お掃除
「てめェ、仕事しろ」
「いやだ」
「も、申し訳ありませんベリル様…」
「今日はもうお前を離したくない」
「うぅ…」
帰るなり何やら嫁にベッタリで仕事をしない息子に、任せようと思ってよけておいた決裁が減らないのを抗議する。
「何だよ機嫌わりぃな、何かあったか」
「いえ、あの…。私が少しからかってしまって…」
「…は?」
「すみません、私が代わりに片付けますから」
「ここにいろ」
「…ッぁ…」
「お前って…、俺等以外にからかえるんだな…」
「ステラ様、いい子ですから…あちらの席に移動しましょう」
「いい子…」
悪い子の見本みたいなやつなんだが…、と思いながら問題はそこじゃない。子供に言い聞かせるようになだめて甘やかす嫁に何があったんだと首を傾げる。
くるりと頬杖をついたままペン先を回すと闇の渦を作り出して小さな窓を開く。
『クロード』
『おや、なんだい愛しい人』
『今度は何した』
『ふふ、心外だね。私は何もしていないよ。まぁちょっときっかけにはなったのかな。ごめんね、暫くキースに任せておきなよ』
『大丈夫なんだな?』
『うん、大丈夫。君の息子は可愛いな』
『…たまには俺にも言え』
『可愛い君、愛してるよ』
ぱちんと闇の渦がはじけて消えた。
たったの一言で信じられないほど自分の気分が浮つくのがわかる。憎らしくて愛しい俺の唯一。
顔を見ると会いたくなる。
ふと顔を上げるとなだめてすかして、なんとか仕事をできる体勢にまで持っていったらしい。キースがステラの膝の上で胸にもたれながら書類に目を通し始めていた。
とても仕事をしている姿には見えないが彼奴が任せておけと言うなら任せよう。スリ、と頬を寄せる息子に時折くすぐったそうに身を捩るとよしよしと撫ぜてやっている嫁を見て甘え倒す息子に呆れてしまうが…。
ま、いいか。
あとで休憩がてら愛娘たちの様子も見に行こう。甘ったるい部屋でのどかな窓の外を見上げて意識を散らした。
❀❀❀
「彼らは今何の議論をしているのですか」
「あ…、えっ…と…。様々な古代魔法の解読がまだまだ多く、おそらくそのどれかの議論か、と」
「あら、それはまだ知りませんでしたわ」
「でしょう、先日また彼女の持ち物が荒らされていたとかで第6の筆頭補佐様がね」
「まぁいやだ。婚約者様は何を考えていらっしゃるのかしら」
「……そうですか。有意義なものならよいと思いますよ」
「た、多少息抜きも交えているかと…」
「えぇ、わかります」
やはりにっこりと目だけで微笑んでみせる。アッシュが興味もなさそうにそっぽをむくのにイヴリンがチラチラと視線をやりながら魔道士達の話が聞き取りづらくなる距離へとさり気なく誘導していく。
「ココ様には謁見されますか?」
「謁見…、ですか」
随分と奉られているようで。
どんな魔道士なのか気にはなるが対面で初顔合わせは何だか違う気がした。まずは観察させてほしい。
「いえ、今日のところは。ココ様はいつも塔にいらっしゃるのでしょうか」
「参内中は大体そうです、お食事もお部屋で取られますから。ただ時折中庭に散歩に出られることはあるようですわ」
「そうですか、大体わかりました。ご案内ありがとうございます、今日のところは失礼いたしましょう」
「あ…、もう…ぁ、いえ。私の個室でお茶でもお出ししたいのですが」
「また今度ご馳走していただきましょう。この後予定もありますので」
「わかりました………、ではお見送りいたします」
名残惜しげにアッシュを見上げ、さり気なくローブの端に手を触れると気づかれたいのか気づかれたくないのかわからない加減で淋しげに目を伏せた。
なる程、こうして男性の気を引くものなのか。
苦笑気味に軽く踵を返すと上ってきた階段をまた降りてゆく。シエルのあとに続くアッシュの斜め後ろを歩きながら女の何やらモジモジした気配を感じたが気づかないふりをした。
塔の出口まで来るとイヴリンがそっと顔を上げて自分へと話すふりをしながらほとんどアッシュに向けて声をかける。
「いつでもお越しいただいたときは私をお呼びください。ご案内致します」
「あまりお仕事のお邪魔はしたくないのでお気にされなくても大丈夫ですよ」
「いえッ!是非遠慮なく!必ず私をお呼びください!」
「………そうですか、助かります」
既に背を向けているアッシュに内心苦笑を漏らしながら『では』と短く別れを告げて踵を返す。背後にまだ名残惜しげな気配を感じながらアッシュに追いつくと小さく声をかけた。
「こら、あんまりわかりやすい態度は逆に面倒くさくなりますよ」
「だからって付き合ってやる必要はないだろう、つけ上がるだけだ」
まぁ、そうなんだけど。とため息をついた。
「あの中には君が会った三人はいなかったの」
「いない。女二人は外部の手伝いのようだったし、男はまだ近衛に捕まっているんだろう」
「ふぅん、奪われた女と奪った女と尻軽男の三人だっけ」
「言い方」
「じゃあなんて呼ぼう?」
「赤いの、栗色、尻尾」
「もっと酷いじゃないですか」
「名前を呼んでいたと思うが…、忘れた」
「はいはい」
本当に仕方ないペットだ。
取り敢えず分かったことはいくつか。
・どうやら魔道士団はいくつかの隊に分かれていて、それぞれ補佐が統率しているらしい。
・殆どがアカデミーの上位(?)成績者で貴族の子息子女によって構成されているらしい。
・トップ…、ではないが統率している魔道士筆頭は彼らにとって絶対らしい。
・あまり鍛錬というものはしていないらしい。
・そして、何故か魔法は絶対であり、近衛達を蔑んでいるらしい。
「働きたくない金持ち達の集会場にしか見えませんでしたね」
「光の国の腐った貴族は生誕祭後にだいぶ掃除できたようだがこっちも大概だったな」
「トップが神ともなると逆に人間たちに疎くなるものなのでしょうか…、ベリルは意外とちゃんと王様やってると思ったんですけどね」
「彼奴が人間達に興味がないからな」
「まぁ…」
彼は闇だけが大切なのだ。他には必要なかった。寒空の中、光だけを愛して、恋焦がれて泣き続ける闇を、大切に壊れないように気の遠くなる刻を守り続けてきたのだ。
最近生まれた人間達などただの通り過ぎる生命のひとつとしか思っていなかっただろう。
ただ、今回はあまりにも神に似すぎていたからほんの少し立ち止まってしまったのかもしれないが。
「箱庭は人間達が主役なんですから」
「そうとも言えるがな」
神が人間達を眺めて遊ぶ世界なのだ、あまり放置し過ぎて腐ってもいけないだろう。
「じゃあ、どうする」
「誰がこんなおかしな関係と場所を作ったか、ということですよ」
「大体わかるな」
「んー…この国は公爵家は興してないんでしたっけ」
「ないな」
「じゃあなんだっけ…三大侯爵家が実質最高権力なわけか」
昔この国で育てられていた頃によくダフネが面倒くさそうなステラの尻を叩いて貴族を覚えさせようとしていたのを思い出す。結局彼はさっぱり覚えようとしなかったのだけど。
「そんな奴らがいたか」
「カーティス、ハルモニア、そして…」
「スカイラー…だったな、そう言えば」
「…貴族にも穀潰しがいるんですねぇ」
「まだそうとも限らんだろう」
「潰したらまずくないかな」
なにせこの国は巨大過ぎる頭ひとつで保っている国だ。その補佐となる三大貴族のひとつをつつくのだから多少なりとも考えてしまう。
「なんで彼奴はあんなインテリの見本みたいな見てくれをしているくせに脳筋なんだ…」
「彼がもう少しちゃんと補佐らしいことをしてくれていればねぇ」
してはいる。してはいるのだが、いかんせんステラは本気で人間達に興味が無いのだ。つまり人間達に関することにはさっぱりすぎてベリルはどうしてもそこに関してだけは貴族達に頼るしかなかった。
人を動かし統率するのにはどうあっても必要な知識や力というものがある。
「ま、今は宰相が介入してるんだ 大丈夫なんじゃないか」
「そういえばそうでしたね」
ふむ、とわざとらしくあごに手をやり小首を傾げるのに誘われるように思わずヴェール越しの頬に口づけた。
「もう、コラ。まだ外ですよ、我慢して」
「その姿でこの城にいると昔を思い出してつい、な」
悪びれずにべ、と舌を出して隣を歩く。絶対分かってやっているなこいつ。
懐かしいのに今は知らない場所。
随分久しぶりの我が家なのだ。大切なこの場所で悪さをしている他人がいる。やはりお仕置きは必要だろう。
「相談だけはしておこうか、勝手なことをして全部が壊れてもいけない」
「ま、そうだな。多少勝手をしたところで別に叱られもせんだろうが、後始末の為に暫く離してくれんかもしれん」
「…それは困る」
あの二人と一人は何かにつけて自分達をそばに起きたがる。
好きにしろ、遊んで来いという割には顔を見れば手放したくなくなるらしい。
身体が脆弱な人間であるせいなのか、太陽や月に対するよりもずっと過保護にすら見える。
人間の体なのは星だって同じだろうに。
「いつも思うんですけどね」
「なんだ」
「パパ達は冗談で君を犬いぬと呼ぶけど」
「…あれは冗談じゃなくて本当にそう思ってるぞ」
「まぁ、呼ぶけどさ。本当に僕も含めてペットだと思ってないかなぁ」
「少なくともおまえに関してはそうでもないと思うが…、まぁ…おまえは猫だな」
「それなら、猫は構わないのが正しいでしょう」
「猫は吸いたくなるほどの癒しだと言うじゃないか」
「何それ…」
まぁいいかとベリルのいる本城へと向かう。そろそろステラと宰相も戻ってきている頃だろう、ついでに少し情報をもらえたら動きやすい。
まずは戻ろうと足を向けたところで何やら不穏な空気を感じた。何が、というわけではなくてはて?と首を傾げたところで大きな胸に包まれた。
「ん…、何…外ではダメだと………」
「きゃ…ッ」
ずささと派手な音と小さく痛みに呻く女の声に足元へと視線をやればなにやらうずくまる栗色の髪の少女がそれはそれはわざとらしく白くのぞく足をしなだれるように崩して擦っていた。どうやら彼女を交わしてアッシュの胸に引き寄せられたらしい。
「い…ッた……私ったらもう…、…ぅ…ッ」
そう、栗色の巻き髪にそばかすの少女だった。




