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加藤良介 短編集

邂逅

作者: 加藤 良介

 「お前。こんなところにいたのか」


 辺りを圧する巨大な鉄の塊が、僕の前に鎮座している。

 僕は黒鉄の塊に右手を押し当てる。午後の日差しを受けたそれは、僅かばかりの熱を纏っていた。

 瀬戸内を渡る春風の中、僕は不思議な感覚に包まれる。

  


 それは偶然の出会いだった。

 四月の初め、僕は長州に住む親せきの家に相棒の単車と共に転がり込んだ。

 別に何かから逃げてきたわけじゃない。ただ、僕を蝕む漠然とした苛立ちをどうにかしたかっただけだ。その為の旅行。

 僕は親せきの家を拠点にして一週間に渡り周辺各地を走り回った。

 関門海峡を越えて島原、阿蘇、大宰府を走り周った。日に500キロは走っただろうか。


 島原では原城の予想外の縄張りの大きさに驚愕し、阿蘇では圧倒的なスケールで広がるカルデラと天にそびえる山系に地球の鼓動を感じた。大宰府では付近の住人のドッグランと化した政庁跡で時の移ろいに思いを馳せた。


 ある程度西を制覇した僕は、視線を東へとむける。

 長門の東には安芸があり、安芸には厳島神社がある。

 大昔に一回行ったきりだ。久しぶりに訪れるのも悪くない。そして帰りは海沿いを走ろう。そう思い地図を広げ走行ルートを確認した。

 宮島から岩国を抜けると、目の前には大島が瀬戸内に鎮座している。僕は深く考えることなく大島を一周することにした。

 普段海の景色を見ることが無い僕にとって、海沿いのルートを走ることはこの上ない至福の時間だ。そんなことを考えながら地図を眺めていると大島の南東の先っぽに、「陸奥記念館」なる記念館があることに気が付いた。

 陸奥記念館? はて、なんなのだろう。

 「陸奥」と言われたら「陸奥の国」か「戦艦陸奥」以外に僕には心当たりはない。

 周防の海沿いに青森を記念する施設があろうはずもなく、それが「戦艦陸奥」の記念館であることは明白だった。

 しかし、なぜこんな島の片隅にこのような施設があるのだろうか。僕には理由が分からなかった。

 もしかしたら全くの見当違いの施設かもしれない。

 だが通り道でもあるし、寄ってみてもいいだろう。それぐらいの軽い気持ちだった。


 その日、予定通り厳島神社を参拝した後、シーサイドラインを流して大島に乗り込んだ。

 走る車もまばらな国道をカッ飛ばし、勝手に謎の施設扱いしていた記念館へと到着したのは、午後の二時を少し回った頃だったろうか。

 島の端っこ。海のすぐ近くに、田舎の小さな公民館のような施設が建っていた。

 僕は近所に住んでいる奥さんらしき職員さんに入館料を払い、展示室に足を踏み入れる。

 平日の午後。入館者は僕とおじさんが一人。

 駐車場に単車を並べた時から分かってはいたが、人気の施設とはいいがたい客入りだ。

 展示室の中身はやはりというか予想通り、「戦艦陸奥」に関する品々が展示されていた。


 戦艦陸奥。


 それは戦前の日本が世界に誇った巨大戦艦。

 姉妹艦の「長門」と共に世界最強格の戦艦に与えられた「ビッグセブン」の称号の一角を占めた戦艦だ。大和級戦艦が登場するまで、文字通り日本最大の戦艦だった。

 展示品を見ていた僕は、ここがただ単に戦艦陸奥のための記念館ではないことに気が付いた。

 展示されていたのは、戦艦陸奥からの引き上げ品だったからだ。陸奥は大戦中に、事故か事件か謎のまま爆沈した悲劇の戦艦だ。


 自慢にもならないが、僕は軍事関係の情報が大好きだ。

 当然、戦艦陸奥が瀬戸内で爆沈したことは知っていたし、それが柱島沖であることも知っていた。

 ただ、その柱島がどこにあるかまでは知らない。勝手に広島 呉沖にある島の一つだと思っていた。だが違う。引き上げ品がここに展示されているという事は・・・

 僕くは急いで受付に戻り、人のよさそうな職員さんに尋ねる。


 「陸奥が沈んでいる方向はどっちですか」

 「方向ですか」


 職員さんが目をぱちくりとさせた。


 「はい。大体で構いません」


 そうなのだ。

 この近くに陸奥は沈んでいる。そうでないとこんな記念館は建てないだろう。

 そんな確信めいた期待に早口になってしまったのだろう。職員さんは少し笑うと、背後へと振り返り指射した。

 僕の視界には施設のコンクリート壁が映る。だが、はっきりと海が見えた。


 「ありがとうございます」


 急いで出ていこうとする僕に職員さんが声をかける。


 「そこの高台から見えますよ」

 

 お礼もそこそこに、僕は施設を駆け出し高台へと駆け上がる。

 海が見えた。

 そして、出会った。

 巨大な黒鉄の塊たちに。かつて戦艦陸奥を構成していた鉄の塊に。


 それは残骸というにはあまりに大きすぎる代物だった。そして残骸らしく雨ざらしの高台に無造作に並べられていた。余りに無造作に並んだ残骸たちは、前衛芸術のオブジェの様相を呈している。


 僕は海を眺めるのは後回しにして、陸奥のスクリューに触れた。

 固い感触が右手を伝わり脳の奥で鳴り響く。鉄琴の音だった。

 百年近く前に製造されたであろう陸奥のスクリューは、意外なほどに美しい状態を維持していた。


 「いい鉄、使ってんなあ」


 鉄の事なんぞ、これっぽっちの分かりなどしないが、そんな感想が浮かぶ。

 当時最高の鋼材を使っていたのだ。今の水準から見ても良い品質だと思う。当然のように右の掌には錆一つ付きはしなかった。

 

 スクリューの隣はよく分からない、文字通りの残骸が一つ。

 僕はそいつを飛ばして、大きな筒を備えた残骸に近づく。

 こいつは陸奥の舷側に並んでいた140ミリ砲だ。子供の様な言い草で恐縮だが、物凄くデカい。こんな大砲で弾を撃ったら、どれほどの爆音が轟くのだろうか。

 しかもこの大きさで副兵装なんだから、主砲だった410ミリ砲はどれだけ大きかったのだろう。もはや僕の想像の限界を超えている。

 僕は残骸たちをぐるりと回りこむ。すると一つ飛ばした残骸の正体が分かった。

 それは陸奥の船首、鼻先、一番先端の部分だった。

 かつては付いていたであろう菊の御紋は喪失していたが、舳先としての原形をとどめていた。 


 僕は陸奥の船首に触れる。

 スクリューや武装とはまた違った印象を受けた。

 かつて日本の誇りと言われた長門級戦艦二番艦「陸奥」が確かにそこにいた。

 二千人近い乗組員と共に、原因不明の爆発で沈んでしまった陸奥。それが今僕の前にこうして姿を現しいてる。

 こんな人気のない島の片隅で、海風に吹かれていたのだ。


 思いがけなく、古い友人を見かけたような気持になる。

 嬉しいような、懐かしいような、寂しいような、悲しいような、ごちゃまぜの感情が一斉に襲い掛かってくる。

 僕は思わず話しかけてしまった。声に出して。鉄の塊にだ。

 返事はなかったが、大きな納得感を得た。何に納得したのかは僕にも分からない。



 高台に立ち、柱島の方角に目を向ける。

 桜を散らす穏やかな風を受け、瀬戸内が静かに揺らめいていた。

 突然、大きな水音を立てて黒鉄の塊が水面に浮かび上がる。

 瀬戸内の海に確かに陸奥は浮かんでいた。あの日の様に。



              終わり

 エッセイ的小説になります。


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