【番外編】神灯の宵、エルフの王太子夫妻は甘美な儀式に囚われる
番外編です。
アリシアとリアムが結婚してから、数ヶ月後の物語です。
フィルヴェルデには、年に一度、祖先を祀る『神灯の宵』と呼ばれる時期がある。
この時期の王族と役人はとても多忙だ。各地から帰郷した有力者や国外からの来訪者の対応、地域ごとの神事や祭りの調整ーー気を使う場面も揉め事も、いつも以上に増える。
王太子妃になって初めての神灯の宵ーーここ数日は目がまわるような忙しさで、こうしてリアムとの時間を取れるのも久しぶりだ。
夜も更け、街の喧騒も落ち着いた頃にようやく仕事を終えたアリシアとリアムが王宮の塔から見下ろせば、街の至るところに灯された無数の燈火が揺らめき、闇夜を優しく照らしていた。
どこか懐かしさを感じる、穏やかで静かな夜、アリシアはいよいよに明日に迫った王太子妃としての神事に思いを馳せていた。
「……一晩中、手を繋いで魔力を交わし合う……のよね?」
神灯の宵の最終日に、次代の国王とその伴侶が担う『献耀の儀』ーーその内容を、改めて確認する。
「そう。祖先への感謝を示し、魔力を捧げ、国の繁栄を祈るための大切な儀式だよ」
リアムはどこか楽しげに微笑んでいる。
(それにしても……一晩中、手を……?)
夫婦として距離が縮まったとはいえ、夜通し向かい合うというのは少し……いや、かなり意識してしまう。けれど、王太子妃としての務めならば、気を引き締めなければ。
自分にそう言い聞かせて、アリシアは緊張の中、短い休息を取るのだった。
◆
献耀の儀の当日。日没と共にアリシアとリアムが儀式のための神殿へ向かうと、そこには静かに儀式を待つ泉が広がっていた。篝火がほのかに泉を照らしている。
儀式を司るのは王族のみ。既に準備は整えられ、神殿には二人以外誰もいない。
禊のため、澄んだ水にそっと足を踏み入れる。リアムが背後から優しく、泉の水をアリシアの肩にかけてくれた。
(……不思議……冷たいわけでもなく、肌を包み込んでくれているみたい。でも……)
アリシアは自分の姿を見下ろす。薄い衣が水を吸い、肌にぴったりと張り付く感触に、思わず身をすくめた。禊のため下着を着けていないので、身体のラインがしっかり出てしまう。
背後に、同じように泉に浸かるリアムの気配を感じる。視線を向けることができず、アリシアはそっと唇を噛んだ。
(これは儀式なのだから、変に意識しちゃだめよ……)
胸の鼓動が高鳴るのを無理やり押さえ込むように、静かに身を清めた。
禊を終え、用意された儀式用の衣ーーアリシアのは薄いレースのガウンのような衣で少し抵抗があったがーーを身につけ、神殿の奥へと進む。
そこには天井が開かれた儀式の間があった。中央には柔らかな白い絹のシーツが敷かれた台がある。
台の上に跪き、リアムと向かい合い、両の手を繋ぐ。
静かな夜風が肌を撫で、月の光が降り注ぐ。
「目を閉じて、魔力の流れを感じて」
リアムの言葉に従い、そっと目を閉じた。
手のひらからじんわりと温かな魔力が流れ込む。
どこか甘く、痺れるような感覚。
(……すごく、不思議な感じ……)
心の奥まで満たされていくような心地よさに、うっかり身を委ねそうになる。
すると、リアムの指先がきゅっと力を込めた。彼もまた、真剣に祈りを捧げているのだと感じ、アリシアも改めて気を引き締めた。
(王太子妃として、エルフの祖先を敬い、感謝を捧げ……)
だが、その時――
「……ぷっ」
リアムの手が震えたかと思うと、抑えきれずに吹き出した。
「な……何?」
「いや、ごめん……アリシアがあまりにも真剣で……可愛すぎるから」
「……は?」
思わず目を開けると、リアムは肩を震わせながら笑いを堪えていた。
「まさか……!」
嫌な予感がして睨みつけると、彼はようやく笑いを収めながら言った。
「実はね、この儀式……歴代の王太子たちが、妃と甘い時間を過ごすために作ったものなんだ」
「…………は?」
理解が追いつかず、間抜けな声が出る。
「まあ、祖先を祀るのは本当だよ? 魔力を捧げるのも本当。でも、魔力を交換する必要なんてなくて、要するに王太子が忙しくても、妃と二人きりになれる口実を作ったってわけ」
「……っ!!!」
アリシアの顔が一気に赤くなる。
「だ、騙された……!」
「騙してないよ? こうして魔力を交換すれば、結果的に祖先に捧げる魔力も十分に得られるし」
涼しい顔で言うリアムに、アリシアはぐっと言葉を詰まらせた。
「……つまり、これは……?」
「うん、僕とアリシアが一晩中イチャイチャするための儀式」
「うん、じゃないわよ!!!」
「まあまあ、そう怒らないで」
リアムは苦笑しながら、アリシアの手をそっと撫でた。
「せっかくの大切な儀式なんだから、ちゃんと最後までしないとね」
「……っ」
どう考えてもリアムの思う壺だった。
儀式の夜は、まだ始まったばかりーー。
◆
――夜が明ける頃、アリシアはぐったりとリアムの腕の中にいた。
「もう……無理……」
すると、リアムが満足げに微笑んで、囁く。
「あれ、もう朝になっちゃった……まだもうちょっとだけ、できるかな?」
「――ッ!!!」
力を振り絞ってリアムの胸を軽く叩いたが、彼はただ楽しげに笑うだけだった。
その頃、王族の祖霊たちは、何処から静かにフィルヴェルデを見守っていた。
(……今年は随分と魔力が豊富だな……)
(ふむ、護りと祝福を強くしておいてやるか……)
こうして、アリシアはフィルヴェルデの繁栄に多大な貢献を果たしたのだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
番外編はあと二話予定しています。
『番外編② 初めての夫婦喧嘩(?)』
『番外編③ 愛され過ぎて魔力が暴走!? 甘い香りでお城がパニック!』




