湖の記憶
夢を見ている、と自覚する。
幻に包まれているかのように不鮮明で儚い夢だ。場面は前後の文脈を置き去りにして突然始まる。
いつもの図書館の四人掛けの閲覧席にて、二十歳くらいの女の人と向かい合わせで座る茶髪の少女。
あれ? これ、私だ。もしかして私自身の小さな頃の記憶か。昔のことなんて普段は忘れているのに、心の奥深くでは憶えているのだろうか。
女性は亜麻色の髪を高い位置でポニーテールにして、薄い青色の瞳を伏せつつ、万年筆で紙になにか言葉を書き付けている。
そして、それを待つ私。この時間が意外と好きだった気がする。「私のために誰かが行動してくれてる」なんて、照れ臭さ混じりの幸せに浸れるようで。
書き終えた紙に手を添えて、彼女はこちらへ向きを変えてくれる。幼い私は身を乗り出して、声を発せない彼女の書いた文字を静かに読む。
『ぼくがそうさせません。もしもう一度溺れかけたとしても、必ず貴女を救い出します。死なせはしません』
約束? と拙い口調で確かめる私。彼女は――フルーレさんはふわりと笑むと、さっきの紙の続きにこう綴った。
『約束です。必ず貴女を護ります』
その短い文章を読み終わってから私が顔を上げたとき――眼前に広がるのは真っ暗な自室の天井だった。
どうやら夢は終わり目覚めたらしい。窓の外の夜明けはまだまだ遠いことが窺えた。
ああ、でもそうしている間に。さっきまでの夢の内容が、人肌に融ける雪の結晶のように抜け落ちていくのがわかってしまった。
彼女は――今はどこで何をしているだろう。もう夢幻のように思い出せない、私の命の恩人。
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常夜は夢幻
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