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月鏡の畔にて ~感情的な平民娘と神様めいた氷輪の青年が、真に心を許し合うまで~  作者: るり石
第4話 霞立つ湖

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予感の冬


 図書館の貸出受付で暇を持て余して、頬杖をつきながら。最近会っていないなぁ、と思う。


 風邪はすっかり治って元気が戻り、私が仕事に復帰して既に五日が経った。あの食事から『彼』は一度も私の前に現れていない。入れ違いになってるのかも。いや、身体が弱いそうだから、ひょっとしたらまだ体調を崩しているのかもしれない。

 あの気配は欠片(かけら)も感じないし、頼みの綱である北方さんとも全然会えないし。もしかして避けられてる……? そう思うと心が濁流のように荒れ狂う。連動して両目に波が押し寄せてきたけど、強くかたく目を(つむ)って堪えた。

 きっと、いや絶対大丈夫だ。今更捨てられなんてしない。あいつは必ず戻ってくる。逃げないと約束したから、私はあいつを信じる。だから今は仕事に熱中していよう。




 そんな中、次にやってきたお客は女性だった。

 腰まで届きそうな赤い髪を三つ編みにして、フード付きマントのいかり肩に垂らしている。切り揃えられた前髪、白い肌に鋭い碧眼、うす桃色の花の耳飾り。不機嫌な表情だが、人形のように顔立ちの整った美人だった。


「この本を借りたい」


 鈴を転がすようで、かつ一輪の花も連想させる声。私は応答を一瞬忘れた。ぬっと突き出されたささくれ一つないきれいな右手から、本を一冊受け取る。

 それは文字のほとんど無い子供向けの絵本だった。意外に思うけど特に触れはしない。こんなのは個人の自由だから。


 でもなんか、この人も知ってる気がして仕方ない。絶対どこかで会ったことあるのに。


「わざわざ許可がいるんだな。めんどくさい」


 藪から棒に声を掛けられて、ちょっと驚く。世間話でもするつもりなのだろうか。私も取り敢えず業務用の笑顔を張り付けて、会話に乗る。


「月鏡の外の方ですよね?」


 さっき寄越された本を確認すると、くしゃくしゃの紙が一枚挟まっていた。西の国境の関所が発行した滞在許可証である。


「部外者に冷たい、ここらしいと言やぁここらしい。あの野郎をホウフツとさせてムシズが走るね」

「そ……うですか」


 本を月鏡の外に持ち出すのは禁止だ。利用者それぞれが持つ個人識別票が図書館の名簿と合致する人物――つまり地元の人間は完全無料で図書を借りられる。団体貸出や特殊な資料を求める場合には、貸出届が必須だ。

 しかし、外国からやってきた人はそうはいかない。もし本を借りたいなら、身分や滞在期間を確認したうえで、期間限定の貸出許可証を発行する必要がある。この作業では高額なお金を取る。なお入館料でもお金を取る。

 ……私としても結構だるい。


「では、お名前をこちらに」

「名前だぁ?」

「誓約書です。図書の破損や盗難等がないよう、こちらの注意を読んでいただき、読了のサインをお願いしております」

「ふーん。手間だなオマエ」

「……仕事ですから」


 女性は不満を隠そうともしない。目尻を少しつり上げて、大きなため息までつく。


「ハァ。アレス、だ。名字はクルーガー。あと家族はレオナ」

「すみません、(つづ)りをこちらに書いて頂けますか? というか読みましたか?」

「知らん。文字なんざ」


 識字してないらしい。そんな人もいるか。

 私は書類を読み上げて、ようやく同意とぎこちない筆跡の署名を貰った。

 

「ありがとうございます。少々お待ちください」


 敵意満載でギスギスした口調に後込(しりご)みしつつ、もくもくと作業する。少し待たせてから貸出許可証と手続きを済ました本を手渡すと、恐ろしい勢いでぶん取られた。嫌なお客だ。まあたまにこんな奴は居るし、そんなに気にすることでもない。

 さあさっさと行け~と念を送っても、立ち去る気配が感じられなかった。言い残すことがあるのかも。厄介だなぁと辟易(へきえき)していると、案の定声は降ってきた。



「妙なのと一緒にいるだろ」

「え?」


 素の反応が出る。彼女と目が合った。


「アレはやめとけ。アレは死神の()(しろ)だ」

「し、にがみ……?」

「チュウコクしたぞ。じゃあな」



 冷酷な声。踵を返す前の(みどり)の瞳に、煉獄を思わす黒い炎が燃え(たぎ)っているようだった。そう、まるで首元に鋭いナイフの刃先が当てられているかのような――殺気。『妙なの』って何だ。誰のことを指しているんだろう。

 三つ編みとマントを揺らして去る、いかにも異国の旅人っぽい姿の女性。アレスさん。なぜだろう。


 いつか再び逢ってしまうような気がした。



 *



 仕事を終え、ふうと息をついて大きく伸び。今日は変なお客も居たけど、何事もない平和な一日だった。外に出ると辺りは真っ暗。そして凍りつきそうな気温。寒いのは好きだから別にいいが、夜目が利かないので暗いのは嫌だ。


 体をぶるぶる震わせながら夜道を帰ると、二通の手紙が家のポストに投函(とうかん)されていた。

 ひとつは父からの手紙。これは定期的に送られてくるやつだ。現在父と会うことは叶わないので、こうして手紙でやり取りをしている。

 もうひとつの手紙のほうには差出人の名が無かった。手帳の頁を破いたようなまっさらな紙が二つ折りになっている。この感じだと、郵便じゃなくて送り主本人が直接届けに来たらしい。不審に思いながら開くと、中には走り書きがあった。


 知っている字だ。多分仕事で処理する貸出届のひとつで見たんだと思う。短い文面を目で追って、私は紙を広げる指先を次第に震えさせていく。



『出張で遥か南西の国へ()く。月が二度満ちる前に必ず帰る。風邪には気をつけろ』



 この…………私の神経を逆撫でしてくる口上は絶対にあいつだ!!


 あ~~と(わめ)き散らす。風邪は既に引いたとか、出張なんてあんのかとか、大きな独り言で激情を発散する。気持ちをぶちまける矛先(ほこさき)が無いので大騒ぎだ。迷惑かけたらごめんなさい、近隣の人。

 でも、口ではそんなことを言いながら、初めて貰った直筆の手紙に舞い上がったのは内緒だ。


 必ず帰る、と。念を押すように書かれた文字が、私を元気付けてくれる気がした――――。


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