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幕間 ローガン

「どういうつもりだ、ローガン!」


 昼食後、二人きりになるやいなや、ダンカンは俺にくってかかった。


「あの方の山に手を出そうなどと、よくも考えついたものだな!」

()()()()山? ハッ! 山は誰のものでもないし、鉱脈は最初に見つけたやつに権利がある。古き掟はあんたもよく知ってるはずだぞ、ダンカン」

「だが、あの方は我らの大恩人だ」

「だが人間だ!」


 俺はダンカンの襟首を掴み、その目を深々とのぞきこんだ。


「忘れたのか。〈ドワーフの炎〉が奴らの手に渡ってからこっち、奴らが俺らをどんなふうに扱ってきたかを? ああ、確かにあの女は親切さ。食べ物も着る物も住処も用意してくれた。だがそれが何だ? たったそれっぽっちで、人間どもが何世代もの間、俺らにしてきたひどい仕打ちが全部帳消しになるっていうのか?」


 ダンカンは何か言おうと口を開きかけた。だが俺は止まらない。


「いいや、聞くんだ族長。俺らは故郷を失った。ダンジョン化した鉱山が元に戻ったためしはない。俺らの愛するあの山には、ヴァルカンが作ったあの国には、二度と帰れなくなったんだ!」


 言いながら俺は泣いていた。去年までは当たり前のように寝起きしていた自分の家を、二度と会えなくなった(ともがら)を、永遠に失われたヴァルカニアの、懐かしい景色を思い出して。

 だが今は感傷に浸っている場合じゃない。俺はぐいと涙を拭った。


「俺らには新しい故郷が要る。こんなちんけな地上の町じゃない。どこまでも深く掘っていける、地下の本物の国が必要なんだ!」


 あの山。あの女がアクイラと呼んだあそこには、間違いなく良質の鉱脈が眠っている。それも、まったく手つかずの状態でだ。どんなに鈍いドワーフにだってわかる。近づいただけで鼻先がぴりぴりするからだ……。


「おい待て! おまえ、もうあの山に入ったのか?」


 ダンカンが鋭く口を挟んだ。俺は「いや」と肩をすくめる。


「入れなかった。近くまでは行ったがな。人間どもめ、あの山を魔法で封印していやがった。お定まりのドワーフ除けさ。入るには領主の許可が要る」


 麓の岩に深く刻まれた魔法陣。ドワーフが勝手に入らないように、人間どもが編み出した結界魔術だ。大抵は特定の人間が触れなければ解除できない仕組みになっている。

 あれを解除できるのは、おそらくフレイヤというあの女だけだ。


「わかるだろ、ダンカン。俺らにはあの山が必要だ。頼むから邪魔立てしないでくれ。いや、いっそおまえの口からあの女に頼んでみるか? どういうわけかは知らないが、あの女、おまえにはえらくご執心みたいだからな」


 次の瞬間、俺は仰向けに寝転がり、ぽかんと空を見上げていた。

 ダンカンに殴り飛ばされたのだ。

 顎の痛みでそうだと知れた。

 さっきとは逆に、激しい怒りを宿したダンカンの瞳が、射抜くように俺を見下ろしている。


「そのような戯言(たわごと)、二度と口にするな」


 食いしばった歯の間から、押し出すようにダンカンは言った。


「あの方の物に手出しは許さん。これは族長としての命令だ。背く者があれば、私がこの手で処罰すると、今ここで地母神にかけて誓う。たとえそれがおまえでもだ、ローガン!」


 俺はひゅっと息を呑んだ。地母神への誓いは、ドワーフにとっては命を賭した誓約だ。ダンカンは、俺たちの族長は、たった今、あの女のためなら命も捨てると言ったのだ!

 痛む顎をさすりながら、俺はゆっくり立ち上がった。


「……ああ、そうかよ」


 今わかった。こいつはあの女に骨の髄まで(たぶら)かされているのだと。

 子どもの頃から慕い続けた自慢の兄、俺が(のみ)と鎚を捧げた立派な族長はもういない。

 ここにいるのは、人間の女に骨抜きにされたただの愚かなドワーフだ。

 遠い昔、同じ黄金の髪を持つ魔女に騙されたヴァルカンと同じ。


「おまえの考えはよくわかった」


 言いながら、折れた歯をぺっと吐き出すと、とたんにダンカンは心配そうな顔になった。


「悪かった。殴ったりして」

「いいさ、別に」

「なら仲直りだ」


 ダンカンが太い両腕を広げ、俺たちは短い抱擁を交わす。

 俺の耳元でダンカンが言った。


「今も昔も、おまえは俺の大事な弟だ」

「ああ」


 半分しか血は繋がってないけどな。


「故郷のことは、俺が絶対何とかする。約束だ。いつか必ず一緒にヴァルカニアに帰ろう」

「そうだな」


 そうやって、おまえはいつも理想を語る。

 だけどその理想をかなえるために、裏で俺がどれほど動き、どれほど苦労してきたか、おまえは気づいてないんだろ。

 俺は自分から抱擁を解くと、異母兄(あに)の肩を親しげに叩いた。


「珍しくたくさん喋ったもんで、ちょいと喉が渇いたな。一杯やりに行かないか、兄貴?」


 俺が「兄貴」と口にするやいなや、ドワーフたちの間でさえ「厳つい」「怖い」と評判のダンカンの顔がぱっと綻ぶ。


「いいとも、弟よ。どこへ行く?」

「この前、あっちの通りでいい店を見つけたんだ。ビールも美味いが、珍しい火酒を置いててな」

「火酒か、ようし。久しぶりに飲み比べといこう」

「はっ。後悔するなよ? 負けたほうの奢りだぜ?」

「もちろん、受けて立とうじゃないか」


 互いの肩を小突き合い、ふざけて笑い合いながらも、俺の心は冷えていた。

 なあ、兄貴? 黄金の魔女に入れあげた挙句、ドワーフの至宝を手放したヴァルカンが最後にどうなったか憶えているか?

 あんたを同じ目に遭わせたくないんだ。

 そのためならば、俺は何だってするだろう。


(そうさ。何だって)


 この手を人間(ヒューマン)の血で汚すことさえも。

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