殲滅のマタドール:68話 猛る執行人
……目を閉じる私へ……彼女の声が聞こえる。
私と契約した精霊である、ウンディーネが耳元で囁くのだ。
”まったく、本当に……アンタは……”
何よ……笑いたければ、笑いなさいよ……。これが、私なの……。
自分を好きだった人を失って、結局……誰かに縋り付く……。
だから、私は……願うんだ……。
もう、大切な人を……失いたくないって……
「ウンディーネ!!力を貸して!!この子の力を最大限に活かす!!」
”分かったよ!まったく……本当に身勝手で、気まぐれで……”
分析開始、雷の精霊であるヴォルトの力を借り受けた魔術射出機。彼女が使えば、恐らくドラゴンすらも殺せる力を放てただろう。これを使えばあのデカブツを吹き飛ばせる……あの怪物を止められる!。
それを手にした私は静かに、ルーンを光らせる。
そして、葛藤した……。
私は、また殺す……ウィルの時や、メルキオでリヴァイアサン・ゼロを放ったあのクリティーヌの副官と同じ時みたいに……。
そう、また……殺す……。
”どうしたんだい?……アタイはできれば、あんたに誰かを……”
殺してほしくない?そう言うんでしょ……。
でも!……私はもう、そんな覚悟は……出来ている!。
大勢、私は失った……大切な人を失った!。だから、あんな悲劇が齎す悲しみの深さを知っている!。殺されたり、突然居なくなった人達が残された人にどういう気持ちを与えるかを知っている!。
だから!!。
私は、魔力を手にした穏やかな反りを見せるその棒へと込める。反応したルーンが輝き、黄色と水色の輝きを美しく煌めかせた。
目の前の三匹のデカブツを吹き飛ばす力をその腕に宿していく。水と雷、強力な魔術の連鎖反応が凄まじい閃光と痺れを腕に伝えてくる。だが、私は……雷の精霊と融合したそのエネルギーを受け止める。
金色に輝く弦を力いっぱい弾いて、水の魔力で出来上がった弓矢を……ウンディーネが与えてくれた力を思い切り引く。弓を握る左手には黄色のルーンが即座に這う様に刻まれ、左目が黄色く染め上げられていく。弓を引く右手には、水色のルーンが駆け上がる。その魔力の高ぶりを示す様に、水色に……青く視界が染まる。
青と黄色の視界の中で……私は、水色の線に引かれてその矢が通るコースを完全に理解した。ウンディーネが敷いた水のレールが、この暴力的な電流の裁きを奴等に与える。
大量虐殺を行うあいつらを……停止させる力を放つ!!。
それは、水と雷の暴力……荒れ狂う大海、嵐の海だ!。天からの雷と大雨は航海を行う者達を死に至らしめる。マストを落雷でへし折り、乗り合わせた彼等を飲み込む水の暴力はまさに猛りし神罰の執行者!!。
私は静かに口にした、ウンディーネが背後で手を添えて弓を引いてくれる気配を感じながら……。
「 インディグネイトォォォォ----」
……私は、お前達を……許さない!!。
その巨体で大勢の人を殺して、そして……私を、好いてくれた人を……。
また、殺したんだ
「 ドミネータァァァァァァァァァァァアアアアアッ!!」
私はそれぞれ違う色を輝かせる瞳から涙を零し、その猛る嵐の海を巨人達に向けて撃ち放った。
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その水のレールに沿ってその大型ゴーレムへ直撃にした高圧電流の嵐は激しいスパークを上げる。しかし、分厚い装甲により阻まれ直接的なダメージが通る事は無かった。あらゆる魔術を想定したその強固な外装は電流を一切通す事はない。
だが、頭部のアンテナを通してコクピットへと伝わる魔力伝導用のアンテナは確かにその強烈な一撃を操舵者へと流し込む。ゴリアテの頭部から伸びるブレードアンテナはブラック・ホークの補給機能を活用すべく取り付けられた物だ。漆黒の鷹から発せられる補給用ナノマシンを通して魔力の供給を受けながら大量殺戮を行う為の力を受け取っていた。
ブレードアンテナからコクピットへ入り込んだ電流の嵐は内部の魔石へと感電し、過剰な負荷を掛けて色とりどりの魔石を砕く。暴発した魔力が操縦席を包み込み炎と風の嵐に焼かれる人間の絶叫を残しながら二番機と三番機のゴリアテが膝を突いた。その頭部からは黒煙と炎が噴き上がり、内部の人間が溶解するレベルの灼熱の嵐に見舞われ力尽きた。
一番機はまだ立っていた。コクピットでは顔の半分が炭化したモニカが必死にあちこちで火の手が上がる中、指を溶かすような光熱を発する制御ユニットを握り絶叫する。
「うがぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!まだだ!!まだ止まるな!!私はまだ代表のお役に立つんだから!!クソっ、クソっ、クソぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
肺が焼かれていくのを感じながらも息を大きく吸い込んだ彼女は最期の叫びを上げる。それは以前、嬲る様に両手と両足を切り落とした女と全く同じ感情のままに発する同じ言葉だった。
「私は代表の足手まといになるわけにはいかないんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああっ!!アァァサァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」
血液が沸騰し、眼球が爆ぜるのをモニカが感じたその瞬間……凄まじい勢いでコクピット全体を割れたレッドサファイアから噴き出す炎が覆い……そして、その女の肉体を溶解させた。頭部から爆炎を上げながら一番機も制御を失い街中に倒れ込む。
三機の巨神はエルメスの意志を託された怒れる少女の一撃により完全にその動きを止めた。
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「モニカァァッ!!……」
スクリーンに映し出された映像を見て、アーサーは頭部から炎を上げるゴリアテに搭乗していた彼女が既に犠牲になった事を悟る。
あの、孤独に苛まれていた自分へ心から敬意と愛を向けてくれて……そして、身も心も癒してくれた彼女はもう居ない。決して本物の愛情を向ける事は出来なかったが、それでも残り僅かな自身の命を削り終えた後に彼女に世界の行く末を託す筈だった。
だが、そんな彼女は自分よりも先に逝ってしまった。瞳を揺らしながら炎上するゴリアテを見つめていると、再びアラート音と共にこちらへ突っ込んで来る敵の存在を察知する。
もう、自分には破滅しか残されていない。そう気付かされたアーサーは極度の加速Gの影響なのか、あるいはひび割れた心が流す涙なのか……両目から赤い鮮血を涙の様に零し絶叫する。
「ぶっ殺してやる!!アヴェンタドォォルゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥウウウウウウッ!!!」
彼にはもはや理想も夢も無い、ただ自分の何もかもを邪魔する目の前の障害を破壊するという衝動のみがその僅かな命を繋いでいた。
過剰負荷を告げる警告音を無視して漆黒の鷹はその翼の様に広がるスラスターを全開にし、音速を超えるスピードで迫り来る戦闘用アンドロイドへ突っ込んだ。
白兵戦武装による激しい鍔迫り合いを繰り広げ、空中で激しいドッグファイトを繰り広げる二人の影が何度も激しいスパークを上げ衝突する。
執念のまま、口から大量の血液を吐き出しながら青年は叫ぶ。
「俺の……俺の創ろうとした世界を……よぉぉくもおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
「あなたはもう終わりだ!!諦めなさい!!」
「だァまれぇぇぇえええええええええええッ!!俺にはもう、俺には……他に道なんて無いんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」
すれ違いざまに斬り合いを繰り返すアーサーは、せめてこの身が朽ち果てる前に何かを成そうと思った。死んだ彼等の犠牲を無駄にしない為に……何かを残そうとした。
振り下ろしていた剣を放り投げると、その動作に気を取られたアヴェンタドールの肉体を巨大なマニピュレータを握り込んだ拳で殴り飛ばす。機動力の勝る相手からのその強烈な一撃を受けたアンドロイドの体は猛烈な勢いのまま、地面へと墜落する。
「ハァーッ……ハァーっ……おれ、はァァっ!……ごほぉっ!!おっ、がァっ!!げほっ、げほぉっ!!」
吐血した口元を覆おうと掲げた手の平に、血液に交じって細かな肉片が浮いていた。それがとっくに限界を迎えた肉体の中ですり潰された内臓の破片なのだと理解すると……彼は最後に行うべき行動を決めた。
「げほっ!ごほっ!……アヴェンジャー、全エネルギーを使用し……チャージ開始!……」
< 警告、ホバリング以外の全ての動力が停止されますが宜しいですか? >
「構うな、やれぇぇぇぇっ!!……俺の、夢は……まだ終わらないぃぃぃっ!……マリア、君の元に……送ってやるよ……。君の……お父さんをぉぉ……ひ、ひひひひっ!……」
瞳と口から大量の血液を垂れ流し狂気に満ちた青年は、その赤く染まる視界に再度その国家の象徴と言える建造物を捉えた。眼下の大統領府を見下ろしながら機体の最低限の動力を残し、向けられた巨大なリニアキャノンの二つに割れた砲塔から青白い電流が走りジェネレーターが唸りを上げる。
< アヴェンジャー、チャージ完了まで残り10秒 >
「……ひ、ひひひひっ!……俺は、最後に……残せたんだぁぁ……。自分の……生きた、証をぉぉぉ……」
< アヴェンジャー、チャージ完了まで残り5秒 >
「……これで、心置きなく……死ねるよ……マリア……」
< アヴェンジャー、チャージ完了。発射スタンバイ >
その時、赤く輝く何かが今まさに全てを破壊する強力な電磁砲を貫いた。
それは、ダメージから持ち直しスラスターを全開で吹かせながらアヴェンタドールが投擲した白兵戦装備、エストックの高熱の刃だった。遠距離用の武装を展開する余裕すら残されていない状況下で彼女は冷静に思考し、判断した。
凄まじい勢いで投げられる巨大な砲弾と化した剣は発射直前だったアヴェンジャーの巨大な砲塔を貫き、爆発させる。
左腕が吹き飛ばされ、糸の切れた操り人形のように力を失ったその機体は一気に地面へと墜落する。そして、人の気配の消えた広大な大統領府の前庭へ轟音や土煙を上げながら墜落する。
ゆっくりと地面に降り立ったアヴィは仰向けに倒れ込むパワードスーツの胸部へと上がる。そして、閉じられたハッチの脇にある赤い強化パネルで覆われたスイッチへ拳を叩き付けた。
それはコクピットを外部から開く緊急開放用のスイッチであり、駆動音を立てながらその胸の中央を覆っている薄い装甲がゆっくりと上へと持ち上がり座椅子に力無くもたれ掛かる彼の体をゆっくりと押し出した。
吐き出した血液で腹部まで真っ赤に染め上げた青年を見て、アヴィはあらゆる感情が込み上げてくるのをどうにか抑えながら彼の体を抱きかかえ再び地面へと降りた。
青白い顔をしたアーサーは小さく声を漏らすと、生気の無い瞳で彼女を見上げながら呟いた。
「……ああ……ほんとうに、忌々しい女だ……お前は……」
「……ッ……貴方はもう、おしまいです!……」
「……元々、終わらせる為に……やった事だ……。助かろうだなんて……思ってない……」
「ふざけないでください!!……そうやって、何もかも投げやりになって……貴方のせいでどれだけの人が死んだと……思ってるですかっ!……」
「……さぁな……俺には、どうでもいい事だ……。何もかも無くした今の俺には……どうでもいい……」
嗚咽を漏らし歯を食い縛る彼女見て、せめてこの心底腹の立つ女の心に爪痕を残す事が出来れば幸いだと感じた。
さっさと意識を手放し逃げ出そうとした彼の耳に、震えた声が聞こえた。
「……アーサー……!」
「……とう……さん……」
アーサーが首を傾けると、そこには目を見開きながら絶句する老人の姿が見えた。機体が庭へ落ちたのを見た彼はアーノルドを連れて慌てて駆けてきたのだ。
オリバーは欠陥機と伝えられていたブラック・ホークの加速負荷により滅茶苦茶になった彼の体を見て愕然とした。
その胸元から下は、骨も筋肉も臓器も全てが潰れ……へしゃげている。生きているのが不思議に感じるほどの凄惨な有様を見て、オリバーはもう彼に残された時間が僅かであると理解した。
力の抜けそうになった足を奮い立たせ彼の元へ歩み寄ると、その顔を覗き込んだ。
「……この……ワルガキめ……。滅茶苦茶しやがって……」
「……できれば、アンタを……殺してやりたかった……」
「……恨んでるからじゃない……マリアの元へ送る為にか?……」
「……何だ、分かってたのか……」
力無く笑うと、アーサーは血の泡の混ざる息を大きく吐いて空へと目を向けた。
「……俺には、もう死人しか見えてない……生きてる人間ばかり見てるアンタのように……なれないんだ……」
「……アーサー……」
「……笑いたきゃ、笑えよ……クリスティーヌも、アンタの部下も、モニカも…あいつらは……俺の夢の犠牲に……なったんだ……」
やがて、揺らぐその意識を青年が手放そうとしたその時……オリバーは彼の体を強く抱き締めた。そして、涙を流しながら叫んだ。
「すまないっ!!許してくれ、アーサー!!……俺は、取り返しの付かない事を……!!」
「……なにを……言って……」
「俺のせいだ!!あの時、自殺した娘を見つけた時に……俺はお前を責めてしまった!!最も傷付いているであろうお前を……突き放してっ!!……」
「……あん、た……は……」
「……お前を死者の世界へと突き落としたのは、この俺だ!!……もっと、父親として寄り添ってやれば良かった……そんな勇気さえあれば、お前はこんな力に……溺れずに済んだっ!!」
「……ちち、おや……?」
アーサーが普段、彼へ皮肉を込めて呼ぶお義父さんという呼び方とは違う……自身を父親と語る言葉はごく自然で、温かみに満ちていた。そこで青年はその事実に気付かされ愕然とした。
彼は本気で、自分の事を息子だと考えてきたのだ。
「……そん、な……そんなぁぁっ!……あんたは、本気でっ……」
「すまないぃぃぃぃっ!!……最初に間違ったのは、俺だったんだ!!お前を間違わせてしまったのは……俺だったんだぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「……なん、で……おれ……こんなの、ばっかりでぇぇ……!」
彼の腕に抱かれながら青年は涙を流し、自分の中で再び大きな音を立てて何かが崩れていくのを感じた。
マリアの語った夢の為に、彼は武器商人という生き方を捨てようとした。しかし、結果的に最愛の女性は自ら死を選んだ。
そんな彼女の死を無駄にしない為に彼は自分すら破滅しかねない強力な力を手に入れた。しかし、結果的に夢は叶えられずに自壊した。
そして、ようやく楽になれると思った最後の瞬間に……悲しみから立ち直り新たな生き方を迎えられた可能性がすぐ傍にあった事を知らされた。
後悔して、苦悩して、自らを削り取る様に苛烈な生き方をしてきた彼の選択は……いつもほんの僅かなズレで破滅へと向かってしまう。そのあまりにも哀れな姿は、彼に激しい怒りを向けていたアヴィですら直視する事が出来なかった。
激しい絶望と後悔にとうとう心折られた彼は……それまで自分の全てを支配してきた夢や野心の全てを捨てた、父親に叱られた子供の様な顔して言った。
「……ごめん、なさい……とう……さ……」




