お手伝いをしようと思う
「…ちょっと、剣はダメですよ」
「わかっている。人間に適度な手加減はできる気もしないしな。ちびにはラインがついていたから適当でも大丈夫だったが彼奴等にはそう言うわけにもいかんだろうし」
ひそひそと耳打ちすれば苦笑気味に『心配するな』と頬を撫でられた。
「まぁ、魔法なら大して使えるものも多くない。レン抜きならちょうどよかろう」
立ち上がるとコキリと腕を鳴らして加減を見る。どの程度ならちょうどいいだろうか。一応風以外にしてみるかと僅かに使える水魔法を展開してみた。使える魔法は風と火と光、そして少しだけ水を嗜む程度だ。
「君が水魔法なんて珍しいものが見れたな」
「お前の見様見真似だ」
小さく短い詠唱を口の中で呟く。両手を軽く広げた瞬間、アッシュの指先から凍てつくような冷気が奔った。
周囲の湿気が一気に凝集し、結晶化していく。パキパキと空気が凍りつく小さな音が訓練場に響き、陽光を反射して輝く氷の礫が、青年の周囲を囲むように展開した。
「構えろ、見てやる。魔法と言ってもただの氷の礫だ。石だと思って砕いてみろ」
「は、え…ぇ…」
下がれ、と声をかけると周りの兵たちが何歩か下がる。それに合わせて更に半径を何メートルか広げてやった。戸惑いながらも模造刀を構えると自分を囲む氷の礫にぐるりと視線を巡らす。確かにそうだ、ただの石つぶてと同じだろう。何が怖いものか。小石などが当たったところでアザのひとつできるだけ。気をつけるならば頭だけだと両足を広げ息を整える。
それを見てアッシュが小さく笑って指を鳴らした。
「なんだなんだ」
「うぉ、これは」
宙に浮かんだ氷の礫が順番に青年へ向かって飛んで行くのをひとつずつ手にした模造刀で叩き落としていく。いくつか背や足に当たっているものの、頭や大切な腕には当たらないようにしているようだ。
「悪くない」
数十個目の最後の礫を叩き落としたところで軽く息を上げた青年がアッシュに向かって礼をした。
「はぁ…ッありがとうございました、今のは?」
「どの程度見えるか、動けるかだな。悪くはないが右後ろに弱そうだ。利き腕を庇いすぎていないか」
「あ…、確かに」
体を開く方中心に意識を向け気味な気がする。
的確に言い当てる魔導師に驚きを禁じ得ない。高位の魔導師とは剣での戦いにも造詣が深いのだろうか。
「魔法は別に怖くはない。そもそも微弱なものならお前達にだって使える。剣にまとわせて斬り裂いてやれ」
「そんな事が…」
本職の方がやはり興味があるのかアッシュが世話を焼き始めてしまった。まぁいいかとぶら、と訓練場を歩いて回る。念のために自分の周りに物理結界を張っておこう、万が一にも剣の切っ先がかすめでもしたらアッシュが何をするかわからない。
「ふぅん…、僕にはよくわからないけど アッシュが言うならそれなりなのかなぁ」
ダメだと言われたからダメなのに、触ってみたくなってしまう。いや、ダメだ。こんなくだらないことでアッシュを怒らせるなどあり得ない。
一人で見て回りながら軽い衝動を我慢しているとふとこちらに向く視線を感じて見上げた。先ほどの女性がアッシュを諦めきれなかったのか戻ってきている。仕事はどうした。
あーぁ…目を輝かせて。簡単な初期魔法の応用しか使っていないというのに頬を紅潮させて尊敬の眼差しが見て取れた。
「…どうしたものかな」
「どうしました?」
「あぁ、すみません。邪魔してばかりですね」
「いえとんでもない、魔導師様に鍛錬を見ていただけるなんて光栄な事です」
どうにも素直なだけなのか、虐げられるのが当たり前で卑屈なのかこれだけではわからない。
腹の中では毒づいていてもおかしくないのにそんな風には思えなかった。
「お仕事をサボる悪い部下たちにどんなお仕置きをしようかなと思いまして」
「あ…ご無礼を…、失礼いたしました。貴方は高位の魔導師様だったのですね…。あの方は確か筆頭補佐のお一人だったように思いますから」
頬を紅潮させてこちらを見学している女魔道士を見上げて青年兵が教えてくれた。
その筆頭魔道士とやらは一体何人補佐を抱えているのやら。補佐という名の取り巻きなのか?それならばアッシュが言っていた魔法力の低さもまぁ頷ける。
「かしこまる必要はありません。僕たちはあまりこちらに伺うこともないはぐれものですから」
いきなり恐縮してしまったのを見てしまったなと思う。自分達はまだ何もしていないただの居候なのだから。
では仕方がないからこれから何か仕事をしようかなと思い立つ。
「アッシュ」
「そう、簡単だろう。あとは力を手のひらから…ん、どうしたシエル」
「ちょっとお仕事しましょうか」
「仕事?」
近衛兵達に魔法剣の基礎を教えていたところを遮られ振り返るとシエルがにこりと目だけで笑っていた。あれは何か遊びを企んでいる顔だろうか。
「そのまま鍛錬を続けろ。応用もきく、考えてみるといい」
「ありがとうございました!」
軽く後ろ手で手を振るとシエルに向かって歩み寄りそっと顔を寄せれば悪戯な声で囁いてくる。
「なんだかきな臭いです。悪さをしている子がいるのかもしれません」
「ふぅん、じゃあその顔はお仕置きをしたい顔か」
「なんですか顔って。せっかく実家帰りしたんですからおうちのお手伝いをしようかなって」
「いい心がけだな?」
「ここの宮廷魔道士の組織図はどうなってるのかな」
「ステラに聞いたほうが早かろうが、昼過ぎまではこっちには戻らんぞ」
『そっか』と少し思案する顔すら愛しいから困る。頬に口づけようとしてばちんと手のひらで遮られた。
「こら、人前」
「ち、面倒だな」
「僕を人に女性とでも認識されたらどうするの」
「……わかった」
ひそひそと話すのを先程まで自分達のいた順回路から身を乗り出しそうになりながらこちらを女が伺っている。
アッシュが会ったという子息子女とは別の女らしいから特に触る必要はないのだが、既にあちらがアッシュに興味を持ってしまった。
「…彼女に案内していただきましょうか」
「本気か、あれは完全にめんどくさくなってるぞ」
「君に夢中だねぇ…」
くすくすと笑うのを呆れた顔でため息をつかれた。
これでもアッシュに誰かが触れるのは嫌だし1ミリでも心が動く相手がいれば妬きもするのだ。でも…
「君は僕のものなんだから」
「わかってる」
わかってるがつまらないだけだ。
あの馬鹿が相手を試したくなるのはこんな時なのだろうか。……いや違うな、ベリルは常に愛を示しているし妬きもする。自分達のこれとは根本的に種が違う。
あと、別に試すまでもなくシエルがアッシュを想っていることはお互いに分かりきっている、シエルは必要以上に人の前では見せないだけだ。自分達は人の中では目立ちすぎるし、想いをあつめすぎる。
ならつまらないと思う感情自体が無駄なのだろうか。よくわからないな。
『人間になったせいなのだろうか』
人間の中で人間のように生きているから起こる感情の摩擦なのか。人々の中で互いが互いだけを見つめて生きてもいいのは多分神として存在する神だけなのだ。人がいて、人の目の中で、自分達を誰かが見て何かを思い、何かが起こる。それが煩わしい、そういう事なのだろう。
だが、神に戻りたいとも思えないから。
『俺(僕)達は、なかなか面倒な生命なのだな』
ステラでさえ神のままであるのに人の中では人のように愛さなければならないのだから。
「行きましょう」
背の高いアッシュに少し背伸びをして首に腕を巻きつけると当たり前に腰を抱かれて大切に腕へとしまい込まれる。これくらいは構わないだろう。
アッシュが大した予備動作もなくとん、と地を蹴ると塀の上の順回路まで軽く飛び女から離れた場所へと降り立った。
わざと何も気づかないふりをしてシエルの身体を下ろしてやると、ローブを翻してそのまま二人は魔道士達のいるという管理棟へと足を向けた。
「あ、…あのッ」
控え目だが確かに聞こえる声で女が呼び止めてくる。さて、どう使おうか。
ゆっくりと立ち止まり、少し考えるふりをしてから振り返ってみた。僅かに待ってから答える。
「僕達でしょうか」
「あ、はいッ先程は失礼しましたわ。もし魔導塔へ向かわれるのでしたら私がご案内を致します」
「あぁ、久しぶりにこちらへ戻りましたので少し見学をと思いまして。ではお願いできますか?」
「は、はいッ!」
全身で震えるような喜びを示してたたっと走り寄る。当たり前のようにアッシュの傍へと寄るとうっとりとした目をちらりと向け嬉しそうに少し前を歩き出した。
「どうぞこちらへ。私はイヴリン・ターナ・オルティス あの…、お名前を伺っても…?」
「シエルと申します」
にこりと目だけが見えるヴェールの顔で笑って答えてやると女は次の返事を待つようにちらちらと視線をやった。
「……、アッシュだ」
渋々、と言った顔で仕方なく教えてやるとぱぁ、と顔を輝かせて小さく口の中で『アッシュ様…』と繰り返すのが聞こえた。なかなかわかりやすい。
「お二人は、あの…アッシュ様が補佐と仰っていたと思いますが…その」
「そうですね、一応こちらで雇用されている魔導師ですよ」
「…そうじゃなくて」
「ん?どうかしましたか」
「あッいえ、その…いつもお二人でいらっしゃるので…、じゃなくて…どちらにいらっしゃるのかと思いまして」
「そうですね、あまり城に滞在することはありませんから顔を見たことはないかもしれませんね。僕達は普段は直接命を受けて宮廷魔道士達とは別に単独で動きますので」
シエルが少しずつ女の意図とは外してのらりくらりとかわしながら答える。アッシュは出来るだけ興味無さそうに女から距離を取ろうとするがさり気なく肩が当たるような位置を保ってくるから面倒くさい。
「貴女はお仕事はよろしかったのですか」
「魔力分析の課題は午前中で終わりましたから休憩していたのですわ。偶然通りがかりましたらアッシュ様がご指導なさっている姿が見えてつい見学を…黙って拝見させていただいてしまって申し訳ございません」
そっとローブごしに腕に触れるのを感じて少し眉を顰めた。
「別に」
「素敵でした…」
シエルからは見えない角度で甘えるようにきゅ、とローブを掴み恥じらうように小さく呟くとちらりと視線だけをよこす気配がする。
わざとかち合わないように歩いていたが女の指が小さく腕を這うのがわかり仕方なく視線だけを向ければうっとりとした目がアッシュを見上げていた。
「お二人は…、どのような…」
「一応トップシークレットなのであまり詳しくは申し上げられません。ただ今回は少し珍しく数日滞在いたしますのでせっかくなら皆さんの見学をと思った次第です」
「あの、えっと…お顔がよく見えないので失礼を承知でお聞きいたしたいのですが…」
「なんでしょう」
「貴方は女性…でしょうか」
「アッシュの事ではないでしょうから僕でしょうか。ふふ、一応男ですよ。すみませんこんななりで失礼します」
「あ…、あぁッそうなのですねッ本当に失礼しました、よかっ…いや…わかりました。おかしなことを聞いてしまって申し訳ありませんッ…よか、いえ…その…」
さり気なく振り払われた手をそれにも気づかないのか喜びに震えるように胸元で握り込む。
本当に、わかりやすい。




