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殲滅のマタドール   作者: ユリグルイ
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殲滅のマタドール:七話 マタドールシステム

いよいよチートが発動します

半分に食い千切った少女の体には目も暮れず、女王は荒く息を吐きながら意識を失った青年の顔を唾液の滴る舌先で舐めた。


この屈強な若者は自身の思惑通り、深い絶望を抱き心が折れた。長らく森で過ごして来た彼女にとってエルフ族は容易く捻り潰せる羽虫の様な存在に過ぎなかった。希に彼等の領域へと入った子供達の何匹かが犠牲となったものの、それは今まで共に森という住処を共有する中でそうした掟がある事を理解しつつも入り込んだ彼等の自己責任だ。尊大な森の女王にとって不快になるべき事ではない。


彼女をここまで苦しめたのは森の奥地に勝手に入り込み、森を切り開き住処を荒らし回るエルフ族とは違う人間という種の暴虐無尽な振る舞いだ。


彼等はエルフ族とは違い遠慮を知らない。何度子供達を使い警告の意味を込めた襲撃を行っても一切構わずに木々を薙ぎ払い草を枯らし続ける。遂には彼女自ら襲撃に参加し人間達を追い払おうと動く事態にまでなった。


しかし、その時点ではまだここまで彼女は狂気的な怒りを抱く事はなかった。


彼女が狂い出したのは昨夜の夕刻、自身の根城の付近に突如現れた数人のローブを纏った人影を見て以来だ。複数の人影に囲まれた小柄な人間が自分に何かをした。


手を掲げた瞬間、飛び掛かる暇もなくある恐ろしい光景が脳裏に飛び込んで来た。


それはエルフ族による同胞の虐殺、一方的に逃げる愛おしい我が子達を人間と組みながら虐殺するエルフ族の姿だった。


恐怖と殺意に囚われた女王がのた打ち回りながら絶叫を上げると、その小柄な人影は幼い笑い声を上げながら静かに従者達を連れ森の奥へと消えていった。


人形遣い(ドーラー)と呼ばれる少年の見せる悪夢が、女王を猛り狂わせエルフ族の壊滅へと彼等を掻き立てたのだ。


悪意のまま操り人形と化した彼女は自分が何をしているのかすら気が付かないままにその巨体と強靭な武装を憎き敵の殲滅へと向ける。食欲以上にこみ上げる殺戮欲求が彼女を支配する。


大きく口を開けると、赤い女王は瞳を閉じたまま気を失った青年の頭部を噛み砕こうと血走った目を見開いた。



その時、周囲の様子がおかしい事に森の支配者は気付く。見ると金色に美しく輝く何かが自分を取り囲むように漂っている。


唸り声を上げながら牙を剥き出しにしたレッドクイーンは自身の周囲を囲むその異様な光に警戒感を剥き出しにする。


その時、視界の端に人影を見つけた女王は即座にその場所へ突撃を開始する。その脚力と巨体を持ってすればあっという間に詰められる距離であり、相手は巨大な岩の様な重さを持つ自身の体重で圧死するだろうと考えた。


しかし、手応えはない。間違いなく逃れようのないスピードで飛び掛かったというのに、まるで煙に突っ込んだかの様にその人影は霧散していく。そこで女王は異様な事実に気が付いた。先ほど立っていた人影、それは……。


それは、先ほど体を腹から食い千切り真っ二つにして処刑した筈の人間の少女だった。


慌てて彼女の体を打ち捨てた方向へ振り向こうとした瞬間、硬い鎧の様な毛と皮で覆われた脇腹に激痛が走りレッドクイーンは悲鳴を上げた。


後ろ足と尻尾を振り回し自身を攻撃した何者かへ一撃を加えようと藻掻くが、何かに当たった感触はない。


怒りに満ちた表情で振り返るレッドクイーンは、そこで理解不能な光景を見た。



あの少女が立っていた。全身に金色の光を纏いながら、眩い光に包まれ浮かび上がる数式や文字の羅列がまるでドレスの様に少女を包んでいた。装甲を捨て柔肌を晒す彼女を包むのは光学ナノマシン、ムレータの発光だった。


素早い機動力により光を帯びた体は残像を残し、その残像をプログラム化し映像として投影する。女王が視界に捉え攻撃するその姿の全てはナノマシンが見せる幻影、敵を撹乱させるべくアヴィに備え付けられた力の一つだった。


再び女王の体に激痛が走る。見ると、左前足の関節に穴が空き丸い傷口からボトボトと鮮血が零れていた。まるで銃弾の様なその傷跡はアヴィの手にする武器による物だった。


対重装甲敵機攻撃用兵装、エストックは刺突に特化した白兵戦装備だった。30センチ程の柄から伸びるのは相手の装甲を焼き切り駆動部や弾薬格納庫など敵に極めて深刻な損傷を与える箇所を攻撃する為の熱線の刃。あらゆる装甲を熱で破損させ高熱による溶解で内部へ大ダメージを与える恐るべき武装だ。


そんな殺戮兵器を手にアヴィは舞うように強靭な人工筋肉と可動部の広い人工関節を活かし木々を蹴って刺突を繰り返す。


素早い突きによる攻撃は従来の剣や魔術を想定していた獣の女王を激しく混乱させた。あちこちを飛び回る光の線を必死に追いつつ、希に視界に入る人影へと爪を振るう。しかし、その爪は肉を引き裂く事なく空振りしその隙に更に大きなダメージを与える部位に一突きが加えられる。


まるで機関銃の掃射を受けたかの様にあらゆる箇所から血を吹き出したレッドクイーンは血走った瞳を忙しなく動かし血と唾液を散らし咆哮した。


少女は勝負を決する覚悟を決め、ムレータのプログラムを停止させる。


赤き女王と対峙する少女、その少女の正式な“型式名”はアヴェンタドール。敵地制圧用に開発された多目的戦闘対応型アンドロイドだった。


その世界とは大きく異なる技術と社会の中で作り上げられた彼女は眼前の敵を睥睨し手にした熱線の剣を正面へ向けた。


その姿はまさに、暴れ狂う闘牛へ剣を向ける闘牛士(マタドール)そのものだった。


-----


正面の敵は最後の力を使いこちらへ真っ直ぐ飛び掛かってくる。その巨大な顎で私を食い千切るつもりだ。


だが、もうその手には乗らない!。


膝を曲げると、私は高速機動を可能にする両足で地面を蹴った。巨大な相手より更に上へ、高く!。この森のどの木よりも高く!。


上空を覆うような葉と枝のカーテンを突き抜けた瞬間、鳥達が驚いたように鳴きながら飛び立っていった。50メートル程上空で私の体は一度止まり、そして思い出したかのように落下を開始する。それと同時に私は叫ぶ、確実に相手を……あのバケモノを……殺す!!。



「エストック出力変更!ランク5対艦出力にモードチェンジ!」


< イエス、サー。エストック最大出力、想定装甲、ランク5の空域戦闘艦。出力増大中、76パーセント。>


早く、早くしろ!あのバケモノは確実に殺す!あいつが生きている限りサシャは心の底から笑う事が出来ない!。


私は……私は……!。



< 出力増大、90パーセント。ウェポンズ・フリーまで残り5秒。>


私は……あの人に……あの人に!!。


< ウェポンズ・フリー。エストック対艦モードへ移行完了。>



「あの人に……笑っていて欲しいんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


私は、その赤く伸びる灼熱の刃をその巨大な胴へと突き刺した。


ランク5の空域戦闘艦の装甲を貫く為に上げられた出力は、その獣の硬い毛を焼き尽くし、皮膚を溶解させ真っ直ぐに貫いた。高熱により沸騰する血液を浴びながら重力に従い速度の増した一撃はあの通常の剣では傷一つ付かなかったバケモノの背中に大穴を開ける。


皮肉にも、先ほど私にそうした様に高出力の白兵戦武装の一撃を受け相手の体は真っ二つに焼け落ちた。


< 敵対生物の生命活動停止を確認。偽装ボディへ再構築開始。>


真っ赤な液体を全身に浴びた私の体が、眩い光を放つ輪に包まれていく。ナノマシンによる再構築が始まった……。


私はまた、戻らなければならない……。


サシャの知っているアヴィへと……。


ナノマシンの再構築が終わり、元々着ていた衣装諸共肉体が元の状態に戻る。


意識の収束を感じながら、私は真っ先に木の傍に倒れ込むウィルの元へと駆けた。



「ウィル!ウィル!大丈夫ですか!?ウィル!」


必死に肩を揺すり名前を呼んでいると、彼は小さくうめき声を上げながら瞼を開けた。そして、心配そうに見下ろす私を見て驚いた様に声を上げる。


「……ア、アヴィ?……」


「はいっ!私です!大丈夫ですか!?ウィル!」


「……お、お前……何で……?」


「赤毛のライガは私が倒しました!安心してください!」


「……え、えっ?……」


そこで彼は慌てて身を起こすと、あの巨体なライガの亡骸を見て口を半開きにしたまま呆然としていた。


私も彼と同じように、ゆっくりと振り返り今しがた討ち取った敵の亡骸を見つめた。


下半身と上半身が高出力の兵装により切断されたその異様な有様を見てウィルはただただボンヤリと言葉を失っていた。そこで始めて私は、自分がしでかしてしまった事に気付く。


あんな武装を使ったら、明らかに怪しまれる……。


また、私は……バケモノ扱いされてしまう。


サシャの仇を討ち取った余韻は即座に消え、強烈な恐怖心が私の体を震わせた。



「アヴィ!!……」


そして、背後から聞こえた声に思わず小さな悲鳴を上げた。見ると、サシャが……涙を流しながら私を見ている。


いやだ、いやだ、いやだ、いやだ!!。


もう、私……私は……!!。



誰かに、嫌われたくない……!。



「アヴィ……」


「……サ……シャ……」


「……う、うぅぅぅぅっ!!……アヴィィィィィッ!!……」


「……サシャ?……」


両目一杯に涙を溜めた彼女は私の元へ走り寄ると、ポカポカと胸や肩を叩き出した。


「バカッ!バカッ!バカァァァッ!何ですぐに戻らなかったのよ!?」


「あ、あの……それは……」


「ずっと、生涯を懸けて守るって言ったじゃない!!私を守るって言ったじゃない!!」


「そ、そうです!サシャに笑ってほしくて……」


「アンタが死んだらもう二度と笑えないわよ!!バカァァァァァッ!!」


……サシャ……。


先ほど浮かんでいた恐怖心は既に、私の脳裏から消えた。


泣かないで……サシャ……。


私は貴女に笑っていて欲しい、私の命を救ってくれた貴女に……幸せになって欲しい……。


それだけが……それだけが私の……。



「お、おいっ!このデカいライガはどうしたんだよ!?」


「こんなデカいライガを真っ二つにするなんて……どんなバケモノなんだ!?」



バケ……モノ……?。


ちが、う……違う!私は……私は…!。


「あ、うぅぅぅぅっ!」


「ア、アヴィ!?どうしたの!?」


……お願い……信じてよぉぉ……。


私は……私は……!。



「いや、実は俺とアヴィで協力して仕留めたんだ!情けない話だが、ちょっと俺は仕留めた際に一撃食らって吹っ飛んじまってな!」


……えっ?……。


俯かせていた顔を上げると、ウィルがヨロヨロと立ち上がりながら照れ臭そうに笑って言った。周りのエルフ達は目を輝かせながらウィルや私の元に駆け寄ってくる。


戸惑いつつ私が視線を移すと、ウィルは静かに笑みを浮かべこちらにウィンクした。


きっと、私がバケモノという単語を聞き動揺したのを見て咄嗟に気転を効かせたのだろう。


私は詰め寄って興味津々な様子であのライガの事を聞いてくる彼等に苦笑いを浮かべながら適当に答えつつ、その優しさに感謝した。




















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