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小さな吟遊詩人は過保護な剣士と旅をする  作者: 七音(ななお)
里帰り

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神様の秘密に

花が風に巻いて空へと散る。

美しい花園だった。見上げるような壁にも見える大樹と、何処までも続くように見える花たち。精霊達の気配もそこかしこに見える神聖な場所。


「…初めて足を踏み入れるな…、ここが…ッむ…」


バチリと何かが阻む。

それ以上動けなくなって何者かが花園への侵入を拒んだのがわかった。


「…止まりなさい。ここは神が生まれ、眠る場所。何者をも侵入は許しません」

「おや」

「なんだ…?」


天使が居た。

凛とした声に視線を上げれば大きな枝葉の一つに光の翼を大きく広げ威嚇する白い天使が一人こちらを見下ろしている。

圧倒的な神気に素戔嗚(スサノオ)が息を呑む。


「待て、あれは本当に天使か」

「そうですねぇ、少しばかり過保護に愛されているようですが」

「殆ど神の領域だぞ…」


ゴクリと喉が鳴る。長い亜麻色の髪がゆらゆらと風に揺れ、優しげな面差しに警戒を浮かべてこちらを見つめていた。


「…ぇ、アッシュ…様…?」


3人の中に見知った顔を見つけた天使が慌てて翼を一つ羽ばたかせるとふわりと枝葉から舞い降りてきた。


「……美しいな…」

「やめておきなさい、あれはダメです消されますよ」

「…む?」


シエルの忠告を余所に、素戔嗚(スサノオ)は音もなく降り立った天使へ吸い寄せられるように歩み寄る。天使が警戒を緩めてアッシュの顔を確かめるようにそっと近づくと、天使を護るように精霊たちがふわふわと姿を現した。


「アッシュ様…、ですね。一体その方たちは」

「あぁ、キースか。随分雰囲気が変わったな」

「我は素戔嗚(スサノオ)火の国(グレン)三柱(みはしら)の一柱よ。美しい天使よ、そなたは?」

「コラ、やめておきなさいと…」

「ぇ…」


有無を言わさず白い手を取り握り込むとその甲に唇を押し付けじっと左だけが吸い込まれそうな(アメジスト)の瞳を見つめる。そのまま髪に触れようとした瞬間に大きな身体が何かに弾き飛ばされた。


「キース…、何をしてる」

「ぁ…ステラ様。世界樹(ここ)で遊んでいたらまた神の気配がしたので…。すみません…油断したわけではないのですが…」


突然現れた黒い影はたった今吹き飛ばしたのが神だと言うのに欠片も意に介さず真っ直ぐに天使に手を伸ばすと即座に胸へと大切に抱きこむ。()()から欠片でも危険がありそうな時は手を出す前にステラの名を呼ぶ事を約束させられていた。キースと呼ばれた天使がチラリとアッシュを見ると同時にステラが面倒臭そうに舌打ちをする。


「…ち、帰って来たのか」

「ふん、シエルが言うから仕方なくだ」

「シエルさま…?」

「ふふ、生誕祭以来ですねキース」

「まさか、貴方なのですか!」


キースが記憶している彼はキースが幼い頃からずっと小さな少年で、今目の前にいるのはキースと変わらない背の物腰柔らかな青年だった。深く被っていたフードを外すと、薄い白金の髪が零れ落ちる。


「……ッ…、ぇ… セリス、様…?」

「おや」

「うん…?」


思い掛けない名を口にするキースに思わず目を向ける。生誕祭での舞台は確かマルルをBOXに案内してからは奥に控えていたように思う、視認できてはいなかったはずだ。


「大丈夫だ、あれはシエル様で間違いない。城で話そう、お前たちにもな」


キースが大きく広げていた光の翼をふわりと消すと、片目だけ紫色だった瞳も本来の蒼へと戻った。


「本当に、天使にされてしまったんですねぇ…」

「ご存知でしたか…、後悔はございません」

「シエル様、城へ。あと…あれはどういたしましょう」

「あぁ、まったく…すぐに悪さをしようとするから」


突然の衝撃に何が起こったのかわからず花畑で大の字になっているのを好奇心からか花達が面白そうに覗き込んでいた。


「みんな、離れてあげて」


キースが声を掛けると蝶が羽ばたくように花たちが散る。きぃきぃと鳴きながらまたキースを花だらけにしにかわるがわる精霊達が周りを舞った。


「…おい、俺にまで花を飾るのはやめろ」

「ふふ…、似合ってますよ」

「………お前が言うなら…仕方ない」


花だらけにされた2人をつい驚いた顔で見つめてしまう。あの黒い男が随分と飼いならされたものだ。


「ステラ、城へ帰ります。素戔嗚(スサノオ)は…、どうしようかな。聞かせられない話もあるから」

「よい、良いものも見られた。我は国へ帰ろう。我が女神もまた参られるのだろう?またその折にでも酒を交わそうぞ」


見た目に似合わず意外に聡い(おとこ)がむくりと起き上がり笑って言った。






❀❀❀






「キース、来い」

「…? どうされました、今紅茶を淹れ…」

「いい、大体俺の方が専門だろう」

「…それはそうなのですが」


仕方ないな、と苦笑して カチャリと手にしていた茶器をテーブルに戻すとソファで寛いでいたステラの傍へ寄る。すとんと隣に座れば行儀悪くソファに足を上げたステラが身体ごと抱え込んできた。


「お行儀が悪いですよ」

「お前が座る場所を間違えるからだ」

「……間違えていません」


ステラが大事そうに後ろから抱えるような形で首筋に口づける。居心地悪そうにキースがもぞりと身体を離そうとするのを許してくれない。それを見て向かいのソファにいた2人が執務中のこの部屋の主に向かってわざとらしくひそひそと始めた。


「……おい、なんだあれは」

「あれが恐ろしいことに今の日常だ」

「本気ですか」

「あの…、申し訳ございません…」

「聞こえていますよ貴方達」

「聞かせているに決まっているだろう」


呆れた顔で三様に視線を向けられるのにキースがステラを引き離そうとする。


「なんだこの手は、邪魔だ」

「わかってて悪さなさらないでください」

「……叱られてますね」

「面白い日常になったもんだな」

「いい加減胸焼けだ」


三人の前にステラが淹れた紅茶がふよふよとテーブルに運ばれカチャリと置かれた。紅茶を手にしながら様子を見ていると、暫く睨みつけていたキースが小さくため息をついてふいと顔を背ける。


「キース…」

「知りません」

「怒るな…俺が悪かった、控える」


少しだけ腕を緩め体を離すが、囲い込んだ腕と行儀の悪い足はそのままにキースの機嫌をとりにかかる。


「怒るな…」

「…これ以上はダメですからね」

「わかった」


後ろから腕を回して腹を抱き込むと肩口に頭を乗せて何かを我慢し始めた。


「……あれは何してるんだ」

「ちゅっちゅしたいのを耐えてるんだろ」

「あれホントにステラですか」

「煩いですね君たち。それよりもシエル様、そのお姿はどうしたんです」

「あ、やっぱ気が付かれたか」


しれっと誤魔化す気だったがまぁあからさまに無理だった。紅茶を口に含みこくりと嚥下するとベリルに向かって肩を竦める。


「ちょっと腹を立てて力を使いすぎました、変われません」

「何してんだお前は」

「好きで怒りませんよ」


当たり前に話し出すのを一人キースだけが飲み込めず、不安そうに自分を抱きしめるステラの腕を無意識にきゅ、と掴んだ。


「……いい機会だ、お前にも話しておこう。これからはお前も俺達の中に入るのだからな」

「は…、い」

「アッシュ」


黙ってアッシュが風の精霊(レンブラント)を呼び出すと万に一つも音が漏れないよう部屋全体を結界で包む。


「確認します。僕の姿がセリスと酷似しているのは知ってるんですね」

「はい…、先日ほんの一瞬ですがお姿を垣間見る機会がございました」


あの胸糞悪い出来事が思い出されてステラの抱き込む腕に力が籠もる。それを見て苦笑交じりにベリルがため息をついた。


「すまんな、ちょっと先日面倒事があってなぁ。それからステラは片時も嫁を離さんのだ。まぁ俺にも責任があるし、目の毒だが許してくれ」

「は…、嫁…?」

「結婚させた」

「おいマジか」

「まぁ正確にはまだ婚約だけどな。表に出した途端に厄介事が続いてな…、一番簡単だった」


少し恥じらうように耳元を染めるキースとそれを満足そうに眺めるステラにシエルが尋ねる。


「表に?」

「叙爵致しました。不本意ながら今は大公となっております」

「おやおや、あんなに嫌がっていたのに」

「コレの為なら、何だってする」


大切に抱き込みながら愛おしそうに呟くのにアッシュが複雑そうな顔をするからつい苦笑がもれる。素直に喜んであげたらいいのに。


「あぁ、すみません。僕達だけで話過ぎては不安でしょう。ステラが選んだ伴侶です、貴方にもすべてお話しなければなりませんね」


自分から声をかけるわけにいかずに神たちの話を不安そうに聞いていたキースにシエルが向き直る。

実際は天照大神(アマテラス)に施したように記憶を焼き付けてしまうのが簡単なのだが、あんなものを見せて大切なキースに何かあってはステラが何をするかわからない。


「僕とアッシュがクロードとベリルに育てられたことは?」

「はい、それは存じています、私が幼い頃から貴方のお姿はお変わりありません。それにクロード様は貴方がお帰りになられる時はとてもはしゃいでおられましたので」

「ふふ、まぁ…ある意味正しく彼らの子なので」

「ぇ…、それではやはり貴方は…」

「あぁセリスではありません。ここが少し説明が面倒なのですが…」


言葉を遮るように訂正する。そこだけは先にはっきりさせておきたい。


「アッシュと僕は…、太陽(アルフ)(セリス)の一部から生まれた別の生命です」

「別の、生命…」



それからゆっくりと時間をかけてキースを迎え入れるための話をした。

長く、深く、一つも誤解をされないよう正しく全てをキースに理解させる。

途中で悲しそうにステラの胸に顔をうずめるのに優しく髪を撫でながら宥めるステラが自分の知る(ステラ)とは別人に見えて、()が本当に彼が愛する人に変えられてしまったのを実感した。



「…ステラが愛している貴方を、僕達も愛しています。どうか、不肖の()をよろしくお願いしますね」

「兄…?」


にっこりと微笑みながらシエルが続ける。


「はい、セリスにとっては弟ですが、僕にとっては兄なので」

「そう、そうですね。はい…私の全てで必ず」

「とうとうアンタも神様の秘密の一つになったな」

「まぁ、どのみち此奴が逃がすわけがねぇさ。俺の息子だぞ」

「誰が息子だ」


やはり変わらないところは変わらない。

皆が笑う中、一度に許容範囲を超えた情報を伝えられたキースだけがまだすべてを自分に理解させるのに時間がかかっているようだった。


「慌てなくていいですよ。ゆっくりステラに教えてもらってください、時間なんて飽きるほどありますから。太陽(アルフ)(セリス)は僕達を通して見ているとして、あとこの場にいないクロードにも話しておかなくてはかな」

「もう伝えたぞ、ほぼここの会話は見てる」

「見てんのか」

「力の使いすぎに関しては説教だとよ」

「やです」


手にしたカップを口につける。ちらりとステラの腕に護られたキースを窺い見れば僕達よりも、ベリル達よりも、何よりもステラを想って悲しんでいるのがわかった。


この気難しい兄を、誰よりも傍で愛してくれる貴方が生まれてきてくれて本当によかった、と 久しぶりに飲む少しだけぬるくなった彼の淹れた紅茶を喉へと流し込みながら思った。





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