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小さな吟遊詩人は過保護な剣士と旅をする  作者: 七音(ななお)
里帰り

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魔道士の塔

さわり、と空気が浮つく。

最近の宰相からはひどく甘い香りと艶めかしいまでの色香を感じる。補佐として時々帯同させていただいてはいたが彼は元々草木花、特に花々に愛された人とはいえ、以前はこんなにも香ることはなかった。どちらかといえば規律に厳しく清廉な人であったから柔らかなここ最近の雰囲気には目を奪われる。

ふいに長く美しい亜麻色の髪が枝葉にとらえられて足を止めた。困った顔で枝葉にお願いをしているのがまた…、こういってはなんだが少女のようなたおやかさだった。


「…お、俺が…、髪を解きましょうか……」

「え…、いや…離してとお願いはしているので、大丈……」

「離せ、悪さをするな」


そっと背中から枝葉に手を伸ばすふりをして白い手と薄い肩に触れようとしていた若い貴族の不埒な手が甘い低い声に遮られた。いつの間にか背後に立つ黒い影が護るようにその手を払う。

するりと枝葉が髪を離した。


「ステラさま…、怖がらせてはいけません。この子たち何か…」

「…ふん、わかっていないな。こいつらにじゃない」

「ぇ…、違うのですか」

「…ぁ……、いや 別に俺は…」

「もう解けた、よかろう。今日はもういい、下がれ」

「そ、そのようですね…、し、失礼します…ッ」

「……?」


解けた髪ごと胸に抱き寄せて、油断も隙もないとため息をつく。


「…ッぁ…、いけません……今はルシアではなく…キースなのですから…人の目がある場所では…」

「面倒くさい、何処でもいい」


ふわりと視界遮断の結界を張るとともに容赦なく息を奪う。身体中を拘束するかのような抱擁に欲に熱がこもりそうになるのを何とか受け流した。


「…ッ、ンぁ……ダメです…、外ではいけません…」

「何故だ、誰にも見えなくしてある」

「……ちが…、お願い…我慢……、出来なくなります」

「…………? …ん、それは…?」

「…触れて…ほしくなるから、いけません…」

「何か問題でもあるのか」

「…、ッ、だから!ダメです…ッ!」


悪戯に身体を這いそうになる手を諌めて無理矢理にでも連れ去ろうとする伴侶を叱り飛ばす。

薄く笑いながら頬に口づけてから離してやればそれはそれは可愛い顔で睨んできた。困ったものだ。


「…貴方は…、欲というよりは私を虐めることが楽しそうなんですから…」

「虐めてるんじゃない、可愛がっているんだろう」

「私にとっては同じなんです。…それに、貴方以外には…見られたくない顔もあります…」

「……そうか、なら仕方ない。節制する 許せ。あの人間がお前に触れようとしていたのが我慢ならなかった」

「……? 触れる…、髪にですか」


「本当に…、おまえは無防備が過ぎるな」


戻るぞ、と腰を抱き寄せるとそのまま闇に巻かれて消える。こんなところに一人で置いていくわけにはいかない、さっさとクロードに届けて仕事を片付けさせよう。


『少し、考えないとだな』






❀❀❀






「戻ったかい…、と?補佐君はどうしたの」

「え、…と。まぁ今日はそろそろあちらへ参りますのでいいかと下がらせました」

「ふぅん…?いいけどステラ、あんまり妬くものじゃないよ」

「黙ってろ」

「やく?」


一瞬考え、首を傾げる。ちらりと傍らの黒い男を見るとふぃと視線をそらすが自分を抱く腕は離さない。


「貴方が…、私に?」

「……」

「あんな、貴方は名も知らないだろう人の子に…?」

「別に」

「妬いたのですか?」

「妬いてない」

「……嘘をつく人は…、嫌いです」

「妬いた」


すぐに素直に白状するステラをきょとりと見上げてしばらくまじまじと見ていたが、とんと胸に頬をつけてそのままじ、と見つめて反応を見る。


「もしかして…、私に嫌われたくない…?とか」

「いやだ」

「ほんとに嫌うわけなんてないのに」

「…少しでもいやだ」

「…ふふ…、んふ、あはは」

「ほんの微かでも許さん…」


笑うキースを胸に抱き込んで我儘な子供のようなことを言う。


「私の前でくらい少しは遠慮しなさいよ」

「あ…、これは失礼し…、んぅ…」


強く胸に押し付けると抱き締めて、おまけにコートに包み込んで隠してしまう。


「ダメだ。嫌うな…」


思ったよりもずっと真剣な声で…、少し震えているようにも聞こえるステラの声に笑っていた心が凪ぐ。押し付けられていた顔を少しだけ傾けてステラを見れば相も変わらない無表情で。


「すみません…、ごめんなさい」

「俺のだ」

「もう…冗談でも言いませんから…お願い、泣かないで」

「泣いてない」

「ほら、悪かったよ。あちらへ向かう時間だろう。今日はもういいからお行き、お疲れ様」

「はい、クロード様 失礼します。明日、また」


コートの中からそっと手を伸ばしてステラの頬を包むと、闇に巻かれながらキースが白い顔を寄せるのが見えて、消えた。


「ま、仕方ないね」


今は取り上げられることが一番恐ろしいのだろう。

身体も、心もだ。

生まれた時から絶対の愛をくれる(アイン)が傍にいた自分とは違う。(アイン)からわざと離れても太陽(アルフ)がいて、地上には生命が生まれ、触れられなくても常に愛されていた自分とは違うのだ。


「どれくらいの月日が必要なのかな…、キースには苦労かける」


唯一を見つけてまだわずか10年程なのだ。その胸に抱いて手に入れたのはほんの数日前。自分達のように当たり前になれるまでは『仕方ない』のだ。






❀❀❀





「こちらです」

「邪魔はしたくないので紹介などは不要です。そっと見学させていただければそれで十分なので」

「あ、で…では私だけで案内を、比較的時間は作れますから…専属でつとめさせていただけます」

「貴女のお邪魔にもなりたくないのですけど…」

「大丈夫です!」


にこりと目だけで応える。

見目とは恐ろしい。本当にアッシュのすべてを知って恋焦がれ、自分から奪い取りたいというのならば真剣にもなろうが君は彼の何をどれほど知っているのだろうか。

見た瞬間に殆どの女は地に堕ちる。屈服すると言ってもいい。アッシュが人の女に優しく話しかけているところなど見たことがないと言うのに、それでもどんなに 好意的で 優しい 傍にいるどんな男よりも、女達はアッシュの愛を乞うのだ。


「そうですか、叱られたりはしないのですか」

「この魔道士の塔は筆頭魔導師のココ・ファニー・スカイラー様が統率されていますが、普段は私達補佐が取り仕切っておりますから叱られたりはありません」

「私達?補佐様達は複数いらっしゃるのですか」

「はい、8人の補佐が各部隊を取り仕切っています、私はその内第5部隊の部隊長を仰せ使っていますわ」


何やら思ったよりも大きな組織が作られていたらしい。アッシュを見れば呆れたような顔をしているから無駄にも程があるのだろう。


「…なるほど、ふだんは何処でどのような鍛錬をなさっているのですか」

「鍛錬…、と申しますか研究でしょうか。議論を交わしたり古くからの書物を解読したりですわ」

「研究ですか…」


なる程なる程、議論を交わす。ものはいいようだ。


「こちらです、こことここから下一階までは共有スペースになります。この上ワンフロアそれぞれを各部隊が所有し、最上階に魔導師筆頭様がいらっしゃいます」

「魔導師長の部屋はあるのですか」

「こちらにはございません、こことは逆のベリル様のエリアにあると聞いておりますが何せお姿を見たものがおりません。筆頭様が昔お会いしたことがあると仰るのみです」

「そうなんですか」

「違うらしいが」

「え?何がですか」

「すみません、こちらの話です」


そっぽを向くアッシュと何食わぬ顔で笑顔を作るシエルに振り返って首を傾げる。そういえばそもそもこの二人は何者なのだろうか。


「あの…、お二人は機密事項だとおっしゃいますが…この国の魔導師様…、でお間違いないのですよね…」


宮廷魔導師のローブをまとっていたからそうだと信用していたが何一つ確認はしていない。顔を見たこともないというか、シエルに至ってはいまだに顔も見ていない。

二人はやっとそこか、と思いながらも証明する手段はあまりないと思い立つ。それならば


「はい、ベリル様に確認いただいても構いませんよ。今回は殆ど初めての滞在なので皆様には混乱を招いてもいけないかと思ったのですが」

「あ、失礼を、一応の確認ですわ。この塔自体も機密エリアですから部外者をご案内できませんの」

「えぇ、そうですよねわかります」


まぁ本当に機密事項(トップシークレット)だというならこんな口だけの確認で中に入れたりはしないと思うのだがそれに言及すれば自分達が面倒くさいので黙っておく。


「各階を回られますか、取り敢えずは私の部隊をご案内いたしますか」

「見せていただければいいので案内は結構ですよ、ゆっくり上がりながら参りましょう」

「シエル」

「大丈夫ですよ、過保護だなぁ」


それなりの階段を足で歩くというからだろう、今にも抱き上げそうになるアッシュをさり気なく制して階段へと向かう。


「それより筆頭魔道師様のことを教えてください」

「ココ様のことをですか?この国のスカイラー侯爵家の御息女で魔導師長様に次ぐ魔力の持ち主です。例えばこの塔の最上階からあの下々の訓練所の兵達を射抜く程ですわ」

「…おい、たとえ」

「え、なんですか?」

「いえ、なんでもありません。それは凄いですね」


やはり魔道士達はひどく近衛兵達を下に見ているようだった。何が原因なのかきっかけなのかは分からないがまずは魔道士達の力量を知りたい。正直、塔から兵を撃ち抜く位は初期魔法でもできる。だが基本通常は城内で人に向かって魔法を撃つなどあり得ないのだから実際見せたわけではないだろう。

高位貴族の令嬢だと言うのもどうなのか。そこまでこの国の貴族達に魔力の高い家門があっただろうか。リーフ家のような特殊な家門はなかったはずだった。

ゆっくり階段を登りながら各階をのぞいていく。大体ワンフロアにいるのは2、30人程度の若者ばかりだった。まるで学園の昼休みのようだ。


「昔の魔道士達は市井の若者も多かったような記憶なんだけどな」

「100年以上前だろ」

瑪那(マナ)の強さに血統などは関係ありませんからね」

「あの、どうかされましたか」

「いえ、魔道士達はみなさんどういった方達なのかと、見た感じお茶をなさりながら会話を楽しんでいる姿しかわかりませんので」

「皆、高位貴族の通うアカデミーの成績優秀だった子息子女達です。議論も穏やかになりがちですね」


ガラス越しに見える若者たちは美味しそうなアフタヌーンティを楽しむ貴族達にしか見えなかったからそれとなく聞いてみれば、まさに見たままだったらしい。これはなかなか業が深い。


「学生達がアカデミーを卒業したあと、そのままここに移動してお給料をもらいながらお茶をしてるということかな」


なる程、それはアッシュも呆れるはずだった。




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