エルフの国・フィルヴェルデ
アフターストーリーです。
リアムが卒業して、二人でエルフの国に帰郷します。
リアムの故郷、エルフの国へ向かう馬車の中、アリシアは緊張で膝の上に置いた手をぎゅっと握りしめていた。
窓の外には、次第に人間の国では見られない深い森が広がるようになり、空気すら神秘的な気配をまとっているように感じる。
隣に座るリアムは、いつもと変わらず優雅な微笑みを浮かべ、アリシアの手をそっと包み込んだ。
「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。お父様もお母様たちも、きっとアリシアのことを気に入ってくれるから」
そう言われても、緊張しないほうが無理というものだ。
アリシアは深く息を吸い、ふと気になっていたことを口にした。
「リアムのお父様って、エルフの国、フィルヴェルデの王様なのよね……?」
「うん、そうだよ?」
さらりと肯定され、アリシアは思わず固まった。
リアムがエルフの王子であることは知っていたが、王族とはいえ学園ではあまり意識することはなかったから、そこまで深く考えたことはなかった。
「そういえば、リアムは兄弟がたくさんいるって言っていたけど……ひょっとして末っ子?」
リアムは甘えん坊なところがあるし、末っ子ならば納得がいく気がする。上に王位継承者がたくさんいるなら、そこまで重い立場ではないのかもしれない。
だが、返ってきた答えは予想を覆すものだった。
「ううん、僕が一番上だよ」
「……っ!」
一瞬、思考が停止する。
つまり――
「ってことは、リアムってひょっとしなくても……第一、王子……?」
アリシアの震える声に、リアムはきょとんとした顔をしたあと、思い出したように頷いた。
「うん、そうだよ? 言ってなかったっけ?」
「言ってないわよ!」
アリシアは思わずリアムの肩を掴んだ。
リアムが王子だと言うだけでもプレッシャーなのに、まさか第一王子ーーつまり、次期国王になり得る立場だとは……!
「兄弟が多いって……王位継承者がたくさんいるって言ってたのは……?」
「うん、弟が四人、妹が七人いるよ。フィルヴェルデは女性も王位を継げるし、正直、王太子の座なんて面倒だから誰かに譲りたいんだけどね」
「王、太子……」
もはや衝撃の連続で、アリシアは言葉を失った。
その様子を楽しむかのように、リアムはくすくすと笑い、さらに追い打ちをかけるようにさらりと続ける。
「あっ、お父様は僕のお母様も含めて六人の妻がいるんだけど――」
「えっ!? 六人!?」
アリシアは思わず馬車の座席からずり落ちそうになった。
エルフの王族は一夫多妻制なのだろうか?それともエルフでは珍しくないのか?いずれにせよ、自分の価値観では驚きを隠せない。
アリシアが混乱している隙に、リアムはさらなる爆弾を落とす。
「でも、僕はアリシアだけだからね。国に帰る前に側室の権利はとっくに放棄してるし。正妻さえ居てくれたら、むしろ他は邪魔なだけだし」
その言葉に、アリシアの心臓が跳ねた。
「子どもはたくさんできたら嬉しいけど、アリシアの身体が一番大事だから。無茶は絶対にさせないから安心してね」
「……っ!」
顔が一気に熱くなる。どうしてこんなにさらりと恥ずかしいことを言えるのか。
いや、それよりも――
「ちょ、ちょっと待って! 誰が子どもを産む前提で話してるのよ!」
「アリシアは、僕との赤ちゃん欲しくないの?アリシアは僕の運命の人だから。ずっと一緒にいるんだから、僕はアリシアと、アリシアによく似た子どもたちと、賑やかな家族が作れたら嬉しいんだけどなぁ」
リアムは悪びれることなく、優しくアリシアの髪を撫でる。その手つきがあまりに優しく、愛に満ちていて、アリシアは何も言えなくなってしまった。
――確信犯だ。絶対にわざとだ。
それでも、こんなにもまっすぐに愛を囁かれて、心が揺れないわけがない。
アリシアは顔を伏せ、何とか冷静になろうとするが、リアムの温もりがすぐ隣にあるせいでうまくいかない。
そんなやりとりをしているうちに、馬車はエルフの国・フィルヴェルデの城門へと辿り着いた。
◆
城門をくぐると、そこには想像を絶する美しい宮殿が広がっていた。
樹々と一体化したかのような荘厳な建築に、アリシアは思わず息をのむ。
「……すごい」
「気に入った?」
「う、うん……でも、やっぱり緊張するわ……」
リアムが第一王子で、国王の息子で、王太子で――ただの子爵令嬢である自分が、そんな相手にふさわしい振る舞いができるのか、正直不安しかない。
そんなアリシアの手を、リアムはそっと握りしめた。
「大丈夫。アリシアはそのままでいてくれればいい」
その言葉に、アリシアは少しだけ肩の力を抜く。
そして――王宮の大広間へと足を踏み入れた瞬間。
「おかえりなさいませ、王太子殿下!」
一斉にひざまずく貴族たち。その圧倒的な光景に、アリシアはますます緊張を覚えた。
さらに、奥の玉座に座る長身の男性――リアムの父であり、エルフの国王が、ゆっくりと立ち上がる。
リアムの父は、まさに威厳そのものだった。
「リアム、よく戻った。そして……」
鋭い金色の瞳が、アリシアを見据える。
「其方が……リアムが選んだ伴侶か」
その一言に、アリシアの心臓が止まりそうになる。
(まって、伴侶って……まだちゃんと、具体的な結婚の話もしていないのに……!)
アリシアが焦る一方で、リアムはまるで当然のことのように微笑み、王に向かって堂々と告げた。
「はい、私の愛する生涯唯一の伴侶、アリシア・ウィステリアです」
リアムの手が、アリシアの腰をしっかりと引き寄せる。
王の厳しい視線が、ふと緩んだ。
「歓迎しよう。これから、リアムを頼む。其方とリアムの結びつきが、フィルヴェルデに永遠の繁栄をもたらさんことを」
――確信犯だ!
王宮の大広間中に広がる寿ぎの言葉の裏で、アリシアの声にならない悲鳴が静かに消えていった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
本日もう一話投稿します。
次話『夜の花、甘い誓い』




