満月の夜の告白2
天上にたなびく黒雲から覗く月が、ぼんやりと下界を照らす。湖には鏡うつしに空が映り、夜半の時はまるで息をしていないのように久遠を流れてゆく。
そう。ここは人ひとりいない、しじまの月鏡の湖畔。
そこで、私と彼は向き合っている。
「暁! なら僕からも訊くぞ……」
口元にやった左手の下で、いくらかトーンを抑えて彼がそう言った。
横顔にかかる柔らかい銀髪を夜風が揺らしている。その度にあらわになる蒼眼の片割れ。これまで余所見をしていた瞳が動いて、私は殊異な蒼白い眼光にすっと射抜かれた。ひゅ、と息が止まる。
やがて『彼』が顔をこちらに向ける。白肌の左手をゆっくりと下ろすと、口元が不気味にゆるく弧を描いているように見えた――いや、もういつものように小さく結ばれている。
月の逆光と夜天に彼の輪郭がぼやけて、まるで煙幕を張られてるようで。
なんだろう、何かおかしい。
私は他人の感情の機微に敏感で、彼の隠した本心にも気づけてきたはずなのに。今、なにか奇妙だった。
――風に雲が流れゆき、間もなく満月が顔を出した。彼は光に満ちた月を背負い、反抗と不快の色を乗せた眼差しを向けてくる。その青は鋭く美しく、仄かに奥に薄暗い闇を宿していて。私は思わずどもった。
「君はどうなんだ」
……どうとは何が。なんの話なのか。
彼はというと、さっきまで顔を赤らめていたのが嘘や演技だったのかと思える程の真剣な面持ちだ。瞬き一つしないで、その真っ青な眼で私をねめつけている。それと低く温度の籠った声で尋ねてくるので、流石の私も怖気づいてしまう。
どうしていいか分からない。すう、はあ、と息をするので精一杯だ。先ほどまでの攻勢は逆転して、追い詰められるのはいつの間にか私だった。
「聞いてるのか? 君の口から聞かせろ」
ああ、目を逸らせない。怖い。
なにが?
返答次第で、『彼』との関係性が大きく変わるかもしれない。
停滞してるのか渦巻いてるのかも分からないこの脳が、そう思ったからだ。そうなれば彼は私を、私は彼をどう思うのか。ある程度想像できる。できるが、想像したくない。今だけは何も考えないでいたい。
「人には訊いておいて」と不満を滲ませ、彼の低い声が冷えた空気を裂いた。
「答えを用意していないのか。無策も甚だしいが、咄嗟に出る本心もないんだな……」
待って。怒らないで。話がまだできてない。
「ならいい。前言撤回だ……今あったことは忘れろ」
「――ちょっと待てよ馬鹿っ」
彼は風でめちゃくちゃになった銀の絹に触れ、イヤリングの耳にかけてから足を踏み出した。そして私の横を通り過ぎ、一瞥もくれず湖畔からさっさと遠ざかっていく。
白い上衣をたなびかせて横切られる一瞬、私のぶれる視界が捉えたその表情はまるで氷のようで。肺に北風が吹き込んだ。
私は弾けるように手を伸ばした。しかし届かず、虚しく夜闇を掴むのみ。
ああ、涙が湧き出てこないのが不思議だ。目も唇も強風にさらされて乾いているのが分かる。体の芯が重くて、これ以上声を上げられない。離れていく彼の背中をただ見ている。それしかできない自分が嫌になった。
それを嘲笑うかのような、月の綺麗な夜だった。