夜の花、甘い誓い
アフターストーリーです。
アリシアとリアムが結婚式を挙げた夜の物語です。
本日二話目の更新です。
どちらから先にお読みいただいても大丈夫ですが、よろしければ前話『エルフの国フィルヴェルデ』もお読みください。
結婚式の余韻がまだ残る夜ーー
月光の差し込む静かな部屋に、二人の影が落ちる。
窓の外ではエルフの国の夜が静かに息づいていた。風に揺れる葉のざわめき、遠くで鳴く夜鳥の声……けれど、アリシアの耳には、自分の鼓動の音ばかりが響いていた。
純白のドレスを脱いだ後も、指には結婚の証が光る。今夜からは、もう『婚約者』ではなく『夫婦』なのだという事実が、ひどく現実味を帯びて感じられた。
「……なんだか、落ち着かないわ」
ベッドの端にちょこんと座りながら、アリシアはぎこちなく呟く。
「ふふ、アリシアがそんなに緊張するなんて、珍しいね」
軽やかな声とともに、リアムが隣に腰を下ろす。その仕草は普段と変わらないはずなのに、妙に近く感じる。
そして、優しく触れられた指先に、温もりが宿った瞬間――アリシアは、今夜が特別な夜であることを、改めて意識した。
「僕の顔、そんなにじっと見てどうしたの?」
「あっ……べ、別に」
「あはは、わかりやすいなぁ」
いつもの彼らしい、無邪気な笑顔。
けれどーーアリシアは気づいていた。
どこか、少し違う。
彼の瞳は揺らめくように深く、声の調子も微かに低い。彼がたまに見せる、まるで捕食者のような、庇護者のような、どちらとも取れる空気ーー
「アリシア……」
名前を呼ぶ声が変わる。
さっきまでの可愛げのある調子ではなく、少し掠れた、大人びた声。
「……何、リアム?」
「アリシア、二人っきりの時は、違うでしょう?」
細い指が頬に触れる。ぞくり、と背筋に甘い震えが走る。
「……リアンディール……」
真名を呼んだ瞬間、彼の瞳の奥が静かに揺れた。
「ようやく、アリシアを手に入れた……」
その声に、確かな熱が混じる。
「ようやくって、大げさよ」
苦笑しながらも、アリシアの鼓動は速くなるばかりだった。
「本当に、ようやくだよ。子どもの頃から、ずっとこの日を夢見ていたんだ」
「子どもの頃……?」
その言葉が胸の奥に引っかかる。「どういう意味?」と問いかけようとしたが、何故か言葉が出ない。
アリシアは自分の鼓動の速さに気づき、無意識に自分の手を握りしめた。
隣でリアムが静かに微笑んでいる。けれどその笑顔には、どこかいつもと違う意味が込められているようで、アリシアは心の中で思わず息を呑んだ。
「リアム、あなたの子どもの頃ってどんな感じだったの?」
アリシアは、少しだけ緊張を解こうと、あえて話題を変えるように問いかけた。
「きっと可愛かったでしょうね」
リアムは笑みを浮かべながら、少し目を細めた。
「……勝手に城を抜けて、森で迷子になっちゃうような子どもだったよ」
その言葉に、アリシアは思わずくすっと笑った。
「へー、意外ね」
「一人で森の中に入って、すっかり道に迷っちゃって。戻るのも大変で、結局夕方まで迷ってた」
「ふふ、そんなおっちょこちょいな一面があったんだ」
「挙げ句の果てに、魔獣に襲われそうになってね。でも素敵な人に助けてもらって、無事に戻れたんだけどね」
リアムはそう言って、ちょっと照れたように笑った。
それは、いつもの彼らしい微笑みだったけれど。アリシアはその笑顔の奥に、まるで大切な宝物について語るような、彼の本音を感じ取った。
「そういえば、私も子どもの頃、森で迷子のエルフの子に会ったことがあるわ。あの子がリアムだったり……なんてね」
アリシアは冗談のつもりで言ったが、リアムが急に真剣な顔をしたことに、思わず息を呑んだ。
月明かりが彼の横顔を照らし、彼の瞳の奥に何かを見つけたような気がした。
「……そうだと、言ったら?」
その言葉に、アリシアは驚いて目を見開いた。
「えっ、まさか、そんな偶然……」
「偶然じゃない」
リアムの声は穏やかだが、どこか強く、真剣だ。彼は少しだけ間をおいて、再びアリシアの目をじっと見つめた。
「僕はあの時、心に決めたんだ。絶対に、アリシアと結婚するって」
リアムは今にも泣きそうな微笑みで、静かにその手をアリシアの頬に添える。
その言葉に、アリシアの胸は高鳴り、言葉が出てこなかった。
「そんな……」
彼の瞳には、抑えきれないほどの感情があふれていた。その目には、長い間抱えてきたアリシアへの想い、そして今、ようやくそのすべてを伝えることができた深い感慨がにじみ出ていた。
彼の声はかすかに震え、アリシアに言いたいこと、伝えたいこと、全てが溢れ出しそうになり、言葉がうまく紡げず、喉の奥で詰まっていく。しかし、アリシアを見つめるその瞳には、どんな言葉よりも強い愛が込められていた。
そして、ついに彼は、深く息を吸い込み、口を開く。その瞬間、彼の目はもう迷うことなくアリシアを見つめていた。
涙をこらえたような、少しだけ震える唇で、彼はその想いを、ついに言葉にした。
「アリシア、本当に、愛しているんだ。お願い……僕のものになって」
アリシアの心は、とっくに彼に奪われていた。
待ち望んだ言葉に、心が震える。
「……リアンディール……っ」
真名を呼んだ瞬間、リアムの唇が深く、深くアリシアのものに重なる。
温かく深いキスに、アリシアの口から吐息が漏れる。その動きに合わせるように、彼の手がそっとアリシアの背中を引き寄せる。
荒い息が二人の間に交わり、アリシアの心臓が激しく跳ねる。
「このタイミングで真名を呼ぶなんて……アリシア、どうなるか、わかってるんだよね?」
リアムの声が低く、甘く響く。
その瞳には、普段の柔らかさも、いたずらっぽさもない。
ーー代わりに、獲物を逃がすまいとする猛々しい色が宿っていた。
アリシアは無言で真っ赤な顔をしたまま、ただ静かに頷く。言葉にできなかったその気持ちが、彼の心に届いていると信じた。
そしてーー
アリシアは、今度は自分からそっとリアムの唇にキスを重ねた。
その唇に、心からの思いを込めて。
アリシアからのキスが触れた瞬間、リアムの心は一気に高鳴った。彼女の唇の柔らかさに、思わず息が止まりそうになる。
手が自然にアリシアを引き寄せ、ふたりはぴったりと寄り添った。その温かさに包まれるたび、胸の奥から溢れる感情を抑えきれない。
言葉は必要なかった。唇が触れるたびに、互いの鼓動が速くなる。彼女の手が自分を求めるように動く度に、リアムの心も同じように反応する。
今、ふたりだけの世界が広がり、周りの音や時間はどこか遠くに感じた。すべてが静まり返り、唇から漏れ出る二人の呼吸と水音、そして心音だけが響く。
「もう、一生離さないから、覚悟してね」
誓いのように囁かれた言葉。
アリシアは静かに瞳を閉じた。
永遠のように感じられる時間の中、何度も触れ合い、互いを求め合うそのたびに、心と身体が一つになっていった。
言葉にできないほどの想いが、指先から、目線から、唇から溢れ、二人の間で深く交わされていった。
夜の花の甘い香りが、静かに二人を包み込んだ。
二人の夜は、まだ始まったばかりーー。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
次回、最終話です。
次話『エピローグ エルフの王太子は、今日も最愛の妃と甘く穏やかな日々を紡ぐ』




