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殲滅のマタドール   作者: ユリグルイ
殲滅のマタドール 4thOrder
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殲滅のマタドール:83話 異国の少女

この国の王都は建物の全てが大きく巨大だ。ラゴウとはまるで違う……その大きさこそが権力の証であるかのように、豪奢で優雅な外観を持つ建造物が立ち並んでいる。


道行く人々も着飾った人達ばかりで、とにかく落ち着かない……。


落ち着きなく左右を見回す私を見ると、ナスターシャはからかう様に私の腕を抱き寄せ体を密着させた。


彼女はというと真っ白なシャツと黒いロングパンツにブーツ、革製のベルトに剣の差さる鞘を取り付けていた。おおよそ女性らしからぬ格好だというのに活発な印象を受けるその短めに切り揃えた淡い青色の髪と薄めの化粧も相まってシンプルな格好が逆に魅力的に映っていた。


それでも、大抵視線を向けられるのは私の方だ。こんな風に美しく着飾ったダークエルフなんて見た事もないのだろう。様々な情を宿した目線を向けられ……とにかく落ち着かない……。


堪らずに目線を逸らすと、私は立ち並ぶ店先で会話をする人々へ視線を向けた。そして、ある事に気付くと少し驚いた様に声を上げる。


「ラゴウの人間も王都には結構居るんだな……肌の黒い子供や女性が目立つが……」


「ああっ、あれもギュンター国王の平和政策の一つよ!各国から出稼ぎの労働者を募って入国させてるの!」


「国同士ではいがみ合ってはいるが、民の交流は続けさせるという訳だな?」


「そりゃあそうよ、ラゴウだってメルキオを通してダムザの工業製品や武器、メルキオの食料品や生活物資を輸入しないとやっていけないもの!国のお偉方は苦虫を噛み潰した思いしてるでしょうけど、ラゴウはそういう点では融通が聞くからベアルゴよりはマシね……」


「ベアルゴはそういった事はしていないのか?」


小首を傾げる私の腕を離すと、ナスターシャは顔を俯かせて言った。


「……ベアルゴは十年前の戦争で孤児になった子供達を一方的に押し付けてきた。身寄りもない、身元も分からない様な子達を送って後は知らん顔よ……」


「……ひどい話だな……」


「……ええ、本当にひどい……残された子供達はどの国であっても厳しい状況なのに代わりはない。まだまだ異国の人間に対する差別感情は根強いし、此処で稼ぐのは凄く大変だから……」


同じく親に捨てられた幼少時代を送ってきた彼女は自身の境遇と重ね合わせているのか、少し寂しそうな顔をして店先に立ってお客の対応に当たる子供達を見ていた。


そんな時、突如酒焼けしたしゃがれた声が響き渡った。


「いいからさっさと言う事を聞け!!学のないお前に稼がせてやるって言ってんだからよ!!」


「も、もう嫌なんです!……あんなの、嫌ぁぁっ!」


「ロクに働けねぇクセにいっちょ前な口聞きやがって!!体売るしか能のねぇ役立たずが!!」


見ると、店の建物と建物の間の薄暗い路地でその性格の醜さを表すような派手な衣装を着込んだ太った男が一人の少女の手首を掴み上げていた。


それを見ると、眉を潜め私は説明を求める様にナスターシャを見た。彼女は頭を片手で抱えると、この国の恥部とも言うべきあの男の様な存在について語りだす。


「あれはこの国でマトモに働けない子達を売り物にする人身売買の商人ね……女の子を貴族共に宛てがって、小さな子達に興奮する変態共相手に金品を得たり弱みを握って脅したり……生きててもしょうもないクズよ 」


冷え切った目線を送る彼女の指はナイフの差さるベルトに伸びていた。


その醜い行いを知り怒りを燃やすナスターシャの気持ちは分かるが、今は目的がある以上おかしな騒ぎを起こす訳にはいかない。だが、あの子を放っておくつもりはない……。


彼女の手を掴み首を振ると、私は静かにコツコツと石畳の地面にヒールの足音を響かせながら声を張り上げる。


「いったいそこで何をしている?」


「アァ?何だよアンタは?……」


「何をしていると聞いたんだ、聞こえなかったか?」


「……ほぉ、姉ちゃんも結構な美人のダークエルフじゃねぇか……稼げる店を紹介してほしいのかい?」


「……人の話を聞かない奴だな……」


男はボロボロの衣装を着込んだ彼女の襟首を掴み上げたまま下卑た目を向けると、ニタニタと不快感しか感じさせない笑みを向けながら言った。


「こいつはせっかくそこそこ人気が出たってのに俺達から逃げようとした……一文無しのラゴウのガキに親切で商売を教え込んでやってるってのに、その恩を無下にしやがった!」


「……恩?お前の利益の為に無理やり利用されただけじゃないのか?……」


「けっ!何とでも言いな!俺は貴族共からもっと金を巻き上げてもっとデカくなんだよ!……邪魔するなら容赦しねぇぞ?」


「安心しろ、私は一歩もここから動かない……」


警戒する様な目を向ける男に微笑みかけると、掴まれていた彼女は必死に助けを求める様に私の方を見て泣いていた。


背後からナスターシャが苛立ちを含ませた声色で言った。


「ちょ、ちょっとイングリット!?……」


「……私に任せろ……」


「え、えっ?……」


私は下げたままの片手に静かに意識を集中させる。相手はその少女の衣類を剥ごうと夢中になってこちらを見ていない。好都合だ、あれを見られずに済む……。


下腹部が熱くなり、意識が先鋭化していくのを感じると私は腕に纏わりつく重い空気の中で静かに口を開く。


「……グラビティ・ダウン……」


重力を操るその魔術は私の最も得意とする工作活動用の操作型魔術だった。相手の周囲や体の一部の重力を急速に重くさせ動きを封じたり、自身に掛かる重力を軽くして素早く動いたり……裏仕事を行う私には欠かせないものだ。


その卑劣漢に私が容赦する必要はまったく無い。殺しはしないが手酷い目には遭ってもらおう……。


「あがっ!!な、な、なんだよ!?こりゃあ!?……」


「どうした?酒の飲み過ぎではないか?今後は控える事だな……」


急激に周囲の重力が増したその男は地面に倒れ込むと、必死に藻掻きながら立ち上がろうと試みる。しかし、私の掛けた魔術は指先一本すら動かす事を許さない。


「ど、どうなってんだ!?か、体が……動かない!!」


「それではこの子は私達が連れて行く……今後は自分の行いを悔いて心を入れ替える事だな……」


「く、くそっ!!待てっ!!ふざけんなチクショウ!!待てぇぇぇぇぇぇっ!!」


見えない何かに掴まれたかのようにうつ伏せに倒れ込み叫ぶ声を無視すると、私は呆然としながらこちらを見上げる少女の手を取り立ち上がらせた。そして、相変わらず口汚い言葉で喚き散らす男に背を向けると路地を後にした。


「ふふっ、やるわね……さすが!」


「半日は動けない筈だ、その間にこの子を安全な場所に連れて行こう……」


手を握っていた少女へ目を向けると、目線を合わせるように膝を折りそのボサボサの髪を撫でた。ボンヤリとこちらを見ていたその少女は私に触れられ一瞬ビクリと体を震わせたが……こちらに悪意が無い事を知り安堵したように目を細めた。


「……あ、あの……ありがとう、ございます……」


「……大丈夫か?あいつの事はもう心配いらない、必ず私達が安全な場所へ連れて行ってやる……」


「……その……私、勝手に孤児院から抜け出しちゃって……そしたら、あの人に声を掛けられて……」


そこで彼女はとうとう耐えきれなくったのか声を上げて泣き始めた。私の胸に顔を埋め、今までの恐怖を吐き出すように泣きじゃくる彼女の頭を撫でているとナスターシャは少し安堵した様に笑みを零しながら言った。


「……ふふっ、何だか肌の色も同じだし姉妹みたいね?貴女達……」


「……ダークエルフは人間より更に階級が下だ、私が姉だなんて……」


「此処はラゴウじゃなくてメルキオなのよ、階級制度なんてないしその子はその子、貴女は貴女……でしょ?」


「……それも、そうだな……」


頬が緩むのを感じながら、私は彼女の肩に手を添え体を離すと泣き腫らす瞳を覗き込みながら言った。


「孤児院に居たと言っていたな……場所は分かるか?とりあえず其処まで行って事情を説明する……」


「……寮母様に怒られちゃう……勝手に抜け出してきたから……」


「……ああ、怒られるだろうな……。だが、叱る人が居ない方がもっと良くない。叱ってくれる人はお前の事が心配だから怒るんだ……そういう人が居ない人間は間違った事に気付かないまま進み続けてしまう……」


「……間違ったの?……私は……」


「……間違いそうになっていたが、あの時にしっかり嫌だとあの男に言えた時点でお前は踏み止まれた。とても勇気がいるし、立派な事だぞ……」


……彼女は強い、恐怖や暴力に屈せずにあの男に抗ってみせた。流されるまま流され、抵抗もせず男にも女にも肌を許してきた私より遥かに逞しく感じた。


頭を撫でられぎこちなく笑った少女は急に恥ずかしそうにモジモジと後ろに手を回し身を捩らせると、少し緊張した様に私へ口を開く。


「……あ、あの……お名前、教えてもらってもいいですか?……」


「私か?私はイングリットだ……」


「……イングリット……」


そういえばこの子の名前をまだ聞いていなかった。同じラゴウの人間であれば竜帝の娘について何か知っているかもしれない……。


彼女の名前を訪ねようとした時、突然目の前の少女は大きな声を出した。


「あ、あのっ!……お願いしても、いいですか?」


「ん?どうした?……」


笑みを向けたまま私が相手の言葉を待っていると、意を決した彼女はとんでもない事を言い出した。


「お、お母さんって……呼んでいいですか?……」


「……えっ?……」


……おかあ、さん?……。


目をパチクリとさせると、顔を真っ赤にして押し黙る彼女とナスターシャを交互に見た後……私は口を半開きにしたまま自分の顔を指差して言った。


「……お母さんって……私がか?……」


「……私、お母さんの事を知らないんです……どんな顔なのか、どんな髪なのか、どんな……声なのかも……。寮母様はとっても優しくて大好きだけど、私とは肌の色が違うし……」


「……お前……」


……親の顔すら知らない。その言葉が私の胸を締め付けた……。


事情は分からないがこの子は生まれた時から孤児院にずっと預けられてきたのだろう。施設の寮母から愛情を受けつつ育ち、本当の母親を知らないまま彼女は過ごして来た。


そして恐らく……。


「……三日前に寮母様から、お母さんの話を聞かされたんです……。それで悲しくて……私、どんな形であっても……会いたいと思ったんです……」


「……お前の母親は何処に居ると?……」


「……遠くの国へ行ってしまったって……二度と会えない事情が、あるって……っ……!」


……恐らく、この子の母親はもうこの世には……。その説明からそれを感じ取った彼女は例え墓の下であっても母親に会いたがったのだろう。


瞳に涙を貯めて嗚咽を漏らす彼女の頭を撫でると、私はもう一度ナスターシャの方へ振り返る。


悲惨な境遇の少女へ細めた瞳を向けると、彼女は無言のまま頷いた。


……そうする事で彼女が癒やされるというのなら、私はそうした方がいいと思った。


例え自己満足であっても、私は彼女の母親で居ようと思った。



「……好きに呼ぶといい……お前が望むなら、お前は私の娘だ……」


「……っ……おかあ……さぁぁんっ……」


「……ああ、もう離したりしない……」


再び泣き出した彼女の頭を撫でていると……自分でも驚く様な感覚を自分が抱いているのに気が付いた。


たぶん、私を育ててくれていたお父さんも同じ気持ちを抱いていたのだと思う。その気持ちがどのように呼ぶかを私は知っている……それでも、気安くそんな気持ちを抱く事には抵抗があった。


隣でそんな私達を見つめていたナスターシャは小さく息を漏らすと、からかう様に言った。


「……お姉さんじゃなくてママになっちゃったわね、とっても素敵だと思うわ……」


「……ひ、他人事だと思って……」


「そんな事ないわ、貴女がママなら私はパパとして頑張らなきゃ!ふふっ……」


そう言う彼女もどこか嬉しそうだった。


きっと私に変化が訪れるのを期待しているのだろう。


小さく溜息を吐くと、ようやく落ち着きを取り戻した彼女の頭を撫でながら私は聞いた。


「お前の名前は?……母親が娘の名前を知らないわけにはいかない……」


「……アンジェラ……」


「……アンジェラ……とっても美しい名前だな……」


「寮母様から、下の名前もこの前初めて聞きました……」


「そうか……それじゃあ下の名前も教えてもらえるか?……」


首を頷けた彼女は初めて見せた明るい笑顔を浮かべながらその名を口にした。



「バルザック……アンジェラ・バルザックです!」



……バル……ザック……?。


……え、えっ?……。


「……イ、イングリット?……」


振り返ると、ナスターシャもその名を聞き唖然とした表情で私を見ていた。


……この子は、それじゃあ……年齢から考えて、恐らく……。



父さんの、孫娘……?。


「ア、アンジェラ!お前の居た施設の寮母はお前の実の母親について知っているのか!?」


「う、うん……“そろそろ貴女も真実を知ったほうがいい”って三日前に言われて……」


……父さんの実の娘をその女性は知っている!。もし、彼女が既に命を落としているとしたら次に狙われるのは……。


「アンジェラ……お前の居た施設に行こう!案内してもらえるか?」


「ええっ、寮母様はとっても親切な人だからお母さんの力になってくれる!……」


満面の笑みを浮かべながら駆け出したその背中を見ながら私は表情を引き締めてナスターシャへ言った。


「……あの子の母親が死んでいたら残る竜帝の血を宿すのはアンジェラだけになる……。グエン配下の工作部隊である毒蛇(ヴァイパー)は私達と違って優秀な諜報能力も持ち合わせている部隊だ。恐らくすぐにバレるぞ……」


「……だとしたら今日中に王都を発つ必要があるわね……逃がすアテはある?」


「……アテはない……だが此処に留まるのは危険だ……」


顔を見合わせて顔を頷けると、私は振り向いて急かすように手を振るアンジェラの後を追った。

























 





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