表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
殲滅のマタドール   作者: ユリグルイ
殲滅のマタドール 4thOrder
82/121

殲滅のマタドール:81話 誰かの為に

大きく溜息を吐いた私はそのままベッドの上に倒れ込むと、今日犠牲になったであろう彼女達の事を考えながら静かに目を閉じた。


連絡を受けたのは宿から出ようとしたタイミングだった。今日、大規模攻勢が行われるという話はヨハン様から聞いていた。戦いが起こる以上は誰かが犠牲になるし、ある程度の覚悟は出来ていた……しかし、状況はあまりに悲惨だ。


敵はトロールを故意に狂暴化させた生物兵器を使用し、騎士にも使用人にも大勢の犠牲が出た。


特に被害が深刻なのは使用人達で、私が訓練し鍛えて来た彼女達が大勢食われてしまったらしい……。


一階の廊下で負傷者の治療を行うべく動いていたあの子達は……泣き叫びながら巨大な腕で掴まれて、まるで品のない酔っ払いの食事みたいに……あちこちに引き千切られて捨てられた。


小さく声を漏らすと私は歯を食い縛ってシーツに爪を立てた。


大声で喚きたくなる、泣き叫びたくなる……よくも、よくもあの子達にそんな惨い事を……!。


小さく嗚咽を漏らしながら枕に顔を埋めた私は、自分の中で黒い感情が燃え上がっていくのを感じながらシーツを握り締めた。


その時、朝の入浴から帰って来たイングリットが部屋の扉を開けた。


「ヨハンからの連絡はどうだった?大規模な攻撃があると言っていたが……」


「……思った以上に酷い被害があったみたい……犠牲者も負傷者も大勢居る……」


「……そうか……」


沈みきった私の声を聞くと、イングリットは言葉を詰まらせベッドの縁に腰掛けた。バスローブから覗く素肌からは湯気が立ち昇り、髪から水滴を溜らせ彼女は顔を俯かせる。そして、背中越しに小さな声で言った。


「……すまない……私の国のせいで、そんな事になってしまって……」


「……貴女が指示した訳じゃない……それぐらい分かってるわ……」


「……だが、私の国が関わっている以上は−−−」


その言葉を遮るように身を起こした私は、彼女の体を後ろから抱き締めた。


もう、やめて……それ以上言ったら……私は……。


好きになろうと思った貴女すら、信じられなくなってしまうから……。


「ナ、ナスターシャ?……」


「……っ……あの子達ね、ずっと一緒に……育って来た家族みたいなものなの!……生まれた時からずっと一緒で、お互いを助け合ってきた家族なのよ!……。そんなあの子達が、あんな恐ろしい死に方をして……わたし、わたしっ……もう、気がどうかなりそうなのよぉぉっ!……」


しがみ付く様に胸元に回した指が、小刻みに震えた。


普段は強くあろうと、抑え込もうとしている感情の渦が……溢れ出してくる。



悲しい、苦しい、痛い……憎い。


どうにか抑えないといけないそんな感情の嵐が胸から込み上げ、冷静さを削り取る。あの国の人間が目の前に居るというだけで……叫びたくなる。


でも、だからこそ……正気を保っていないといけない。そうしなければヨハン様の理想には付いていけなくなって、誰からも見捨てられてしまう。


だから……ラゴウの人間である貴女に、私は愛してほしかった……。


体を離したイングリットは私と向き合うと、涙を流す私の頭を胸元に寄せて言葉を詰まらせていた。


罪悪感と後悔の狭間で、彼女もまた苦しんでいる様に見えた。


顔を離して泣き腫らした目を向けると、私はボンヤリとした口調で言った。



「……私は、皆のように強くない……クリスティーヌやヨハン様、シャーリーやアヴィやサシャや……貴女みたいには、いかないのよ……」


「……私は……」


「……イングリット……お願い、この任務が終わるまでの間だけでいい……ほんの数日の間だけでいいから……」


私は、最低だ……。この子がシャーリーを深く愛している事を知りながら、この子が私に対して強い罪悪感を抱いている事を知りながら……。


彼女を……傷付いた心を癒やす為だけの慰み者にしようとしている……。


力を抜いて目を閉じながら、顎を少し持ち上げた私を見て彼女は察する。私がどうして欲しいかを……。


躊躇う様に小さく声を漏らした後、彼女は肩に手を添えて静かに唇を重ねてきた。柔らかな弾力のある感触と、間近で感じる彼女の匂いが罅だらけになった胸に水のように染み込んでくる。


こんな身勝手な感情であっても彼女は尽くそうとしてくれた、愛情とは程遠いような……もっと重く苦しげな罪悪感という気持ちのままに深く私を愛そうとしてくれる。


私は強くなんてない、弱い人間だ……嫌われるかもしれないし、失望されるかもしれない。それでも、そうなる事を覚悟で更に私は彼女を求めた。


甘く息を漏らし、様々な感情が溢れ滲む視界の中で彼女を見つめると……私はゆっくりと軋むベッドに倒れ込みながら誘った。体が熱くなり、本能が疼くのを感じた。あまりにも大勢の死が、その最低な欲求を刺激してくる。


家族の様な仲間のたくさんの死を知らされたその朝、私は彼女の胸にシャーリーと同じように存在を刻み付けたいと願ってしまった。


その唇が首筋を這い、顕にされた素肌に指先が触れる度に激しく乱れた声を上げる私は……自分が誤った方向へと突き進んでいくのを理解しながらも、底なし沼へ自ら飛び込んで行くようなその衝動から抜け出せなくなっていた。



叶わない想いに見切りを付けて、違う誰かを愛そうとしていた私は……恋心自体を強烈な依存心に変質させ、罪悪感という茨の縄で相手を絞め上げる愚かな女になろうとしていた。


歪で危ういその感情を自覚しながらも、水音を立てて激しく求めるその指に触れられる度に体を仰け反らせながら快楽に溺れていく今の私には抜け出す勇気なんてない……。



ごめんなさい……イングリット、ヨハン様……シャーリー……。私は、あなた達と同じ未来を見る資格のない最低な女……。


−−−−−−


森の中に身を潜めていた彼等はこちらに近付いてくる馬車の気配に気付くと静かに立ち上がった。


彼等はメルキオ王都に潜入していたラゴウ連邦国の工作員だった。荷車を引く馬から降りてきたのはローブを纏う一人の女だった。


「お待ちしておりました、毒蛇(ヴァイパー)の皆様方……」


フードを脱いだ女はその褐色の肌が覆う顔を不気味に歪めると、その長い耳をピコピコと動かし喜びを表しながら立ち尽くす女へと飛び付いた。


「タオ様ぁぁ〜♡お呼び頂き感謝いたします!私、タオ様の為に一生懸命頑張ります!♡」


「ふふっ、フェイ……貴女は相変わらずね?」


「はいっ♡ダークエルフが相手をする夜伽の店はおかげで大繁盛です♡」


頬擦りをされながら、黒い衣装で身を固めた女は笑みを浮かべながらその髪を結ったダークエルフの頭を撫でた。頬を赤らめ目を細める彼女の顔に指を添えると、女は彼女の耳に唇を寄せて囁いた。


「……それで、準備は整ったの?……」


「は、ひ……言いつけ、どおり……」


「そう……とっても良い子だから、大好きなアレ……やってあげるわ……」


「……タ、タオ……ひゃまぁぁ……♡」


蕩けきった表情で声を漏らすフェイと呼ばれたダークエルフの少女は、彼女に全てを委ねる事にした。


甘く息を漏らすその少女のエルフ族特有の長い耳を唇に含むと、タオは水音を立ててその震える尖り耳の先端を口に含んだ。大きく体を仰け反らせたフェイは甘く喘ぎながら、その欲望を口にした。


「あ、あぁぁっ!たおさま、たおさま、たおさまぁぁぁっ♡わたしの、からだ、きずつけてぇぇぇっ!……たおさまを、きざんでぇぇぇっ!」


彼女は、口に含んだ彼女の耳へ噛み付いた。激痛と快楽の入り混じった悲鳴を上げてフェイは崩れ落ちた。



「ひぎゃっ!!ん"ぅぅぅぅぅぅぅっ!!……ひ、い……」  


「……あらあら、垂れ流すぐらい……良かった?……」


膝を突いたダークエルフの少女は股の間から小水の水溜りを広げ、ビクビクと体を震わせその快楽に溺れた。


快楽と被虐欲求に溺れるダークエルフはフラフラと立ち上がると、更に自身を傷めつけてくれる事を望み潤む瞳をタオへと向けた。


そんな彼女達を見て若き王は呆れ果てた様に溜息を吐くと、腕を組みながら言った。


「……本当に役に立つのか?そんな連中が……」


「あらぁ〜、これはこれはお人形の王様!てっきり本国で引き篭もり厄介事をまた私達に押し付けてふんぞり返ってるだけだと思ってましたわ!」


「……事前に俺が向かう事は連絡してる筈だろう……」


「ふふっ、まさか本当に来るとは思ってもいませんでしたのでぇ〜……お人形はお人形らしく欲望のまま抱かれて可愛がられて、めちゃくちゃにされるのがお似合いですからぁ……」


悪意に満ちた嘲笑と侮蔑の眼差しが彼に向けられた。


グエン・フー・ミンという宰相に身も心も支配され、彼の操り人形となったリーは表向きには恐れられ敬われてはいたが、裏の仕事を熟す人間からの信用は皆無に等しかった。実の父親を殺し成り上がっただけの人形、強大な力を背景に悪戯に国を混乱させるだけの無能な権力者……。


故に、彼女達は侮蔑を隠そうともせずに向けてくる。


「グエン様に無理やり致された際のお話は何度聞いてもゾクゾクしますわぁ……生意気な少年が逞しい蛇の位を持つグエン様に絡め取られ、そして泣き叫びながら飲み込まれていく……。最初は嫌がっていたのに三度も穢された頃にはもう……本当に愛らしいお人形の様に黒く濁った瞳で機械的に声を発するだけになってしまって……」


「うふふっ、お父様もあの日の体験は忘れられないのか何度も何度も話してくれたんだもの……良かったですね、“竜王”様?……お父様はとっても貴方を愛していらっしゃいます……」


彼には最早、自尊心も意志も全てが取り上げられていた。恥辱に満ちたその経験は裏の仕事を熟す人間全てに吹聴され、そして青年がどういった立場にあるかを理解させた。


狡猾な蛇の長が青年へ嵌めた枷だ。依存心に溺れ彼無しでは何も出来ない無能な暴君という印象操作が広まるにつれて、その枷は全身を鎖の縛り上げて動きを封じていく。誰からも信用されず、軽んじられて来たリー・ガウロンという若き王の精神はその体に絡みつく鎖の重さに疲弊しきり……そして、反論する気力も抵抗する力も奪っていく。


虚ろな瞳で相手を見た青年はそれ以上何も言う事無く、悪意の宿る視線を背中に受けながら静かに足を進めた。


そして、ラゴウとは違い穏やかな日差しを降らす太陽に目を細めながら小さな声で呟いた。



「……俺はまだ、人形にはなりきれない……お前だけが心残りなんだ、イングリット……」


誰もが蔑み、嘲笑する中で彼は操り人形になりきれないでいた。


グエンが本格的に乗っ取りの準備を進めている事に気付いた彼が急遽発足したアビス・ストーカーズは士気や忠誠心の面で大きく問題を抱えた部隊だった。元々優秀な人材を全て引き抜かれ、最下層のダークエルフのみしか自由に扱えなかった彼が急拵えで創設したその部隊の隊員達は使い捨ての駒としての使命すら果たせない様な敵前逃亡と裏切りの常習犯達となった。内情を知らない者からすれば王直属の優秀な暗殺部隊とされていたが、その杜撰な実情が余計に裏仕事を熟す者達には滑稽に映り彼の評判を更に貶める結果となった。


しかし、イングリットと名乗ったあの少女は違った。創設して間もなく入隊した彼女は抜きん出た技術を持ち、若き王の為に尽くそうとしてくれた。国家に対しては忠誠心がまるで感じられない彼女がそこまでしてくれる理由を察した時、リーは強くその少女に執着心を向ける事となった。


彼女はかつて竜帝と呼ばれた男に育て上げられた義理の娘に等しい存在、そんな彼女が自身に対して強い罪悪感を抱いているのではないかと考えると無価値な人形の王である自分が唯一手に入れられそうな物を初めて彼は見つける事が出来た気がした。


かつて自分がそうされたように、暴君としての権力を振りかざしリーは何度もイングリットを犯してきた。しかし、嫌がるどころか複雑そうな表情を浮かべ陵辱を受け入れる彼女に対して青年は愛憎入り混じる黒い感情をより深めていった。


傷付けたい、壊したい、手に入れたい、泣かせたい……自分の受けた苦しみの全てを味合わせてやりたいと願っていた。


それと同時に、誰もが小馬鹿にする自分の事を唯一真剣に見てくれる彼女の存在を心から愛おしいと思っていた。


倒錯した二つの感情に苦しめられながら青年はいつしか考えていた。きっと今回の件で自分は殺されるだろう、この忌々しい女達の手によって。


せめて、死ぬとしたら彼女の手で殺してほしいと心から願った。ボロボロになった人形に飽きて捨てられるよりも、深い憎悪のままにあのイングリットという少女に首を生きながらに切断された幸せだとすら感じていた。


虚ろな黒い瞳に青空を映しながら青年はあの褐色の肌の少女が間近で睨み付け、自身の首筋にナイフを突き立てるその瞬間に恋い焦がれていた。



−−−−−−


……本当に私……何て事しちゃったんだろう……。


とても隣なんて見る事が出来ず、私はひたすら顔を俯かせたまま無言で馬舎へと足を進めた。


先ほど私はイングリットに抱かれた。そういった経験を沢山してきたのか、彼女は女性を抱くのも非常に上手かった……。触って欲しいところ、掛けてほしい言葉、キスしてほしい場所まで容易く見抜いて望む事をしてくれる。


声を抑えながらその指で何度も果てさせられた私は未だに視界がチカチカと点滅するほどに彼女の愛情に溺れてしまった。


無言のまま歩いていると、隣を歩いていたイングリットがいきなり声を掛けてきて……私は思わずビクリと体を震わせた。


「あ、あの……ナスターシャ?」


「ひゃ、ひゃいっ!……そ、そそそ、その……ほんとにごめんなさい!」


「い、いや……あの事については私は気にしてない。それよりも……お前が色々と髪型や化粧、ドレスの着付けをしてくれたが本当に大丈夫なんだろうか?……」


「え、ええっ!すっごく似合ってるわ!……その……また変な気になっちゃうぐらい……」


昨日買ったドレスを着込み、私が髪型や化粧を施したイングリットは道行く人が男女共に振り返る程に……綺麗になった。


ベッドの上で激しく求め合った直後にそういった事をしたのでどこかに不見落としがないか不安ではあったものの……今の彼女は立派な貴婦人だ。薄く引かれた口紅や肌の黒さを和らげるファンデーションを違和感のない程度に眩し、灰色の髪は金色の髪留めで束ね品の良さを漂わせる事に成功した。


自分で仕立てを行ったというのに思わず見惚れてしまう……。


ボンヤリと見つめる私から目を逸らすと、イングリットは困惑したように眉を下げて言った。


「……こ、こんな風に……大勢に見られるのは……慣れない……」


「……だって、キレイなんだもん……」


「……あぅぅ……逆に目立ってしまわないのか?これは……」


「……へ、平気よ!王都はきっと素敵な女性ばかりでしょうし!……でも、そんな中でも目立つかも……」


着ているドレスも完璧だ。コルセットで締め付けられ、逆に浮き出たそのバストを強調するように白い縁取りのラインと燃える様な濃い赤の生地が目立つそのドレスはあの女性店主のセンスを感じさせた。恐らくこれだけ美しい身形であれば王都で歩き回っても違和感はない……むしろ、そこいらの貴族の令嬢以上に美しいかもしれない……。


そして、こんな美しい相手に先ほどまで甘い言葉を囁かれ……体を触れられていたのかと思うと、急激に鼓動が早まり顔が熱くなっていくのを感じた。


「……ナ、ナスターシャ?……」


「な、何でもないわ!!そ、それよりもさっさと王都へ急ぎましょう!!どうせすぐそこだし魔物除けも設置されてるから急がずのんびり行きましょう!!」


ぎこちない動作でお互い馬に跨ると、私達は街を後にした。



 












  


 

































評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ