エピローグ エルフの王太子は、今日も最愛の妃と甘く穏やかな日々を紡ぐ
最終話です。
二人が結婚して数年後のお話です。
エルフの国・フィルヴェルデの王城。
その最奥、朝の光が差し込む王太子の私室では、目覚めたばかりの王太子リアンディール――通称リアムが、隣でまだ眠る妃をじっと見つめていた。
「……アリシア、そろそろ起きないと」
声をかけても、彼女はぬくもりに包まれた布団の中で小さく身じろぎするだけ。
リアムはくすりと笑い、そっとアリシアの髪を撫でた。
「今日は、午前中に謁見対応があったはずだけど?」
「ん……まだ眠い……」
「仕方ないなあ」
小さく呟いたかと思うと、リアムは布団の中へと潜り込み、アリシアの柔らかな頬にキスを落とした。
「ひゃっ……!」
驚いたように目を開けたアリシアを見て、リアムは満足そうに笑う。
「おはよう、アリシア」
「……起こし方がいちいちずるいのよ、リアムは」
「そう?妃を甘やかすのは王太子の特権だからね」
アリシアはむくれながらも、リアムの腕の中から逃れようとはしない。むしろ、すり寄るように頬を寄せてくる。
リアムはそんな彼女の愛らしさに頬が緩むのを止められなかった。
「……真名で、呼んでくれないの?」
「だって、朝からそれで呼んだら……また変なスイッチが入りそうで怖いもの」
「変なスイッチ?」
リアムがとぼけたように首を傾げると、アリシアはじとっと睨んだ。
「私が真名で呼んだ時のリアムの反応、知ってるんだから」
「ふふ、それはつまり……もっと呼びたいってこと?」
「……違うわよ!」
真っ赤になって否定するアリシアがあまりにも可愛くて、リアムはついもう一度キスを落とした。
彼女の体温が上がり、魔力がふわりと絡み合うのを感じる。
ーーああ、やっぱりアリシアといると気持ちがいい。
心からそう思うのは、何年経っても変わらなかった。
だが、そんな甘い朝のひとときを邪魔するものがあった。
――ドンドンドン!
突然、扉を勢いよく叩く音がした。
寝室の外、居間の更に外側の、応接間から廊下に繋がる扉の方だ。
ここまで響くのだから、相当勢いよく叩いているのだろう。
「殿下! 大変です!」
慌てた様子の側近の声が聴こえる。
「……何事?」
リアムは仕方なくアリシアを腕の中から解放し、起き上がって寝室から出た。入れ替わりに侍女がアリシアの支度に入る。
「今朝、王太子妃様の庭園に何者かが侵入し、特別に育てられていた精霊の花がすべて摘まれてしまいました!」
「えっ……!」
寝室で支度をしていたアリシアも、驚いたように声を上げた。
精霊の花はエルフの国で特別な存在とされており、その中でもアリシアが大切に育てていたものは希少な品種だった。
「犯人は?」
「まだ分かりませんが、城の中の者の仕業の可能性が高いかと……」
リアムはしばし考え、支度中のアリシアに確認する。
「どうする? すぐに犯人を探す?」
「うーん……あの花壇には悪意がある人が近づけないように魔法で罠を仕掛けているし……あれは見た目が綺麗だから、もしかしたら精霊の花って知らずに摘んでしまったのかも」
「……なるほど。じゃあ、少し様子を見てみるか」
リアムは穏やかに微笑み、妃の意見を尊重することにした。
そして数時間後――
城の庭園の片隅で、幼い子どもが、大きな花束を抱えて泣いているのを発見した。
「お母さんのお見舞いに持って行こうと思ったのに……枯れちゃった……」
どうやら、一般開放している庭園からこちらに迷い込み、精霊の花が普通の花よりも繊細なことを知らずに摘んでしまったらしい。
「困ったな。アリシア、どうしよう?」
「……仕方ないわね。私が別の花を準備するわ。精霊の花は、また育てればいいわよ」
アリシアは微笑み、子どもの頭を優しく撫でた。
「今度からは、お花は無闇に摘まないでね。お母さんにお花を贈るなら、もっと長く綺麗に咲くように育てる方法を教えてあげる」
「ほんと!? ありがとう、お妃様!」
無邪気に喜ぶ子どもに、リアムは思わず笑った。
精霊の花は育てるのが難しい。彼女が試行錯誤を繰り返し、丹精を込めて世話して、数年がかりでようやくここまで育て上げたことを、リアムは知っている。
「アリシアはやっぱり優しいね」
「別に……当然のことをしただけよ」
照れたようにそっぽを向く彼女に、リアムはこっそりと耳元で囁いた。
「……今夜、ご褒美に特別なキスをしてあげるね?」
「なっ……!?」
アリシアは顔を真っ赤にしながらリアムを叩いたが、彼は笑うだけだった。
エルフの未来の国王と王妃の穏やかな日常は、こんなふうに続いていくのだろう。
――きっと、ずっと。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
アリシアとリアムの物語が無事に完結しました。
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