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殲滅のマタドール   作者: ユリグルイ
殲滅のマタドール 2ndOrder
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殲滅のマタドール:36話 繋がる決意

ローブを纏ったダークエルフの女が静かに足を進めて部屋の中へと入ってくる。正面で対峙したヨハンは怒りに満ちた表情を浮かべ、その込み上げてくる殺意をどうにか抑え込みながら声を漏らす。



「……お前……どうやって逃げた?……」


「重力を操る魔術を使った。魔導師程ではないにしろ、そういった使えれば便利な術は一通り体得済みだ……」


「……なるほどな……見張りの連中は?」


「クリスティーヌに呼ばれて出て行った……私の脱獄は奴との取引の上で行った事だ……」


静かに目を閉じそう言ったイングリットの言葉に誰もが驚愕した。


ヨハンは動揺した様子で思わず笑い声を漏らすと言った。


「お、おいおい!言い訳でもちょっとはマシなのを考えろって……あの容赦ないクリスティーヌがそんな真似……」


「……様付けはやめたんだな……やはりシャーリーの件はお前にとっても相当堪えたようだな……」


「ッ……黙れよ!そもそもお前の自白で彼女が内通者である事がバレたんだろ!?」


「まるで死んでほしくなかった様だな……敵であるにも関わらず……」


鋭い指摘を聞きヨハンは表情を歪めたまま拳を握り締めた。そんな彼を観察するように見つめていたイングリットは腕を組むと、ほんの僅かに表情を緩め口を開いた。


「……安心した……お前はあの女に身も心も捧げていた訳ではないのだな……」


「……何が言いたいんだよ?……」


「お前がシャーリーの死を仕方ない事として受け入れている様なら危険を侵して此処まで来た意味が無くなる。あの子の死は……無駄ではなかった……」


状況がまるで理解できず、狼狽える三人を見据えるとイングリットは静かに語り出した。


クリスティーヌ・バンゼッティが考えついた新たな戦争を開く策略を。


−−−−−−−


クリスティーヌ・バンゼッティはその晩、押し倒された体を貪るように激しく触れられ甘く喘ぎながらそのダークエルフに語る。


自分は魔物の台頭により停まった国家間の戦争を再開させるべく動いていた事、エルフ族の殲滅も大規模な内戦の種火になると考え鎮圧の為に魔導師を西方まで呼び出すのが目的であった事……そして、それらの思惑が失敗した今新たな計画を思い付いた事。


水音が響く度に身を捩らせるクリスティーヌは熱に浮かされた様な声で自身の計画を口にした。


捕虜となったイングリットを脱獄に見せかけてラゴウへ逃し、こちらが侵略を目論んでいる事を敵国へと伝える。そして元々メルキオへの敵対感情が高まっていたラゴウとの全面戦争をよりスムーズに、そして互いに引き返せない規模にまで広げ戦闘を長期化させる。


そうすればメルキオ側もラゴウ側も戦闘の最前線に魔導師を続々と投入し自身の夢を叶えやすい状況が整う。


魔導師を殺すという目的の為だけに彼女は国家間のを全面戦争を望んでいた。その為にクリスティーヌはイングリットに取引を持ち掛けたのだ。国家への忠誠心の低い使い捨ての彼女達であれば命惜しさに自分に靡き、命令を聞くだろうと考えていた。


この城塞の周囲でクリスティーヌを暗殺するべく潜んでいた暗殺者達の存在はとうの昔に察知されており、信頼を置く親衛隊を通して見逃す代わりに体よく利用出来る駒として彼等を操ってきた。


度々自作自演とも言える城塞への襲撃事件を起こさせラゴウに対する脅威を植え付けてきたのだ。この城塞に送り込まれた彼女達を直接顔を合わせる事なく支配したクリスティーヌはサシャが襲われたその日にも指示を出していた。


サシャを襲えと指示を出したのはクリスティーヌだったのだ。


それらの音声の全てはイングリットが豊満な胸の間に挟み込み、縫い付けていた音や声を録音する機能を持つ魔石に納められていた。


女と女の欲がぶつかり合う音と共に語られる彼女の狂気的とも言える計画を聞いた三人は言葉を失い、ただただ目を見開き驚愕していた。


最初に口を開いたのはサシャだった。



「……どうして、私を殺そうとしたの?……」



−−−−−−−


頭痛すら感じる混乱の中、どうにか口を開いた私はダークエルフの女に聞いた。


あの襲撃はクリスティーヌの指示により計画された事は分かった。だが、私は国お抱えの魔導師ではない……私は対象外だと彼女自身も言っていた。それなのに……なぜ……。


イングリットと名乗るその女は顎に手を当てると、静かに語り出した。


「……私もよく分からないんだが……お前を殺す事によって“同じ力を持つ者”の能力を引き出せると言っていた。いったい何が目的だったのかは私にも分からない……」


同じ……能力……。


咄嗟に私がアヴィに視線を移すと、彼女は青ざめた顔で俯きその巧妙な罠の真意を口にした。



「クリスティーヌは……サシャを殺された私が怒りに任せてあの力を開放させて、その力をラゴウとの戦争に利用しようとしていたんです……」


「そ、そんな!……」


「……お前の力とやらは分からんが、あの女は目的の為なら手段など選ばない……自分の体すら奴にとっては敵を利用する道具だ、まさか私の方が抱く側になるとは思わなかったが……」


そこで手にした石に指を添え、イングリットは顔を俯かせる。そして、激しく動揺した様子で立ち尽くすヨハンへ声を掛けた。


「ヨハン……とか言ったな?お前にシャーリーから遺言を言付かっている……」


「……シャーリーの……遺言?……」


「……この石にはまだ記憶容量が残っていた……だから、あの子に頼まれ最後の言葉を残す事にした……」


光りだしたその小石をヨハンが掌に乗せた瞬間、今ではどこか懐かしさすら感じてしまうあの元気な声が聞こえた。



−−−−−


やっほー!ヨハン!聞こえる?。


私の声を聞いてるっていう事は、きっと上手くイングリットが貴方の元へこの石を運んでくれたって事よね!。


まずは、本当にごめんなさい。貴方の立場を考えれば私は裏切り者、敵に情報を漏らす卑怯者……その点について言い訳はしない。実はイングリット達と何年も前から連絡を取り合って襲撃の手引きをしていたのは私なの……。


イングリットからは一緒に逃げようって言われたけど、私は自分の罪から逃げたくない。愛する貴方の前では、せめて自分の罪を受け入れて死んだ潔い女として貴方の心に残りたいの……。


謝った所で許してもらえるなんて思ってない……私を憎み続けてくれて構わない。


だけど、私が貴方に抱いてきた気持ちだけは本物よ……それだけは信じて……。



サシャ、アヴィ……貴女達にもたくさん迷惑を掛けてしまってごめんなさい……。クリスティーヌの目的自体は掴めなかったけど、イングリットからサシャを殺すように指示があったと知らされた時に絶対に止めなきゃいけないと思って彼女にお願いをしておいたの。隙を見てサシャを助けてあげてって……。


こんな私の言う事なんて信じられないなもしれない、でも……残されたアヴィには誰かを心から憎んでほしくなかった。誰かを恨んで過ごす時間の無意味さは私が一番よく知っているから……。


こんな事を頼む資格は無いのは分かってる!でも……できればクリスティーヌを止めて!。戦争が始まれば誰かを恨み合う時代が始まって、私達みたいな不幸な存在がもっと生まれる事になるから……。



最後に、イングリット?……ふふっ、向かい合ったままこんな事言うのはちょっと恥ずかしいけど……最後になるなら言うわね。


貴女を助けたのは恩を売る為とか、そんな事じゃない……自分で正しいと思う事をしただけなの。だから、そんなに思い詰めないで……貴女が私に想いを寄せてくれてるのはずっと前から気付いてた。でも、私にはその気持ちに答える事は出来ない……本当に、ごめんなさい……。


だから、これからは自分のやりたい事や自分の考えた正しい事をして……貴女なりの幸せを考えて生きて……。



それじゃあ、そろそろ見張りが戻ってくるからこの辺にしておくわね!たぶん私はもう居なくなった後だろうけど……それでもこうして何かを残せて幸せよ!。



最後にちょっとだけ言わせて……。



−−−−ヨハン、心から貴方を愛してる……私が居なくなっても強くなった貴方なら大丈夫!……貴方の幸せを、心から願ってる……。



−−−−−−−−


「……彼女の言い付けを私は守ろうとした。あの時持っていたナイフは細工がしてある偽物だ、突き刺した際に柄から偽の血が吹き出し殺した様に見せかける為の……」


それを聞いたヨハンはとうとう膝を突くと頭を抱え後悔と絶望に満ちた声を上げた。


「やっぱり俺のせいなんだ!!……あの時、俺が余計な事さえしなければ……全部上手くいってたんだ!!」


「……元々は私がクリスティーヌにあの子と連絡を取り合っていた事を教えたせいだ。彼女の決意を……甘く見ていた私の失態だ……」


涙を流すヨハンとは対象的にイングリットは一見すると無表情を取り繕っている様に見えた。しかし、握り締められた拳は震え、血が滲むほど噛み締めた唇から漏れる声は深い後悔と悲しみに満ちている事を感じさせた。


そんな二人を見つめていたアヴィは覚悟を決める。あの女に対して有効な手が打てるのは自分だけだ。この場の人間を危険に晒す訳にはいかない……。


「ヨハンさん……クリスティーヌは今何処ですか?」


「……ラゴウ側の司令室に居るはずだ。恐らくイングリットの脱走を警戒するという姿勢を見せているんだろう……」


「……分かりました、ありがとうございます……」


静かに礼を言うと、アヴィはそのまま部屋を出ていこうと閉められた扉の前に立った。


そんな彼女の背中にヨハンが慌てて声を掛ける。


「おいっ!まさかクリスティーヌの所に行く気か!?」


「……はい、私が彼女を止めてみせます……」


「それなら俺も行く!……」


「ダメです!!……こんな危険な戦闘にあなた達を巻き込む訳にはいかない!!」


珍しく厳しい口調でそう言うと、アヴィは静かに扉の引き手を握った。


そして、扉を開いた先を見て絶句した。



「何か騒がしい声が聞こえたんでこっそり覗き見してたら皆集まってきちまってよ……」


「ゴ、ゴードン!」


そこにはそばかすの浮かぶ頬を掻きつつ気まずそうにする青年と、大勢の警備隊に属する騎士や使用人が苦笑いを浮かべつつ立っていた。それを見たヨハンは驚いた様に前に出ると、唖然としつつ聞いた。


「い、いつから……聞いてた?」


「その……そこのダークエルフが部屋に入ってくのを見た辺りから……」


それを聞いたイングリットは咄嗟にローブの胸元に手を入れ、ナイフを取り出そうとした。それを制する様に片手を掲げると、ヨハンはゴードンと呼ばれた青年の両肩を掴むと必死な声で言った。 


「頼む!この事については見逃してくれ!……俺は行かなきゃならない!……。クリスティーヌを止めないと本格的なラゴウとの戦争になっちまうんだ!シャーリーの仇討ちとか、そんな単純な話じゃない!……この場にいる皆の命まで危うくなる……」


彼は頭を下げると必死に目を瞑り返事を待った。彼等に殺される事すら覚悟の上での頼みだった。


それを見ていた騎士やメイド達は困った様に顔を見合わせた後に言った。


「顔を上げてください、ヨハン隊長!」


「隊長殿は真面目過ぎるからいけねぇや!しっかり言わないと分からないらしい!」


肩を竦めた騎士の一人がそう言った瞬間、一斉に笑いが湧き上がった。目を点にして顔を上げたヨハンに、腕を組んだまま視線を逸しゴードンが言い放つ。


「ったく!オメェはマジメ過ぎんだよ!……ラゴウ寄りの端まで行くなら魔物も彷徨いてる場所だし馬車と護衛が必要になんだろ!俺達が連れてってやるよ!」


「……お、お前!……何言ってるんだ!?クリスティーヌに俺は反逆するつもりなんだぞ!?あそこには親衛隊の連中も大勢詰めてる筈だ!こんな事に付き合う必要は−−−」


「いいから黙って頼っとけって!ずっと一緒に副隊長務めてきた俺の実力が不満か?なぁに、親衛隊の連中とは一度手合わせしてみたかったんだよ!俺様の腕試しの機会としちゃあ……」


言葉の途中で彼の隣に立っていた使用人の一人がからかうように脇を肘で小突くと意地悪そうに言った。


「素直じゃないわねぇ、話盗み聞きしながら泣いてたクセに!」


「う、うるせぇな!……」


顔を赤らめながらそう言うと、彼は鼻を小さく啜り表情を引き締め力強く言い放った。



「……クリスティーヌ様は確かに恩人だ……俺達ハーフエルフに居場所と使命感を与えてくれた……だが、長年一緒に稽古付けてきた腐れ縁との仲を取っても悪かぁねぇな!お前と酒を飲むのは何やかんや楽しいからな!」


「まぁ、つまり……ゴードン副隊長も私も、そしてこの中央司令部の皆も貴方が大好きなんですよ!ヨハン隊長!」


「お、おいっ!……」


再びその場は和やかな笑い声に包まれた。


それを聞いていたヨハンは静かに顔を伏せ、そして震える顔に笑みを無理やり張り付けた。賢明に泣き出しそうになるのを堪えているその頬に伝う涙には、先程の悲しみと絶望に満ちた涙と違い温かさを感じた。


涙を拭ったヨハンはすぐさま表情を正し、隊長として力強く声を発し命令を下す。


「ゴードン!他に腕に自信のある者は三名!悪いが命懸けのバカに付き合ってくれ!他の者は俺達が破れた際に此処に来るであろう親衛隊の連中との戦闘に備え準備を進めてくれ!」


「よっしゃあ!そうと決まれば準備だ準備!全員を叩き起こして窓と扉を塞げ!机でも椅子でもタンスでも何でもいいから使えるモンは全部使っとけ!」


ゴードンの威勢の良い声と同時にその場の全員が駆け出した。涙を拭い小さく息を漏らすヨハンへ、彼は親指を立てて笑うと廊下を駆けて行った。


振り向いたヨハンは困った様に、だが心強い部下達が無謀なこの試みに力を貸してくれた事に対し喜びを抱きながら言った。


「……悪い、俺の部下は思った以上にバカだったみたいだ……」


「……ふふっ、本当に好かれてるのね……貴方……」


「……ああ、だから……」


サシャの言葉に緩んだ口元を正すと、彼は命懸けで付き合ってくれる彼等への責任感と使命感に溢れる隊長としての表情を浮かべ言った。



「……あいつらを無駄死になんて絶対にさせない!……シャーリーの為だけじゃない!皆の命を救う為に俺は戦う!……クリスティーヌを必ず止めてみせる!」


それを聞いたアヴィとサシャは彼へ無言のままに首を頷ける。この激しい戦いへ、他の誰かを巻き込む覚悟を決めた。


イングリットは顔を俯かせると静かに目を閉じ、そして寂しさと同時に安堵感を胸にしつつ呟いた。



「……悔しいが……負けたな……。シャーリー、お前の愛した男は確かに……私よりも強い様だ……」










































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