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月鏡の畔にて ~感情的な平民娘と神様めいた氷輪の青年が、真に心を許し合うまで~  作者: るり石
第11話 あかつきとみぞれ様

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科学する神格


 ある天気雨の昼下がり。私が図書館の受付で業務をこなしていると、顔の見えない利用者がやって来た。というのも、本を塔のように積み上げて両腕に抱えているのだ。

 視界が狭く両手が使えないからか、横には補助がついている。……知った顔だ。あの美丈夫は、自分で降らせた雨から自分のための本を守るべく、部下に傘を差してやる係を請け負ったらしい。


 やがて、うず高く積まれた図書がどさりと受付台に置かれる。その向こう側から満面の笑みの泉さんがひょっこり顔を出した。


「はい、これ返却です。ギリギリ濡れてないでしょ?」

「多いですね……」

「職場で前から借りてたやつだよ~」


 ご機嫌で追加情報をくれる。泉さんの光属性ぶりは浴びるとこっちが浄化されそうだ。黙々と本の返却処理を進めていく私を褒めちぎり、シルバーグレーのコートを着た連れの男に笑いかけている。あれは霏鷹ではなく御影と呼ぶべきか。


『テキトーに気をつけて行って来い! 無理すんな!』

『君もね。まだ万全じゃないだろ』


 ってやりとりをやっと完遂したのがちょうど今朝のこと。おかげで胸のあたりがくすぐったい。

 しかし、泉さんが騒いでないとこを見ると同居の事実は全く知らない様子。ほんっとうに良かったと思う。


 *


「返却督促の無視と三週間の延滞なので、罰金を徴収いたします」


 一応仕事なので真面目にやりとりする。了解です、とこちらにつられたような敬語で泉さんが返事した。


「暁ちゃんはこの仕事何年だっけ」

「大体三年です。そのうち本格的に手に職つけてくことになると思います」

「将来はどうするか決めてたりする?」

「図書の収集、写本、修復、ラベリング、レファレンスあたりは技術を要しますけど……」


 短く思案してから、「旅がしたい」と云った。


「へえ~、すごい。かっこいいねえ」

「……月鏡の外へ収集に出るのか」


 二人が一斉に反応する。泉さんと御影、声のトーンは正反対だった。私は泉さんの賛辞のほうへ無理やり意識の舵を切って、御影にドヤ顔をかます。


「どうよ見直したでしょ。ただの本並べでも、配架しないと図書館は死ぬのよ」

「根に持っていたか。司書官の職務は水神に捧げた叡智の保護と保全という名誉あるものだ。それをこの僕が侮辱するならば、相当の理由がないとあり得ないぞ」


 長台詞! こんな凍り固まったような小難しい話し方、久々に聞いた気がする。裏で動揺してんの知ってんだからな。

 てか『相当の理由』って、あんた水神さまなんだから当然でしょうが。


「なのにお手伝いさんの霏鷹(ヒヨ)ちゃん……」

「誰がヒヨちゃんだ」


 独り言をしっかり拾われて、睨み合い勃発! 

 かと思いきや彼は受付台に軽く手をついて、私の耳元に顔を寄せてきた。


「本を探してるんだ」


 絹のような銀髪が私の頬に触れる。近い。近いのはいいけど人に見られるのは慣れない。後ろでわ~っと泉さんが黄色い歓声を上げて盛り上がっている。


「そんくらい普通に言え。蔵書とか把握してんでしょ」

「この仕事は君にしか頼めないよ」

「え、な、殴るわよ……?」


 私の苦し紛れの脅しも本気にせず、彼はくすっと笑んで離れていく。「大胆ですね~」と楽しそうに冷やかす泉さんに向ける傍顔は、既に無感情で冷徹なものに変貌している。ほんとそつがないというか、磨きがかかってるわ。


「泉君。先に帰宅して構わない。僕はまだ用がある」

「おっ、秘密のお話ですか。たっぷり楽しんでくださいね」

「それを余計な世話と言う」

「はいはい、わかってますよ~」


 少し名残惜しそうに泉さんが図書館を出ていき、私たちだけが残された。


「レファレンスのご依頼よね? 私経験不足だけど、大丈夫なの?」


 頼ってもらえたことに軽く舞い上がりながら、視線を合わせる。彼は片足に重心を傾けた立ち姿勢のまま、少しのほつれも無い『学者御影』の仮面のままで切り出した。


月夜見(東の泉)の水の調査を進めてるんだ」


 私の頭の中が、一気に真っ白に塗り変わった。


「ま、待って。なんでよ」


 不老の水は水神さまの不思議パワーのせい。そのはずだ。


「知りたいと思ったなら、いかなる困難があろうと真理を突き止めんとするのが学者の本分だよ」

「そうじゃなくて、月夜見の水(あれ)って水神(あんた)の管轄でしょ?」

「……否、という見方が強くなってる」


 彼は前髪の一束に触れると、今度は少しだけ顔を近づけてきた。そして、真面目な面持ちで声を落としながら次のように話し始めた。


『水』を飲んだ者は、ほぼ完全な不老の身体を手に入れると同時に特別な記憶を失う。この摩訶不思議な現象は、当時の科学的知見では説明できなかった。そのため、月鏡の人間は水神が大元の原因と考えたのだろう。

 ひとつ確実なのは、水神(じぶん)はカイルから番人を仰せつかっていただけだ。古くからあの水は禁忌だと語り継がれていた。それでも水を手に入れに龍の(ひとみ)まで来る愚かな人間がいたのだ、と。


「――あれは濃度の高い毒だ。だからおれが一人一人丁寧に追い返した」


 私は今、神様自身と話してる。でも、この月夜見の水の話はその比にならないくらい現実感の欠けた話に聞こえる。私の前で『御影』らしく振る舞った理由もわからない。少し目眩さえする。


「わからん……」

「だろうね」

「えーとつまり、雨や雪を自由に降らせられて《月鏡の記憶》を司るあんたにも、自然界には訳わかんないことがめっちゃある……ってことね?」


 相変わらず難解な話を私なりに噛み砕くと、彼が素直に肯定した。

 と思ったら険しい顔つきになって明後日の方向に目を流す。これは、恥じてるな。


「あと、前にも言ったけど、ここの蔵書の内容を把握できてないんだ……」

 

 予想的中。

 水神さまに捧げられた本に記された知識は、そのまま水神さまのものになるらしい。けど、今の彼の精神は人間の器に入っているため制限が多いのだ。


「オッケイ。だから直接手に取って読むしかないのね」

「ああ。おれより君のが本探しに長けてるだろ?」


 ふう……と長めに息を吐く。

 なんかもう、頭を鈍器で何度かぶん殴られた気分だ。けど痛みはない。鳥肌が立って、気分がはやって仕方ない。視界が広がって清々しく遠くを見渡せるような感じがする。


「よし。目録探すわ。詳しい話聞かせて!」


 *


 どっと疲労を溜めた私が退勤する頃には、つるべ落としみたいに日が暮れていた。裏手の勝手口に移動すると、レファレンスが済んだはずの彼が建物の壁に寄りかかっている。出っ張った(ひさし)の下で雨宿りしていたらしい。


「帰ってなかったの?」

「ついさっき用が終わったんだ」

「あ、そう……」


 私たちは目配せひとつで歩き始める。私は強引に彼の雨傘の下に入り、整いきった横顔をおずおずと見上げた。中に宿るのが神様だという実感が湧かない。どこまでも、あの『御影』だ。


「……研究ってさ、専門の人と一緒にやってんの?」

「協力を仰いではいるが、いかんせん致命的な難点がある。この話題を広めるのはまずい」

「え、誰」

「泉君なんだ」


 …………?? 泉さん?


「あれでも彼は薬学に秀でていて、水に溶けた化学物質や人体への作用にかなり造詣が深い。そこで今は、真の目的を伏せて手法をならってるんだ」

「意外。でも納得……」


 閑話休題。

 さて、彼の調べによって『月夜見の水の正体は全然わかっていない』ということがわかったらしい。貸出禁止の本や禁書に手を広げてみても、見つかるのは『飲めば不老になれる』『禁忌の万能薬』『神の怒りを買う』『神の祝福であり呪いだ』とか書かれた文献ばかりだったそうで。


「得体が知れないからって、なんでもおれのせいにするなよ……」


 当人がげんなりしていた。はっきり言って「誰が何を言ってんだ」しかコメントが無い。

 だって、彼の本性は魔法を操る神霊だ。対極の存在にも思える自然科学の研究に心を奪われるなんて不思議でしかない。そのことをつっついたら、


「科学と神は敵対しないよ。御影が研究の道を志したのも、『神が支配する自然の法則を解き明かすため』だ」


 って感じで、かなり機械的な答えが返ってくる。


「じゃあ、神様だって地道に実験する?」

「するよ」

「論文書く?」

「書くよ」

「発表会出る?」

「出るよ」

「…………リスク無い?」

「君の無鉄砲に比べたら雲泥の差だと思うけど」

「やかまし~い」


 悪態をつく最中に気がついた。

 私が抱いていた最近の違和感。霏鷹はまるで『御影』という人間にどっぷり浸かっているかのように見える。睡眠も捧げて命を削る勢いだ。この人は、私と出会ったときから知というものに一目を置いていたけど……。


「それにしても極端ね」

「……まさか君からそんな言葉を聞くとは」

「え?」

「信仰心は自然への畏怖から生まれる。それは学問の発展で多少は失われるものかもしれないけど……おれは気にしないかな」


 そして彼はなんでもないように(まなじり)を緩めて、


「図書館に寄贈する資料を増やせるからね」


 と心底愉しそうに言った。


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