なんて麗しい魔導師様
「元々君かエラリアのどちらかと婚約という話になっていたんだ、父上に考え直していただくようお願いをするよ。この話をすれば分かっていただけるはずだ」
「シャルル、本気なの」
「本気だ、君が心を入れ替えてくれればとずっと願っていた、僕は待っていたんだよ…、なのに君という人は」
「シャルル…、じゃあ…」
「あぁ…、ごめんよエリィ待たせたね。僕は君との再婚約をお願いするつもりだよ」
「あぁ!私の為に貴方達がこんな事になってしまうなんて!」
「エリィ…、この期に及んでそんな…こんな事をしたサーシャにも君はなんて優しいんだ…。僕は生涯君を大切に守ると約束するよ…」
「シャルル…ッ!」
「…おい、まだ終わらんのか…」
しまった、つい。
「ぇ…、誰…?」
「だ、誰だ!」
「きゃッ だ、誰なの!」
更にダラダラ続く茶番にうとうとしかけていた頭でつい呟いてしまった。いや、もうさっさと立ち去ると思ったのだ、まさか続きを繰り広げられるとは思わなかった、俺は悪くない。
同時に三人からきょろきょろとしながら警戒の声を向けられて、渋々フードを深くかぶると大木の枝から声を掛ける。
「俺が先客だ、文句を言われる筋合いはないぞ」
「あ、危ないわよ そんなところで何をしてるの!」
「盗み聞きだなんてはしたないですわ!」
「何者だ、侵入者か!こ、近衛を…」
一人だけ少しまともそうな女が少しばかり焦った声で叫んできた。…余計なお世話なんだが。
「何処で昼寝しようが勝手だろう、邪魔されて迷惑なのはこっちだ」
「邪魔をしたのは謝るわ、でも危ないし此処は絶対聖域よ そんなところで昼寝なんて不審者として捕まるわ、あ…貴方文官様のご親族様とか、なの」
「…違うが」
「く…ッやはり侵入者か…ッ」
慌てて栗色の髪の女を背にかばいながら男が印を宙に描いて何やら初歩の魔法を唱え始めた。…詠唱が長い。
この世界には魔法という瑪那と呼ばれる生命エネルギーを根源とした妖術と、自然の力を借りて発動する精霊術がある。
そのうち魔法とは個の生命力の強さ、深さ、大きさによって威力は異なるが、発動自体には自分で組んだ詠唱が必要になる。自分の力を解放するだけなのでどんな方法でも可能なのだが、力が弱い程その為に魔法陣や発動詠唱の助けが必要になり複雑に長く組まなければならない、…のだがこれは長すぎやしないだろうか。まだなのか。
「…中庭の木に魔法をぶつける気か。お前が捕獲されるんじゃないか」
「やめなさいシャルル!人に向けて魔法を撃つなんて!」
「怖いわシャル」
「受けろ!風の刃」
へっぴり腰で放たれた魔法はよりにもよって風の初期魔法か、とちらりと視線をやる。しかし自分がいるために枝葉の一本も傷つけられてはこの樹が可哀想に思えた。仕方ないとくるりと指を回してぱちんと小さな魔力を指先で飛ばしてやれば小さな風の塊は弾けて散り、渾身の魔法を放った当の本人は一瞬の出来事にぽかんと口を開けた。
「は、へ……?」
「え…、そんなまさか…」
「宮廷魔導師様筆頭補佐のシャルの魔法が…!」
……おい今何と言った。
「大丈夫なのか、この国の魔導士共は…」
つい呆れた声で天を仰いでため息をつく。基本的にこの国は神に守られた国だ。そもそも隣国から侵攻を受けるわけでもない。人間達が魔法を使って戦うなど魔物達に襲われでもしない限りはまずあり得ないのだ。そして余程人間達の手に余るような魔物など、被害が出る前にあの黒い執事が人知れず始末していただろう。
『平和ボケだな』
「エリィここは危険だ、逃げて!そして近衛達にこのことをお知らせするんだ」
「わ、わかったわ!」
まだ婚約者であるはずの女はどうでもいいのか。
ちらりと足元に視線をやれば栗毛の女を庇いながら逃がす男を同じように思ったのか、赤毛の女がもはや諦めた顔で男を見ていた。
ふぅ、と深いため息をつくとこちらを見上げて声をかけてくる。
「ねぇ、降りてきてよ。このままじゃ近衛兵に捕縛されて牢屋行きよ。何故ここにいるの、何者なの」
「やめろサーシャ!あんな危険な奴に降りてこいだなんて」
「お前は俺を侵入者だとは言わないんだな」
「まぁ、逃げるわけでも隠れるわけでもないし。侵入者にしては落ち着いてる、見ない顔だけどまったくの外部の人間には見えないわ」
正確には顔は見えないはずだが落ち着いた分析だ、文官の補佐でもしているのだろう。軽く指を振ると風の精霊が下にいるニ人には見えないように一瞬揺れて消えた。これ以上厄介事になるのはごめんだった。
「そうだな。たとえ近衛が来たとしても別にどうということはない。俺に手を出せるわけもないし牢に入れることもできない」
「そんなはずない!す、すぐに近衛兵達がお前を捕らえてお前は侵入者として牢へと入るんだ!慢心こそ破滅への第一歩なのだからな」
「くく…、まっとうなことも言えるじゃないか」
自分は強いから捕まらないとでも言ったように聞こえたのだろうか。人が自分を戒める為の言葉を叫んでみせた。あれだけ頭の悪い茶番を繰り広げたのだから頭のてっぺんから爪先まで阿呆なのかと思っていたのだが。
気怠げにもたせかけていた身体を起こすとぶらりと片足を枝から垂らして下を覗き見る。一番面倒くさそうな女は消えたしまぁいいかとそのまま下へと飛び降りた。
目の前に降り立ったすらりとした均整の取れた長身にシャルルと呼ばれていた男が思わずたじろぐ。
「お、大人しくするんだ。どうせ逃げられない、すぐに近衛兵達がやってくるんだからな」
「で、俺が邪魔をしたみたいになったがお前達の話はもういいのか」
男を無視して一人で責められていた赤毛の女に声をかける。一瞬きょとりとしたが苦笑とともに軽く頭を振られた。
「あぁいいのよ、ごめんなさい。全部聞かれていたのかしら…お恥ずかしいわ」
「…大丈夫か」
「あら、ふふ…ただの通りすがりでしょうに心配してくれるの」
「別に」
「おい、何を勝手に盗み聞きしてるんだ!そもそも聞いていたならその女の方が性悪なのだとわかるだろう!」
「わからんが…」
どう見ても浮気男が女に盲目になって手のひらで転がされているようにしか見えなかった。
「シャルルー!連れてきたわ」
城の方角から先ほどの栗毛の甲高い声が聞こえてきた、もう戻ってきたのか。
「あぁエリィ!ははははッ少しばかり魔法が使えるようだがこれで終わりだな!近衛に魔法を使えばその時点で捕縛対象だ、かといって魔法使いがこの国の屈強な近衛兵達に素手で叶うはずもない!」
「…俺が魔法使いに見えたのか」
なかなか驚いた。
剣士の頂点に立つ自分がそんな風に言われるなど思ってもみなかった。まぁ確かに普段から剣は帯刀していないのだが。
走り寄る近衛兵を背に勝ち誇った顔で腕組みをする男に苦笑してみせると、それに気づいたのか何がおかしいとばかりに笑みを消した瞬間いからせていた両肩を捉えられた。
「は…、へ……?」
さっきもその間抜けな声を聞いたな、と思いながらコキリと首を鳴らすと近衛達に軽く手を上げる。シャルルを捉えた二人の兵以外が全員即座に膝を折った。
「任せる」
「「「「は…ッ!」」」」
見事に訓練の行き届いた返事に栗毛の女が、自分が呼んできた近衛兵達が思いもよらず恋人になったばかりの彼を捕らえ、恐ろしい侵入者に膝を折るさまに呆気になって立ち尽くした。
「ぁ…、ぇ…な、なんで」
「その男は聖域で城の人間に魔法を放った。もう魔法士としての未来はない。お前から捨ててやれ」
「…ありがと」
何が起きているのかわからずに男とアッシュを交互に見ておろおろとする栗毛の女を尻目に、赤毛の女に向かって口元だけで笑って見せるとアッシュが踵を返す。
風の精霊をさっさとベリルのところへ飛ばして近衛達に伝言をさせておいた。
近衛が、俺を捕まえるわけがないのだ。
その瞬間ふわりと悪戯な風がフードを外した。風の精霊がアッシュに褒めてもらおうと姿を見せないまま肩口を掠めたのだ。
「……こら、悪さをするな」
揺れる艷やかな黒髪がさらりと零れて紅紫の瞳が垣間見える。栗毛の女が一瞬で釘付けになったのに気づいて軽く舌打ちをするとすぐにフードを深く被り直した。一番厄介な類の女だ、絶対に関わりたくはない。
「ぁ、あの!貴方は一体…ッ」
声が背中に聞こえたが一歩踏みしめると一切を意に介さずアッシュは飛び去った。
一陣の風を残して消え去った姿に栗毛の女が宙に差し伸べた手をそのままに呆気にとられる。
「転移魔法…あれはきっと城の上位魔導師様だわ…、…なんて……、美しい方なの……あんな麗しい殿方はベリル様と最近大公位に就かれたバァンズ様以外に見たこともないわ…」
「はァ…エラリア今度は何を考えてるの」
「…貴女には関係ない。いつもいつも私の邪魔をして、今度こそ邪魔させないんだから!」
「あ、エリィ…、一体これは何が、おい…なんで僕を捕らえるんだ!やめろ」
「…シャルル、大丈夫よ、話せばすぐに戻ってこられるわ。私はいつまでも貴方を待っているから」
「エリィ!」
にっこりと微笑んでみせる優しい恋人の顔に男は、両方から腕を捉えられ引っ張るようにして近衛に促され少しだけ抵抗を見せた、しかし確かに自分は無実なのだから話せばわかるかと大人しくして、新たな恋人に待っててと笑い返すと近衛達に城へと大人しく連れて行かれた。
あれはもういい。帰ってきたらそのまま何も無かったふりして幼馴染のこの女に突き返せばいい。家同士の取り決めとは言え子供の頃から決まっていた婚約者に選ばれなかったのが面白くなくて衝動のまま奪ってやったがもういらない。
それよりもあの美しい魔導師様だ。
比べるべくもない、人とは思えない白い美貌に一瞬で虜にされてしまった。あれほどの魔導師様なのだ、依頼で雇われている文官に聞いて回ればすぐに見つかるだろう。ここは神の城だ、もしかしたら最近噂されている光の神が密かに産んだと言う天使様かもしれない。
そうだとしたら…、よもやそんな事があれば 彼を手に入れることができればこの私が神の系譜へと連なることができるのかも…ッ!あまりの大きな期待に身体が震える。
あんな伯爵家の次男坊などどうでもよくなった。
跡取りである自分の家門の子爵位と良くも悪くもない小さな領地をもらって可もなく不可もなく暮らす日々が待っているだけだ。
そんな平凡な人間の生活など彼の前では一瞬で消し飛んでしまった。
何としても探し出して差し上げなければ。
何としても、あの美しい彼の為に この誰にでも愛される完璧な私を見つけられるようにしてさしあげなければ…。
もはや見初められ、あの逞しい腕と胸に抱き締められる未来しか少女の目には見えていなかった。




