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殲滅のマタドール   作者: ユリグルイ
FINAL ORDER
99/121

殲滅のマタドール:98話 parasite

暗い室内で女はその様子を見て唇を吊り上げた。


設置した魔石を通して送られてくる映像は悍ましい光景だった。緑のグロテスクな゛芽"や"弦゛に表面を覆われた怪物が少女の半身を飲み込み顎の力で肉体を砕く。既に絶命しているのか口から飛び出した彼女の下半身はビクビクと痙攣し、牙を突き立てられた上半身から鮮血が湧き水の様に伝い床に血溜まりを作り上げた。


しかし、怪物は奇妙な行動を取った。


咥え込んだ彼女を飲み込む事なく吐き出すと、強大な顎の力により潰された胸を真っ赤に染め上げ黒く濁った瞳を見開いたままピクリとも動かない彼女へ背を向けた。そして、その怪物はまるで大木の様に微動だにせず動きを止めた。


「ふふ、ふふふふっ!あーあ、受けちゃったわねぇ……その子の爪と牙を……。新たな命の苗床となっちゃったわねぇ……きひひひひっ!」


それは自身に力を与えたあの女から授かった禁断の兵器だった。


あまりにも悍ましく強力なその力は兵器転用の実験中の事故により開発が中止された代物だ。女は愉快そうに笑うと、傍の机に並べられた透明なケースに入ったソレを眺め恍惚とした笑みを浮かべる。


細長いガラスの容器に入れられたその物体は、緑色をした小さな植物の芽だった。


強力な武力を持ち、強力な再生能力まで兼ね備えた相手を無力化するにはどうすればいいのか……その答えを彼女は託されたのだ。


ユグドラシル、そう名付けられた氷とガスが覆う冥王星で採取された小粒な植物の種は過酷な環境下でも自生できる植物として当初は食用植物へ転用の為に惑星の周囲に設けられたプラントへ持ち込まれた。しかし、その種を発育させ出来上がった葉を様々な研究や調査の後に試食した研究員達は即座にその植物の持つ恐ろしい生態を身を以て味わう事となった。


一週間後、連絡の途絶えた研究プラントを訪れた冥王星の開拓民達を恐怖が襲った。プラントの内部は奇妙な蔦や肉芽で覆われ、壁や天井を覆うその隙間から白骨化した手や足が突き出し養分を吸い尽くされた研究員全員の死亡が確認された。


その悍ましい悲劇を受け冥王星の開拓民達は直ちに緑の植物に飲み込まれたプラントを爆破処理させその恐ろしい寄生植物を葬った。だが、一部の開拓民の手によりそれらは生物兵器としての価値を見出され研究が続けられていたのだ。体内に取り込んだ生物の内側で爆発的に進化し、そして貪欲に他の生物を捕食していくその凶暴性は大きな軍事力を持たない冥王星の人間達にとっては魅力的に映ったのだ。そうして様々な改良や研究が続けられ生み出されたのが寄生植物を利用した生物兵器であるユグドラシルだった。


しかし、実戦を迎える前に研究は失敗に終わった。芽を体内に取り込んだ時点で更に成長スピードを早めたその食生物植物は寄生した相手に新たに割れやすい体液で生え変わらせた歯や爪を与え、獲物を傷付ける事により内包した胞子を相手へ植え込み同胞を増やすという恐ろしい増殖方法を取り始めた。


万全を期して分厚い隔離障壁を持った戦艦で行われた実験は、搭乗員300名全員の死亡と全長700メートルを超える蔦と肉芽に覆われた苗床を残すという大惨事によって幕を閉じた。


各惑星の開拓民達もこの悍ましい悲劇を知り互いを滅ぼし合う殲滅戦争であるにも関わらず唯一の規定が設けられた。


一切の生物兵器の使用を禁ずる……。それがあの危険な植物を指している事は誰の目にも明白だった。


そして、存在すら忘れられたその生物兵器は惑星間の戦争が停戦した後に一人の女の手に渡る事となった。



−−−−−−


心臓の鼓動が……聞こえる……。


ドクドクと、心臓が動いてる……。


あれ?……私……まだ偽装ボディのまま……生きてる?。



「……ん……んんっ……」


小さく声を漏らすと、私はそっと目を開けた……。


早く、戦闘モードになって……戦わないと!。


アレは確か……冥王星で見つかった、生物兵器!。どうしてあんな物まで持っているのか、それは分からない……。


でも、アレを野放しにしたら……ナスターシャやイングリット、そして……王都全体が、飲まれてしまう……。


あんな物を好きには使わせない!私が守るんだ……皆を、サシャを!……。


確か、あれは……体液で作られた牙や爪が特に危険だったんだ。内包された胞子を入れられて、体に寄生される!。だったらまずは首と手足を切り落として!……。


「……あ……れ?……」


……わた、し……たしか……くわ、れて……。


起きなきゃ!起きて……じょうきょう……。


じょう……きょう……。



「……あ……あ……あ、れ?……わた、しの……おな、か……」


身をおこすと、お腹が……おもい……おもくて、おもくて……。



吐きそう……。


おなか、痛い……痛い、痛い、痛い……。


なん、なの?……何かが……詰まって……。



動いてる



「……ひ……い……」


その、張り出したお腹に触れた瞬間……薄く気色悪い緑色の血管が浮き出た腹部に気付き……声がもれる……。



「……あ……あ……う、そ……うそ……こん、なぁぁ……」



……私の……おなか……大きく、なって……張り出して……。


『ふふっ、うふふふっ!あらあらぁ……随分と立派になったわねぇ……』      


「ひっ、いぃぃぃっ!……まさか……まさか!……」


『ええ、そう……貴女に爪と牙を突き立てたソレはユグドラシルを植え込んだドラゴンなのよ。もはや自我も残らず、声すら発さずに残された単純な思考のままに捕食と種の保存を目的に動き回る生きる屍になるの……』


「……い……や……いや、いや、いやぁぁぁぁぁぁぁっ!!……出して、これ、出してぇぇぇぇっ!!……」


『あはははっ!!貴女はとっても強いアンドロイドなんだものね!?きっと素敵な苗床になると思うわぁ……大好きなあのエルフ族の子にも同じように自らの子孫を刻み込んでやればいいのよ!肌に爪を食い込ませ、牙で首筋を食い千切り……ああっ、何て素敵なのかしら!』


……いや、だ……そんなの……いやだぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!。


あんな、あんな醜い物を……サシャの体に入れるなんて……!。


このままじゃ……いけない!。一度、死んで……そうすれば、修復ナノマシンで……全て元に……!。



「お"っ、あ"っ!……ぇ、あ……ぁ、ぁぁ……!」


おなか、くるし……い……!。なにか、上に……登って……くる……!。


……あた、ま……なにか、はいって……くる……。


いたい、いたい、きもちわるい……やめ、て……。


……なにか、ふくらんで……はじ、け……て……。



−−−−−−−


左目の眼球を突き破り、彼女の片目から姿を覗かせた緑色の蕾は血の滴る表面を擡げてゆっくりと膨らみを増していく。


その様を見ていた女は手を叩きながら大笑いし、そしてその美しく耽美な瞬間に息を荒らげた。


「ああっ、素敵、なんて素敵!こんな短時間で開花まで至ってしまうなんて!……もう間もなく貴女はこの寄生植物の一部になる!自己の存続と種の永続という単純な理の世界で生きられる様になる!そこには出身国も血筋も人種も肌の色もない……単純な規範の元で誰もが生きられる人類にとっての楽園があるのよ!」


興奮のまま赤らんだ顔で天を仰いだ女は両手の指を組むと叫んだ。


「ああああっ!!そうやって誰もが一つの存在として繋がる世界の中で、お前だけは隔離される!!イングリット、アンタだけがこの世界で孤立する!!世界樹となった私の体に一生縛り付けてられて、死ぬまで孤独を味わうがいいわ!!発狂しようが絶望しようが絶対に離さない!!アンタが骨に成り果てるまで私の世界に縛り付けてやるぅぅぅぅぅぅ!!」


組んでいた指を離し両手を掲げると、女は悲願を達成する瞬間の到来へと胸の鼓動を早めた。


爆発的な侵食スピードを持つ生物兵器を使用しこの大陸全ての生命体を苗床とした世界の中でただ一人の女に孤独を味合わせる、それこそがルーシア・バルザックという女の夢であり狂気だった。 



−−−−−−


……頭が、痛い……。


……お腹の辺りが……気持ち悪い……。


体中が……痛い……。


……私は……あの生物兵器の……苗床に、なったんだ……。


上手く、頭が回らない。


もう、疲れた……このまま私はきっと……獲物を捕食し、同じ種を増やすだけの……生きる屍になる……。



……もう、いい……どうせ、サシャ……私の前から居なくなったんだから……。私じゃなくて……他の相手、選んだんだから……。


あんなに、好きで……触ってくれて……キスしてくれて……頭を撫でてくれて……。


大好き……だったのに……。


……サシャ……サシャ……。


思い返せば、最初から……散々な出会い方だった。


耳を褒めようとしたら叩かれて、必死に仲良くしようとしてるのに空回りして……でも、貴女はそんな私へ優しく世話を焼いてくれた。最初は名前を付けてくれたのが嬉しくて、それで……そんな貴女を守りたいって思った……。


そうしたら……悲劇が起きた……。大切な場所も人も、何もかも失った貴女を……私はより強く守りたいと思った。


恩があるとか、そうじゃなくて……自分の体に替えてでも守りたいって、幸せになってほしいって……そう思った。



だから、あの時に……貴女が初めてキスしてくれて……嬉しかった……。


そして、あの時に言ってくれた言葉が……私にとっての幸福になった。



“……みんな、居なくなっちゃった……でも、貴女が……私には貴女が居るの!……”



自分を必要としてくれる人の言葉が私を強くした。もっと、もっと必要とされたい……役に立ちたい、もっと守りたい……。


そんな彼女への想いこそが私の生きる意味になった。


でも、このままでは私は彼女を不幸にする。まだ、動ける筈なのに……諦めて、あの子を絶望に叩き落とそうとしてる……。



……嫌だ、そんなのは絶対に嫌だ!……あの子がまた不幸になるぐらいだったら……私は、私は……。




  こ ん な 命 な ん て 要 ら な い 






“……例えバケモノだろうと……何だろうと……私は貴女が好き!貴女を愛してる!………!”


         


“……私、この世界を変えたい……他人と違うから、人より優れているからって誰かを蹴落とす世界を変えたい……”

      


“……怖くたって、分からなくってもいつかは理解し合えるもんなのよ……私はエルフ族で貴女は戦う兵器、全然違うのにこんなにも愛し合ってるんだもの……”







“……貴女はきっと、私から離れたって……大丈夫だと信じてるから……”





「……エ"ス……トッグゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!」 



−−−−−−


苗床と化したドラゴンは体を覆い尽くす寄生植物の意志のままに沈黙を保っていた。聴覚も嗅覚も視覚も失った彼の肉体は心臓部に埋め込まれた芽を通して下される指示に従い行動する。


そんな彼が異常に気付けたのは、伸ばしていた蔦に強烈な熱が伝わり、近くに植え付けられた同胞の消滅を感知したからだ。


「ぐっ、ふっ……んぐぅぅぅぅぅぅうううっ!!」


歯を食い縛りながら膝を突いた少女は、大きく膨らんだ腹部に対艦用白兵戦武装、エストックの灼熱の刃を突き立てていた。赤く輝く高熱を宿した刃が白煙を上げながら肉体の内部を焦がす。巨大な芽を宿した偽装ボディの子宮が戦艦の装甲を溶解させる刃によって内包した物質を液状化させた。


肉と植物の焼ける臭いを漂わせ崩れ落ちたアヴェンタドールの体は大きく一度跳ねた後、ピクリとも動かなくなった。


苗床の死を察知した巨大な植物の塊は即座に体液を使い牙と爪を再度生成する。胞子を内包したその鋭く割れやすい武器は相手の肉体に新たな命を宿す恐ろしい目的の為に作られた効率的な生存戦略だった。


芽が消失し苗床としての能力を失った彼女へ再度、新たな命を吹き込もうと彼等は獲物の肉体を傷付ける武装を作り上げていく。だが、彼等は気付く事はない……倒れ込んだ彼女の体が眩い黄金の光に包まれ、新たな命の揺り籠と化したアヴェンタドールの肉体が再構築されていく様に。人間への偽装を解き、戦闘兵器としての能力を身に着けた彼女の体から異物が取り除かれ、そして新たに創られる。


多目的戦闘アンドロイド、アヴェンタドールはその武力によって敵を殲滅するべく立ち上がった。


彼女の胸にあるのはただ一つ、世界で最も愛する人の笑顔を守る事だけだ。例え傍に居なくとも、例え自分の元から離れていても……例え、他の誰かを愛したとしても。



殺人人形と呼ばれ恐れられてきた少女は、そんな自分に愛する事を教えてくれた少女の為に戦う事を決意する。



張詰めた蔦が軋む音を立てながら強力な武装を生成した亡竜が身を屈め、巨大な足で屋敷全体を踏み鳴らし突撃する。種の永続という呪いに掛けられた彼は目の前の相手を同胞とし、自身の同属にしようとその爪を振るう。


細い体を金色のバトルドレスで包み込んだアヴェンタドールは目を見開くと小さく息を漏らしながら床を蹴った。白い肌の下に備わった人工筋肉と駆動率の高い関節を駆使して壁を蹴り、相手が動きを察知するよりも早く緑の蔦や弦、そして腫瘍の様な芽に覆われた手足を白兵戦武装で切断する。


赤い刃がラインを引き、琥珀色の体液を壁や天井にぶち撒ける。崩れ落ちたその巨体をバタつかせ、そして目の前に降り立った相手に食らい付こうと顎を動かす亡者の竜に彼女は言った。



「……お前を何処にも行かせない……。此処から逃がさない、此処から一歩も出さない。お前は此処で----」


〈 モードチェンジ確認。モード、対生物兵器絶滅用兵装”アイスエイジ・コマンダー”、防疫ユニット起動、保護シールド展開開始。各種武装展開、個人防衛装置(P D U)”アラモ・マークⅢ”展開、30×173mm6連装ファランクス二門、40mmグレネードランチャー二門、ナパーム噴射型フレイムスロアー展開完了。対戦闘艦用突撃銃”レーヴァテイン”展開完了 >


「 -----枯らし尽くしてやる!!」


< ようこそ、アヴィ。良い戦争を >


--------


凄まじい轟音と共に、屋敷全体が揺れた。


まるで大きな地震が起きた様に、床や壁が揺れ天井から埃が降って来る。


「な、何なの!?」


「……分からない、アヴィが何かと戦っているようだ……」


「大丈夫かしら……」


「さぁな……とにかく私達は先を急ごう!」


凄まじい轟音と振動が響く後方から前へ視線を移すと二人は長い廊下を駆けだして行く。


そして、突き当りの部屋へ続く扉をナスターシャが蹴り開けた。
















 





























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