東の胎動Ⅲ 至上
「これは予知せぬ愉しき一刻か、さぁ刮ぎ落とせ ≪地上の連牙≫」
馬車が止まる林道から少し離れた、雑木林が少し開いた一角でベンツとローブ男の纏う魔力が更に熱を帯びる。地面から様々な角度で長い牙のような石柱が、ローブ男目掛け連続して襲い掛かる。そんな一見逃げ場もないような密度の攻撃にもフード男は飄々と、捉えどころのないような動きで回避していた。しかし無傷の回避とは裏腹に大きく靡く黒いローブには次々と裂傷が現れていた。
「(無詠唱による風の回避魔法、なるほど、舐めた態度をとるだけのことはある)」
「(あぶなっ…!意外にやりよるなこののっぽ、少しずつ上げていくか)」
ベンツの攻撃とローブ男の回避という、両者の魔法による探り合い。魔法使い同士の戦いでは魔力・魔法の優劣の次点で魔法の知識・推察といった能力が大事となる。そしてそれは手練れになればなるほど次点の重きは増してくる。そんな性質上『魔法は後出しに利あり』と、先制は不利といわれていた。
「ならば次の手ですね、刮ぎ 咬み 砕き 墜ち ≪地上の連手牙≫」
それは相手を蔑む行為か、それとも自らの力への心酔か。なおも新たな魔法で悪手とされる先制をするベンツ。しかしその悪手とされる行為も、覆すには簡単な手法がある。それは扱う魔法の質である。
「あぶっ――!」
先ほどと同様に突出する牙を回避したローブ男だったが、避けた瞬間石柱から新たな細い牙が飛び出してきた。その小さな牙は、今まで無傷で回避していた男についに傷をつけることとなる。
「ふん、いっそ眼球でも串刺しになれば楽だったものを。流石、あなたは運がいいみたいですね」
右腕、右腿に左手の甲、そして左目の僅か下頬についた傷。致命傷とはならない程度だが、垂れた赤い血はローブに混じり、黒を淀ませる。
「(流石に舐めすぎたか…)今のは運じゃないよ、俺が未熟だっただけ。でももう大丈夫、あんたの牙はもう俺には届かないから。 瞬け ≪瞬影≫」
左頬を拭い、その血の付いた手でベンツを指さしたローブ男。強がりにも見えた言葉だったが、その後はベンツの同様の魔法を、近距離で躱していた先までとは違い、一瞬で距離を取り回避する。その速度は明らかに異質であり。
「(リレイク――初めて聞く魔法ですね。先までの風の回避魔法に詠唱を加え、その速度を上げる魔法。風の速度向上の魔法は一般的ですが、ここまでのは出会ったことがありませんね。回避後は魔力察知で認識可能、だが回避経路は認識不可。なるほど、東の辺境で鬼の子を呼んだか)」
そうベンツに思わせるほどの異常な回避速度だった。そして攻撃の手を止めたベンツの表情は先までの蔑みの笑みを含んだものから、一切の感情のないものになっていた。
「人の目には映らぬ鬼の子、その年には過ぎた魔法のようですね」
「――おにって何?」
「年齢に加え、知識すら魔法に見合いませんか。まぁいいでしょう、遊びにしては時間をとりすぎました、これは私の『最後の仕事』でね。人攫いとてプロとしての一路をしっかりと遂げましょう」
「いつまでも飛び回る子供だと思うなよ。 ≪瞬影≫」
ベンツの集める魔力が一層濃くなったことを感じたローブ男は、回避魔法の速度のままベンツに詰め寄り攻勢にでる。が、あと少しのところで間の地面から一瞬で人三人大の石壁が三枚突き出してきた。ローブ男はその新たな魔法にすんでのところで衝突を避け、石壁を足場に後退し再び距離をとる。
「(無詠唱であの規模の壁ってことは…)牙の連打の最中に予め仕込んでた魔法って、うまくこの場所に誘導されたわけだ」
「人の目には映らぬ鬼の子も、人ではないものの目にはただの肉と映るのか」
「は?――だからおにって何?」
「擂り切る石の刃に宿り生贄の芽 ≪身切の石像≫」
「(この詠唱…)」
ベンツの詠唱により、三枚の石壁が身にも響く地鳴りと共にひび割れていく。そして音が止み、土煙を纏い中から現れたのは、成人二人大の三体の石像。
「変わった『ゴーレム』だね」
「それはあまり好きな呼称ではありませんね、これは性能も強度も桁違いな私オリジナルの完成された魔法ですよ」
『ゴーレム』と謂われる人型魔像造形魔法は有名で、その中でも地属性の石像は過去の大きな戦記でも度々名を残しており、一際有名であった。しかしながらその認知度に対し、修得の難易度の高さや、発動後の制御の難しさなどから戦いに使えるまでの魔法使いは僅かだった。そして今回はそれに加え、一般的とされている巨石の継ぎ接ぎのようなゴーレムとは違い、頭から足先まで人間のような体躯で精巧に造られた石像であった。
「(操作型か半自律型か、それが三体、あの手腕部分の鋭利な造形…)よく切れそうな手だね、料理とか得意そう」
土煙が晴れ、薄暗い雑木林に石像の圧迫感が漂う中、未だ軽口を垂れるローブ男。しかし口調とは裏腹に、二人の間には圧迫感に見合った異常な緊張感も漂っていた。
「≪刮げ≫」
「(追加詠唱…!半自律型、高速度、連携有り、動作は……異常!)」
ベンツの一言で、三体の石像が一斉にローブ男に飛び掛かる。それは一目では余程ゴーレムだとは云えない俊敏さや柔軟さで、実際の人間のような錯覚にも陥る。そしてローブ男の目前に迫った一体の石像が、まるで刃物のように鋭利な右腕を振り下ろす。
「あぶっ_ない!で、次は腹! 轟け ≪凪げなしの波≫」
両眼を見開き、右腕を躱す。そして間髪入れず右手に纏った魔力で、石像の腹部に衝撃波のような炸裂魔法を入れる。風魔法により集められた風が石像の腹部で弾ける。しかしながら、男のローブを酷く靡かせただけで、石像には一片の傷も与えられず、男は魔法の反動で再び距離をとる形となった。
「(予想以上に固いなぁ) ん?しま__っ!」
離れて今一度、三体の石像を視界に入れるとベンツの姿が視界に居ないことに気付く。が、それと同時に背後から魔力を感じ、そして打撃による痛みを感じる。背後からベンツに蹴り飛ばされたローブ男に、間髪入れず三体の石像が三方から突撃してくる。
まるで爆発音のような石像の衝突音が雑木林に響き、土埃が舞い上がった。
「ふむ、最後はミンチで終わりましたかね」
人間ではない利点。衝突に一寸の躊躇いもなく、更に三体の石像には衝突による損害すら一切ない。蹴り飛ばしたベンツは態勢を整え、ローブ男の最後を確認しようとするが、
「ん、煙…か?」
不自然に漂う土煙に違和感を感じたベンツ。そして次の瞬間、その土煙の濃い一団が空に舞い上がり、ベンツに向かって不規則な動きで襲い掛かる。
「ぐ_っ!」
煙の塊に呑まれたベンツは、耳を裂く轟音と、体が吹き飛ぶ感覚、そして数発の殴打による痛みを感じる。まるで大蛇のように伸びた土煙、ゆっくりと晴れたその頭から現れたのはローブの男だった。
「__二、三発は入ったかな。石像と違って術者はそんなに硬くないね」
土煙を纏ったローブの男、交錯時にベンツの顔、右腕、背に打撃を与えた。
潰し終わったと思っていたベンツには予想外の一撃で、確かなダメージを受けた。だが、煙が晴れ現れたのは、背に無傷の石像三体を携えた不敵に笑うベンツだった。
「アレを回避するほどの使い手とは、いやはや、嬉しいですね。今ではここまでの魔法戦は少なくなったもので、この希少な一戦を終えればまた私は強くなる。そしてこの国の屑共は私の手足となる」
「手足?」
「いえ、あなたは知らなくてもいい、知っても意味のないことですよ。この私の顔に傷を残したあなたは、もう朝を迎えることはないですので。ええ、それでは終わりにしましょうか」
「贄の芽に贄を 対なる花を ≪追開花≫」
ベンツの詠唱で更に三体の同規格の石像が現れる。魔法難度の高いゴーレムが六体、半自律型により自由に動ける術者を加え、一対七の戦い。それだけで普通ならば勝敗が見えてくる。だが、それを見たローブの男は表情一つ変えず、ベンツに意外な問いを投げかける。
「それ以外にないの?」
「はい?」
「その魔法じゃ何十体造ろうが、俺を倒せないよ」
「ふん、強が__」
「強がりじゃないよ。悪いけどゴーレムじゃ俺は倒せない。だってこの世界で一番ゴーレムとの戦いを経験しているのは間違いなく俺だからね」
「世の広さも知らぬ幼子が、目前の絶望に遂には妄言まで吐くか」
かみ合わぬ会話すら気にもしないまま、ローブの男は両手に魔力を集める、そして更に問いを投げかける。
「ねぇ、最強の魔法使いを知ってる?」