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殲滅のマタドール   作者: ユリグルイ
FINAL ORDER
96/121

殲滅のマタドール:95話 彼女の戦い

「夜分遅くに失礼致します……」


「ギリアムか……いったいどうした?」


「王都に潜入したラゴウ側の工作員についてご報告したい事が……」


「……そうか、分かった……」


彼は扉をノックして現れた執事の声を聞きシーツを退かすと、ベッドから降りて大きく体を伸ばした。小さく声を漏らしつつ着ていた寝室着を脱ぐと、執務用の衣装へ着替えを行いつつ彼に言った。


「例の暗殺部隊か?人数は?」


「七名、全員死亡しています。三名は王都中央の宿場にて部屋へ忍び込んだ所を宿泊していた女性の剣士により制圧されました、その後他の部屋にてロープで拘束し王都守備隊の到着を待っていたのですが……」


「……自害したか?」


「はい、敵は歯の内側に毒を仕込んでいたようで……」


小さく溜息を吐くと、素早く衣類を着替えた彼が部屋の灯りを点けた。


「他の四名は?」


「旧居住区の教会にて見つかりました。彼等は二人の女性によって倒され、彼女達は現在この王宮の騎士団本部にて取り調べを受けています。先日、ヘブンリーという娼館を襲撃したのと同じ二人組みのようで……」


「彼女達の身元は分かるか?」


「一人は我が国の西部国境警備基地所属のナスターシャさんのようですな、彼女は新司令になったヨハン・ガーランド氏の副官を務める優秀な剣士です……」


「もう一人は?」


そこでギリアムは手にした羊皮紙から顔を上げると、豪奢なデザインのベッドで半身を起こし不安げに目線を送る少女をチラリと見た。


そして、咳払いをすると静かに言った。


「もう一人はラゴウ連邦国、現在の最高権力者である竜王直下の暗殺部隊、アビス・ストーカーズの隊員であるイングリットというダークエルフです……」


「……イングリット?……」


その名前を聞いた少女は慌てた様子でベッドから降りると薄い生地のネグリジェのまま彼等に詰め寄った。


「ど、どうしてあの子まで此処に居るのよ!?」


「詳しい事は現在取り調べを行っている最中ですが、どうやら彼女達はアヴィさんと行動を共にしている様で……」


「ア、アヴィと……?」


驚いた様に声を上げる彼女を見ると、青年は相手の肩に手を添えて微笑みを浮かべた。


「クリスティーヌの件で協力してくれたダークエルフの子だろ?会いたいんだったら私から許可を−−−」


「いいえ、いいの……無事ならそれでいい……」


小さく息を吐くと彼女は力無く笑みを浮かべて首を振った。


本来ならすぐにでも会いたいだろうし、詳しく話を聞きたい筈だ。だが、彼女は頑なにかつての仲間達と距離を置きたがる。自分で決めた道を一切振り向く事無く進み続けようとする。


不器用で強情で、そして強い。


青年は苦笑いを浮かべ彼女の肩から手を離すと言った。


「これから王都守護隊の隊長から話を聞いてくる、また何か分かり次第君に報告するよ……」 


「ええ、お願いね……ギュンター……」


「それじゃあおやすみ、サシャ……起こしてしまって悪かったね 」


静かに微笑みを残し部屋から出て行った二人を見送ると、残された現メルキオ帝国国王であるギュンター・フィン・メルキオの妃となったサシャはベッドに倒れ込むとボンヤリと天井を見つめた。


こちらの思惑とは恐らく関係はないだろうと思うものの、ある目的を持って最愛の人を裏切ってでも国王の妻となった彼女は不安を覚えずにはいられなかった。


静かに目を閉じると、サシャは胸を締め付ける罪悪感のまま口を開いた。



「……ごめんなさい……アヴィ……」



−−−−−−


ひたすらに相手と睨み合いを続ける中、とうとう苛立ちが限界に達したのか相手は机に手を叩き付けて叫ぶ。


「いい加減白状したらどうなんだ!?えぇっ!?ナスターシャァァ……」


「だから知らないって言ってるでしょ!私は亡命の為に越境してきたラゴウの暗殺部隊の子を警護してるだけ!」


「ハッ!……それで立て続けに敵国の暗殺部隊、それも有名な毒蛇(ヴァイパー)の連中を打ち倒し、遂には壊滅にまで追い込んじまったって言うのか!?」


「いやぁ〜、何か気付かぬ内にそうなっちゃったみたいで……」


「……お前、俺をバカだと思っているだろ?」


「……バレちゃいましたぁ?」


そこで怒りが頂点を迎えたのか、彼は私の胸倉を掴むとその迫力満点の顔を目の前に怒鳴り声を上げる。


「ふざけやがってこのアマァァァッ!!いったいコソコソとそこのダークエルフと一緒に何を企んでやがる!?」


「べ、別に何にもしてないわよ!その子を助けただけ!」


「ナスターシャの言う事は本当だ!私は彼女に色々と世話になり、そして追手から守ってもらっている……」


隣に座るイングリットが私に加勢し、声を荒らげる。それでもこの頑固オヤジは未だに疑心に満ちた目を向けている。早くアンジェラの元に戻ってあげたいのに!……。


いい加減、怒りが限界に達した私が立ち上がり大声を出そうとした瞬間……その狭い尋問室の扉が開き、廊下から静かなざわめきが聞こえた。


怪訝に思った私が視線を向けると、そこには信じられない人物が立っていた。


「な、なっ……」


いち早くおかしな空気に気が付いたのか、顔を後ろに向けた頑固オヤジは驚愕したように口と目を大きく開く。


「……国王……さま……」


「こ、国王?……まさか、今のメルキオの国王か!?」


呆然と声を漏らす私の隣ではイングリットが驚いた様子で声を上げて立ち上がった。


長いブロンドの髪と少し幼く見えるハンサムな顔立ちの彼は威厳溢れる執務用の衣装纏い静かに部屋の中へと足を進めた。


ギュンター・フィン・メルキオ……歳はまだ二十代前半のその青年は私達へ目を向けると穏やかな笑みを浮かべた。


「君達がラゴウの暗殺部隊を撃退したという二人組みかい?ご苦労だったね……」


「……あ、あの……いえ……その……」


「そちらのダークエルフのお嬢さんも、我が国の剣士に力を貸してくれてありがとう……亡命希望の方だとお伺いしましたが?」


「……そ、その……あの……」


私は緊張と畏れ多さの余り顔が熱くなっていくのを感じた。イングリットはというと、青ざめた顔で動揺しきっている。


そんな私達の様子を見て不思議そうな顔をする彼は、居心地が悪そうに落ち着かない様子を見せる頑固オヤジに言った。


「さっきまでは普通に喋っていたのに急にどうしたんだ、その二人は……?」


「……誠に失礼ながら、国王陛下を前に緊張しているのではないかと……」


「……そ、そうなのか?確かに先代様は威厳と貫禄がある顔立ちをしていたから分かるが、私は極力そうした心象は避けたいと思い親しみやすさを大切にしているんだが……」


……い、いやいやいや!そういう問題じゃないでしょ!?。


国王様で、こんなにハンサムで、それでいてこんな場所にまで現れたら緊張しない訳ないじゃない!。


滝の様に汗を掻く私へ、彼は実に不思議そうに首を傾げながら目線を向けた。


「とにかく!この者達の尋問はわざわざ陛下がお見えになられる必要は御座いません!……亡命した身とは言え、ラゴウの暗殺者がおられるのですよ……すぐにご退席を!」


「……そうはいかない、彼女は私の国の兵を守ってくれた……その礼は直接言わなければ気が済まない!」


「まったく相変わらず聞き分けの無い御方だ!こちらが心配しているのが分からないのですか!?」


「……悪いがデュバル……これだけは譲れない……」


幼さを残しながらも、彼にはやはり為政者としての器がある事を感じさせた。強面の大男を前にしても彼は一切退かないし、部屋を出るつもりもない……そんな力強い意志を感じさせた。


一方、そんな目線を受け止める頑固オヤジも国王を前にしても退く気配を見せない。それは私に向ける様な怒りではなく、父親が息子を諭す時の様な目だった。本気で彼を心配しているのだろうと察する事が出来た。


一歩も引かない睨み合いを続ける彼等に声を掛けたのは、イングリットだった。



「そこの大男が居ては彼と話も出来ん……ギュンター、悪いがその男を部屋から出してもらえるか?」


「な、なにィィ!?貴様、陛下に何と無礼な事を!……」


「無礼なのはお前ではないか?“あの若造は気合がなってない、妃を貰い日和ったのか心配でしょうがない”……そうお前は言っていたな?」


「な、なぁぁぁっ!!……そ、そ、それはだな!……この国の王都を守る、騎士として……」


……あくまで言い訳しないだけ立派というか、不器用というか……。


慌てふためく彼を見つめながら、ギュンター国王は小さく息を吐くと唇を開いた。


「……デュバル……」


「は、ひぃっ!!い、いや!!違いますよ陛下ぁぁっ!!私はもっと貴方に−−−−」


「もっと立派になれと、そう言いたいんだろう?確かに俺はまだまだ半人前……数々の武勲や偉業を成した先代様達を知っている人間からしたら苛立つのも分かる……」


そこで彼は椅子に座ったまま体を硬直させる彼の両肩を掴むと、真っ直ぐに目を合わせ言い放つ。



「……だが、今は俺を信じて欲しい。俺の夢はかつての王達に負けないほどに大きく、そして民へ希望を与えるものなんだ!」


「……へ、陛下!……」


「頼む!……至らない所はあるかもしれない、苛立ちを感じるかもしれない!……だが、それでも成し遂げたい夢がある!」


……この人、何ていうか……。



「人たらしだな、ヨハンに似た……」


「アンタがそれ言う?……」


やや呆れた様子で語るイングリットを横目で睨むと、私は再び前へと向き合った。


禿頭の巨漢は静かに目を閉じると、感極まった様に体を震わせながら立ち上がり……そして背中を向けると歩き出した。そんな彼の背に、心からの感謝を向けてこの国の最高権力者は声を掛けた。



「……すまない、お前の期待にも応えられるように精進する……」


「……ッ……私は外に控えております!その者達がおかしな様子を見せたらお声掛けを!」


鼻を啜ると、彼はゆっくりと狭い部屋を歩き入り口の前に立った。そして扉の取っ手に指を掛けると突然大声で私の名を呼んだ。



「ナスターシャァァッ!!」


「はひっ!……な、何よ!?」


「……陛下にもしもの事があれば貴様を真っ先に八つ裂きにして川に浮かべてやる……。そのダークエルフがおかしな事をしないか見張っておけ!!」


振り返った彼の顔は、あちこちに血管が浮かび激しい怒りを表したいつもの頑固オヤジの顔だった。適当に私が返事をすると、彼は荒々しく扉を開き部屋を後にした。


残された私はどう声を掛けるべきか迷っていた。陛下に会うなんて初めてだ、それに……何故、彼はこんな場所に……。


黙りこくる私達へ静かに目を向けると、彼は言った。



「……さてと、それじゃあ君達には是非知っておいてほしい事を伝えようと思う……」



−−−−−−


その二人の男女はお互いの姿を見つけると駆け出した。


そして、硬くその体を抱き合うと情熱的なキスを交わした。


ある者はそれを見て呆れたし、ある者は囃し立てた。


だが、彼等はその男女の本当の関係を知らない。



ゲームチェンジャーという、特異な立場にある二人がどういった関係にあるかを知らない。



「壊しましょう……この腐敗に満ちた国家を!」


「……ああ、そして……変えるんだ、俺達が……」


その二人は情熱的なキスを更に深めていった。


そんな彼等を気に止め、警戒する者は一人も居なかった。



−−−−−−


「……俺達はゲームチェンジャーという存在を追って来た……この世界に戦争を齎す者達……」


「……戦争……」


「ああ、十年前から何かがおかしくなった……魔物の突然の異常発生を期に止まった人類間の戦争、そして……その間隙を縫うように新たな火種が生まれようとしている……」


「それはラゴウの蛇の者達も関係しているのか!?奴等が……人類の戦争を……」


「……違う、あいつらはもっと悍ましい……そして、闇の深い者達だ……」



−−−−−−−


「彼女、そろそろ本部に着いたかな?」


「そろそろ着くだろ……それにしてもヴァイパーの連中を叩きのめすなんて大した奴だよなぁ……」


「可愛い子だったよな?黒い髪の清楚そうな子でさ!」


「やめとけやめとけ!何かあったら殺されるぞ?」


冗談を言い合いながら笑う二人の若い騎士は相手の体を小突き合うと、緩みきった顔を扉へと向けた。


「あんまり騒いだら可哀想だ、静かにしとこう……」


「ああ、あの子は何の関係もないようだしな……」


その部屋のベッドで穏やかな寝息を立てているであろう愛らしい少女の寝顔を思い浮かべ緩んだ頬のまま、王都守備隊の若い兵士達は重いプレートアーマーに包まれた体を正した。理由は分からないがこの部屋に泊まる宿泊客を襲撃した四人の刺客は黒髪の少女の手により音もなく叩きのめされ、そして廊下に並べられた。そして、ふと目を離した隙に毒を使い自害した。


その二人にとっては訳の分からない状況だが、それでも幸運な事はあった。部屋で眠っていた少女は何も見ていない……。


状況確認の為に室内に入った二人はスヤスヤと寝息を立てる褐色の肌の幼い女の子を見て真っ先に胸を撫で下ろした。


無垢な少女そ自分達が守らなければいけない、そんな使命感を彼等が感じていた時……静かな足音が聞こえた。


慌てて顔を上げた彼等は、そこで思わず目を見開いた。


そこには、異様な姿で廊下を歩く女が居たからだ。


その女は、首から下を褐色の肌包んでいて……そして、手に大きな鞄を持った彼女は下着すら身に付けてはいなかった。整った顔立ちに妖しい笑みを浮かべて足を進め続ける女へ彼等は欲情するよりも先に警戒心を向けた。


「と、止まれ!」


「お前、そこで何を----」


彼女を止めようと駆け出し、そしてその肩を掴もうとした若い騎士の胸へ、女は”硬化”させた腕を捻じ込んだ。振り下ろされた剣や飛来する矢を弾くその強固な鎧を突き破り心臓を串刺しにした。


「あ”っ……」


震えた声を漏らし、金属がへしゃげる音と共に腕を引き抜かれた彼は凍り付いた表情のまま壁に背を着けて崩れ落ちた。


口を半開きにしたまま、その異様な光景を見ていたもう一人の騎士は我に返ると小さく悲鳴を上げながら剣を引き抜こうとした。しかし、既に混乱する彼が立ち尽くしている間に黙々と足を進め続けていた女は唇を歪めながら恐怖心により上手く体を動かせない彼を追い込む様に体を密着させるとその胸へ先ほどと同じ様に腕を突き立てた。


小刻みに体を痙攣させながらくぐもった声を漏らし目を見開く哀れな犠牲者の首筋をその女は舌先で舐めた。興奮で赤らんだ顔に歪な笑みを浮かべ、彼女は捕食を開始する。



--------


「ん……ぅ……」


誰かが部屋の中に居る気配を感じ取ったアンジェラは静かに目を開けると、ゆっくりとベッドから起き上がった。


王都の宿場という事もあり低ランクながらも各部屋に備え付けられていたバスルームから湯気と水音が聞こえ、誰かがシャワーを浴びているのだと理解する。


瞼を擦りながらボンヤリと明かりの灯るバスルームの扉を見ていると、水音が止まりその人影はゆっくりと姿を覗かせた。


それが見知った人物である事を知り安堵すると、彼女は再び大きく欠伸をして目を擦る。


靄の掛かる視界の中では、その人物がバッグから取り出した衣類を羽織り着替えをしている様子が見えた。ふと違和感を覚え、小さく声を漏らしながらもアンジェラは聞いた。



「寮母様……どうして、頭と体で……色が違うの?……」

























 



























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