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殲滅のマタドール   作者: ユリグルイ
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殲滅のマタドール:五話 レッド・クイーン

「よしっ!ようやく見つけた!」


「ったく、ライガだらけで肝心のハイイロボアが見当たらねぇんだから心配したぜ!」


二人の若いエルフ族の青年は森の中を駆けながら手傷を負わせた獲物の後を追った。彼等はリーダーであるウィルにはやや劣るものの、巧みな剣捌きで獲物を多く狩ってきた名手と呼ぶに相応しい手練れ達だった。残された血痕と傷の度合いから正確に傷を負わせたハイイロボアの行方を追跡する。しかしながら、彼等は新たに狩りに参加した見知らぬ少女へ良い姿を見せようと夢中になる余り気付く事が出来なかった。


ライガばかりでハイイロボアや他の魔物は勿論、森の小動物に至るまで全ての生き物の気配が消えていた。その不気味な静けさに疑問を感じる事なく二人は森の奥地へと入っていった。森の狩り場には定められた範囲があり、其処から外に出た獲物は手を出してはならないという掟がエルフ族にはあった。極力負荷なく狩りを行う為の先人達の知恵は、不幸な事に二人を焦らせ正常な判断能力を失わせていく。


「クソッ!逃がすなよ!アヴィにご馳走してやるんだから!」


「分かってるよ!いいから急げ!」


もう間もなく、定められた狩り場の範囲内を超える。


二人が地面に転がった大木の幹を飛び越えた瞬間、待ち侘びた後ろ姿を遂に捉えた。胴に切り傷を受けたハイイロボアは赤い鮮血を零しつつ、追撃者の気配に気付くと最後の力を振り絞って駆け出した。慌ててトドメを刺そうとする二人をどうにか振り切ると、手負いのハイイロボアは赤い印の刻まれた木の向こう側へと駆けていく。


それを見た二人の青年は肩で息をしながら脱力すると、無念を滲ませて獲物が消え去った方向を睨み付けた。


「ちくしょう!ライガを追い払いながらようやく見つけた一匹だったのに!」


「はぁー、結局俺達はライガの御馳走をくれてやっただけかよ……」


恐らくあの傷ではそう長くは生きられない、弱った所をライガに捕食されるだろう。息を上げながら二人がへたり込むと、少し離れた草むらが激しく揺れ……そして甲高いハイイロボアの絶叫が響き渡った。


どうやら逃げ込んだ先にあの獰猛な捕食者が待ち構えており、取り逃がした獲物は彼等の餌となったようだ。印の付いた木の向こう側へと石を投げつけながら青年の一人が叫んだ。


「ちぇっ!俺達が狩りやすいように傷を負わせたんだから分け前ぐらい寄越せよな!」


「やめろってアレックス、魔物相手にみっともない……」


「だけどよぉ……」


未練を滲ませながら再び彼が石を投げた瞬間、バキバキと地を踏み鳴らす音と同時に何かが人の背丈より高い草むらの中から立ち上がった。二人は腰の鞘から反射的に剣を引き抜くが……その顔はいつもと違い恐怖と混乱に満ちた表情を浮かべていた。



「……な、何だよ……あれ……」


「……ラ、ライガ……なのか?……」


二人が動揺しきった様子で見つめる視界の先では、その巨大な顎で太ったハイイロボアの肉体の半分を咥えたまま起き上がり燃えるような赤い毛並みを靡かせる女王が二人を睨み付けていた。まるで一軒家ほどの大きさを持った巨体を揺らすと、硬い骨と毛皮を持つハイイロボアの体を一噛みで噛み砕き鮮血と共にその半身を枯葉の覆う地面へと落下させた。


全長十メートルの巨体を揺らしながら闊歩するレッドクイーン(赤い女王)は血走った瞳の宿す強烈な怒りのままに最も憎むべきひ弱な生命体に狙いを定めた。



-------


「よし!仕掛けるぞ、アヴィ!」


「了解です!」


草陰から飛び出した二人はそれぞれ手にした剣を片手に構えると同じタイミングで剣先を相手の首筋に奮う。突然の奇襲に体を震わせた二匹は一撃で崩れ落ち、うめき声を上げて血の噴水を周囲に散らす。二匹の真ん中に立っていた大柄な個体のライガは混乱した様子で突然現れた襲撃者を睨み付けた。しかし、左右を挟まれた彼は視線を交互に動かしながらゆっくりと後退り視界の全てに襲い来る相手を捉えようとした。


だが、それを見越していた二人は横に移動しながら常に視線を分散させるようにして足を動かす。


やるか、やられるか……そんな命の駆け引きはウィルが密かに忍ばせていた小石をライガの後方に投げつけた瞬間に決した。


突然の物音に新たな襲撃者の存在を感じ取ったライガが後方に目を向けた瞬間、二人は駆け出した。それが狡猾な罠である事に獣が気付いた時には鋭い剣先が首筋と胸部を捉えていた。鈍い刺突音と共に、その大型のライガは力尽きるように地面へと崩れ落ちる。



「やったな!相当狩りにも慣れてきたんじゃないか?」


「ウィルさんの手解きのおかげです!相手を知り尽くした貴方の指示があればこそですよ!」


「あははっ!おだてても何にも出ないぞ?……またサシャの家でミルクシチューを作ってやるぐらいしかな!」


「ミ、ミルクシチュー……」


ヨダレを垂らしながら目を輝かせるアヴィを見て笑うと、彼は剣を振るい血を払うと鞘へと納めつつ表情を引き締めて血の海に沈むライガを調べ始めた。その様子を見ると、アヴィは困惑したように声を上げた。


「何だかライガばっかりですね……昨日もこんな感じだったんですか?」


「……いや、変だ……昨日はもっとハイイロボアや他の動物も居たしこんな数のライガは現れなかった。元々ライガは賢い魔物なんだ、だから狩りをする俺達の狩り場にここまで積極的に入ってくる事はない……」


「どうしたんでしょうか……この土地に詳しくない私でも何か変だと思います……」


「分からない……でも、今日はとりあえずこの辺で切り上げといた方が良さそうだな……」


まだ本来であれば狩りの終了までは時間がある。しかし、森の異変を察知した彼はすぐに森から出るべきだと判断した。首に掛けた小さな宝石を外すと、青く発光した通石へと語り掛けた。


「こちらウィル、何か森の様子がおかしい。今日はこの辺りで切り上げよう!」


『こちらティム、了解だ……ったく、ライガばっかで肝心のハイイロボアが居やしねぇ 』


「そっちは無事か?怪我人は?」


『スタンがドジ踏んで転んだ以外は問題なし!先に集会所に戻ってるぞ?』


「了解だ!アレックス、ニック!そっちはどうだ?」


返事のあったペアとは違う二人へウィルは呼びかけた。しかし、即座に返事を返した二人と違いそのペアからの返答はいつまで経っても来なかった。


ウィルはすぐさま感じ取った。何か、おかしい事が起きている気配を……。戸惑う様な視線を向けるアヴィに構わず眉間に皺を寄せたウィルは大きな声を上げた。



「おいっ!アレックス!ニック!どうした!?返事をしろ!?」


その緊張感に満ちた声を響かせた瞬間、消え入りそうな小さな声が通石から聞こえた。



『……ウィル……逃げろ……』


「ア、アレックス!?どうしたんだ!?何があった!?」


『……赤毛の……デカいライガが……俺達を……。ニックが……食われちまった……』


「……赤毛……?」


その言葉を聞いた瞬間、ウィルは普段穏やかな表情を浮べるその顔を……憎悪で激しく歪めた。あの優しかった彼がそんな顔をするとは思えず、少し怯えた様な様子を見せるアヴィに構わずウィルは言葉を続けた。



「……今、何処だ?……」


『……狩り場の……境界………来るな、アヴィを連れて……逃げて……』


「おい!しっかりしろ!俺が絶対に助けるから待ってろ!今からそこに----」


その時、通石を通して凄まじい雄叫びを上げる獣の咆哮と……食われる者の絶叫が同時に響いた。



『ぎぃああああああああああああっ!!やだっ、やだっ、やだぁぁぁぁあっ!!お"っ、あ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ッ!!』


「ニ、ニック!?しっかりしろ!!ニック!!」


『お"ぁ"っ……ォォ……だず、げで……ヴィル……』


グチュグチュ、バキバキ……。


何か柔らかい物と、硬い物を噛み砕く不気味な咀嚼音が響く。それは聞いた者を恐怖に陥れるには充分な……異常な惨劇の気配だった。


しかし、ウィルは違う感情を抱いていた。それは、恐怖でも混乱でもなく、純度の高い殺意だ。


唇を血が垂れる程に噛み締め殺気に満ちた顔を震わせるウィルへ、アヴィは小さな声で言った。


「……ウ、ウィルさん……あの……」


「……お前は戻って村の助けを呼んで来てくれ……」


「で、でも!……」


「赤毛のライガはサシャの親父さんを食った奴なんだよ!!俺が仕留めるべき相手だ!!」


その言葉を聞くと、アヴィは昨夜聞いたサシャの過去の出来事を思い出し目を見開く。


サシャの父親の仇……それを思い出すと心臓の鼓動が跳ね上がるのを感じた。


脂汗を浮かべ顔を俯かせるアヴィへ、外したネックレスを掲げるとウィルは余裕を無くしつつも無理やり浮かべた笑顔を彼女へ向ける。



「迷ったらそいつを使って皆に知らせてくれ、俺は行く……」


「ウィルさん……」


「……何かあったらサシャを頼む……いつも役立たずでごめんって、伝えといてくれ……」


呆然とするアヴィの手を持ち上げて通石を無理やり渡すと、青年は目にも止まらぬ早さで駆けて行った。


残されたアヴィは掌の中で輝く石を見つめると、静かに声を上げた。



「……私は……あなた達を、守ります!……」



-------


「父さん、母さん、アニィ……ちょっと今日は報告したい事があるの……」


手にした花束を添えると、私はその質素な木製の板が突き立てられた場所の前で膝を突いた。


此処は、村の外れにある墓場だ。此処には父さんと母さん、そして妹が眠っている。


広がる森を心配そうに見つめると、私は小さく息を吐いて言った。


「ちょっと変な奴を助けちゃってね……名前は分からないけど、とりあえずアヴィっていう名前にしたの。そうしたらアイツ、すっごく喜んでくれて……感激しちゃって……」


あの普段凛々しい顔をしながらも気を抜くと愛らしい表情を見せる不思議な同居人の事を思い返すと、自然と頬が緩むのを感じた。


その場には居なくとも、大切は人々を前にして語り掛ける様に……私は久しぶりにこの場所で笑う事が出来た気がする。


質素な墓標へそっと触れながら私は亡き家族へ祈った。



「だから……皆も無事を祈ってあげて……。ウィルやアヴィ……皆の……」


------


ウィルは荒く息を漏らしながら立ち止まると、地面に広がるその大量の液体を見て思わず口元を押さえた。


「……なんて……事だ!……」


それは、大量の血痕だった。腕や足を食われただけではない……もっと、そこら中を……それこそ八つ裂きにされるように……。


悪態を吐いたウィルが再び駆け出そうとした瞬間、背後から聞こえた物音を聞き咄嗟に剣を抜いた。


殺気に満ちた目を向ける視線の先には、荒く息を漏らしながらアヴィが膝を曲げて疲労困憊といった様子で喘いでいた。


「村に戻れと言ったろ!何で付いてきた!?」


「はぁっ、はぁっ……通石で他の方には連絡しておきました!村の皆が討伐隊を組んで応援に来るって……!」


「そういう問題じゃない!これから相手にするのは本物のバケモノだぞ!?普通のライガの時とは違うんだ!」


「だから私も戦いたいんです!その赤い毛のライガは……サシャのお父さんの仇だから!」


珍しく怒りを露わにしてもアヴィは強い決意を宿した瞳でウィルを見据え、一歩も引く気配は無かった。


そんな彼女に瞳を向けられ、ウィルは内心で激しく動揺した。こんな異常事態で、あんな恐ろしい怪物の気配を感じ取ったというのにこの少女は恩のある相手の為に迷いなく危険へ飛び込んでいく覚悟と勇気を持っている。


ひょっとしたら……彼女になら、あの大切な幼馴染を任せる事が出来るかもしれない。性別なんて関係ない、本気でサシャを心から想っているこの少女になら……。


暫しボンヤリとアヴィを見つめていたウィルは我に返ると、諦めた様に溜息を吐き言った。



「……分かったよ……奴は恐らく何処か近くに居る。絶対に俺の傍を離れるな……」


「分かりました!……」  


「それじゃあ行こう……あっちに血痕が続いてる……」


見ると、何かを引き摺った跡と血の線が赤い印の付いた木の向こう側へ伸びていた。顔を見合わせ首を頷けると、剣を両手で構え横に並びながら慎重に足を進めていく。  


二人の胸に抱く想いは一緒だった……大切なあの少女に笑っていてほしい、それだけを考えていた。






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