表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/8

イタコノイド5

 懋坂村の隣山にある火葬場から煙が上がっている。今頃向こうでは梓月がポロポロと大粒の涙を落としているに違いない。暑かった夏の日差しは分厚い雲に覆われて冷たい風が吹く。その肌寒さはどこか寂しさに似ていて祖母が亡くなったことをこれでもかと実感させる。


「感傷に浸っているところ申し訳ありませんが、情報、集めてきましたよ」


 事解は一枚の紙を俺に渡す。それは昨日俺が彼女に依頼していた偽扇たちの情報。事解と彼女が持つ人形の霊能力があれば情報を集めるのは容易いこと。礼を言ってすぐに目を通す。


 道陸岐。道陸女夫の実子で父親と同じく言霊の霊能力者だが、父親と違って人を動かす力は無く、その力は物や自然に限る。

 菊理扇(偽)。本名不詳、記憶が混濁していてわからないが自分を菊理扇だと信じようとしている。おそらく幽体離脱が得意。

 伊賦夜坂遥遥。霊能力者連合会の偉い人。触れた人の未来を見れる。


「まあそういうこと」

「な!?」


 いつのまにかそばに立っていた伊賦夜坂に手首を握られる。


「困ったことに僕は同じ人の未来を一度しか見れない。しかもその時点での未来だ」


 急いで腕を振り解く。思ったよりもかなりの力で握られ手首には腕の跡がしっかりとついていた。


「へぇそれじゃあその情報を今知った俺の未来は今お前が見た未来とは変わっているかもな」

「問題ないよ。未来は誰にでも変えられるから。じゃあね」


 そう言って伊賦夜坂は足早に去っていく。嵐のような人とは彼のことを言うのだろう。


「何なんだあいつ……」

「気にするだけ無駄です。とにかく情報が少ないかもしれませんが、有効活用してくださいね」


 そう言って事解も去っていた。雲はより分厚くなり、火葬場の煙と同化している。明日には雨が降るだろうか。俺は肌を撫でる風に身震いし家の中へと入って行った。


 そして日が落ちまた登り、ついに本物の菊理扇を決める日がやってきた。




 四方の襖に蛇の絵柄が書かれた居間に数人の人々が集められる。白山家四人、事解、野瀬さん、道陸女夫、そして俺含め四人の菊理扇。俺たちと対面するように眼鏡をかけたブカブカのスーツの若い女が正座する。


「弁護士の垂出祥子です。えっと、これより菊理紐様の命に従い遺言書に書かれた菊理扇様を特定したいと思います」


 ここで待ったをかけたのは伊賦夜坂遥々だった。


「失礼。来る予定の弁護士は衝立さんではなかったですか?」

「先輩……あ、衝立弁護士は流行病に罹ってしまい来れないそうです」

「誰かさんが霊を使って操ろうとしたからじゃないですかね」

「わ、私は霊能力者じゃありませんが精一杯頑張りますのでぇ」


 事解はくすくすと笑い、伊賦夜坂は思惑が外れた様子を一切隠そうともせずため息をついた。垂出弁護士は泣きそうである。


「あ、あのそれじゃあ始めてもいいですかね……?」


 どうぞと一声かければそれでは早速と垂出弁護士は早速どころか遠慮するようにそれぞれに目を配る。


「そ、それじゃあ誰から……」

「ワシじゃ! ワシが見せてやる!

「え、じゃあ右の、あ、私から見て右の菊理扇様から」

「よしきた!」


 元気よく返事した道陸は襖を開き廊下の雨戸を開けた。今日は生憎の天気で一日中嵐の予報らしい。強い強風が雨を引き連れて部屋に吹き荒れる。垂出弁護士は書類や遺言書が風に吹き飛ばされないよう必死だ。


「かっかっか! 見とけよ貴様ら、これがワシの力じゃ! 嵐よ今すぐ鎮まらんか!」


 そう道陸が叫べば、次第に雨の勢いは落ちて雲の隙間から日光が顔を出し始める。


「ほおぉこれは凄いですね」


 垂出弁護士は感嘆の声を漏らし、道陸女夫はそれに賛同するように頷いた。どうじゃどうじゃと騒ぎ立てる道陸岐にやれやれと口を開く。


「これが霊能力だとお思いで?」


 だが俺よりも先に口を開いたのは伊賦夜坂だった。


「はあ、でも天候を変えるなんて人間業には思えないのですが……」

「こんな言葉を聞いたことはありませんか? 山の天気は変わりやすい」

「聞いたことはありますが、あの嵐を一瞬ですよ?」

「いえ、一瞬ではなかったでしょう」


 伊賦夜坂は淡々と言葉を紡ぐ。それは俺がした道陸の言霊への対策と同じように。道陸岐は物や自然をその言葉で操ることができる。そしてあの快活な性格だ。どうせやるなら天候のような大きな物を変えると予想はしていた。それに――。


「彼が発言してから雨が止むまで時間がありましたよね? それに思い返してみてください。貴女が彼を指名したのではなく、彼が自分から名乗りをあげましたよね」


 そう。道陸の性格なら一番初めにやりたがるはずだ。それがわかれば後は簡単。


「彼は予め天気予報を調べておいてタイミングよく嵐よ止めと言ったにすぎないのです」

「はぁあ? ワシの力が嘘と言うつもりか?」

「ああ、もう言ってるんだけど」

「貴様ぁ!」

「辞めんか」


 今にも飛びかかりそうな道陸だったが、女夫の言葉に体を止める。


「でも」

「でもではない。伊賦夜坂の、無礼は詫びぬが、今回の件は手を引こう。しかしこの道陸の力を嘘とした代償、ただでは済まさぬからな。いくぞ」


 道陸たちはそう言って部屋から出ていった。伊賦夜坂は終始にこやかに手を振ってその性の悪さを曝け出す。


「あ、えっと、じゃあ次の菊理扇様」

「僕が菊理扇僕が菊理扇僕が」

「あの、え、あの」

「はい僕が菊理扇です。違う! 違わない。幽体離脱ができます」

「え、はい」


 錯乱した菊理扇(偽)はその場に倒れ込むと動かなくなった。


「え? え? あの、大丈夫ですか?」

「ふむ、生きてはいますね」


 伊賦夜坂が近づき生死を判断する。

 そして数分後、菊理扇(偽)は再び目を覚ます。


「どうですか。僕は菊理扇ですが」

「ええ……どうですかと言われても……」


 事解に貰った紙に書かれていた幽体離脱という文字を見た時からこうなることは予想できていた。霊なんて普通の人には一切見ることができない。弁護士が霊能力者だったらその前提は崩れるが、だったら霊能力者かもしれない弁護士を監禁でもして今日だけ外に出られないようにすればいいだけの話。垂出弁護士はど素人なので見えないだろうと考えたわけである。


 さっきは俺のパフォーマンスを伊賦夜坂に奪われたが、今回は何もする必要はない。放っておいたら自爆する爆弾に近づく必要はないのだ。そしてそれは伊賦夜坂の持つ未来視への対策にもなる。


 未来視を証明しようと思えばこれから起こることを予言するしかない。しかし、今日この場でそれをするには時間がかかり、さらには俺が起こるまでの間に細工をしただろうと偽装した証拠を提示するだろう。だから伊賦夜坂は起こったことのタネを暴きそれを予め知っていたからだというスタンスを取ることで未来視を証明する算段なのだろう。


 だが、何も起こらなければ彼の力は無いにも等しい。道陸のタネを暴いただけじゃあ信憑性に欠ける。後は俺より先に霊能力を披露させれば問題ない。クジでも引くなら細工して。だがそんな思惑を抱く必要はなかった。


「いえ、僕には見えましたよ」

「は?」


 伊賦夜坂は菊理扇(偽)の霊能力を認めたのだ。一体何を考えているのかと唖然する。


「本当ですか?」

「ええ、だって僕は本物ですから」

「それならそいつも本物ってことになるんじゃないか?」

「そうだ僕は菊理扇だ」


 伊賦夜坂は当然の疑問に勝ち誇ったような笑みを浮かべた。偽物はぶつぶつと自分は菊理扇だと繰り返していたが、本物という言葉に反応する。


「ああ。だけど、君が本物かどうかを判断するのは僕らではなく、垂出弁護士、貴女ですから」


 失念だった。いや、しかしそれでも問題はない。今のは自分が霊能力者であるというちょっとした一押しにすぎないのだ。


「どう? 僕は菊理扇ですか?」

「私にはただ寝ていたように思えるので……」


 それを聞いた菊理扇(偽)は目をかっ開いてまたぶつぶつと呟き始める。


「違う僕は菊理扇だ僕は菊理扇だ僕は」

「さて、垂出弁護士。僕は未来を見ることができます」


 そんな不気味な呟きを全く意に介さず、伊賦夜坂は懐から一枚の紙を取り出した。


「その紙には今日起こること、つまりは彼らが何をするのかを事前に書いておりました」

「はあ、天候を変える、幽体離脱。確かにそうですが、彼が何をするのかは書かれていませんよ?」


 垂出弁護士は俺に目を移しそう言った。伊賦夜坂は鼻で笑う。


「彼は何もできませんよ」

「できるが?」


 伊賦夜坂はまたも鼻で笑う。俺はとにかく嫌な予感がして証明させろと言った。


「まあ待てよ、まだ僕のターンだ。垂出弁護士、僕は未来視ともう一つ、降霊術が使えるのですよ」

「な……!」


 俺は驚きを露わにする。降霊術、それは俺が本物であることを証明するために使おうと思っていた霊能力。祖母と同じ力であり、事解の力があれば弁護士の記憶から亡き人の再現ができると考えていたもの。伊賦夜坂が未来視で俺を見たのはそれを真似るつもりだったからか。


「降霊術ですか。確か菊理様もイタコだったとか」

「ええ、では垂出弁護士。貴女は幼い頃に父親を亡くしていますね。その方を今、この身に降ろして見せましょう」


 伊賦夜坂はそう言って仰々しくポーズを取るだろう。俺がやる予定だったことを一言一句違わず見た未来を辿るだろう。事解は梓月たちはどんな顔をしているだろうか。ああくそ、やられた。完敗だ。俺は悔しさから震え項垂れる。


「祥子」

「お父さん?」

「ああ、そうだよ。久しぶりだね。覚えているかな? 祥子は昔から目標を決めたらできるまでチャレンジする子だったな。自転車に初めて乗った日も朝から晩まで。でもドジだから傷だらけになって。でもそんな祥子だから今は弁護士になれたんだね。お父さん、天国で自慢しちゃうよ」

「あの……」

「ごめんよ祥子。お父さんは長くここに居られないみたいだ。でも、元気な祥子が見れて嬉しいよ。大丈夫。ドジだけど祥子なら立派な弁護士になれるからね。天国でも応援しているよ。……どうやら成仏したみたいですね」

「あの、言いにくいんですが」


 ああ悔しい悔しい。


「父はまだ生きています」


 悔しすぎて思わず笑ってしまったよ。


「あっはははは!」

「な、何で……」


 伊賦夜坂は事態が飲み込めていないようで驚きのあまり固まってしまう。可哀想な彼に俺が本物を見せてあげよう。


「垂出弁護士。貴女が幼い頃に亡くされたのは父親ではなく母親ですね。それから自転車には今も乗れない」

「ええ! そうです」


 つけ加えるなら弁護士ですらない。

 俺は口角を釣り上げて伊賦夜坂に耳打ちする。


「未来ってのは簡単に変わるんだぜ」


 タネを明かせば簡単な事。伊賦夜坂は俺が降霊術を行った未来を真似している。その未来と違うのは誰が垂出弁護士に披露しているかということ。


 今度は俺が勝ち誇ったように堂々と。さあ後は詐欺師らしく遊んで終わろうか。俺は垂出弁護士の死んだかも知らない知人を演じて、全ての演目が終える。




「さて、それじゃあ垂出弁護士。誰が本物の菊理扇か判別して貰えますか?」


 聞くまでもない。伊賦夜坂は負けを認めたのかつまらなさそうに静かに座り、菊理扇(偽)も放心状態だ。


「はい。本物の菊理扇様は……私から見て左端の、泣き母と会話させてくれた貴方と判断しました」


 当然だと笑う。やはり始めから勝ちの決まっている勝負は何度やっても気分がいい。さて、後はだれでしょう弁護士から書類を貰って今回の件は全て解決である。


「違う!」


 そう声をあげたのはずっとぶつぶつと呟いていた菊理扇(偽)。


「違う僕が、僕が菊理扇なんだ!」

「おいおい、見苦しいぞ。勝負は決まったんだ。弁護士先生が俺を菊理扇と判断すれば俺が菊理扇なんだよ」

「うるさい!」


 そういって彼は後方に座る事解から強引に人形を奪った。


「まずい、みんな目を瞑れ!」

「残念。一足、遅かったな」


 目まぐるしく回転する意識の中、そう聞こえたのは伊賦夜坂の声だった。


――――――


 やはり始めから勝ちが決まっている勝負はいいものだ。事解パラミイが来ていると知った時からこの未来は見えていた。

 斬罪霊宅を彷徨くには少々目が多すぎたが、こうして一つの部屋に閉じ込めてしまえれば問題はない。冷ました顔の男を連れて目的の部屋まで歩いていく。


 霊宝千引岩の在処は検討がついていた。この家、いや斬罪山には霊がいない。それは霊宝の力によるもの。

 霊宝千引岩は魂の通り道。その力はあの世への吸引。魂を肉体や霊宝で守って置かないと誰でもあの世へ連れ去られる。それは隣を歩く男も例外ではない。幽体離脱なんて魂を肉体の外に出す危険行為だ。だが、練度のあるものは臍の緒の如く肉体と繋がったまま霊体になることができる。それもまあ、精神が壊れていれば不可能だろうが。

 後は空になった肉体に自分に取り憑かせていた幽霊を憑依させれば従順なコマの完成である。しかし事解も霊宝の力は知っていたはずだが、記憶から相当の腕のものと判断したのだろう。


 話を戻し、いくら霊宝といえどこの山全体に効力を発揮するにはそれなりの場所が必要だ。その場所は一つしかない。山の中心。この斬罪霊宅にはそこに行くための地下通路があるはずだ。


 そんなわけで兎の間。ちょうど山の中心の垂直方向にあるこの部屋の畳を引き剥がしていく。


「やっぱり」


 目当ての地下への扉を見つけ笑みを浮かべた。中は光も通さないほどの暗闇。古い梯子があの世へ続く道のように等間隔に並んでいる。


「お前はここで待ってろ」


 暗闇の中、梯子を伝って降りていく。壁に打ちつけた鉄の梯子は錆びついて、嫌な感触を手に齎す。十数分かかっただろうか。やっと辿り着いた地下を携帯のライトで照らし、目当ての岩を探す。薄い光を反射するように一つ黒い金庫があった。


 金庫は随分と古い物でダイヤル式の鍵が掛かっている。しかし問題はない。長年地下に置かれた金庫の蝶番は錆びついて壊れている。これでは鍵が掛かっていないのと同義だ。菊理の婆さんも歳であの梯子は降れないため、気づかなかったのだろう。


「悪いね、菊理。霊宝は貰っていくよ」


 そう一人で呟き開かれた金庫の中を見て……膝から崩れ落ちた。


「か……空、だと」


 あるはずのものがない。霊宝も私財の全ても。金庫の中は既に誰かに奪われたように空っぽだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ