虚構の向こう
「御影さんに惚れちゃうなんてさ、君も変わり者だねぇ」
ハンカチの主、北方泉さんはのほほんと笑む。図書館の裏手、水を湛えて陽にきらめく湖を背にして、後ろに小さく結んだ紺の髪を跳ねさせながら。
この人が御影公慈の友人。『彼』に近い存在。私がハンカチを手がかりに探し当てた、唯一の希望。
『彼』とは正反対な、太陽のような雰囲気に目が眩む。
「でも、わかるよ。俺も御影さん大好きだから!」
そう言って北方さんは目を合わせ、親身に私の話に耳を傾けてくれた。そして、『彼』の出生を――貴族の出でありながら研究に人生を捧げているということを知った。
「あの人は別れを嫌って、出逢いを避けたがる。だからずっと嘘をついて独りで居続けるみたいなんだ」
「……」
「昔に何人も大切な人を亡くしたんだって。ずっと迷ってるんだよ、今もね」
北方さんの言葉で、そうかと腑に落ちた。
端正な顔立ちに、人外めいたオーラを放っていた、いや、放っている『彼』。誰も傍に寄らせず、懐に入らせない性格。見えない壁を築くように、黙って無愛想でいたり、人を馬鹿にして不機嫌にさせたり。ひね曲がった性分さえ、『彼』のつくった虚構だったのだ。
私があいつと喧嘩するときの違和感は、気のせいじゃなかった。
「御影さんね、だいぶ雰囲気あるでしょ? だから、よく人間離れして浮いてるって言われるんだ」
「それは、ちょっと思いました」
「ふふ。孤独だしさ、ミステリアスで美形だから余計に言われてるのかもね。ちょっとした噂に変に尾鰭がついて、今じゃ不動の事実みたくなってるけど。いやあ怖いね、噂ってねえ」
間延びした声で語る北方さん。私は少し目線を彷徨わせてから、再び口を開いた。
「……でも、ないですよ。やっぱり荒唐無稽です。あの人はそれっぽく振る舞ってるけど普通の人です。でも私にとっては特別な人だから。好きなひとですから」
「おおっ」とどよめく。私は正面を力強く見据えた。
「協力してください、北方さん。私、あの人と付き合いたいんです」
最初に出会ったときの、亡霊のような佇まい。
人の心を見透かすような蒼眼。
霧のように姿を消したり現したり。姿を変えたり。
まるで彼自身が人間でない、と思わせる言動。
彼は秘密を抱えている。ひとりで隠し続けている。至って普通じゃないのは確かだけど、もはや彼の正体が何だってよくなってる自分がいる。
でも違う。
彼は人間だ。心のない生き物ではない。
確かにそこにいて、悩んで葛藤して私に触れてくれる。特別な存在で、今ならちゃんと好きだと思える。それっぽく振る舞っていても、演じていても、やはり彼は彼でしかない。
……会いに行かなくては。