東の胎動Ⅰ 始動
世界地図の東側に位置し、未だ北部は未開発ながら力を増してきた若き大国『カタミシナ王国』。建国時の数多の風説に反し、その国は今や世界から四大大国と称されるまでに成長していた。そして、大陸のおよそ中心に座する王都では連日のように重役たちの会議が行われていた。
「――今は険しい北部の開発よりも南側の防衛が必須では?先の挑発はどう見てもただのパフォーマンスではありませんよ」
「あの国は近年若ぇ奴のしごきに血眼になってたからな、あの挑発はその目途が立ったというアピールなんじゃねぇのか?」
王都に構える王城の中層部にある薄暗く広い一室では、どっしりとした一枚岩の円卓を八人の男女が囲み会議に熱を加えていた。会議の議題は他大国との関係について。四大大国と称されていても、カタミシナは他の三国と比べその歴史は寡少なもので、そのため国家間の干渉にはやや過ぎるくらいに敏感になっているのだ。
「んで。参謀さんはどうなんだよ?先週ノヴァースに渡って話を聞いてきたんだろ?」
国家の最高議会という、その場に似つかわしくない乱雑な口調の若い男。その男の言葉に他の重役たちも一人の男へと視線を向ける。会議の開始から飛び交っていた言葉がそこで一寸途切れたことは、参謀の男の発言が重いという証であろう。
「そうですね、ノヴァースの総督とはお会いできませんでしたが、先の行軍は概ねジャジャさんの仰っている通りでしょう。直接は言われませんでしたが、昨今の我が国の南側の開発に対する釘打ちといったところではないかと」
参謀の男のこの発言に、ジャジャは「ほらな!」と声を上げ、それに反応し他の重役たちも意見を述べ、会議は再び熱を帯びる。そんな連日のように繰り返される答えの出ない議題に、一人の高齢ながら長身の威厳のある男が口を開く。
「結局のところ、建国時から本格化してこんかった他国からの威嚇行為がここ近年で目立つのは、どう考えても『三傑』の消失が原因であろう。一人は崩御、一人は隠居、もう一人は考えの読めん異端者。三傑が消え、カタミシナの国力は半減…いやそれ以下の小国に落ちたと見られたかの」
男の辛辣な口調に他の七人も口を閉じる。
カタミシナ王国は多国籍国家であり、その過ぎるほどの流動性で建国時から他国が驚くほどの急成長を続けていたが、ここ近年は停滞期を迎えていた。その大きな理由は、経年による国家の人材不足、人材補充の失敗、また未だ進まぬ険しい北部の開発による疲弊。そして、その中でも特に深刻だったのは男の言った人材不足であった。
「ダンツさんの仰っていることは確かにですが、その現状を理解していてただ傍観しているのは国を束ねる貴方方『揮者』の仕事ではありませんよ」
「おいおい、それを言ったらヒレンツ、あんたは参謀だろ?秘密主義なのは構わねぇが、そろそろ新しい国の指針とやらを示してくれねぇかね」
沈黙を破った参謀ヒレンツの言葉にジャジャが半笑いで返す。
国王の右腕として王国の動向を指揮する参謀と、国民・国土を束ね、戦時にはそれを率いる国の顔役となる揮者。参謀の現職は一人だが、揮者の数は可変で現在は十三人在籍しており、役職こそ違えどその立場は同等とされ、共に王国を繁栄へと導いていた。
「指針とまではいきませんが…もっと簡単な後の未来についてならお教えできます」
「へぇ、未来って?」
「きたる大戦の手段についてです。大昔、私達の先祖は石器や鉄、剣による領土食料争いが起こり、そこから銃火器の開発・発展による大規模な争いが長く続きました。しかしそれも今では剣や火薬はどの国でもほぼ淘汰されています。理由は未知の力『魔力』の出現です。今や当たり前となったその力は、魔法という手段を用い戦争を新たな段階へと強制的に引き上げさせたのです」
「おいおい、揮者に歴史の授業か?」
「いえ、ただの確認ですよ。魔法の出現、普及によって戦争の姿が変わったように、後の大戦は再びその姿を変える転換期となるでしょう。数多の戦争を経験してきたダンツさんなら理解できますよね」
「量から質への対応かの」
「ええ、そうです。魔法戦争が一般化した今、求められるのは一人で大隊を壊滅させられるような魔法使いです。かつての三傑ように壁を超える存在が多数必要になってくるのです。そしてそれは私と貴方方も同様にです」
時代の経過による戦争の変化と魔法の特異性。そんな参謀の話にジャジャは身を乗り出し口を開く、そしてその会話で長かった会議の幕は閉じることとなる。
「なるほどな、んでそんなわかりきってることを今改めて口に出すってことは、参謀さんにはその目途が立ったということなんだな?」
「ええ、まさにそれは人間を超越する方々ですよ――」
■
カタミシナ王国の北東部にある学園都市マーレイングローイン。
通称マーレンと呼ばれる、その都心ではすっかり太陽が姿を隠しても大層な賑わいを見せていた。しかしそんな中心部とは違い、都の外れは先に多発した貴族の没落によってすっかり寂れた石積みの館が並び、その一角は不気味なほどに静寂を帯びていた。そして、その中のある一軒、老朽化が進む屋敷の中には地面に伏せる男と、黒のローブを被った小柄な男の姿があった。
「・・・・・!・・・!」
「・・・・・・・・」
野盗によって荒らされたような散乱とした薄暗い部屋には灯りもなく、ボロボロに崩れた外壁や屋根から入る月の光でのみ照らされていた。そんな中一人の男は両膝をつき涙を流しながら顔を上げることもなく懇願し、もう一人はフードを深々と被り落ち着いた様子で返していた。
「・・・・・!!・・・!」
必死に頼みこむ男は上等な衣服を纏っているように見えるが、その衣服は土埃に塗れ、男の身体には至るところに擦り傷や殴られたアザがあった。そんな狼狽した様子の男とは違い、フードを被った男は丁寧な言葉で淡々と話している。
何度目かの返答の後、フード男は「追跡はいらないよ」と告げ屋敷を出た。
薄暗闇の外で男は辺りを確認すると静かに歩き出す。すると不自然に枯葉や砂埃を巻き上げ、ローブを靡かせ、僅かな風切り音を背に暗がりの奥へと消えていった。
■
そうして異様な屋敷の光景から少し経ち、月が傾きかけた頃。
マーレンの最南にある林道では、二頭の馬を携えた一台の馬車が騒がしい車輪の音と共に街を出ようとしていた。その馬車は大きなテント状の荷台を積み、御者席には人影が二つ、しかしながら少しの灯りもつけておらず、その姿には明らかに異常さが見えた。
「兄貴!もう少しでマーレンを出ますよ!奴が言ったとおりこっちは見廻り役人もいないっす!」
「おう!この街を出さえすればこっちのもんだ、急げ!」
御者席の乱雑な身なりなれど、体格はよく、後腰に長尺のナイフを携えた二人の男が荒々しい口調で言い合う。すると、嫌な笑いを見せていた男の一人が前方の木影に何かを感じる。
「んっ?兄貴ぃ、アレ__」
そう男が口を開いた瞬間、御者席の男二人の意識は途絶え、馬が嘶くと共に操舵を失った馬車は馬諸共何故か大きく宙を舞った。
■
一日の終わり、マーレンの郊外での異音に反して静寂を帯びる王都の廊下には、会議を終え自室に戻る揮者ジャジャの足音だけが響いていた。すると、薄暗い廊下の向こうから共に会議に参加していた参謀の姿が見えてくる。
「なんだ?待ち伏せか?ヒレンツ」
「いえいえ、まだ自室に戻っていらっしゃらなかったので、戻りがてら少し探していました。何でも会議の後ワナさんと熱心に話していらしたようで…」
「あー別にアンタが興味のあるような話じゃねぇよ。それより要件はなんだ?堅苦しいお話し会でこっちは疲れてんだ」
早く会話を終わらせたいのか、本当に国の重役かと思うような態度で、気だるそうに壁に背をもたれ足早に話すジャジャ。しかしヒレンツもそんな姿は見慣れたように淡々と話し始める。
「今回はお願いが二つほどありまして、一つ目はとある方の『視察』に向かっていただきたいのです」
「視察?」
「はい。先の会議でも挙がっていた人材の発掘です。今回は少しばかり面倒な経歴の方なので貴方が適任かと思いまして」
「はーん、面倒ねぇ。まぁ歴代で一番『面倒だった』俺なら上手くやれるってか?どうせダンツの爺さん辺りの入れ知恵だろ」
「えぇまぁ、そういうところですかね」
新たな揮者の発掘に関する参謀の要件に、煽るような笑みで返すジャジャ。しかし、その立場は同等ながらも王国案件での参謀から揮者への要件は暗黙の了解で『命令』となっており、今回もジャジャは文句を言いながらもそれを呑み込む。
「んで、二つ目はなんだ?こんな時間になってまで捕まえて、どうせそっちが本題なんだろ?」
「流石、察しがいいようで。こちらも会議に挙がったノヴァースの提督さんについてです。実はある言伝を内密に伝えてほしいのです、国の検閲や側近など誰にも聞かれないように」
「おいおい、南の一番人気とサシで内緒話してこいと?」
「ええ、『一番面倒だった』ジャジャさんなら可能かと」
他大国の天辺との到底無理だと思うような要件も、ヒレンツは少し笑みを溢しながら話す。ヒレンツはジャジャの過去の素性を知っている数少ない王国の人間であり、今回の提案もその所以があってこそなのだろう。
「今回はこの二つをお願いしに来ました。期間は今月中で先に視察、終わりましたら南の方へ向かっていただきたいです。言伝は視察終了の報告時にお伝えしますので」
「へーへーわかりましたよ、まぁ先も考えてアンタに恩を売っておくのもいいかもな」
終始含みのある表情で会話する二人。共に二十代という若い年齢で王国を纏める立場にある所以か、言葉の折々に様々な意味を持たせ相手を窺いながら話す。
「あー最後に、言伝はともかく視察相手の詳細はなんかねぇのか?」
ジャジャは壁からもたれていた背を離し、参謀とすれ違い時にそう聞く。
「詳細とまではいきませんが、そうですね…立場は以前の貴方と似ている方です」
「はっ!なら上玉だな」
「ええ、坦々たる日常とは程遠い場所で生き、魔法の精度は揮者の方々と同等とも…」
「安くみられんのは構わねぇが、まぁそうだな、今後そういう奴も上に連れてこねぇとこの国はすぐに三国に呑み込まれちまうしな」
「その言葉には概ね同意ですが、立場上素直には頷けませんね。では視察の手段や結果はお任せします」
「ああ、じゃあな」
結果は任せるという矛盾した依頼者の言葉にも慣れたように頷き、ジャジャは自室のある奥へと歩みを進め姿を消した。