですが…」
「ちょっと待ちなさい、それもう当時の人間は一人も生きていないじゃないですか」
「ほんの300年ですよ…?」
なる程、神が治める弊害というものはこんな風に現れるのか。
「ちょっと改革しても構いませんか、その当時の組織に戻した方が良いでしょう」
「構わねぇけど…ちぃと放置っつーか、忘れ過ぎてたな。文献の整理とちょっとした国の便利屋位にしか思ってなかったわ」
「最初の5回位はちゃんと私が素質を見て貴族、市井の国民問わず任じていたのですけど、少し忙しい時期がありましてね 筆頭を置いて任命権限を委任したのですよ」
「…忙しい時期?」
こくりと紅茶で喉を潤してステラを見る。何かあったっけと首を傾げると苦笑したアッシュが頬にかかる髪を指でどけて撫ぜてきた。
「俺たちが生まれたからだろ」
「…あぁ、そうなんです?」
「えぇ、一部重要な政務以外を一時期人間達に委任して貴方達を育てておりましたもので。30年に一度ほど再編成をしてはいたのですけど、170年ほど前の10年と少しは殆ど貴方達にかかりきりでしたからね」
「あん時任せられそうな仕事は貴族共に割り振ったんだ…、宮廷魔道士なんかは実務はそもそも殆どねぇし、魔力の保有量と人格面接だけだったからさっさと任せた仕事のひとつだな」
「…なんだ、僕たちが原因と聞いたら仕方ないですね。責任取りますか」
カチャリとカップを置いてシエルが軽く宙に指を走らせる。何もない空間に指の軌跡にそって淡い光が走りなにやら描かれた組織図が出来上がる。どの方向、角度から見ても同じように見ることができる不思議な図形だった。
「兄さま、多分今の宮廷魔道士達の組織はこんな感じです」
「何ですそれは…、その一番上の魔導師長ってひょっとして私ですか」
「違うんです?」
「つか、実質その一番上以外の下が特にいらねぇんだよな」
「そんな組織なんでつくったんですか、もう」
呆れた顔でため息をつく。んー…、とペンを遊ばせながらベリルが宙に視線を滑らせ昔…、と言うかニ、三代前の自分の記憶を思い出す。
「まぁあの頃貴族共がちっとはばきかせすぎててな、完全に能力だけで這い上がれる組織ってのがあってもいいかと思ってよ」
「管理に飽きて忘れてたくせに」
「うるせぇぞお前は」
「ちゃんと箱庭の管理なさい。目を離せば人間達は簡単に欲に溺れるんですから」
ステラがちくりとベリルを虐めるのを二人まとめてシエルが叱る。
「まぁ、完全に私の落ち度ですね。シエル様の暇つぶしになるのでしたらどうぞ、協力は惜しみません」
「三大貴族のひとつを突いても?」
「構いませんよ」
「あー…、本当は構うが…いいぜ。姫に一切の権限を渡す、仕方ねぇ何かあったら呼べ」
「許可頂ければ動きやすい。暫くステラのゴースト続けますね、…キース」
「あ…、はい」
いきなり声をかけられ慌てて顔を上げる。この二人をまるで子供を教育するようにあしらうシエルにぼうっと見惚れていて油断した。
「ふふ、貴方にもお手伝いお願いするかもしれません、いいですか?」
「お役に立てれば、喜んで」
「…シエル様」
「お嫁さんに危ないことはさせませんからそんな顔しないで下さい。貴方じゃちょっと力加減難しいでしょう、僕よりキースの方が魔法に関しては器用でしょうからちょっとご教示いただくかもしれません」
「私がお役に立てるなら、嬉しい事です」
キースがニコリと微笑むのに暫く不満そうに眉根を寄せていたが諦めたように息をついてペンを置く。
「犬」
「…なんだ」
「絶対護れ。髪の毛一筋まで、誰にも指一本触れさせるな。全てにおいてだ」
「…わかったよ」
今のステラは最近顕現した神の子であり、この国の大公だ、人の中では魔導師長ではないのだ。
つまり魔導師長として姿を現すわけにはいかない。
キースに声をかけた途端にステラがソワソワしだしたのがわかった。
表情が変わったわけでも動作に出ているわけでもないのにさっきまでなかった落ち着いた空気が浮ついているのがなんとなくわかって苦笑してしまう。
本当に…、どれだけ愛しているのだろう。
「用事がある時はパパを通して声をかけますから、連れ回すわけじゃないのでそんなに警戒しないでくださいよ」
「……別に、わかっていますよ」
ふん、と無表情なのに何故か拗ねたのがわかる。凄いな、今までは全く心情の動きなどわからなかったのに。ステラが自分を心配する言葉にキースの耳元がほんのり色付く。
本当に、可愛い人だ。
「じゃあ明日また遊びに出かけますか。ついでに赤と栗色と…、何だっけ」
「色男、だろ」
「君が言う?」
「何だそりゃ」
「アッシュを魔導師様だと勘違いした人たちがいるんだって」
「あん?どういう事だ、お前魔法なんか使えたっけ」
「少しな」
「俺の波動すら物理で切り裂く程の脳筋じゃねぇかおまえ、普通やんねぇぞアレ」
呆れた声で言うからそうでもないだろうと内心で思うがそもそも魔法壁を使ったとしても防げるわけがなかった。確かに普通はやれない。
「その3人もちょっと片付けないとね」
❀❀❀
「ちくしょうちくしょうちくしょう!クソッ何なの!」
やっと見つけたのに!捕まえたと思ったのに!
半日駆けずり回ってやっと、あの瞬間確実に勝利と未来はこの手に掴んだはずだったのに!
「あのローブ、やはり宮廷魔導師様だったわ…見たことのない色だったけどあのデザインはシャルルと同じものだったし…、そう言えばもう一人いたわね…」
顔は殆ど見えなかったけれど天使様(仮)と一緒にいたなら…もしや誰の前にも姿を現したことのない魔導師長様、とか。
だがローブの上からも随分華奢に見えたし男が女かもわからない。多分僅かに聞こえたのが魔導師長様(仮)の声だと思うが男なのか女なのかわからない中性的な…まるで歌っているような声だった。
女ならば障害になりかねない、男ならば…まずは正体を確かめなければ。
「…見てなさい、絶対私のものにしてみせるんだから。私がただの平凡ないち貴族なんかで終わるわけないわ…選ばれた、特別な、美貌と!素質と!幸運を引き寄せる愛を!生まれた時から持ってるんだから!」
『貴族』というだけで平凡なわけではないのだがそれに気づくことができるのならばこんな風には育たないのだろう。
ばふばふと枕らしきものをベッドに叩きつけて女が髪を振り乱す。
「また明日も参内予定だし、何とか情報を集めないとだわ…」
絶対に、それこそ『神に選ばれる』チャンスなのだから!
枕元でカタカタとカゴが揺れる。チィチィと何かが鳴く声がするが幾重にも魔法の鎖がそれを雁字搦めにしていて中はわからない。
「…うるさいわね、でもさすがに今回はアンタの力も使わないとダメかもね」
チラリと視線をやると手を伸ばして反対の枕元に飾ってある花籠からぶちりといくつかむしり取ると小さく揺れる箱の小窓を開いてぱらぱらと投げ込んでやった。
「ほら、餌よ。取っておきのあの香りで私を飾ってちょうだい。……でなければそのまま干からびるまで餌はやらないから」
しばらくチィチィと聞こえていたカゴが揺れを止めたかと思うとふいにふわりと淡く輝き、甘い香りをまとわせた。そのまま少女を包み込むように匂い立つ優しい香りがその体を飾る。
「ふふ、そうよ…この香り……、いつ纏ってもたまらないわ」
さらりと寝着を肩から落として下着姿で姿見の前に立つ。首筋から指を滑らせて自慢の栗毛にまとわせた香りを絡めるように流した。
全身を確認しながらくるりと回り、毎日隅々まで磨き上げた身体を鏡の中で踊らせる。豊満な乳房にコルセットなどなくても艶めかしくくびれた腰。これをあのただのボンクラ貴族の息子にくれてやるなど何故一瞬でも考えたのだろう。
「この身体も心もあの方くらいでなければ釣り合わないわ」
今日は急な出会いだった。だが、運命の出会いだった。あの取っておきの香りも纏わずなんの準備もない普段着で…、失敗したわ、これだからいついかなる時も油断はできないのよ。
落とした寝着を拾い上げて身にまといながらベッドへと戻ると、食事をしているのかうるさかったカゴはおとなしい。
この中には精霊の子供が入っている。
昔父と母に連れられて行った光の城で見つけたのだ。
精霊の子供はまだ純粋な子供に惹かれて遊びに誘おうとついてくることがあるが、普通であれば子供達はしばらく遊ぶと精霊も人間も飽きてそのまま眠ってしまったり別の楽しいことに惹かれて別れ、忘れてしまう。
だが少女はそのまま精霊の子供を懐に隠して連れ去ってきたのだ。普通の精霊達は自分達が宿っている草木であったり石ころであったりから離れれば力は弱まり下手をすればきえてしまうのだが、それをその辺の花を摘んで仮に宿してそのまま連れ帰ってきてしまった。
可愛らしく一緒に遊ぼう、一緒に帰ろうと誘われて幼い精霊は純粋に喜んでついてきてしまったのだ。
そして何の悪戯か偶然か、屋敷に戻って少女は自分の大事なものをしまう宝箱に精霊の子供をしまってしまったのだが、その小箱が祖母がくれた家門に伝わる魔力を纏い封じる魔封箱だったというわけだ。
かくして精霊の子供は隠された。
優しいがひどく強い香りの常緑高木の花の精霊だった。子どもの頃は閉じ込めた精霊を弄んで遊ぶだけだったのだが幼女から少女に成長する頃、その香りがひどく異性を惹きつけることに気づいてしまった。
この香りを纏えば惹かれない男はいないのだ。
「待っていてちょうだい天使様…、きっと私のものにしてあげるんだから…」
少女が妖艶な成熟した女の顔で笑った。




