プロローグ 婚約破棄は新たな運命の幕開け
全16話、最終話まで完結済みです。
よろしくお願いします。
*物語の所々に性的な表現を含むため、R15指定しています。苦手な方はブラウザバックをお願いします。
王都アルトフェリアの夜空に、無数の魔法灯が煌めいていた。学園の大広間では、学年末恒例の舞踏会が盛大に開かれ、華やかな衣装を身に纏った学生たちが優雅に踊っている。
アリシア・ウィステリアは、子爵家の令嬢でありながら、学園最強と称される魔法の使い手だった。凛とした立ち姿に、シンプルながら品のある深紅のドレスがよく映えている。
しかし、今の彼女の表情は決して穏やかとは言えなかった。
「――アリシア、お前との婚約は破棄する」
唐突な言葉に、周囲が静まり返る。
言ったのは、この国の伯爵家の嫡男であり、彼女の婚約者であるユリウス・エルヴェンハイム。
金色の髪を整え、まるで舞台役者のような整った顔立ちをした彼の表情には、妙な自信が満ちていた。
それを受け、アリシアはしばらく黙っていた。
(……なるほど。婚約破棄、ね)
彼女は驚くどころか、むしろ「やっと来たか」という気持ちだった。
そもそもユリウスとは政略的な婚約であり、恋愛感情など皆無だったのだ。
しかも彼は、最近になってやたらとアリシアに対して冷淡になり、とある侯爵令嬢と親しくしていると噂されていた。
(まぁ、そういうことなんでしょうね)
予想していたとはいえ、いざ面と向かって言われると多少は腹立たしい。しかし、ここで感情的になるのは愚かだ。
アリシアはゆっくりと息を整えた。
「……理由を聞いても?」
ユリウスは、待ってましたと言わんばかりに胸を張る。
「お前は強すぎる。領主を支える妻たる者、淑やかで可憐であるべきだ」
ざわめきが広がる。
貴族たちが困惑の視線を交わす中、ユリウスは続けた。
「婚約者が強すぎると、俺の立場がない。もっと可愛らしく守ってやりたくなる女性がふさわしいんだ」
その言葉に、アリシアは心の中で呆れ果てた。
(強すぎる……? そんな理由で?)
彼女は確かに学園でもトップの魔法の腕前を誇るが、それは貴族として必要な能力だ。
むしろ、領主夫人として領地を守る立場になれば、魔法の心得があることは強みになるはずだ。
(……まぁ、もういいわ)
この婚約に未練はない。むしろ、わざわざ「自分から捨ててくれた」ことに感謝すべきだろう。
両親も、特筆すべき利権や政治的配慮のもとで選んだ相手ではない。単に嫁ぎ先が隣の領地なら頻繁に会えるからいいね、くらいのものだ。
「そう……わかりました」
アリシアは、淡々とした口調で答えた。
「婚約破棄を受け入れます」
ユリウスは、一瞬驚いたようだった。
本来ならば、婚約破棄を言い渡された令嬢は取り乱すものだ。泣き叫んだり、激昂したりするのが定番だろう。
しかし、アリシアは表情をほとんど変えず、静かに受け入れた。
(あれ……? 何か思ってたのと違う)
ユリウスの顔に、僅かに動揺が走る。
しかし、それをかき消すように、彼は隣に立つ女性の手を取った。
「これから俺は、セシリア・ローゼンベルクを新たな婚約者とする!」
そう宣言されると、会場の視線は一斉に隣の女性へと向かった。
セシリアは、侯爵家の令嬢である。
腰まで届く淡いピンク色の髪を巻き、フリルとリボンがふんだんに施されたドレスを身に纏っている。
にこりと微笑みながら、彼女はアリシアに向かって優雅に頭を下げた。
「アリシア様、ごきげんよう。ユリウス様の婚約者として、私がふさわしいと判断されたこと、とても光栄に思いますわ」
その言葉には、「あなたはふさわしくなかった」という含みがあった。
だが、アリシアは動じなかった。
「……そう。なら、どうぞお幸せに」
それだけ言って、彼女は一応の礼儀としてカーテシーをすると、なんの未練もなく踵を返してその場を去った。
こうして、アリシアの婚約はあっさりと破棄された。
婚約破棄なんて些細なこと。アリシアにとって大切なのは、これからの自分の力だ。
ーーその凛とした横顔を見つめ、瞳に熱を孕んだ黒い笑みを浮かべる人物がいた。
アリシアはまだ気付いていなかった。
その人物が、のちに彼女の人生を大きく変えることになるということをーー。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
本日もう二話投稿します。
次話『後輩エルフと魔法の特訓〜ぼく、魔力が乱れると変な状態になっちゃうんです〜』