再生の春2
「あっ」
次の日の図書館で、私は思わず声を上げた。
『彼』が――御影が帰ってきていたからだ。書架に向かう立ち姿はひとつも変わっていなかったし、クールで静かな雰囲気だっていつもどおり、だったけど。私は話しかけるのをかなりためらった。理由はお察しの通り。
どうしたものかと立ち尽くしていると、分厚い本から顔を上げた彼がこちらに気がついた。
「久々だね」
真っ青な切れ長の眼が私を捉え、細められた。生の声は数ヶ月ぶりに聞く。無表情で堅物な振る舞いを浴びるのも久々だ。この体が熱くなる感覚に、私は心の底からの歓喜を自覚する。うっかり、えっとかあぁとか言う挙動不審になってしまった。
「僕を覚えているか?」
「え? うん。もちろん覚えてるけど」
「長らく待たせてしまった……いや、どうだろうか。最早待ってすらいなかったか」
「えーっと、待つのなんてへっちゃらよ。気にしなくても良いわ。だって約束通り戻って来てくれたし」
「……どう償えばいいか」
「つぐなう……? って何を」
彼の顔に一瞬の翳り。なんとか聞こえるくらいの低い呟き。すくわれてる、と言ったようだった。
「それにしても、今日の君は目に見えて覇気が無いな」
今度は急に指摘されて、私はふるふるとかぶりを振った。
元気が無いことなんてない。久々に彼に会えたからむしろ逆だし、積もる悪口はあるけど吐き出すほどのものでもなく、会えた興奮や嬉しさのほうが余裕で上回っている。
ただ、気になりすぎることがあるだけで。
「……見たところ何やら引っ掛かることがあるようだ」
「わかってんならさっさと触れて、白状してよ!」
自分でも『しまった』と思うくらいキツい口調を投げて、私は彼の顔をじっと睨んだ。すると彼が本をパタリと閉じて、こちらに体の正面を向け、黒手袋でくすんだ銀髪をかき上げる粗野な仕草を見せる。瞼は伏せられ、次に。
「『俺』のことだね?」
私を見た。深い青が一瞬鋭く煌めいて、息の仕方を忘れそうになる。昨日の銀髪男がいるのかと錯覚した。けど、次の瞬間にはいつもの『彼』に戻っている。
なんとか頷く私。何故だろうか。心臓の鼓動が早まって、首筋の鳥肌が止まらない。
彼が顎に手を当て、悩ましげに軽く息をついた。
「これは参ったな。いや、予想できたことか」
「昨日の夜、私と一緒にお酒飲んだでしょ? 無自覚なの? それとも記憶残ってないとか」
「今晩……もし時間があるのなら、昨夕の店まで足を運んでくれると助かる」
私の早口の詰問が躱された、ことはわかった。
「……えっ?」
「昨日はえらく混沌としていたからな。仕切り直したい」
「ど、どゆこと? わかんない急すぎて」
「何度も言わせるなよ……昨日僕が連れ込んだバーがあっただろう? そこまで来てくれないか。場所が分からないのなら図書館前で待ち合わせよう」
いつもの堅苦しい口調ながら、彼がらしくなく積極的に提案してきた。私は面食らう。どうしたの、マジで。
まあ選択は一つだけどさ。
「行く!!」
「声が大きいぞ。響いてる」
「あ、反射でつい……」
「じゃあ、また後で」
彼はそう言い残し、白い服の裾を翻して颯爽と去っていった。私も慌ててうんと返事した。
今晩、真実の一部が明かされるんだ。そう思うだけで心が激しく高揚した。
**
烏頭白くして、馬角を生ず
**




