満月の夜の告白
しかし、案の定といったところか、御影公慈は雲隠れを続けた。
北方さんと一緒にいるときを狙っても、仕事場の研究室に突撃しても、図書館を張ってもてんで駄目だった。よっぽど私に会うことが怖いらしい。相変わらず逃げ腰で卑怯だ。情けない。
時々私の様子を伺いに図書館に来てることはこれまでの経験から分かっていたし、気配からもなんとなく気付いた。問題はどう会いに来ているのかだ。彼という存在の根幹に関わる秘密を知る人を探さなければならない。
「御影さんの友達?」
「そうです」
うーん、と北方さんは首を捻る。
「俺より仲の良い人ね。いるにはいるよ。暁ちゃん」
「教えてください」
「幼馴染にね、熾火冴って人が、あっ駄目だ口止めされっ……まいっか、御影さんと長い付き合いになってる人だよ。腐れ縁だって言ってた」
「おさな……てか、え。口止めされてるって、今」
北方さんは無邪気に笑う。それこそ、にこりと擬音がつきそうなくらいに。
「いいのいいの。暁ちゃんの恋を成就させるためなら俺なんでもするよ。外堀埋めてこう!」
*
「悪ィな。御影んことはあんまり喋れねえよ」
月鏡は静かな水面に満月を映し、その畔に私ともうひとり。
月の光を乱反射させた真っ白な長髪に、人外じみた美しさを放つ容姿。黒いワイシャツとスラックスですらりと立ち、黄金の目を細めハスキーボイスでくつくつと笑うこの人物(多分女性だ)。彼の最も旧い友人だというが、どうしてこう中性的で人間ぽくないのが多いのか。
「そう言わず教えてください、彼のこと」
「んー? あんなのやめとけって。めちゃくちゃややこしいから、あいつ」
いくら食い下がろうと、彼女は首を縦に振らなかった。この口の固さを知っていたから、『彼』はこの人にだけ腹を割れたのだろう。そして、そのお陰であいつは自身の心臓部分を秘匿してこれた。
この場は言わば砦だ。ここを落とさないと彼への近道は拓かない。しかし、冴さんの口から出てくるのは、『彼』を貶める言葉ばかりだった。
「仲良いオレんこともお前呼びだし。粗暴だし基本偉そうなんだよなァ」
「本質的に人を見下してんだ」
「人に暴言吐くか悪口言うかからかうかしてるだけだぜ、あいつ。人にも合わせらんないしダメダメだ」
「今まで何回も棄てられてきたんだ。それだけの奴ってことさ」
「人間の一般常識とか、人の気持ちやら感情やらがわからねぇんだよ。生まれも育ちも持ってる才能も特殊でさ、違いすぎるんだ」
「アンタももうわかってるだろ。あいつは人間じゃない――」
「うるせぇっ!!!」
私の叫びに、場はしんと静まりかえる。
友人の悪口や愚痴を連ねていた冴さんが一瞬で黙り込んで、呆気に取られた表情をする。私の中を渦巻いていた感情――これは多分怒りだ、喉が潰れそうになるくらい叫んでも収まりそうにはなかった。言葉が腹の奥でぐつぐつと煮えたぎる。
胸が重い。泣きそうだったけど、深呼吸と一緒に涙を飲み込んだ。
「そんなに私を遠ざけたいの!?」
怒鳴り散らした。返答は……ない。しかし、叫んだ私を見る彼女の雰囲気はよく知ったものに違いなく、確信を得る。少し呼吸をおいて、もう一度声を上げる。
「馬鹿ねえあんた! 私、あんたのこと嫌いすぎて見た目違ってもわかるようになったのよ」
声の端々が可笑しさやら空しさやらで揺れる。私とあんたのやってることは文字どおりの茶番劇。馬鹿な男だ。それに執着してしまった私も馬鹿だ。
「逃げんなよ、腰抜け」
背を向けようとしていた相手の腕を、ぎゅっと強く掴む。
「またいつもの魔法でしょ、あんた」
目の前の人間は、声を発さず息を殺して呼吸を繰り返している。私は伏せられた黄金の目を覗き込んで続ける。
「姿変えて、喋り方も違ったし……仕草なんかも別人みたいにできるんだぁ、へえ~、できるんだ~……」
私がニヤリと笑うと相手の長い睫毛が僅かにびくつく。恐怖か申し訳なさからか、すっかり目を閉じてしまう。まるで悪戯が見つかった子どもが叱られているみたいで可笑しい。
当たりだったようだ。
なら、あとひと押し。ゆっくりと彼に問い掛ける。
「ねえ公慈さん。煽られて、追い詰められるのってどんな気持ちなのか教えてくれる?」
「少なくとも良い気はしないな」
ちゃんと『彼』の声だった。
冴さんの立ち姿は、霧が晴れるように見慣れたものに変わった。前も見た魔法だ。結んだ銀髪に、ゆっくりと開かれた眼は澄んだ青。
後ろめたさがあるようで、視線は非常に分かりやすく逸らされていた。でも逃げる気はなさそうなので、掴んでいた手をそっと離してやる。
私は意を決して彼に問うた。
「私のこと、そんなに嫌いなの?」
少し待って返答。
「もうわからない。でも…………今も君が気になって仕方ない」
「好きなの? 嫌いなの?」
被せて問い詰めると、彼の眼が不安そうにこちらを捉える。あれだけ苦手だったそれも、怯える無垢な子どものように揺らいで、儚く綺麗だと思った。
癖で眉をひそめた彼が、うるさいなと鬱陶しそうに小さく呟く。
「好きで悪いか?」
…………ん? なんて?
「少しくらい反応を寄越せ。聞こえてる癖して卑怯な真似をするんじゃない……」
情けなく震えた声が次第に萎んでいく。
口元を手で覆い、顔を背ける彼の――青い三日月型に宝石の散りばめられたイヤリングがついた耳。
それが真っ赤になっていて。
これは、やっちまったと思った。
続




