すれ違い
初秋になった。まだ夏の入り混じる季節だ。
あの汗ばむ晩夏の日――『彼』と食事して勢いで退散した後、なんと夕立に降られて、傘を持っていなかった私は結構大変だった。
とかいう話題になって、さっぱり忘れていた嫌な記憶が甦る、大親友ユーリとの食事兼雑談の会。
「ここの夏ぁそんなに暑くないじゃろ」
「ユーリちゃんはそうでも私はそうなのよ」
「さいです。でも雨に降られたのは大変でしたな」
「本当にね」
「水神さま、シャルのことイジメたいみたいだ、ふふ」
「私個人に居るかどうかもわかんない神さまがどうこうするわけないわよ……」
ユーリは夢心地で楽しそうだ。一方の私がちょっとドライっぽくなるのはご愛嬌である。
「冗談じゃないすか。シャルは真面目に受け取りすぎだぞっ」
「あんたが言うとマジに聞こえるのよ」
「そうかね?」
「そう」
「はッ!! 今我が脳内に美形神と生贄ガールの異類婚姻譚が浮かんだ! 捧げ物を喰わずにさんざん虐めて怯えられてしまう神がどんどん女の子のために行動して改心していくのだ……! よし書く」
「よくそんなんで教師やってるわね……」
「お前顔が良いな……?(脳内妄想)」
「そして聞いてねえ」
ユーリには、会話中に突然無我夢中で喋り出して他を取り残す、この特殊な『癖』がある。処理できるのは私くらいだ。普段は全ユーリの力を尽くして抑えており、周りにも物静かなほうだと認識されているらしい。そんな人にマシンガントークされたら、誰であろうとビビるだろう。でも実の所私はこれを聞いているのが好きで、彼女との食事は毎度楽しみにしている。
そもそも今も仲の良い友人は彼女だけだ。図書館の他の司書とも一応喋るけど、心は完璧に開けないままだった……だから悪いってこともないんだけど。
二人きりのお昼の食事はめちゃくちゃ盛り上がり、ランチタイムのピークを過ぎた店の閉店時間となってフィニッシュを迎えた。やり残した仕事を家で片付けると言ったユーリとは、店の前で解散した。
彼女とのひとときが終わったことを少し惜しく感じながら、私はひとり街を歩き家へ向かう。
すると見覚えのある二人組が視界に入ってきた。ブロンド髪の貴族っぽいやつと、白い長髪の高身長な女性だ。ずいぶん前に蕎麦屋で目撃したことがある。
ブロンドは腰の革製ホルダーに黒鞘のレイピアを差して、細やかな金刺繍入りの暗紫色の燕尾服を着た、いかにも公爵様や王子様然とした格好。ここ月鏡で刀剣は別に禁止されていないが、あの感じだと隣国の王子様とかが力を誇示してるのかもしれない。
女の人は色の抜けた長髪を肩に垂らしている。黒シャツに深紅のジャケットを羽織り、白いタイを合わせている。男装でもしているのだろうか。いや、その逆か? 背は私よりも遥かに高く、目測で『彼』と同じくらいだと思う。
断片的に聞こえる声によると、ブロンドが自分の周りは色惚けばっかで困るとか金がないとかいう話をして、それを塩対応で白髪が流している。真っ昼間から酒飲みやがって……と言って呆れ気味だ。あ、あだ名新情報。白髪は『ディス』ね。
お似合いだな、仲良いんだなとか感想を心の中で述べつつ、二人とすれ違った一瞬。『彼』の気配を感知した。私じゃないと見逃すくらいの微弱なサイン。
姿やら仕草やら喋り方やら! 変えてもお見通しなんだからな、この野郎。あのブロンド王子のほうだ。間違いない。
――――じゃ、白髪の女の人のほうは?
ふっと沸いた暗い感情はそっと仕舞い込む。振り返らずに雑踏をずんずん歩いた。俯いて、ぐるぐる回り続ける己の二本の足を見つめた。でも、知らないふりはできなかった。
足許ばかり見て早歩きしていたせいで、知らない人にもぶつかった。私は形式的に謝って、立ち止まって、堪えきれずに空を見上げる。
その日はずっと曇りで、永遠に夜が続いているみたいに暗く思えた。