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殲滅のマタドール   作者: ユリグルイ
殲滅のマタドール 4thOrder
83/121

殲滅のマタドール:82話 KINGDOM

西部方面からメルキオ王都へ入るには広大な川を渡る必要がある。その場所を敵や魔物からの侵入を防ぐ天然の城壁として利用されていたその場所に橋が通されたのは西部開拓が本格的に進み出した三十年ほど前からだ。唯一の侵入経路であるその場所は商人達にとっては面倒な手続きを踏まえ長い時間待たされる厄介な場所だ。戦斧を片手に持つ兵士達が目を光らせる中で審査官が各手続きを踏んだ上で身分証明や敵の工作員でない事を明らかにし初めて通行が許可される。メルキオは王都とその他の領地を明確に区分していた。ある種の国境が王都と他の領地には存在する。


だが、そうした手続きにも例外はある。


「ほら、西部国境警備基地司令官のヨハン・ガーランドからの通行許可証!これで文句ないでしょ?」


「は、はぁ……」


その二人組の女性の片割れが得意げな顔で突き出した書類を見せつけられ、眼鏡を掛けた生真面目な雰囲気の女性の審査官は呆気に取られた様な顔をした。確かに書類に不備はない、二人の女性に対し王都へ入る事を許可せよという文の下には几帳面な雰囲気の文字でヨハンの名が書かれ正式な書類である事を示す為に複雑な意匠の印も押されている。


しかし、女性審査官はその二人組に不審感を拭えなかった。特に褐色を肌を持つ同性すら惑わす様な美しさと色気を漂わせるダークエルフの少女を非常に警戒しているのは明らかだ。ダークエルフはラゴウの工作員としても活動する種族であり、そんな人種を王都に入れるともなれば気を張るのは仕方のない事だった。


その審査官の素晴らしい職業意識に感心しながらも、そういった際に取るべき手段は既に考えてある。


ナスターシャは笑顔を浮かべると言い放つ。


「実は彼女は以前の戦闘中に投降した捕虜でして、心を入れ替えメルキオの為に尽くすと決めた子なのよ!だからヨハン様はそんな彼女を仲間として迎え入れる為に王都の見学を許可したの!」


「……本当ですか?……」


鋭い目がイングリットに向けられると、彼女は戸惑うように言葉を詰まらせながら目を泳がせた。周囲の人間から好奇の目線を向けられるという今まで経験した事もない状況の中で彼女は激しく動揺しきっている。普段の冷静さが消えて、更に余計に怪しまれる事になってしまう。


怪しい挙動を取る不審人物へ眼鏡の奥から明らかに疑いに満ちた目線を向ける審査官を見て溜息を吐くと、ナスターシャは突如そのコルセットが締め付ける細いウェストに手を回し、イングリットへ顔を近付けた。


「……ふふっ、見せつけちゃいましょうか?……」


「な、な、何を……ナスターシャ?……」


「……貴女と私がどういう関係か……」


彼女の手を取るとその震える指を硬く握り込み、ナスターシャは目を細め静かにイングリットへ顔を近付けた。


暫く口を半開きにしながらそれを眺めていた女は我に返ると、目の前で恥ずかしげもなく行われる同性間の甘い口付けを阻止する様に大声を張り上げる。


「い、いいいい、いったいこんな場所で何をする気なんですかっ!!そ、そもそもあなた達は女性同士ですよ!?な、何でそんな事……」


「あら、前の司令官のクリスティーヌ様も女好きだったの貴女知らないの?ほんとにそんなので国境審査官なんて務まるのかしらぁ?」


「う、うるさいですね!!私はこの前配属されたばかりなんですっ!!……わ、私はこの王都の……玄関口を任されるという名誉を……」


「ふふっ、そういう訳だからお互いの理解と信頼を更に深めようという目的なわけよ……貴女も結構可愛い顔してるし何なら私達と信頼を結んでみる?」


「な、なぁっ!?……な、ななな、なに……言って……」


細められた妖しげな目線で見つめられ、体をビクリと震わせると耳まで赤くなった彼女は汗だくで懸命に目線を逸らし助けを求める様に周囲の兵達に目を向けた。


彼等はチラチラとこちらを見つつも、何か興奮したような口調でヒソヒソと話し合っている。到底助け舟を出してくれる気配はない。


泣き出しそうになりつつも職務を全うしようとする彼女へ、更に揺さぶりを掛けるような言葉がダークエルフの少女の口から飛び出した。


「ナ、ナスターシャ!さっきはあんなに蕩けるように私の指を受け入れてくれていたのに不満なのか!?」


「へ、へっ?……ゆ、指?……」


「汗だくで何度も私の名前を呼びながら、胸元まで肌を赤らめてお前は確かに満たされていた……三度もシーツを濡らして果てていたじゃないか!それなのに私では満足出来ないなんて……」


「も、もうっ!……人前で恥ずかしいわ……」


「……あ、汗だくで……シ、シーツ……濡らしてって……」


顔面から湯気を吹き出しながらヨロヨロとへたり込んだその審査官は暫くの間目を回すと、どうにか立ち上がりナスターシャの手から通行許可証をひったくる。そして素早く詰め所まで入ると、何かを叩き付ける様な大きな音を上げて大急ぎで戻ってきた。


肩で息をしながら疲労感の滲む顔で印を押した許可証を掲げた彼女は言った。


「はぁーっ……はぁーっ……これで、いいんですよね?……さっさとお通りください……」


「ふふっ、ありがと♡」


書類を受け取ったナスターシャは厄介な難関を突破できた事に喜びつつ、更に芽生えた悪戯心のまま彼女に顔を近付け囁いた。



「ねぇ、王都の宿場って女同士でそういう事しても……問題ない?」


「はひぃっ!!……し、しししし、知る訳ないじゃないれすかぁっ!!」


生真面目なその女性が動揺する様が面白くなり、更に意地悪い質問をしようとした彼女の肩をイングリットが力強く掴んだ。彼女の表情は至って真剣であり、その整った顔立ちは面白がってやり取りを聞いていた周囲の人間はもちろん、ナスターシャすらも胸を高鳴らせた。


次の瞬間放ったとんでもない言葉を聞くまでは。



「お前の感じやすい所は既に把握済みだ……へその下と胸元、それから首筋にキスをするといつもより大きな声で喘ぐ……私がその気になれば路地裏でも満足させることが出来るから心配するな……」


「イ、イングリットォ……!。ちょ、ちょっと……」


自身の痴態を大勢の前で暴露されたナスターシャは怒っているのか嬉しいのかよく分からない顔をしながら頬を赤らめ彼女の腕を掴んだ。


まるで嵐の様な過剰な情報に思考をパンクさせた審査官の女性は涙を流しながら後ろに控える橋を指差して叫んだ。


「ああああああっ!!もうっ!!さっさと橋に行って!!これ以上、私に変な扉を開かせないでよぉぉぉぉぉぉっ!!」


−−−−−


華やかな王都の街並みの中、着飾った豪奢な衣装を纏う青年や令嬢達が楽しげに談笑を楽しむ広場へ二人は通りがかった。その広場の中央には銅で作られた現在この国の国王として君臨する若い青年の姿が形作られ、毅然とした表情で立ち尽くすその姿からは若いながらも確かな威厳が感じられた。


「これが今の国王……ギュンター・フィン・メルキオか……」


「ええ、ギュンター国王は病で亡くなられた先代国王の一人息子よ。彼の代になってからはメルキオは軍備拡張路線から和平を重視した協調路線に大きく舵を切り、そして十年前には魔物の異常発生も相まってベアルゴとの戦争が中断され、長らく続いた周辺国との緊張状態は一応は緩和された……」


「若いのに大したモノだ、彼の噂はラゴウでもよく聞いていた……まあ、手放しで評価する者はほとんど居なかったが私は彼の考えを素直に評価するつもりだ……」


「ラゴウもベアルゴも血の気が多い連中ばっかりでしょうからね……そんな連中からしたら今まで周辺国を武力で威圧してきたメルキオがいきなり和平を提示したところで信じる人間なんて居ないでしょうし……」


その青年の思うように事態は進まない。大規模な戦争と小競り合いの繰り返しを続けて来たベアルゴやラゴウとの関係性は停戦状態となった今尚も最悪なままだ。十年前にベアルゴとの停戦が行われた際も双方に魔物の襲撃による甚大な被害が出ているというのにベアルゴ側は最後まで戦争継続を訴えていた。彼等が折れたのは国力の疲弊がそうした好戦的な貴族達から見ても目に見えて明らかだったからだ。


ラゴウ側の敵対感情は消えてはいない。そして、それはラゴウ側も同じだ。


「そういえば今朝に国境警備基地が襲撃された件だが……」


「……敵はオークとゴブリンの軍勢、それからトロールを凶暴化させた生物兵器だったみたいね。そのトロールが私の仲間を大勢食ったの……」


「……(グゥイ)……!。やはり、裏で糸を引くのはあの男か……」 


「……何か知ってるの?」


静かな怒りを滲ませるイングリットにナスターシャが尋ねると、彼女は腕を組み静かに語り始めた。


竜を飲み込まんとする凶暴な“蛇”の話を。


「奴の名前はグエン・フー・ミン……ラゴウの中で今では竜の位の次に力を持つと言われる蛇の位を持つ男だ。表向きには竜王の側近とされているが、実態は奴が権力の全てを握っている様なものだ……。政治と経済を支配するその位の通り蛇の様に狡猾で残忍な恐ろしい男で、以前からラゴウで捕獲したトロールへ故意に痛みと飢えを与え兵器化する実験を行っているとは聞いていた。まさか、そんなふざけた物を本気で持ち出してくるとはな……」


「……そいつがあのバケモノを送り込んできたの?」


「恐らくそうだ、以前は良くも悪くもクリスティーヌの存在が抑止力となり大規模な攻勢は行って来なかったが……彼女が居なくなった今を好機と捉え陽動ついでに実戦に持ち込んだんだろう……。あのバケモノは人間では手に負えない欠陥品だ、戦闘力を活かせば基地を引っ掻き回すのに最適という訳だな……」  


「……そいつのせいで……皆は……!」


顔を俯かせ肩を震わせるナスターシャを見て、イングリットは複雑な表情を浮かべた。彼女の脳裏にはあの冷酷な謀略家に身も心も支配された青年の顔が浮かんでいる。


彼について真実を話すべきだ、そう判断するとイングリットは静かに口を開く。


「……竜王は現在、蛇の位を持つ彼の操り人形になっている……。いつ殺されてもいい彼を隠れ蓑にしてグエンは己の野心を果たそうとしている……」


「どうしてそいつは抵抗しないのよ?……自分が利用されていると分かっていながら……」


「……父親の影に押し潰されそうになっていた彼の心の隙間に入り込み、そして溺れさせていった。奴は本物の悪漢だ、利用する為なら手段を選ばない……奴は自分の部下に吹聴して回っているらしい、いかにリーが自分無しでは生きられない存在になってしまったかを……」


「それでも!……そんな最低な奴の支配を黙って受けるなんて!」


「……彼は父親を自身の手で殺した後、グエンに犯されたそうだ……子飼いの部下達に自分がまだ幼い少年だった彼を穢す様子を自慢げに語り、尊厳と心を砕いていった。大衆から忌み嫌われ、そして裏の人間からは嘲笑われる……そうなれば刃向かう気力が折れてしまうのも納得出来る……」


その悍ましい所業にナスターシャは背筋を震わせた。


それは恐らく、相手の依存心を確認する為の恐ろしい実験だ。唯一自分の苦悩を理解してくれて、寄り添ってくれた相手の言われるがままに彼は自分の父親を殺した。そこまでしてでも相手に尽くそうとした。しかし、そんな彼を待っていたのは幼いその体を引き裂く激痛と身も心も粉々に打ち砕く様な獣の欲望だった。


まるで少年の体へ絡み付き、そして締め上げながら彼を引きずり込んでいく。


その狂気的なまでの権力への執着心にナスターシャは吐き気を覚えた。口元に手を当てる彼女を横目で見ると、イングリットは片腕を抱きながら口を開いた。


「……だから、私は彼を拒めない……彼が苦しむきっかけになった英雄を生み出しのは、お父さんが元凶だ……。殺されても文句は言えないし、どれだけ犯されても拒む権利はない……」


「……でも、貴女とは血は直接繋がってないんでしょ?そこまで貴女が背負う必要なんて……」


「……この罰から目を逸したら私はあの人の娘ではなくなってしまう……それに彼の怒りのぶつける場所まで無くなって、本当に壊れた人間になってしまうと思ったから……」


「……イングリット……」


そう語る彼女の横顔は少し弱々しそうに見えた。彼女はやはり、自分の価値観というものが著しく低いままなのだとナスターシャは感じた。誰かに拾われ誰かに施しを受ける、そしてその恩を体で返そうとする。


今朝彼女と交わした愛さえもまるで物々交換の取引きの様に思えてきて、ナスターシャは堪らずにイングリットの腕を強く抱き締めた。


「……違うわよ、私は……見返りであんな事してもらったんじゃないんだから……」


「……正直、よく分からない……誰かを好きになる気持ちも、愛情という感情も……」


「……私は本当に貴女を必要としているの……だから貴女に抱いてもらった……。必要とされるだけじゃなくて、好きな人を頼る事だって愛し合うには必要な事なのよ?」


「……頼る……」


「愛は奉仕とは違うの、尽くす事は確かに美しい事だけど……それだけだと本当に貴女が好きな人は息が詰まっちゃうから……。だから、貴女も何かあった時は私を頼って?私にも尽くさせて……」


その頬にキスをすると、未だに理解しきれていない表情を浮かべるイングリットに背を向けてナスターシャは頬を緩めつつ歩き出した。























































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