表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月鏡の畔にて ~感情的な平民娘と神様めいた氷輪の青年が、真に心を許し合うまで~  作者: るり石
第1話 北嶺の薄明

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/105

満月の夜の告白


 しかし、案の定といったところか、御影公慈は雲隠れを続けた。


 北方さんと一緒にいるときを狙っても、仕事場の研究室に突撃しても、図書館を張ってもてんで駄目だった。よっぽど私に会うことが怖いらしい。相変わらず逃げ腰で()(きょう)だ。情けない。

 時々私の様子を伺いに図書館に来てることはこれまでの経験から分かっていたし、気配からもなんとなく気付いた。問題はどう会いに来ているのかだ。彼という存在の根幹に関わる秘密を知る人を探さなければならない。


「御影さんの友達?」

「そうです」


 うーん、と北方さんは首を捻る。


「俺より仲の良い人ね。いるにはいるよ。暁ちゃん」

「教えてください」

幼馴染(おさななじみ)にね、熾火(おきび)(さえ)って人が、あっ駄目だ口止めされっ……まいっか、御影さんと長い付き合いになってる人だよ。腐れ縁だって言ってた」

「おさな……てか、え。口止めされてるって、今」


 北方さんは無邪気に笑う。それこそ、にこりと擬音がつきそうなくらいに。


「いいのいいの。暁ちゃんの恋を成就(じょうじゅ)させるためなら俺なんでもするよ。外堀埋めてこう!」


 *


「悪ィな。御影(チカ)んことはあんまり喋れねえよ」


 月鏡は静かな水面に満月を映し、その畔に私ともうひとり。

 月の光を乱反射させた真っ白な長髪に、人外じみた美しさを放つ容姿。黒いワイシャツとスラックスですらりと立ち、黄金の目を細めハスキーボイスでくつくつと笑うこの人物(多分女性だ)。彼の最も(ふる)い友人だというが、どうしてこう中性的で人間ぽくないのが多いのか。


「そう言わず教えてください、彼のこと」

「んー? あんなのやめとけって。めちゃくちゃややこしいから、あいつ」


 いくら食い下がろうと、彼女は首を縦に振らなかった。この口の固さを知っていたから、『彼』はこの人にだけ腹を割れたのだろう。そして、そのお陰であいつは自身の心臓部分を()(とく)してこれた。

 この場は言わば(とりで)だ。ここを落とさないと彼への近道は拓かない。しかし、冴さんの口から出てくるのは、『彼』を(おとし)める言葉ばかりだった。


「仲良いオレんこともお前呼びだし。粗暴だし基本偉そうなんだよなァ」

「本質的に人を見下してんだ」

「人に暴言吐くか悪口言うかからかうかしてるだけだぜ、あいつ。人にも合わせらんないしダメダメだ」

「今まで何回も棄てられてきたんだ。それだけの奴ってことさ」

「人間の一般常識とか、人の気持ちやら感情やらがわからねぇんだよ。生まれも育ちも持ってる才能も特殊でさ、違いすぎるんだ」

「アンタももうわかってるだろ。あいつは人間じゃない――」



「うるせぇっ!!!」


 

 私の叫びに、場はしんと静まりかえる。


 友人の悪口や愚痴(ぐち)を連ねていた冴さんが一瞬で黙り込んで、呆気(あっけ)に取られた表情をする。私の中を渦巻いていた感情――これは多分怒りだ、喉が潰れそうになるくらい叫んでも収まりそうにはなかった。言葉が腹の奥でぐつぐつと煮えたぎる。

 胸が重い。泣きそうだったけど、深呼吸と一緒に涙を飲み込んだ。



「そんなに私を遠ざけたいの!?」



 怒鳴り散らした。返答は……ない。しかし、叫んだ私を見る彼女の雰囲気はよく知ったものに違いなく、確信を得る。少し呼吸をおいて、もう一度声を上げる。


「馬鹿ねえあんた! 私、あんたのこと嫌いすぎて見た目違ってもわかるようになったのよ」


 声の端々が可笑(おか)しさやら(むな)しさやらで揺れる。私とあんたのやってることは文字どおりの茶番劇。馬鹿な()だ。それに執着してしまった私も馬鹿だ。


「逃げんなよ、腰抜け」


 背を向けようとしていた相手の腕を、ぎゅっと強く掴む。


「またいつもの魔法でしょ、あんた」


 目の前の人間は、声を発さず息を殺して呼吸を繰り返している。私は伏せられた黄金の目を覗き込んで続ける。


「姿変えて、喋り方も違ったし……仕草なんかも別人みたいにできるんだぁ、へえ~、できるんだ~……」


 私がニヤリと笑うと相手の長い睫毛が僅かにびくつく。恐怖か申し訳なさからか、すっかり目を閉じてしまう。まるで悪戯が見つかった子どもが叱られているみたいで可笑しい。

 当たりだったようだ。

 なら、あとひと押し。ゆっくりと()に問い掛ける。


「ねえ公慈さん。煽られて、追い詰められるのってどんな気持ちなのか教えてくれる?」


「少なくとも良い気はしないな」


 ちゃんと『彼』の声だった。

 冴さんの立ち姿は、霧が晴れるように見慣れたものに変わった。前も見た魔法だ。結んだ銀髪に、ゆっくりと開かれた眼は澄んだ青。

 後ろめたさがあるようで、視線は非常に分かりやすく逸らされていた。でも逃げる気はなさそうなので、掴んでいた手をそっと離してやる。

 私は意を決して彼に問うた。


「私のこと、そんなに嫌いなの?」


 少し待って返答。


「もうわからない。でも…………今も君が気になって仕方ない」

「好きなの? 嫌いなの?」


 被せて問い詰めると、彼の眼が不安そうにこちらを捉える。あれだけ苦手だったそれも、怯える無垢(むく)な子どものように揺らいで、(はかな)く綺麗だと思った。

 癖で眉をひそめた彼が、うるさいなと鬱陶(うっとう)しそうに小さく呟く。


「好きで悪いか?」




 …………ん? なんて?




「少しくらい反応を寄越せ。聞こえてる癖して卑怯な真似をするんじゃない……」



 情けなく震えた声が次第に(しぼ)んでいく。

 口元を手で覆い、顔を背ける彼の――青い三日月型に宝石の散りばめられたイヤリングがついた耳。

 それが真っ赤になっていて。



 これは、やっちまったと思った。





 続


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ