偶然と必然〜運命は自らの手で掴み取る〜
アリシア編『後輩エルフと魔法の特訓〜ぼく、魔力が乱れると変な状態になっちゃうんです〜』『ご褒美付き魔法特訓〜特訓のたびにキスしないとダメですね〜』のリアム編です。
放課後の魔法演習場。
学園には演習場が二箇所あるが、講義棟から離れた第二演習場は普段から人が少ない。
アリシアがこちらを好んで使っているのは好都合だった。少し仕掛けを施し、人が来ないように誘導する。『なんか今日はこっちは嫌な予感がするな』くらいの軽い威圧魔法を張り巡らせて。
勿論、アリシアは対象から除外する。
僕は魔力量だけは多いが才能のない「出来損ないのエルフ」として振る舞い、偶然を装って魔法の指導を頼むことにした。
そして、特訓中に偶然を装ってスキンシップを増やしていく。
(アリシアの性格なら、きっと放っておけないはず……)
最初の特訓の日。
アリシアが僕の手にそっと触れた瞬間――
「――っ!」
……思わず、魔力の制御を誤った。
(やばい……っ)
こんなはずじゃなかった。
久しぶりに触れた彼女の手の温もりが、思い出を刺激したのだ。
(あの時の感覚が……)
咄嗟に、魔力のコントロールが苦手と言い訳をしたのは大正解だった。魔力コントロールを助けるために、アリシアが魔力の流れを整えてくれたのだ。
アリシアが魔力を流し込むたび、心地よさが全身を駆け巡る。
「ほら、こうやって……ゆっくり、魔力を制御するのよ」
……可愛い。
幼い頃に見た彼女も可愛かったが、成長した今のアリシアは、それをはるかに上回っていた。
(……早く、僕のものにしないと)
僕はある一つの作戦を決行することにした。
自分で言うのもなんだけど、僕は魔力制御に関しては天才的な才能を持っている。普段の特訓でも、自分の魔力が暴走しそうになることはまずない。全て演技だ。
さっき制御を誤ったのだけは、普通じゃないくらいにアリシアの魔力が心地よかったからだけど。
だから、魔力制御ができて喜ぶ僕を微笑ましそうに見つめるアリシアの様子に、少し心が痛む。
でも、ここが作戦の決行タイミングだ。
「……っ!」
わざとらしく体を震わせ、息を乱す。もちろん、これも演技。
「ちょ、ちょっと待ってください、これ……!」
アリシアが心配そうに近づく。よし、いい感じだ。
「僕……魔力が乱れると、その……変な状態になるんです……」
「変な状態?」
「……発情しちゃうんです!!」
「……………………は?」
――完璧な間だった。
一瞬、アリシアの思考が完全に停止するのがわかった。驚き、戸惑い、呆れ……そして、若干の焦り。まさに狙いどおりの反応だ。
「え、あの……先輩! 何か、何か抑える方法が……!」
「ちょ、待って、そんな急に言われても……!」
そして、仕上げだ。
わざとバランスを崩し、絶妙な角度で倒れ込み――
アリシアの唇に、僕の唇が触れた。
「……!!」
一瞬の静寂。
……ここまでは計画どおり。
でも、実際に触れると――いや、想像以上に柔らかいな。
それに、少し甘い香りがする。
やばい、ドキドキしてきた。
――いやいや、今はそんなことを考えている場合じゃない!
すぐに体を離し、わざと驚いたように呟く。
「……あれ?」
「……………………は?」
アリシアの目が、ゆっくりと細められていく。完全に疑いの目だ。
でも、ここで怯んではいけない。冷静に、あくまで驚いたふりを続ける。
「……キス、すると抑えられる?」
作戦成功の手応えを感じながら、僕はさらに言葉を重ねる。
「先輩……! これは重大な発見です!」
「いや、どこが……」
「つまり! これから特訓のたびにキスしないとダメですね!」
「はああ!?!?」
アリシアのつれない反応。少しくらい、照れたりしてくれてもいいのに。
でも、ここからが本番だ。悲しげな表情を作り、ちょっとだけ涙ぐみながら呟く。
「先輩が拒否するなら、仕方ないです……」
「……っ」
アリシアの眉がピクリと動く。効いてる。
「でも、その場合、僕は暴走して周囲を巻き込んでしまうかもしれません……。最悪、学園が燃えたり……ああ、それなら僕、もう退学して山奥で一人で暮らした方がいいのかな……」
「ちょ、待ちなさい!?」
よし、食いついた!
作戦勝ちを確信しながら、僕は彼女の次の言葉を待つ。
「……しょうがないわね」
きた。
そして、さらに想定外のラッキーが舞い込む。
「でも、一つ条件があるわ」
「条件?」
「特訓がうまくいったら、ご褒美としてキス。それならいいわよ」
「……!」
まさかの、自分から『ご褒美』という形で許可を出してくれるとは……。アリシア、案外素直じゃないか?
「それ、めちゃくちゃいいですね!」
「よくないわよ!! でもそれなら、少しは真面目に取り組むでしょ?」
「もちろんです! 先輩からのご褒美があるなら、僕、めちゃくちゃ頑張ります!!」
こうして、『ご褒美キス付き魔法特訓』が始まった。
僕は内心ガッツポーズをした。
(……これで、毎日キスができる)
最初の頃のキスは、たった一瞬、触れるだけのものだった。
だが、それだけでも十分だった。
アリシアが戸惑いながらも、僕の魔力を受け入れ始めているのを感じる。
(順調だね。次の手は……)
◆
――計画は着々と進んでいた。
アリシアの中で、僕の存在が日に日に大きくなっている。
特訓を通じて、僕の魔力に触れる時間が増え、彼女の体が無意識に僕を求めるようになっている。
(エルフの魔力に慣れれば、もう他の人とは魔法の相性が合わなくなる……)
それだけではない。
次の段階ーーアリシアを守る『ヒーロー』としての立場を確立する。
そのために、僕を襲撃する『敵』を用意した。普段はむしろ僕を守るために付いている『影』達だ。
そして、その襲撃の日。
「――ついに見つけたぞ、精霊王の血を引く者よ!」
計画通り、影はぼくを狙いに来る。
アリシアは迷うことなく、僕を守るために動くだろう。
そして、その後……
ーー全ては、アリシアの心を僕で埋め尽くすために。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
次話『仕組まれた襲撃〜そして、運命は加速する〜』