【彼の心情3】
暁の視線には気づかず、向き合って会話する御影と泉の二人。儀式が始まるまでの暇つぶしの雑談中である。
「みっかげさん」
「泉君……少し黙れ」
「殺気放たないでください。こないだ暁ちゃんから聞きましたよ、好きっておっしゃったそうじゃないすか」
「はあ。言ったのか。よりによって君に……」
「ハンカチ経由です。前に貸したやつ返さなかった御影さんが悪いんですよ。運命の巡り合わせですね、俺を探し当てた暁ちゃんもすごいけど」
「その、ハンカチの件は……すまなかった」
「いえいいんです。というか暁ちゃんより先に告白するなんてやりますね御影さん!」
御影のぶっきらぼうな謝罪を受け流してから、泉がぱあっと顔を輝かせる。一方、御影は腰に手をあて難渋の表情を浮かべつつ視線を外す。
「本気にするな。あれは彼女の言葉に乗せられただけだ、決して本心じゃない」
「あーもう嘘おっしゃい!!」
「嘘じゃない」
「大躍進ですよ、分からないんですか?」
しびれを切らしたようにはしゃぎ倒す泉。身ぶり手ぶりはかなり大げさだ。
「気力に溢れてるな……人の恋愛を食らって生きてるのかい君は。あれはもう無かったのと同じだと言ってるだろう」
「あっ身勝手ですね。駄目ですよ、取り消せませんよ。それが言葉の重みです」
「嘘だと言えばそれまでだ」
御影は眉をひそめ、黒い手袋で口許を隠す。すると、泉は耐えきれんと言わんばかりに笑みを漏らし始めた。
「ふふふふ……御影さん。もう秒読みですね。ねっ」
「聞け。何が秒読みかとは敢えて問わないでおくが、早計だぞ」
「ふふふ、ふ、果たしてそうでしょうか?」
「これから時間をかけて迷わんとしてるんだ、放っておいてくれ」
「良い方に傾くよう祈っときますよ……あれ、どちらに?」
「野暮用だ。また後で」
ひら、と手を振り郊外の方向へ去っていく御影。見事な銀髪と揺らめく白の上衣の後ろ姿を、艶のある黒髪をぴこんと跳ねさせた泉が忠犬のように見送る。出会ってから変わらない背中だな、と泉は思う。
泉は薬学の研究室に所属する身だ。それは御影の専門から大きく外れている。それなのにこうした付き合いがあるのは、御影の職務――『伝録』のためだ。その職務とは、研究所を渡り歩き、文字に残しにくい幅広い知識や技術を吸収して生き字引となり、他の知識人や後世に伝えるというものである。
しかし、研究者らの間で長らく囁かれる噂があった。
不老不死である、という風説だ。
不思議と誰も表立っては取り上げないが、泉はむしろ知れ渡った事実だと認識していた。永きを生きる人が伝録を任されるなら後々助かりそうとか、記憶に秀でる彼なら永遠に覚えてられそうとか、思うのはその程度だが。
「御影さーん!」
泉は駆け出す。少し離れたところで振り返る御影のもとに、程なくして追いついた。
「いつ帰って来るんです? 俺先に屋台回ってます」
「一時間くらいかな。屋台……鮎の塩焼きを頼みたいが、手が塞がりそうだ」
「良いですよ、そのくらい」
「なら、これだけ渡しておこう」
泉は気にしない。仲の良し悪しに関係なく、わざと他人の言動にそれ以上の意味は見出ださない。財布から貨幣を数枚手渡された頃合いに、世間話のように問う。
「あなたの『年齢』のことって、暁ちゃんにお話しになられたんですか」
青目の瞳孔が開く。やがて、それは伏せた銀睫毛に隠された。
「言えるわけがない」
それだけ吐き捨て、御影は再び踵を返した。
「ま~~た怖がりですか……」
ヤレヤレ、と泉は御影の背中に向けて苦笑する。お節介はやはり止まりそうにない。
いつか暁は、御影自身の口から秘密を知らされる。そのときに互いに募るであろう想いを妄想すると、泉の胸が少しだけ痛んだのだった。