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小さな吟遊詩人は過保護な剣士と旅をする  作者: 七音(ななお)
里帰り

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栗毛の少女

「……あぁ……、すみません……急いでいたものですから……。お怪我はなかったでしょうか……」


軽く髪を整えながら倒れた体を起こす。本当はその逞しい胸に躓いたフリをして飛び込み、抱きしめられようと思ったのだ。

偶然を装って再会を果たし、間近で自分を抱きしめさせて、捕らえ、そのまましなだれかかってやればこっちのもの。大抵の男は、潤んだ瞳で困り顔を見上げてやれば、ころりと優しくなる。

『歩けない』と甘えれば、屋敷まで運ばせることだってできるかもしれない。それが叶わずとも、馬車まで送らせて『お礼に』と家名を明かせば、再会の口実はいくらでも作れる。方法は無限にあるのだ。

半日、駆けずり回った。厩番(うまやばん)から執事、守衛、料理長に庭師……。果ては上司である文官達にまで、城で働くあらゆる男たちに聞いて回ったが、誰も彼を知らないと言う。

女に聞くのは論外だ。下手に興味を持たれては面倒極まりない。あの麗しい魔導師様は、私が見つけたのだから。


(絶対に見つける。必ず私のものにする)


今日中に手がかりが欲しいと諦めかけていたところで、近衛たちの噂話が耳に入ってきた。


『二人連れの魔導師様が訓練に付き合ってくださった』

『一人は顔を隠した華奢な男か女かもわからない人物、もう一人は……』


聞いた瞬間に光が見えた。やはり私たちは運命だったのだ!

みつけた、みつけた、見つけた!

一目見て忘れられるはずがない。あんな男、見つけられないはずがないのだ!

『魔導師の塔へ向かった』という情報を頼りに道すがらを総なめで探し回り、ついに見つけた。後ろ姿だけで確信した。あの方だ!

衝動のままに、周りも何も見えなくなりその背中へと真っ直ぐに飛び込んだ……ッ!

――はずだったのだが、なぜか次の瞬間には地面に倒れ込んでいた。物陰から不意を突いて飛びついたのに、タイミングが悪かったのかローブの裾をかすめただけで、無様に一人倒れ込んでしまったのだ。


(チッ……私としたことが。……まあいいわ)


擦りむいたこの白い脚をチラリと覗かせれば、どんな男だって生唾を飲み込んで触れたくなるもの。かえって好都合というものだ。


(クソッ、この美しい脚を傷つけたのは失敗だったけれど……。でも、『立てない』となれば、男は手を貸さないわけにはいかないはず)


あの逞しい腕に抱き上げられて運ばれれば、誘惑もしやすくなる。目一杯痛がって、甘えて、縋って、それであって恥じらいと淑やかさも見せて…、男心を掌握してやるわ。


「い……った……っ、あの……すみません……。お手を貸してはいただけませんでしょうか……? 足を捻ってしまったようで、立てなく、て……」


そっと手を差し出し、上目遣いで顔を上げると――。

そこには、―――誰もいなかった。


「………………………は?」


一人で派手に転び、脚を出し、しなを作って甘い声を出していた。その間抜けな現状が把握できず、数秒間、思考が停止する。


「は……、はぁぁぁぁぁぁあああぁぁあああぁぁッ?!」


絶叫に驚き、木々にとまっていた小鳥たちが一斉に羽ばたく。どちらを向いても人の気配はない。そんな馬鹿な。

確かにいた。確かにここにいたはずなのに!


「私の魔導師様ぁぁぁーーーッ!」


「ねぇ、君。いつから彼女のものになったんです?」

「なるか馬鹿。冗談でもやめろ」


『立てない』と甘えていたはずの女が、今は立ち上がって地団駄を踏みながら叫んでいる。なかなか滑稽なものだ。

一瞬でシエルを抱き上げ、近くの塔の上へと飛んだアッシュは、頬杖をついて栗毛の少女を見下ろしていた。高度があるため、あちらからは見えないだろう。


「彼女が例の『栗毛さん』ですか?」

「たぶん、な。髪の色しか覚えていないが、あんな女だった気はする」

「へぇ……、なかなかアグレッシブな女性ですねぇ」

「……そんなレベルか?」


アッシュが呆れた声で毒づくと、くるりと(へり)にもたれかかり、心底面倒そうに空を見上げた。


「面白そうだから、お掃除の片手間にでも遊んであげましょうか」

「悪趣味だな」

「ふふ、君以外にも悪さをしていたようですし。人のものに手を出すということがどういうことか、教えてあげないと彼女のためになりませんから」


にこりと微笑み、『まずは顔を覚えた』と踵を返す。

今日はこんなところだろう――上々の収穫だ。


(俺のシエルがこの上なく楽しそうなんだ。……まあ、いいか)


苦笑と共にその後についていく。まだ下の方ではなにやら女が騒いでいるようだがまぁどうでもいい。あまり騒ぐと人が来ないかとは思うがそれも…どうでもいいか。


「ねぇアッシュ、もう一人の『赤毛さん』はどんな方だったの」

「……あまり良く覚えてないが、普通のそれなりに常識はありそうな…、意外に物言いもはっきりした女だったな。裏切りにも後腐れなさそうなサッパリした」

「そう、同じような愚か者ならただの啀み合いなのだろうし放っておいてもいいかと思ったけど…それなら少し考えようか」

「優しい事だな?」

「片方だけが損をする不公平は好きじゃありません」


人間はなんだかんだ奪い合って生きている。慈しみ合い与えながらも相手の何かしらを奪っているのだ。ただただ与えるばかりの聖人など一体どれだけいると言うのだろう。

想いであったり時間であったり、誰もが悪意がなくとも誰かかしらから何かを奪っている。

そして同時にずるい事ばかりを考える人間は一定数何処にでもいるものだ。それが市井だろうがお隣の国だろうが関係ないならば何処で何をしようがそれは自分がうかがい知るものではない。

己のテリトリーでさえなければ捨て置くのだ。


「でも、僕の実家での悪さは許しませんから」


それが自分のものにまで及ぼうというのだからなおさらだ。

チラリとアッシュを振り返れば ん?と軽く小首を傾げて当たり前のように自分の薄い肩を抱き寄せてくる。


「どうした」

「別に」

「甘やかせと言ったろ」

「…言ってませんよ」

「そうか」


否定したというのに黙って子供を抱き上げるように腕に収められた。身体を安定させるために首と肩に腕を回す。


「言ってないでしょう」

「俺がお前に触れたい」

「…なら、仕方ないな」


サラリと頬に触れる黒髪にそっと顔を寄せる。そのまま城に向かって軽く一歩を踏み出すと次の瞬間には二人の姿はかき消えた。






❀❀❀






「おぅ、帰ったのか。呼べって言ったろ」

「今日はまだ様子見だから何もしていません」

「そうなのか?」

「それより…、なんだそれは」

「ぅ…、申し訳ありませんアッシュさま…」

「宰相は悪くないだろ多分」


もはや何も見えてないという顔で書類をさばくベリルと、黒い男の膝で雁字搦めに抱きしめられたままその手伝いをしているらしいキースと、それを仕事をサボるどころか邪魔をしているようにしか見えないステラが執務室で自分達を迎えた。


「…お疲れ様ですね、キース」

「いえ…、あのこれは…今日は私が悪いのでお許しを…」

「何かあったんです?」

「ステラが拗ねてるだけだ構うな」

「まぁいいけど、ステラ」

「……はい、なんでしょうシエル様」

「離しなさい」

「…………………わかりました」


それはそれは不承不承ゆるゆるとキースの腰に回した腕を解いてやる。それでもピッタリと隣に座らせて腰は抱き寄せたままなのだが。


「何があったか知りませんけど、仕事をしないどころか邪魔をするなら叱ります。拗ねるなら後になさい」

「申し訳ございません」

「姫の言うことだけは聞きやがる」


そっとキースがステラを見上げたと思えば無表情にしか見えないその顔を見て悲しげに目を細めるとそっと手を伸ばして頬を撫でた。


「お傍にいますから」

「……」


黙って肩を抱き寄せ瞼に口づけるとごねていたのは何だったのか、ステラがソファから立ち上がりベリルの書類を横から取り上げて執務席につき決裁を始めた。

すとんと空いたソファにシエルが座ると少し困った顔をしてキースが申し訳なさそうに謝る。


「すみません、本当に今回は私がいけなかったんです。冗談が過ぎました」

「ふふ、大丈夫ですよ。面倒な人ですけどよろしく頼みます」

「はい」


恐縮するキースに笑ってテーブルに置かれた茶菓子に手を伸ばしながらシエルが向き直る。


「それより兄さま」

「………………………何ですかそれ」

「ベリルがパパなら君は兄さまでしょう」

「…何の遊びですか」

「うう、うっさい。姫に言われたら仕方ないだろ!」


ちょっと喜んで付き合っていたのがバレてステラにじとりと視線を向けられるのにベリルが慌てて誤魔化した。


「まぁそれはどうでもいいから、兄さま 魔導師筆頭について教えてください」

「魔導師筆頭…?あぁ…、あの滑稽なナマモノか」

「ナマモノ…?」


ふよふよといれてもらった紅茶が宙をゆっくり移動してシエルの手におさまる。軽く息を吹きかけてから口にするとなんとも言えない芳香が口の中に広がり相変わらず美味しいなと息をつく。


「遠目で見ただけですが、…なんとも表現が難しい生き物でしたね」

「スカイラーの娘か、あれはなぁ…」

「…娘……?」


ベリルの言葉にステラが眉をひそめる。二人がなんとも不思議な反応をするのが気にかかる。どういう事だろう。

人間という表現でないところが不可思議だ。


「なんなんです?一応存在は認識しているんですね」

「まぁ。知ってはいますがあまり関わりたくはないですね。特に犬」

「…何だ」

「お前はあまり近づくなよ」

「なる程、アッシュには興味を持ちそうなお嬢さんなんですね」

「大好物じゃねぇか?」


嫌そうに顔を歪めてため息をつくアッシュにベリルが笑って追い打ちをかけた。


「君の方がヴェールと眼鏡がいるんじゃない?」

「……今からつけてもいいか」

「遅いでしょ」


まぁヴェールだけでも付けてやろうかとごそごそとポーチを漁る。薄布ではかえって色気が出るなと口元を覆う布を見繕ってやった。


「これでも付けてなさい」

「…何で実家でこそこそと顔を隠さねばならんのだ」

「僕には問答無用で付けたくせに」


シエルがぷくりと頬を膨らますのに、アッシュが苦笑と共に口づけた。

まだ人の触れ合いには慣れないのかキースが耳元を染めて視線を外すのを見て自分はあれだけ散々好き放題されているのに可愛い人だと思う。


本当に我が兄ながら、こんな人によくもまぁ無体を働けるものだ。




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