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殲滅のマタドール   作者: ユリグルイ
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殲滅のマタドール:四話 HUNT

「……あの、本当に行くの?……」  


「はいっ、食べさせてもらってばかりはいられません!私も役に立ちたいんです!」


翌朝、相変わらず猛烈な勢いで食材を殲滅する彼女は自身に満ち溢れた顔をして私を見た。


昨夜あの提案をされた時には猛烈に反対した。当然だ、正直ウィルが狩りに向かうのだって一人前になった今でもたまに不安になる事がある。あの怪物のトラウマが脳裏に刻まれた私にとってそれほどまでに川の上流側は恐ろしい場所だった。


そんな場所に……コイツが……。


確かに昨日会ったばかりだし、変ちくりんな奴だけど……危険な目に遭ってほしくない……。


動きやすい様にウィルが持ってきてくれたシャツとズボンを着込む彼女はどこか凛々しさが感じられ、ほんの少し……父さんに似てた。そこが余計に、私を不安にさせる。


それでもアヴィは卑怯だ……私が何も言えなくなってしまう様な事を真っ直ぐな瞳で言ってしまうんだもの。



「……貴女の役に私は立ちたいんです、もっと貴女の笑った顔が私は見たい……」


「……バカ……」


アヴィはどこまでも無垢で、そして真っ直ぐな子だ。そんな彼女の決意を否定したら逆にこちらが傷付けてしまいそうで……私は渋々とその提案を受け入れる事にした。


強い使命感に満ちた瞳で頷くと、彼女は再び食材を壊滅させるべくスープの入ったスプーンを忙しなく動かした。これからの大仕事に向けて体力を付ける様に。



まあ、昨日だって怪我人は出ていないしウィルが全力で力を貸すと言ってくれた……きっと大丈夫。


不安を振り払う様に頭を振ると、私は口元を汚す彼女へハンカチを差し出して言った。



「……無茶はしないでね、お願いだから……」



-------


村の集会所に来るなりアヴィの周りには人集りが出来た。サシャが昨日助け出した人間というだけで話題性は大いにあったが更に恩を返す為に狩りに出たいというのだから、普段男達のみで行われる狩りにささやかな華が添えられ大いにエルフ達は気分を高めていた。


「それにしたって感心するねぇ!助けてくれた恩を返そうと狩りに出ようだなんて!」


「まったくだ!人間が全員お嬢さんみたいに慎ましさを持っていれば助かるんだが!」


「いざとなったら俺達に任せとけ!嬢ちゃんにはハイイロボアをたんまりご馳走してやる!」


男たちに詰め寄られ戸惑ったような表情を浮かべていたアヴィは昨夜食べたご馳走であるハイイロボアという単語を聞いた瞬間に目を輝かせた。


それを見て思わず笑い声を漏らすと、彼等を取り纏める猟師のリーダーであるウィルは昨夜のアヴィの様子を思い返しながら愉快そうに言った。


「あんまりアヴィをその気にさせない方がいいぞ?なんたって俺が持ち込んだ足の肉をほとんど一人で食っちまったからな!」


「え、ええっ!?……あの量を!?」


唖然とするその場の全員が視線を向ける中、アヴィは唇から唾液を一筋垂らし目を輝かせて言った。


「つ、次は一匹丸々頂いても宜しいですか!?頑張りますから!」


ウィルはその言葉が本心だと気付き苦笑いを浮べ、周りの男達は冗談か何かだろうと戸惑いつつとりあえず笑い声を上げた。



------


ウィルを先頭にした6人の狩人達が森の中を進んで行く。村からそう遠くないこの場所は彼等の通い慣れた狩り場であり開けた見通しの良い区間の多いその地点はまさに素人であるアヴィを連れて行くには絶好の場所だ。


ウィルは背後を歩くアヴィへ振り返ると、首元に掛けたネックレスに取り付けた青く透き通った色をした石を掲げる。


「こいつは通石(とおりいし)っていう風の精霊の力を宿した便利なモンなんだ。この石に話し掛けると風の精霊が言った言葉をそのまま別の石の持ち主へと届ける。それで上手く群れを協力して狩ったり、いざとなったら助けを求める事が出来る 」


「なるほど……便利な物ですね 」


「今回は急だったからアヴィの分は用意出来なかったけどな……まあ、今回は初の狩りだし俺の傍に居てくれればいいからさ!」


「よろしくお願いします!頑張ります!」


サシャの役に立ちたいという気持ちと昨夜の美味な料理をいち早く味わいたいという気持ちを胸に、アヴィは表情を引き締めた。


そんな二人の背中を見つめながら他の四人はヒソヒソと小さな声で話し合った。


「はぁー、やっぱりありゃウィルに取られちまうかなぁ……」


「あいつはサシャに入れ込んでんじゃねえの?さすがに二人相手は……」


「いやいや、何たって村一番の猟師だからなぁ……自慢の体力で……」


「人間とエルフの間に子供設けるのはさすがにマズくないか?」


そんな仲間達の不埒な会話を聞き溜息を吐きつつ、辿り着いた赤い印の入れられた大木の前で足を止めるとウィルは振り返り言った。


「それじゃあここで二人一組で別れる!最近はライガがこの地点まで多く出てきてるようになってるから充分に気を付けろ!何かあればすぐ通石で助けを求める様に!」


男達は手にした弓矢や狩猟用の剣を掲げると、威勢の良い声と共に二人一組で駆け出して行った。


その背中を見ると、腕を組みながら呆れた様な目を向ける。



「まったく、サシャの事を何も知らないで好き勝手に噂して……」


「ウィルさんはサシャが好きなのではないんですか?」


包み隠さない直球な質問に面食らった様な顔をしつつ、ウィルは力無く笑みを浮かべると言った。



「好きだよ、アイツの事は……」


「それならそういった事を言われても問題ないのでは?」


「……でもさ、俺じゃあダメだ……俺はアイツを悲しみから二度も救ってやれなかった……」


「悲しみから……二度も……?」


そこで大きく息を吐くと、ウィルは周囲に目を向けながら静かに語り始めた。


「最初は昨夜話した通り、サシャの親父さんを助けられなかった。助けようと思ったけど、出来なかったんだ……親父さんを食い荒らすあのバケモノに弓を引いたら二人とも食われると、そう思ったから……結果的に俺達はどうにか逃げられたがサシャの胸に消えない傷が残っちまった 」


「……それは……でも……」


「仕方ないか?俺だって最初は必死にそう思おうとしたよ……でも、二回目は完全に俺のミスだ。取り返しの付かない事をしちまったんだよ……」


足を止めると、顔を俯かせたエルフ族の青年の表情は珍しく弱々しくなっていた。その様子を見たアヴィが困惑したように声を漏らすと、彼はその辛い記憶を思い出しているのか揺れる瞳を細めつつ言った。


「あの時は、高熱で苦しむ病気が村中に蔓延してた。今から十年前か……それまであんな病気は流行った事はない。恐らく人間側から持ち込まれたんだ……」


「人間が……」


「その病気にサシャの妹、アニィも罹っちまったんだ……毎日汗だくで高熱に苦しめられて、魘されながらサシャの名前を呼んでたよ。俺も最初は看病を手伝ってたが……途中から俺まで例の病気が感染(うつ)っちまってな……」


「……そんな……」


「毎日、まるで体を焼かれるような熱さと痛みに襲われて何度も死ぬかと思ったよ。人間達が用意した薬は不完全で効果は人によってバラバラ、サシャには効いたが俺とアニィには効果が無かった……。俺はまだ体力があったから良かったがアニィは昔から病弱で耐えられないのは一目瞭然だった……薬を飲ませたり汗で流れた水分を補給したり、村中の井戸から水を掻き集めて皆に配ったよ……でも、その年は更に最悪な事に雨がなかなか降らない年だったんだ……」


「……それじゃあ……サシャの妹さんは……」


「……ああ、配られた水を使い果たして他の家に分けてもらおうとサシャが家を離れてる間に……アニィは旅立った……」


あまりにも……救われない話だった。あの気丈に振る舞うサシャがそこまで辛い過去を秘めていたとは知らず、アヴィは胸が締め付けられる様な感覚を抱き表情を沈ませる。


そんな彼女の耳に突然拳を木に叩き付ける音が聞こえ、思わずビクリと体を震わせてアヴィは顔を上げる。


見ると、あのいつも優しい青年が見た事もない様な顔をして珍しく感情を剥き出しにしているのが見える。



「……俺が……バカだった!。アニィの為に一杯、水を残してた!……耐えようと決めたのに、俺はどうなってもいいから二人を救おうって決めてたのに!……。焼ける様な熱に耐えられず……俺は飲んじまったんだ!あの子の為の水を!……」


「ウィルさん……」


「……後から全てを正直に白状した。でも、サシャは泣き顔と無理やり貼り付けた笑顔が混ざるクシャクシャの顔をして言ってくれたんだ……『貴方が生きててくれて嬉しい』って!……」 


その声色には深い絶望と、そして諦めが感じられた。強い自責の念がウィルという青年の心に根深く張り巡らされ、サシャへの想いを拒絶する。自分には彼女を愛する資格はない、そんな強い後悔が彼の想いを封印する。


だからこそウィルは思ったのだ、彼女には弱い自分ではなく……もっと強い他の誰かが必要なのだと。


「……悪い、つまらない話をしたな……先を急ごう……」


「……はい……」


------- 


身を屈めながら草陰から視線を覗かせると、そこには3匹の獣が悠々と木々の間を抜け闊歩していた。獰猛そうな顔立ちと口に収まらない鋭い牙、強靭な足には鋭い爪が並んでいる。


あれが、ライガ……。


「あいつらがライガ、奴等はまだ成長中の若い奴等だな……」


「成長中でもあんなに大きいんですか?……」


「ああ、ある程度行き着くと俺達より倍ぐらいは大きくなる……そして、それよりもっと大きいのも居るんだ 」


私は唾を飲み込むと、ウィルさんからさっき渡された鉄塊へ目を向ける。大振りの剣はずっしりとした重さがあり、両手で構えれば何とか私でも扱えそうだ。


私は早く彼女の役に立ちたい……ベルトに差した鞘から柄を掴み剣を引き抜くと、静かに狩るべき相手を睨み付けた。


「それじゃあ、これから作戦を---」


「ハアアァァァァァッ!!」


「お、おいっ!!」


鞘から抜いた剣を両手で構えると、真っ直ぐに突撃した。気合いを漲らせ剣を掲げたまま草むらから飛び出して中央の獲物を狙う。


私は、この人達の役に立ちたい!。その為には自分の実力を示さなければ、私の力を見せなければ!。


サシャもウィルさんも、過去にとても悲しい思いをしてる……私は、そんな二人を喜ばせてあげたい!。雄叫びと共に相手の顔面目掛けて大剣を振り下ろそうとした瞬間、獣が唸りを上げてその鋭い爪で振り下ろされた剣を弾く。


腕が痺れて、力が抜ける……こいつ、想像以上に……強い!。


再び両手で剣を構えようとした瞬間、その人の背丈程もある獣は怒りと殺意を纏わせ私へと飛びかかる。


大きいだけではなく、重い!。力と重さで相手を抑え込み、そして……その凄まじい悪臭のする口を大きく開けて私の喉を食い破ろうと試みる。


咄嗟に顔の前に掲げた剣へとライガは食らいつく。ガチガチ、ミシミシ……その強力な顎の力により重い質量を持った剣が激しく軋みを上げる。


このままじゃ……いけない!。伸し掛かられた足は上手く動かす事が出来ない!……どうにか、しないと!。


やがて、その太い首が激しく振られ私の指から剣が引き剥がされる。もう、身を守る物が何もない……このままじゃ、私……。



死ぬ……?。


あれ、死ぬ……死ぬって何?……。生命活動の停止、呼吸の停止、心臓の停止、“修復”不可能な損傷……でも、私はその全てを受けても……。


あれ?……なん、なの?……頭が、痛い……全身が、痛い……。体が、焼ける……手足が……千切れる……。


私は……私は……確か……。



私は、死なないんじゃなかったっけ?。



「頭を下げろ!」


その時、背後から聞こえた声で私は我に返る。咄嗟に持ち上げていた頭部を下げると強く打った後頭部にズキズキと痛みが走る。


見開いた視界の先に、空気を切り裂く音を立てながら飛んできた弓矢が鼻先を掠り今まさに喉へ牙を突き立てようとするライガの頭部に突き刺さった。硬い物を貫く音と、その先の柔らかな何かが爆ぜる音が聞こえ牙を剥き出しにしたまま獣の頭部は私の胸元へと崩れ落ちた。


「大丈夫か!?怪我は!?」


私に伸し掛かったまま事切れたライガを苦労しつつ退かすと、ウィルさんは焦りを滲ませた表情で私の顔を覗き込んだ。


「は、はい……平気です……」


「いきなり無茶するなぁ、ライガ相手に正面から突っ込むなんて……肝が冷えたよ 」


「……すみません……皆の役に立ちたくて……」


見ると、私の両脇には眉間に深々と弓矢の突き刺さったライガが二匹、崩れ落ちる様に白目を向き横たわっていた。


「はぁー……ライガに真っ向勝負なんて無茶だ。俺が群れへと先制攻撃して弓を放ちアヴィは混乱する相手の隙を突いて懐に飛び込むっていう作戦だったんだがな……」


「……申し訳ありません……」


役に立つどころか、迷惑を掛けてしまった……。顔を俯かせる私へ落ちていた剣を差し出すと、肩を軽く叩いてウィルさんは安心させるように笑みを向けて言った。


「だけど咄嗟の反応は悪くなかったよ、剣を使って上手いこと攻撃を防ぎ切った。度胸だって据わってる、もう少し慣れればいい狩人になれると思うよ!」


「……ありがとうございます、次は足を引っ張らないように頑張ります!……」


「よしっ!それじゃあさっき俺の言った事を守って次の群れを探そうか!」


彼は本当に気遣いの人だ、落ち込む私へ失態をそれ以上は責めずにどうすれば良いかを教えてくれて……そして褒めるべき所も褒めてくれた。


次はもう、彼に迷惑は掛けない!……強く胸に決意し私はその背中を追った。











  

  









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