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小さな吟遊詩人は過保護な剣士と旅をする  作者: 七音(ななお)
里帰り

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あぁ嫌だ。

「さて、どんな風に視察しましょうか」

「なんだ、もう余所行きに戻るのか」

「ん、余所行きって何です」


…自覚無かったのかと少し驚く。

きょとりと見上げてくる顔に苦笑を返しながら まぁ自分の前でだけ見せるシエルの顔はほかの誰にも見せたくはないからそれでいいのではあるが。


「何でもない。まず様子を見るだけなら西の塔からがいいんじゃないのか。確かあっちだろ」

「そっか、飛べる?」

「たまには普通の人間みたいに歩かないと散歩にも視察にもならんぞ」

「それはそうですね、じゃあこのまま行きましょうか」

「これもつけておけ」


口元を覆うヴェールと大きな丸メガネをつけてやりながら軽く周りを伺う。実際文官達が行き来するエリアに立ち入ることは殆ど無いからどの程度警戒したものか悩むところだ。


「心配性ですねぇ、大丈夫ですよ」

「…自分の今の姿忘れるなよ」

「ホント、厄介な容姿だなぁ…」

「俺だけが愛していればいいのに、お前は手当たり次第惹きつけ過ぎる」

「見た目だけで好かれてもね」


カチャリとかけた細身の丸メガネを調節しながら見上げてみせる。


「どう?」

「………気休めだな。フードは外すなよ」

「ちぇ、また視覚阻害のアイテムでも作ってみようかな」

「俺にだけ認識させるのが難しいんだろ」

「人の魔法技術だとねぇ…まぁ時間だけはあるのだし、今度ステラに相談してみようかな」

「のめり込みすぎるなよ」

「はァい」


すたた、と軽い足取りで先に行くシエルを万が一もないように見守りながらゆっくりと着いていく。シエルがこんなにはしゃぐことがあまりないからおかしな心持ちだ。


魔導師達はあまり訓練のようなものはしないのだろう、鍛錬所に顔を出してみれば近衛たちが剣を交えていた。


「近衛はまぁまぁなんだがな…」

「そんなに酷かったの」


まぁまぁと言われてもデフォルトが『アッシュ』なシエルにとっては棒切れをちゃんちき叩きあっているようにしか見えない。見ていると自分にもできるのではないかと思えてくるから不思議だ。


「ねぇ黒、あれ僕にもできるかな」

「…出来ないわけじゃないが、危ないからダメだ」

「僕もやりたい」

「ダメ」

「ケチ、自衛手段は多いほうがいいじゃないですか」

「…剣は俺が手加減具合がわからないからダメだ。かといってお前に模造刀であっても向けるやつを許せるわけがない、我慢しろ。人間を殺したくはないだろう」

「もう、仕方ないな。意地悪じゃないなら我慢します」

「…一方的に俺に打ち込むだけならいいぞ。今度遊んでやる」


精一杯の妥協点なのだろう。渋々提案してくるのに笑ってしまう。すとんと手すりに上がって座り込むと足元に見える兵士たちが汗を流すのを眺める。いつものように万が一にも落ちないように腰に手を回すが、いつもとは違うサイズ感に少し不思議な感覚にもぞもぞと居場所を探す。


「なんだかんだ、小さなお前に俺も慣れてきてたんだな」

「それはそうでしょう、久しぶりの僕はどう?」

「世界一可愛い」

「言い方」


あはははッと声を立てて笑っていると自分達を見ている2人の魔導師に近衛達が気付いて見上げてきた。

近衛達を笑ったわけではなかったのだが、失礼に見えたかなと口を押さえる。


「すみません、散歩がてらに通りがかっただけなのですが…お邪魔してしまいました」

「いえー見学なさりたいなら降りてこられてはー」


明るく笑って誘ってくれる兵士達に返事を返そうとすると横から無遠慮な声が聞こえた。


「あぁ嫌だ…汗臭いし汚いし、あんな人達がこちら側に声をかけてくるだなんて。必死に訓練なんて繰り返したって私達の小さな炎ひとつで手も足も出ないのにね」

「本当だな、這いずり回って棒切れ振り回したって魔導士には手も届かないっていうのに」

「貴方達、新人?見ない顔だけど。こんなところであんな人達を眺めていないで筆頭宮廷魔導師様にご挨拶はした…の」


顔を歪めて近衛達を蔑む言葉を当たり前のように口にしながらじろじろとこちらを見ていたかと思えばアッシュを見てハッとする。声も出せず視線も外せなくなっているのにアッシュは面倒くさそうに視線を逸らし、自分は苦笑を禁じ得ない。


「ありがとう、ご挨拶はまだですが新人ではないので」


と嘘をついておく。ステラのゴースト役であるなら新人であるわけにはいかなかった。


「そうなんだ、見ない顔だけど勤め先が違うのかな…、ってなんだよ どうしたんだイヴリン」

「あ…、いえ…あの 貴方は…?」

「此奴の補佐だ。もう行け」

「僕達のことはお気になさらず。お仕事に戻ってください」

「でも…、ご一緒に…あの」

「行け」


ばっさりと拒否するアッシュに多少気の毒に思いながらにこりと目しか見えない姿で笑って手を振ってやる。未練がましい顔で振り返りながら不思議そうに促す男に連れられて振り返り振り返りイヴリンと呼ばれた女は塔へと戻っていった。


「相変わらずの女殺しめ」

「煩いぞ、たまには素直に妬け」

「ふふ、降りてみましょう。なんだかおかしな関係が当たり前みたいですし」

「…そうだな。彼奴等はちょっと人間達を放置しすぎじゃないのか」

「どう考えてもステラが原因でしょう」


ひょいとシエルを抱き上げると手摺を乗り越えてアッシュが飛び降りる。下で何が起きているのか不思議そうに見上げていた兵士達がアッと慌てて駆け寄ってきた。


「ちょ、ちょっとちょっと!大丈夫ですか」

「慌てなくてもあちらに階段が!怪我は…ッ」


あ、そうか。と人間達の反応にしまったとやっと気づいた。そういえば何気に15mは高さがある場所から大人一人抱えて普通の人間は飛び降りて無事では済まないのだった。


「あー…すみません、驚かせてしまいましたね。浮遊魔法を使っていましたから大丈夫です」


嘘だが。


今日だけでいくつ出任せを口にしだろうか。アッシュの腕から降りながら心配する兵士達に笑って答えてやるとそうか、さすがだなどと褒めそやす声が聞こえてくる。


「城に戻るのは久しぶりで見て回っていました。お邪魔をしてしまってすみません。熱心ですね、お怪我のないように」


なんだろう、皆の動きが止まった。何かおかしなことを言ってしまっただろうか。


「あの、何か?」

「あ…、いえ 少し驚いてしまって。近衛師団はその…、魔導士の方々にはあまりよく思われていないと思っていましたので」

「あぁ…、そういえばなにやらおかしな感じでしたね。仲がお悪い原因はわかりますか」

「はは…、仲が悪いというわけでは…」


歯切れが悪い。

どうも近衛達の方が遠慮がちに見える。と言うか地位が低い…?のか?


「宮廷魔道士達と近衛師団は特に優劣はなかったと思うのですが…何か?」

「……そのように言ってくださる魔導士様もいらっしゃるのですね。この国には最強の魔導師さまがいらっしゃいます。何が来ても、何が起きても揺らがぬ力をお持ちの方です」

「王以外にそんな方が?」

「宮廷魔導師長様です」


あ、やっぱり。


「…その方がなにか…?」

「どのような危険な場所にも、依頼にもお一人で全て解決なさる素晴らしい方なのですが…、まぁ…そのせいで魔道士の方々には近衛師団の存在意義を疑問視される方が多いのです」

「そんな、貴方がたは貴方がたで必要な人材ですよ」

「あ、…ありがとうございます…。お認めいただける魔道士様がいらっしゃるとわかっただけでも我らは嬉しく、ますます身を引き締める思いです」

「彼奴等に比べたらずっと優秀に見えるが…」


何気なく口から出た言葉にびっくりしたように皆がアッシュに視線を集める。

そんなにか。


「まさかそのように、身に余るお言葉です。私は副師団長シュレン どうかお見知りおきを」

「僕はシエル。あまり顔を出しませんがよろしくお願いしますね」

「…補佐…、のアッシュだ」

「ごゆっくり見学なさっていってください」

「ありがとう、こちらこそお邪魔してしまいましたね」


嬉しそうにペコリと頭を下げて一緒になって集まっていた兵達と共に訓練へと戻っていく。虐げられている反動なのか素直だ。


「まぁ…彼奴ならそうなんだろうが…」

「人間達にはあまりいい影響じゃないみたいですねぇ」


ゾロゾロと兵士を連れる必要もなく災害級の魔物にすら一人で始末つけに飛ぶことだろう。ついでに言えば半刻と時間もかからないはずだ。そんな顔も知らぬ最強の長の下にいれば鼻も高くなるというもの。


自分達にはよくわからないことだが。


「魔道士には近づくこともできないとか言ってましたね、そうなんですか」

「さぁ、あんな児戯のような魔法を投げられたところで一気に詰めてしまえばこいつらの腕なら魔道士共などすぐに制圧出来そうだが」

「どんなに威力が小さくとも、人の恐怖の心が邪魔をするのかも」

「ふぅん…」


アッシュが気のない返事とともに突然 しゅる、と小さな風の渦を指先に作るとくるりと回して近くの青年兵へと飛ばしてやる。斜め背後からの気配に剣を弾いたその返しで咄嗟に剣で一閃した。


「うわ…ッえ…、ぇ 何だ…?」

「お見事」


殺傷力は殆ど無いような小さな風の刃だったが一瞬で空気に散って消える。


「いい反応速度だ、何故そんなに魔道士共に卑屈になるかわからんな」

「悪戯しない。すみません、さらに邪魔をしてしまって」

「あ、いえ。今のは魔法…ですか?」

「あぁ、魔力は事象を作り敵を傷つけるが当たらなければどうということもない。小さければ今のように打ち消すこともできる」

「風の音に石でも飛んできたのかと思って…」

「魔法だと思っていたらかわせなかったか?」


不思議そうに首を傾げながら青年兵が寄ってきた。自分が今した事自体が不思議なようだった。


「そう、ですね…、魔法は最強だ 魔法に剣が叶うわけがないとそう言われ続けていましたので…手を出そうとも思わなかったかもしれません」

「魔道士共に?」

「あ…、はい。というか貴方がたも魔道士様なのでは…」

「俺は…」

「そうなんですけどね」


ぱふりとアッシュの口を塞ぐ。今日というかこの国にいる間は魔導師だといったのに。塞いだ手を反対に包むように握り込むとその手のひらにキスをしてくる。コラ。


「少し鍛えてやろうか」


ゆっくりとシエルの手を外してアッシュが薄く笑ってそう言った。




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