殲滅のマタドール:八話 心からの願い
あの日から三日が経った……。巨大な体を持ったあのライガは森の中で暮らすライガ達の母親の様な存在だったらしく、村長の見立てでは五百年以上は生きた個体ではないかという事だった。
サシャのお父さんが襲われる以前までは存在すら知らなかった人も多く、村長も驚いていた。
しかし、喜んでばかりもいられない。二人も犠牲者を出してしまった。アレックスさんとニックさんの体は……思い出すだけでも体中が震える様な有様で、あのライガが空腹ではなく怒りによりエルフ族を襲っていたのだと気付かされる。噛み千切られ、引き裂かれたその亡骸は食べられた痕跡のある箇所はどこにもなかった……つまり、殺す事だけが目的で私達を襲ってきたのだ。
二人の家族はそんな惨たらしい亡くなり方を息子がしたというのにどこまでも気丈だった。頭を下げて謝罪するウィルや私に涙を浮かべながらも無理やり笑って励ましてくれた。
あの時はどうしようもなかったと分かってる……でも、何とかして助けたかった。
そんな後悔をどうにか晴らそうと、私はあの日から二人の眠るお墓へ花を手向ける様にした。そして、近くにあるサシャの家族の眠るお墓にも同様に花を供えようと考えた。
サシャはそこまでしてくれなくてもいいと言っていたが、私はそうしたいと譲らなかった。
誰かを大切に思う気持ちは、以前までの私には無かったと思う。こんな風に誰かの事を考えて悲しみ、苦しむのはこの場所で私が目覚めてから初めて抱いた感情だ。
そして、誰かの笑った顔が見たくて……誰かを救いたいと願う気持ちも同様だ。
膝を曲げて屈み込むと私は両指を組み亡き者達への祈りを捧げた。
暫く無言の時を過ごしていると、背後から誰かが近付いてくる気配がした。
「あの二人だけじゃなくサシャの家族にも花を供えてるなんて、随分と律儀だな 」
「ウィル……」
瞳を開け振り返ると、腕を組んだウィルがこちらに目線を送っていた。周囲には誰も居ない、私とウィルの二人だけだ。
きっと彼は、あの時の事を聞こうとしている。
「そろそろ気分も落ち着いた頃だし、ちょっといいか?」
「……はい……」
「お前は何者だ?俺は確かにあの時見たんだ、お前がライガに食い千切られて真っ二つになるのを……戦うどころかあんな状況じゃ死ぬはずだ。それでもお前はこうして今も生きてて、しかもあのバケモノをたった一人で仕留めちまった……」
疑いの込められた目線から逃れる様に顔を背けると、私は片腕を抱きながら掠れた声を漏らす。
あの時、私は自分が何者であるかを思い出した……私の名前は……。
「多目的戦闘用アンドロイド、アヴェンタドール……それが私の本来の名前……いえ、型式名です……」
「た、たもくてき……せんとう……あんどろいど?」
「……早い話が、私は人間ではなく武器なんです。この世界の弓矢や剣と同じ……戦う為に作られた人間の形をした武器……」
「お、おいおい!冗談だろ!?……だってお前はどこからどう見たって……」
「……恐らく私はこの世界とは大きく技術や常識の異なる場所からやって来たんだと思います。その世界では空の上、あの雲の向こうにまで人が進出し、常識も多く異なるそういった空間での戦闘には私達の様な作られた専用の武器が必要になってきますから……」
私の顔を見ながらウィルは呆然としつつも、心の底から怯えあの悍ましい戦渦の記憶を思い出して震える私を見てそれが決して冗談ではない事を悟った。
混乱しつつも、ウィルは空に指を向けながら無理やり笑顔を浮かべて言った。
「そ、そんなのが必要になるなんてその世界にはどんな魔物が住んでるんだろうな!こっちじゃ陸棲の魔物がほとんどで空を飛ぶ魔物なんて……」
「……いえ、私が倒してきた“敵”は……人間です……!」
「……えっ?……」
「……ッ……私……私は……人類間の戦争の為に作られた兵器なんです!!……」
もう、耐えきれなくなった。
恐ろしい記憶が洪水みたいに溢れて、頭が割れる……機械なのに、兵器なのに……胃が握り潰されそうな程に痛くなって……吐きそうになる……。
私は人殺しの為に作り上げられた兵器……敵からも味方からも怖がられた……バケモノ……!。
頭を抱え涙を流すと、心配して差し伸ばされたウィルの腕を振り払い泣き叫ぶ。
「私は頑張った!一生懸命皆の役に立とうとした!言われた通りに沢山敵を殺した!……数百人乗った兵員輸送艦を一日五隻沈めた事もあった!一人で戦艦に突撃して沈めた事もあった!……頑張った……頑張ったのにぃぃっ!……」
「ア、アヴィ!……」
「……皆、私を……バケモノって、人殺しって……呼んで……怖がって、嫌って……!。私は……私はただ皆を守りたかった!感情を表す事が許されなかっただけで、ずっとそう思い続けてきたのに!……。どうして?……どうして頑張ったのに嫌われてしまうの!?……何でぇぇっ!……」
あの時言われた嫌悪感と恐怖心、憎悪に満ちた言葉の数々が……ひび割れた胸から溢れ出す。
『アイツは悪魔だよ、感情のない怪物だ 』
『この人殺しッ!!お前を追ってきた敵の部隊の攻撃に父さんは巻き込まれたんだ!!』
『アヴェンタドールの傍に近寄るな、敵の戦闘艦に真っ先に狙われちまう……』
『アイツ、味方の艦が近く居るのに敵の燃料輸送艦にエストックをぶち込んで危うく爆発に巻き込みかけたんだと……』
『……近寄らないで……バケモノッ!!……』
「う、あ、あ……あうぅぅぅぅぅぅぅっ!!……ちがう、ちがう、ちがうぅぅぅぅっ!!……私は……ただ……」
錯乱状態になりながら……私は涙と鼻水を垂らして泣き崩れた。
私はただ……ありがとうって……言ってほしかった。それだけでいい、ただそれだけで……良かった……。
でも、兵器である私に感謝など向ける人は居ない……どれだけ私が必死にやっても、何も言ってくれない……。
向けられるのは仲間の命を救う為に奮った力への恐れと嫌悪だけだった。
過呼吸を起こし咳き込む私の背中をさすると、ウィルは静かに肩を掴み私の目を真っ直ぐに見つめた。
その瞳にはそれまで私に向けられたものとは違う、何かに安心した様な……穏やかな感情が込められていた。
「落ち着けって……お前が過去にどんな事をしたかとか、どんな風に過ごしてきたかは俺にとってはどうでもいい……」
「……でも……私は大勢……」
「俺が聞きたかったのは何か目的があって村に入ってきた奴なんじゃないかって事だよ。あれだけのバケモノを倒すぐらいの力を持ってるなんてメルキオの魔導師か何かじゃないかと思って……そうじゃないならいいんだ、お前が何者だろうと関係ない……」
「……ウィル……」
泣き腫らした目を向ける私の頭を撫でると、彼は再び両肩に手を置いて真剣な表情で口を開いた。
「頼みがあるんだ、聞いてくれるか?」
「……はい、何でしょうか……」
「サシャを、アイツを傍で支えてやってくれ!さっき村長に二人でずっと暮らせるように頼んできたんだ!村長は快く受け入れてくれた!」
「……えっ?……サシャと、二人で……」
「……俺じゃあアイツを支えるには弱過ぎる。傍に居てやりたいと思っても、俺には悲しみから救ってやれなかった罪がある……だから、アイツの心の傷の元凶を討ったお前こそサシャの隣に立つべきなんだ!」
私は暫くの間、信じられないように瞳を震わせ彼を見た。
私なんかが……いいの?……サシャの、あの人の傍に居て……。
呆然とする私の顔を見て笑うと、ウィルは立ち上がりからかうような言葉を掛けた。
「どうした?あれだけ必死にサシャの事を言っときながら傍には居たくないか?まあ、確かにアイツは色々と口煩いからなぁ……」
「そ、そんな事ありません!サシャはとっても優しいし、お料理も美味しいし!……とっても素敵で、大好きな人です!……」
「それならもう、答えは決まってるだろ?アイツを長年見てきた俺がお前にサシャを託すって言ってるんだ、返事は今すぐにしてもらわないとな!」
……サシャを……託す……!。こんな私を信じてくれて、あの人の全てを……任せると……そう言ってくれた!。
再び嗚咽を漏らし泣きじゃくりながら、両目に溜まる涙を拭う。ようやく気分を落ち着けて立ち上がると、苦笑いを浮かべ腕を組む彼を真っ直ぐ見つめて私は言った。
「私は……サシャが大好きです!……命を救ってくれた恩だけじゃありません……サシャの手料理をもっと食べたい!サシャの耳をもっと触りたい!サシャの顔をもっと見ていたい!……だから……」
だから、もっと一緒に居たい!サシャの隣にずっと居たい!。
「私はもっとサシャを幸せにしたいです!……あの人と、お互い……『ありがとう』って言える……そんな日々を送りたい!……」
「……お前ならきっと大丈夫だよ!ただし泣かせたりしたら承知しないからその時は覚悟しろよぉ?」
「が、頑張ります!狩りでハイイロボアを沢山獲って、サシャさんを喜ばせてみせます!」
「ははっ!ちゃんとサシャの食う分も残しとかないとダメだぞ!そん時は俺も手伝うから!」
ありがとう……ウィル……私にサシャを任せてくれて。
私は絶対にあの人を幸せにして、兵器として動いていた時とはまるで違う生き方をしてみせる……。
大好きな人にお礼を言ったり言われたり、感謝し合う……そんな当たり前でずっと憧れていた過ごし方……。
------
「あのデカブツも思ったほど役に立たなかったね……まぁ、アレを倒せるだけの何者かが居たと分かっただけでもこちらとしては上々かな……」
「はい、魔導師かあるいは傭兵を雇ったのかは分かりませんがエルフ族は外部に委託し強力な武力を保持している事が明るみになりました 」
揺れる馬車の中、小柄な少年は乗り心地の悪いその車内の中にしては珍しく上機嫌そうに笑みを浮かべた。普段の彼なら苛立ちつつ小言を漏らしているというのにその報告を受けてからは常に笑みを浮かべている。
少年の向かい側の席に座るエプロンドレスを着込んだ女性は無機質な表情を浮かべたまま言った。
「西方における壁の建造はメルキオ側の急務です、魔物の侵入を防ぐだけでなくその先の国家間の戦争でも大きな役割を果たす……」
「意地悪だよねぇ、国のお偉いさんってさ!『エルフ族の皆さんを守る為でーす!』なんて言っときながら彼等が反抗姿勢を見せたら即座に消せって言うんだもん……むしろ、消えてもらった方が好都合だなんて考えてるんだからさ!」
ケラケラと少年は笑うと、ボロボロのローブから覗く細い腕に何かを装着した。それは魔力の効果を更に高める魔物の皮で出来た黒いレザーグローブだった。
黒いグローブを嵌めた手を見て笑いながら少年は加虐的な欲求に疼く歪んだ笑みを馬車の窓から見える広大な森へと向けた。そして、愉快な遊びを待ちきれない年頃の子供の顔のまま悍ましい狂気を滲ませた。
「あの森を焼き尽くしたらさぞ大勢エルフ共が逃げ出してくるんだろうなぁ……そいつらを一匹ずつ僕の人形達を使って踏み潰すのかと思うとワクワクしちゃうよ……」