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Nobody knows ー 強者 ー  作者: 二見
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東の胎動Ⅱ 火蓋

 時は少し戻り、マーレンの最南の林道では、宙を舞った筈の馬車が穏やかに佇む二頭の馬と共に林道の端に停められていた。そして御者席の二人の男は大きく外へ投げ出されたはずだが、目立った怪我の跡もなく多少の衣服の汚れと共に馬車の近くに倒れていた。



「簡単な仕事だね」


 退屈さを感じるような言葉で、何故か上からゆっくりと現れたのは先の石積みの館にいたフードの男だった。館から姿を消した時同様に僅かな風切り音と共に辺りの草木を靡かせそこに降り立った。



「手持ち金全てで三百万セルの依頼とか、半ばガセ案件かと思ったけど本当なんだ、うまうまだ」



 そう若干の摺り足気味の歩きで、馬車の荷台に近づくフード男。しかし荷台まであと五歩程度の場所で歩みを止め再び口を開く。



「出て来てよ、つまらないやり取りは嫌いなんだ」



 荷台の中へ告げる言葉。

 街で誘拐された娘を手持ち全てを対価に助けてほしいという先の館での問答。随分と争った跡が見えた依頼人と、それに加え屋敷の外で密かに隠れていた数人の手負いの依頼人の従者たち。そこからわかるのは依頼者の一団を仕留めたのは、あっけなく宙を舞った御者席の二人の男ではないということ。




「―――やれやれ、荷運びも碌にやれないとは外注はこれだからいけませんね」



 荷台の後ろを開き現れたのは、冷たい表情でタイトな長袖の布服を纏った細身長身の中年男。長い手足をゆっくりと使い荷台から降り、フードの男を見下ろす。



「どの道もプロというのは合理的に成すべきことを成し、余分な肉は削ぎ落すべきだと思いませんか?」


「――なんて?」


「宙に飛ばした対象を、その中も含め無傷で降ろしたあなたの目的はおそらく、荷台の中の『最後のおまけ』のことでしょう。あれは本来要らない肉だったもの、それをお返しますから、お互い穏やかにプロとしての事を成しませんか?」



「んーーぅん?」



 誘拐にあった娘の一人を返す代わりに手を引けという長身の男の流暢な口調の提案に、フードの男は首を傾げ考える素振りを見せる。誘拐された人間が複数いること、現れた男の異様な雰囲気など新たな情報を得てフードの男は答える。



「肉といえば、今日はいつもの肉屋の豚肉が安くてさ。それに珍しく寝起きも良かったし、数か月ぶりに入った依頼は超大口だったんだよね」



「はい?」


「珍しく今日は運が良いみたいなんだ――だから全部貰う。なんかあんたもむかつくし」




 その幼稚な答えに、長身男の感情は高ぶり瞬時に場が荒れる。



「何も知らぬ素人(クソガキ)が…!己の愚行を後悔すればいい」



 瞬時に歪んだ表情に変わったその言葉を皮切りに、長身男の近場の地面が静かに振動を始める。



 魔力が集まってくるのを男の周りに感じる。それはこの世界で魔法を扱える人間なら無意識に感じる五感のような新たな感覚。その感覚は魔法の出現による新たな争いの火蓋となっていた。そして振動の一瞬の静止と共にその場の火蓋は切られる。




「刮ぎ取れ ≪地上の牙(ザンネディテラ)≫」



 魔法の詠唱の後、フード男の目前の地面の一部がひび割れる。そしてそれを認識した瞬間、地面から一握り大の先鋭な石柱がフード男の顔目掛け伸びる。



「あぶなっ!」



 気楽な口調とは裏腹に、顔面に迫る石柱の鋭利な穂先を間一髪で後退し交わす。魔力を感じ回避の体勢を整えていたため体は無傷だったが、纏った大きめの黒いローブはフードの先を貫かれ破れていた。そして後退したローブ男の露わになった顔を見て長身男は嘲笑うように口を開く。




「口調も体格も思考も…足りないとは思っていましたが本当に子供とは。いえ確かに、勉学と同じく魔法もその優劣に年齢は関係はない、あるのは――」



「その者の修練による意識の差だけだ」



 長身男の言葉を遮るように放った一言。フードがとれ薄暗い月夜に現れたのは黒髪黒眼のまだ幼さの残る顔立ちの少年。



「知っていましたか。初見で私の牙を避けるだけのことはありますね。私の名はベンツ・ロ・ウィキニ。あなたの名を伺いましょうか」


「好きに呼べばいい」


「人攫いが云うのもなんですが、些か礼儀がなってませんね」




「仕方ないよ、好きに呼べばいいんだ、名前なんてない。どうせ誰も知らないんだから」




『誰も知らない』そう言い、ローブ男は魔力を集める。

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