後輩エルフと魔法の特訓〜ぼく、魔力が乱れると変な状態になっちゃうんです〜
本日二話話目の更新です。
先に『プロローグ 婚約破棄は新たな運命の幕開け』からお読みください。
婚約破棄された翌日。
アリシアは特に落ち込むこともなく、いつも通り学園の魔法演習場へ足を運んでいた。
(ユリウスと結婚しなくて済んだんだし、むしろ気が楽になったわね)
これまで「将来の領主夫人として汗水垂らして鍛錬する姿を見せてはいけないから」という訳のわからない理由でユリウスに制約されていたが、もうそんな気遣いは必要ない。
思う存分、魔法の練習に励める。
演習場に入ると、そこにはすでに一人の生徒がいた。
アリシアの視線が、思わず彼に吸い寄せられる。
――銀色の髪に、翡翠色の瞳を持つ、美しい少年。
長い耳が特徴的で、おそらくエルフの血を引いているのだろう。
(……あんな人、学園にいたかしら?)
学園の生徒の顔は大体覚えているつもりだったが、見たことがない。
すると、彼がこちらに気づき、驚いたように目を見開いた。
「あ……アリシア先輩!」
透き通るような声だった。
「先輩」と呼ばれたことで、彼が後輩であることを認識する。
「あなたは……?」
「あ、すみません! 僕、リアム・エルフィンハイトっていいます。アリシア先輩の1学年下なんですけれど、あまり目立たないようにしてて……」
リアム・エルフィンハイト。
確かに、よく見たら見覚えがあるような気がする。確か、以前廊下ですれ違った時には、メガネをかけて俯いて気配を消すように歩いていた。わざと目立たないようにしているその様子が、むしろ気になっていたのだ。
なるほど、こんなに印象的な少年なら、噂にならないように大人しくしようとしていたのも納得だ。
「リアム……エルフの血を引いているの?」
「はい。僕……実は、エルフの国の王族なんです」
「えっ……?」
アリシアは思わず目を丸くする。
エルフの国――フィルヴェルデは、厳格な掟を持つ種族だ。その王族が、人間の学園にいるとは驚きだった。
すると、リアムは少し恥ずかしそうに頭をかいた。
「でも、兄弟は多くて王位継承者はたくさんいるし、僕はただの生徒として学びたかったんです。父も快く送り出してくれて」
「ふぅん……なるほどね」
アリシアは興味深そうにリアムを観察する。
彼は確かに繊細で上品な雰囲気をまとっていたが、それだけではない。
ーー圧倒的な魔力の流れが感じられた。
(すごい魔力……これほどの素質を持っている人は、そうそういないわね)
学園にいる貴族の魔法使いとは次元が違う。
アリシアは少し考えた後、口を開いた。
「リアム。よかったら、私と一緒に魔法の練習をしない?」
「えっ……!?」
一人でできる練習には限界がある。かと言って、学園の他の生徒はアリシアほど魔力もなく、魔法の練習よりも社交に忙しそうだ。
今日も講義等から少し離れたこの演習場は、アリシアとリアム以外に誰もいない。
リアムは目を丸くした後、嬉しそうに笑った。
「はい! ぜひお願いします!」
「じゃあまず、あなたの魔法を見せてちょうだい」
「はい……! じゃあ、炎の魔法を」
リアムは手をかざすと、青白い炎を生み出した。美しい炎だ。
「すごい、いい炎ね。もう少し手を伸ばしてーー」
しかし、アリシアがリアムの姿勢を正そうと触れた途端、その炎はあっという間に制御不能になり、爆発しそうになる。
「わわっ!?」
アリシアがすかさず防御魔法を展開し、暴走する魔力を抑えた。
「……なるほどね。魔力が強すぎて、コントロールしきれないタイプね」
「うぅ、いつもこうなっちゃうんです……」
リアムはしょんぼりと肩を落とす。
そんな彼を見て、アリシアはふと、自分の幼い頃を思い出した。
自分も、かつては魔力の扱いに苦労したことがあった。
(そういえば、昔はよく先生に「魔力の流れを感じろ」って言われたわね)
アリシアは少し考えた後、リアムの手を取った。
「……!?」
リアムの耳が、ぴくんと動く。
エルフは人間よりも感覚が鋭い。突然の接触に驚いたようだ。
「ちょ、ちょっと先輩!? え、手……!」
「いいから。力を抜いて」
アリシアはそのまま、リアムの手をそっと導きながら、魔力の流れを整えていく。
「ほら、こうやって……ゆっくり、魔力を制御するのよ」
「せ、先輩……近いです……」
「気にしない気にしない」
リアムは耳まで真っ赤になっているが、アリシアは特に気にせず続けた。
(……?)
僅かに、違和感があった。
体の奥を撫でられるような、ほんの些細な違和感。
(何かしら……なんだか、初めての感覚だわ)
それはほんの一瞬のことで、すぐに通り過ぎた。
やがて――リアムの魔力が、穏やかに流れ始める。
「……! できた……?」
「ええ。その調子よ」
リアムは驚いたように自分の手を見つめる。
まるで幼い子どもが初めて魔法を使えた時のような、純粋な喜びが浮かんでいた。
「苦手なものは練習すればいいのよ。こうして一緒に特訓していけば、あなたは素晴らしい魔法使いになれるわ」
「すごいです! 先輩、ほんとにすごい……!」
ぱぁっと笑顔を咲かせるリアムに、アリシアは思わず見惚れた。
(……可愛いわね、この子)
ユリウスとは違い、まっすぐで素直な瞳。
どこか放っておけない雰囲気がある。
そのとき――
「……っ!」
突然、リアムの体が震えた。
「ちょ、ちょっと待ってください、これ……!」
「え? どうしたの?」
リアムの耳が、真っ赤に染まる。
「僕……魔力が乱れると、その……変な状態になるんです……」
「変な状態?」
「……発情しちゃうんです!!」
「……………………は?」
一瞬、アリシアの思考が停止した。
――魔力が暴走すると、発情する?
「え、あの……先輩! 何か、何か抑える方法が……!」
「ちょ、待って、そんな急に言われても……!」
すると、そのとき。
リアムがつまずき――
アリシアの唇に、リアムの唇が触れた。
「……!!」
一瞬の静寂。
そして――
「……あれ?」
リアムは、ふらふらしていた体をぴたりと止めた。
しばらく黙った後、ぽつりと呟く。
「……もしかして、先輩とキスすると、魔力の暴走が抑えられる?」
「……………………は?」
アリシアは、再び思考が停止した。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
本日あと一話投稿します。
次話『ご褒美付き魔法特訓〜特訓のたびにキスしないとダメですね〜』