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殲滅のマタドール   作者: ユリグルイ
殲滅のマタドール 3rdOrder
65/121

殲滅のマタドール:64話 宣戦布告

……サシャ……私は貴女が大好きです……。


心から愛しています……。


だから、絶対に……貴女を離さない!。


「ア、アヴィ?……あの、エルメスも元の居場所に帰ったでしょ?だから、そんなに気にしなくても……」


「むぅー……」


「……あう……」


ベッドの上で、彼女の腕を掴む私は頬を膨らませ彼女を睨んだ。


……サシャは絶対に、離さない!……。


この人だけは……何が何でも……。


私が強く決意したその瞬間、彼女は急に身を捩って私を見下ろした。



「……だから、そんなに……求めないでよ……」


……あ、ああ……サシャの……あの時と同じ目が……向けられて……。


耳元で甘い言葉を囁かれ、安堵と興奮のままに流す涙を舐め取った彼女は……その色っぽい笑みを浮かべて私に言った。



「……興奮……しちゃうから……」


「……さ、しゃあぁぁ……」


「好きよ……アヴィ……」


彼女の指が……ズボンの中へと入り込み、体を跳ね上がらせ……。



私は彼女に……溺れていく……。



−−−−−


……また、結局アヴィと……。


すやすやと寝息を立てる彼女を尻目に、真っ赤になった顔を覆った私は小さな悲鳴を上げつつ朝を迎えた。



……この子が悪いのよ……どれだけ好きって言っても不安になって、夢中で私を求めてくるクセに……そうなったらとっても弱くて可愛い声を出して……。


好きって……何度も言ってくれる……。


無垢な寝顔を覗かせる彼女を見ていると、また……少しいけない気分になってしまう。


とにかく私が本当にアヴィだけを見ている事は伝わったんだから、これでいいでしょ!?……。


気恥ずかしさを抑えきれなくなり部屋の外へと飛び出した私は、そのまま宿の外へと出た。


朝日が気持ちよく、大きく火照った体を伸ばすと私は声を漏らした。


「んんっ……今日もいい朝ね……」


……これで相手の野望は、封じられた……。


あのおかしな武器が出回らなくなった以上、アーサーは手を打てなくなる。後はあの大統領が連中を締め上げるのを待つばかりだ……。


緩んだ頬で空を見上げていると、一台の馬車が通りがかった。荷馬車は私の前で停まると、馬を操っていた騎手の女性が降りてきた。


少し年上に見える綺麗に髪を切り揃えた女性だった。


彼女は私の元へ歩み寄ると、笑顔を浮かべ声を掛けてきた。


「すみません、此処にアヴィさんとサシャさんという女性は宿泊されてますか?」


「あっ、サシャは私です!何か御用ですか?……」


「ああ、あなたがサシャさん!後ろの荷物をあなた達と一緒に届ける様に言われてたんだけど……」


「私達と一緒に……?」


小首を傾げる私へ詰め寄ると、彼女は興奮気味に言った。


「あなた達、街道沿いに魔物除けを設置してくれたんでしょ!?うちの会社のボスがすごく感動しちゃって!」


「は、はぁ……」


「だから二人に是非、この記念品を閣下に届けてほしいって!」


……ああ、なるほど……。


そういう事なら問題ない。彼女と一緒に荷物を届けてあげよう。


アヴィは……ま、まぁ……起こさなくてもいっか!。


「あの……連れはまだ眠っているので私だけでいいですか?」


「あら、そうなの……びっくりするようなプレゼントだから目覚ましにはちょうど良かったけど残念ねぇ……」


そう語る彼女の声色からは、何か仄暗いものが感じられた気がして……私は思わず小首を傾げたもののすぐさま気を取り直して馬車へ乗り込んだ。



−−−−−−


「シンディからの連絡はまだ無いか?」


「は、はい……こちらからも通信石に呼び掛けを行いましたが、まだ……」


「……そうか……」 


机の上で組んだ指に額を預けると、その苦悩を表す様に声を漏らすオリバーをアーノルド・ワイルドマンは複雑な表情を浮かべ見つめた。


突然二日前、彼に下された命令はシンディ・レックスが勤めていた警備局の局長を代行して欲しいという物だった。その時点で彼にはある種の予感があった。


自分達の敬愛する上司にして長年の親友でもあったシンディが何か……とても危険な目にあっているのだと。それを命じたのは恐らくオリバーだ、彼は他人には任せられない極秘の任務を度々シンディへと命じていた。


そして、しきりに彼女の状況を気にする素振りを見せるオリバーの態度からあまり事態は良くない方向へ動いている事も理解した。


だが……決してアーノルドは必要以上に詳細を彼に尋ねなかった。彼は恐らくシンディの実力と忠義を信用して命令を下したのだ、彼女に何かあればその責任の全てはオリバー自身が背負う事になる。


彼女がどれほどこの苦悶するこの老人を尊敬し、愛していたかを知っているが故に無粋な質問などする事は出来ない。


ただ、彼はオリバーの命令に従う事のみを考えていた。


その時、執務室の戸がノックされる。



「入れ……」


覇気の無い声でオリバーがそう言うと、扉が開かれ何か大きな箱を抱えたスティーブンと表情を緩ませるサシャが姿を見せた。


「おはようございます、閣下!例の魔物除けに感動した市民からのプレゼントですって!」


「玄関でたまたまサシャさん達に会ったんで荷物を運ぶのをお手伝いしたんですよ!送り主の方はこのプレゼントを手渡して既に帰ってしまったみたいですが……」


「まぁ、とにかくいい事じゃない!エルメスの作ったあの柵のおかげでこれからは街道も安全になった訳だし!」


彼女の言葉を聞くと、それまで弱々しい表情を浮かべていた老人は慌てて普段の飄々とした態度を取り繕うと椅子から立ち上がり箱を見下ろしながら言った。


「参ったなぁ、まさか爆発とかしないよね?」


「いえっ、しっかりと箱越しに魔石を使い検査を行いましたがそういった反応はありませんでした!」


「俺は大した事なんてしてないのに、送るならエルメス君の方が相応しい筈だろ?」


「まぁまぁそう言わずに!貴方がエルメスの研究を最大限サポートしてくれたからあんな早さで柵の製造と設置が出来たんだから!」  


「やれやれ、何だか照れくさくなっちゃうなぁ……」


頭を掻きつつ困ったように笑うと、オリバーは白い箱の蓋をゆっくりと持ち上げる。中には袋に包まれた大きな何かが入れられていて、それは浮き出た形から人の形をしている事が分かった。


それを持ち上げ、カーペットの敷かれた床に置いた老人は顎に手を当てながら中身を予想する。


「何だろうな?これは……」


「やっぱり銅像とかじゃないですかね!?大統領閣下の功績に敬意を評して……」


「それにしちゃあ軽いな……腰を悪くした俺でもどうにか持ち上がったぞ?」


「うーん……それに銅像にしては大きさがちょっと妙ね。ああいうのって全体だったり胸元までだったり大きさが決まってるけど……銅像にしては何か中途半端なサイズみたい……」


その場の誰もが怪訝そうな顔をしたが、気を取り直しオリバーは言った。


「まぁ、とにかく爆発するような物でも無さそうだし開けてみよう!」


彼は上部に結ばれた紐を解くと、その贈り物を覆っていた白い袋を一気に下ろした。



“彼女”は、変わり果てた姿で親交を深めた彼等と再会する事になった。



−−−−−−−


……何よ、これ……?。


……え、えっ?……これは……これは、いったい……。


下ろされた袋から姿を見せたのは……長い髪をした女性だった。真っ先に女性だと分かったのは……その白い肌が布一枚纏わずに露わになっていたから……。


それに、髪も長いし……とても綺麗な顔をしていて……。


一瞬、悪趣味なイタズラではないかと顔を顰めた私はそこで気付く……その美しい女性の顔には、見覚えがある。


い、いや……でも……そんなわけ、ない……。


……でも、あの顔は確かに……間違いなく……!。


少しずつ、誰もが状況を理解し始めて……声を漏らし始めた。



「そんな……嘘だ……!」


「……何だ……いったいこれはどういう事だ!?」


アーノルドさんとスティーブンさんは見開いた瞳を揺らしながら、ゆっくりと後退る……。


震える膝から力が抜けて……私はその場にへたり込んだ。



……ありえない……こんなのは……ありえない!。


だって……この人……手足が、無いじゃない!。綺麗に肘や膝の関節から切断されて……グロテスクな断面を覗かせながら、彼女は……瞬きすらせずに、座り込んでいる……。


……そんな事されたら……死んじゃうじゃない!……。



……死、ぬ?……彼女は、もう……死んで……るの?……。


いや、そんな訳無い!!あの強くて逞しい彼女が、こんな風に死ぬなんて!!……それに髪の毛や肌が変だ、やたら艶があっておかしい!!……。


きっと、人形か何かだ……そうに、決まってる!!。


そうじゃないと……そうじゃないと……!!。


頭を抱えながら、小さく声を上げる私の耳に……その動揺しきった小さな声は聞こえた。



「……シン……ディ……!」



その名前を口に出された瞬間、私は頭を抱えたまま喉が破れる様な絶叫を上げる。



送られたのは、両手と両足を切り落とされ……頬を切り裂かれ薔薇を一本咥えさせられたシンディさんだった……。裸にされたその皮膚も、あの美しい赤い髪も……何か透明な樹脂の様な物で覆われて……その絶望と激痛で激しく歪んだ表情や、瞳に溜まる涙すら封じ込めている……。


……私はそんな現実から必死に目を逸らす様に下を向いたまま、声を上げて泣き叫んでいた……。



−−−−−−


「彼等は気に入ってくれたかな?……俺からの贈り物を……」


「はい、彼等の動揺と恐怖は凄まじい物かと……」


「彼女は実に良い声で絶叫を上げてくれた……心の底からの絶望と恐怖、そして自分の辱めを受けた体を敬愛する彼に見られてしまうという屈辱……。芸術とは感受性が作品の仕上がりを左右する世界だ、俺の見ている世界には色が無い……。死者に心囚われ、この強大な力を持つ漆黒の鷹に魅入られた瞬間から死人の世界へと魂を引かれてしまったんだ……」


膝を突き佇む全長10メートル巨人、ブラック・ホークを見上げながら男は感慨に満ちた表情を浮かべる。


その青年は既に死者の国の住人となっていた。死こそが人間を戒め、そしてより高い次元へと昇華させる手段であると彼は本気で信じていた。故に戦争とは彼にとって業ではない、より正しい決断を誰もが行える様になる為の試練だと考えていた。


その考え、その思想、その正義はアーサーとモニカの背後に佇む数十人の男達にも正しく引き継がれ……そして感染していた。


ゆっくりと靴音を鳴らしながらアーサーが振り向くと、そのライフルを担いだ黒い衣装で身を固めた男達……ゴッドボルト・グループと独占契約を結ぶ民間警備会社であるアトラス社の社員達は一斉にライフルのストックを床に下ろし胸に手を当てた。


一糸乱れぬ動きで主に忠誠を誓う彼等は政治の場から距離を置くアーサー・ゴッドボルトが所有する軍隊だった。馬車や会社の所有物を守るという職務を表向きは行っているものの、その実態は若き裏の権力者が自由に動かす事が出来る私兵集団だ。過去の内戦の影響から荒事に慣れた人間が立ち上げた警備会社は多くダムザには存在する。しかし、彼等はそんな通常の警備会社の人間達とは異なり様々な武器を扱う軍事訓練やゴーレムの操縦、魔導師として活躍できる者まで居た。


あらゆる戦闘行為を熟すプロフェッショナル、それがアーサーの保有する軍事力だった。


直立不動で佇む彼等へ若き野心家は不敵に笑みを浮かべ宣誓する。


「私は十年前、この黒い怪物と出会い全てが変わった……絶望していたこの私に差し込んだ希望の光の様に思えた!。その力と知識を借り受け私はこの失敗国家を経済と先進的な政治体制で救い上げ、一から全てを作り替えた!……それも全ては私の抱く夢があればこそ出来た事だ!」


片手を掲げ、青年は拳を握り込むと力強く自身の夢を語った。


「この世界の誰もが戦争を起こせる世界にする!醜いエゴと憎悪で疲弊したこの国家の負の歴史が私にそう強く決意させた!。諸君の持つライフルが別の世界でそうだったように、騎士や魔導師……そして一部の権力者のみが独占する戦争という魂の衝突を誰でも始められる世界を私は作る!。手にしたライフルで子供や女までもが殺し合いを始め、その先に生き残った者のみが間違わない真の平和な世界を作っていくのだ!……。人類は悲劇からしか学ばない、そして変わらない!……ならば今までの国家体制や社会そのものを根こそぎ破壊する最大の悲劇を経験すればこの世界の誰もが変わる!」


大きく息を吐き出すと、青年は命令を下した。その狂気に満ちた世界を巻き込む暴力革命を実行に移す命令を……。



「世界を変えるぞ!我々の手で!そして、これから巻き起こる死を後世の人々へ戒めとして捧げよう!……瓦礫の山と化したこの国の街並みこそ、人類の過ちを後に伝える最初のモニュメントとなるのだ!」


その言葉を聞き届けた男達は一斉に駆け出した。その瞳には迷いも躊躇いも無く、主君の命令を確実にアトラス社の社員達は実行する。


政府の主要施設を手始めに襲撃し、やがて街を破壊し尽くすクーデターの幕は切って下ろされた。



−−−−−−


その突然の知らせは眠る私の部屋へ飛び込んで来た大統領府警備局の人間によって齎された。顔を真っ青にした彼女は寝ぼける私の腕を掴み無理やり立たせるとすぐに着替えて大統領府まで来るように言った。


いったい……何が……?。


その女性の警備局の局員は着替えに戸惑う私を見て苛立たしげな様子で手伝うと、装備を身に着けた私の手を無理やり引いて部屋を飛び出した。戸惑う主人に札束を放り投げる様に手渡すとすぐに馬車へ乗るように強い口調で言った。


混乱する頭で何が起きたのかを聞く私へ、彼女は唇を噛み締めながら震えた声を漏らす。


シンディさんが、殺されたと……。


頭の中が真っ白になり、馬車の荷台に座りながら目を見開いて絶句した私を乗せ……馬車は猛スピードで大統領府へ向かい走り出した。


……シンディさんが……なんで?……どうして?……。


出張に行ったって……そう言ってたのに……。



わからない……なにが何だか……分からない……!!。


激しく呼吸が乱れるのを感じながら、汗の浮かぶ手で頭を抱え……ひたすら私は彼女の顔を思い出そうとした……。



−−−−−−



















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