暴走する好奇心
「え! 好きって言ったの!?」
灰色の目を丸くして、黒に近い紺の髪を跳ねさせながら驚きと喜び交じりに反応する北方さん。私はなんだか照れくさくて仕方なかった。
でも、こんなに乗り気で相談に乗ってくれる知り合いなんて他にいないし、異性だからとか気にしてられない。北方さん本人には言えないけど、恋愛面においては私の中では女子学生判定だ。
「やったねぇ暁ちゃん! そっか、そうかぁ~。御影さん告白したんだぁ~。歴史的大事件だよコレ」
「でも『前言撤回』って……」
「そんなの無視しちゃお。ほら、御影さん照れ屋だし」
「照れ屋とか……逃げるだけの最低男ですよあんなやつ。ぜんぜん素直じゃないし!」
そうだ。あいつは終わってる。
あの夜からもう4日だ。最近はよく眠れず、目覚める前には、内容は思い出せないけど変な夢を見る。それに、夜空に欠け始めた月を見上げる度、えも言われぬ感情が私を襲撃してくる。
……完っ全にあいつが悪い。
あいつはまた姿を見せなくなったけれど、私の様子を伺いには来ていない(ことが気配でわかる)。この状況を打開すべく北方さんを探し回っていたので、職場からの帰路でばったり出会えてラッキーだった。北方さんは恋愛の話題になると元気いっぱいで、私の気分も少し高まるけれど、なんだか羨ましくも思う。女子より女子してる。
で、結局冴という人物本人には会えずじまいで、そのことも軽く報告したら、「そうなの?」と首を傾げられた。どうやら北方さんは『彼』が『冴』に扮して現れたとは全く思っていないらしい。
反応からして『彼』の特異な能力さえ知らないらしく、私は口を閉じるしかなかった。冴さん、実在はしているみたいだけど。手がかりが無さすぎて探すのは『彼』以上に骨が折れそうだと思い直す。
まあ今は『彼』にもっと近づきたいという想いが強い。
そう、知りたい。
私の前で隠し事をしているようなそぶりを見せるのは何故なのか。私を拒むのは何故なのか。
「本当の心を直接聞きたいんです。私が一番追求したいのは『彼』自身のことなので」
「怖くない? 違った一面見つけて冷めちゃうかもだよ」
「別にないです、そんなこと。ただ、秘密がたくさんありそうで、気になるから知りたいんです。私が知らないと、いけない気がして……」
「おお。なんか俺もよくわからないけど。もっと他の人に心を開けばいいのにねぇ。闇事情があるのかな?」
うーむと唸ってから、北方さんが顔を輝かせて、ぱんと手を叩いた。
「そうだ! ほんとのほんとに本音吐かせたいなら、あの人にお酒飲ますといいよ」
「お酒ですか?」
「そうそう。御影さんお酒めちゃ弱でね。ちょっとでも飲むとすごくフランクになるんだ。とにかく別人! 絶対驚くと思う」
北方さんの口ぶりは自信満々だ。「ほう。そしたら本音が聞けるんですね?」と、私の目も虎視眈々と光る。
「でもあれ結構衝撃……まいっか、とりあえず食事に誘ってみたらどう? やる価値はあるよ」
「どうせ断られるんですよ」
「大丈夫大丈夫、あの人意外と押しに弱いから。無理やりいこ、無理やり。俺も頑張ったら名前で呼んでくれるようになったし。暁ちゃんもどう? 『きたかた』言いにくいでしょ?」
「…………あの、前から思ってたんですけど」
「うん?」
「なんで、そんなに詳しいんですか? あいつ、自分の事話したがらないように見えるのに……」
私が少しいじけると、北方さんは「あー」と納得したふうにうんうんと深く頷いた。
「そこそこ仲良く(?)してるからね。最初に話し掛けたのは俺で、グイグイいったら勝てた感じ。ほんとに拒絶癖逃亡癖すごい人だから、暁ちゃんがここまで到達できたの誇っていいと思うよ」
到達って言っても、まだまだな気しかしない。全く秘密は明らかになってないし。
それにしても、あの雰囲気の男に自分から話しかけるとか北方さんは度胸あるな。いや、私も人のこと言えないか。
「あ、流石にあの人の全部は知らないよ。あたりまえだけどね」
「北方さんでも?」
「誰にでも秘密はあるんだってば。血が繋がってても、どれだけ心を許した相手でも、見せるのは『側面』に過ぎない! ってさ。これ御影さんの受け売りね」
いやいや、そんなのって……。
「……寂しくないんですか」
「割りきってるからねえ。でもあの泥酔御影さんは必見! 超面白い。ぜーったい笑うよ! あ、これ聞かれてたらどうしよう。怒ったらコワいんだよなぁ」
「なるほど……」
怒涛の情報量に私は圧倒される。喋り出すと止まらないのか。気さくを通り越して胸焼けしそうな明るさだ。
「あ、好きなものとか教えようか?」
「大丈夫です。自分で見つけるのが楽しみなんですから!」
私が拳を握って自然に笑うと、北方さんも後腐れない感じで頷いた。