殲滅のマタドール:31話 ワタシの戦争
< システム、オールクリア。全武装解放、ウェポンズフリーまで残り一分。>
「エストック展開、対艦出力へ向上……眼前の敵補給艦を叩く 」
< 警告、周囲に味方艦艇あり。敵艦の爆発に巻き込まれる可能性があります。 >
「シールドを側面に展開し爆発範囲をコントロールする。そうすれば被害を軽減できる 」
< イエスサー、敵艦側面にシールド展開。 >
私はスラスターの出力を最大限に上げると、その人間の限界を遥かに超えた30Gという力にボディを軋ませ敵艦への突撃を開始した。
こちらの接近に気付いた補給艦が一斉に接人専用の自動追尾迎撃システムを起動させエネルギー弾のカーテンを敷き接近を阻む。
貧相な砲と迎撃システムしか持たないこの船を沈めるのは簡単だ。更に誘爆で周囲の艦艇や戦闘機、そして近付く私を破壊するために展開した数百機のアンドロイドを纏めて吹き飛ばせる。
スラスターユニットの出力を下げながら侵入コースを定めた私は淡々と指示を出した。
「“ラフレシア”起動、背後に変換ナノマシンを通して高出力シールドを展開。味方の艦を誘爆から守れ 」
< イエスサー、変換ナノマシンを起動しシールド出力を増大。背後にて修復作業中の味方艦艇を守ります。 >
眩い黄金の光が私の背中から広がっていく。まるで羽根の様に伸びるその金色のカーテンは後ろに居る全長150メートルの傷付いた駆逐艦を守るようにして覆った。そこで私に向けた通信が入る。
『こちら駆逐艦“アレクサンダー”!お前はいったい何をする気だ!?』
「これより正面の敵補給艦を叩きます。シールドを展開したので衝撃に備えてください 」
『お、おいっ!待てっ!こっちは武装コンテナをやられてあちこちで推進剤漏れが起きミサイルが周囲に飛散してるんだぞ!そんな状況で−−−』
「これより戦闘行動を開始します 」
私は再び出力を最大限に上げると敵補給艦に向けて突撃を開始した。
青いエネルギー弾の嵐を避ける為に加速しながら私はその兵装を展開する。
「“ムレータ”展開、撹乱された隙を突き推進剤のタンクを叩く。突入コースを示せ 」
< イエスサー、“ムレータ”起動。>
金色の残像が私の身代わりとなりエネルギー弾に引き裂かれていく。高機動用スラスターユニットの素早い挙動と相手のセンサーを惑わす幻影が敵の迎撃用機関砲を翻弄し、隙間が生まれていく。
その青いカーテンの隙間へと私は飛び込んだ。弾幕の内側では、待ち構える様に動きを止めていたアンドロイド達が手にした近接用武装を手に背負ったスラスターユニットから推進剤を噴射し一直線に迫って来た。
邪魔だ、お前達では止められない。
「エストック、最大出力。対重装甲艦出力用意 」
< 了解、エストックの出力をレベル5に設定。目標到達時間、10秒。 >
その赤く発光する刃を手にすると、それを片手を広げ私は同族達の群れへと突っ込んだ。
相手よりも数十倍ものスピードのまま突撃し、私は広げた手に握り込む刃でアンドロイド達の上げる爆炎に彩られたラインを引いた。加速する私の掲げる刃の先に居る彼女達があちこちを切断されながら炎に飲み込まれていく。
もう間もなくだ、もう間もなくで……届く!。
< エストック、有効射程まで残り5秒。 >
『か、艦長!すぐに脱出を!敵が来ます!』
『我が艦の補給を待っている味方が居るんだぞ!?そんな事が出来るか!!』
近付くにつれて、敵の通信をアンテナが拾う。彼等の最期の言葉が雪崩れ込む。
< エストック、射程範囲まで残り4秒。 >
『クソッ!敵が来たらしいぞ!お前らは早く逃げろ!』
『は、班長!まだ私達はやれます!』
『こちら駆逐艦"アルテグラ"!お前達の傍まで敵が突っ込んで来るぞ!すぐに逃げろ!』
< エストック、有効射程まで残り3秒。 >
『て、敵だ!敵が来るぞ!衝撃に備えろ!』
『あいつら、傍の味方艦が吹き飛んでもいいのか!?嘘だろ!?』
『いやだ……いやだ、いやだ、いやだ、いやだあああああああッ!!』
< エストック、有効射程まで残り2秒。 >
『か、艦長!敵が……』
『……すまん、私の……判断ミスだった……』
『どこだ!?敵は何処なんだ!?』
『……たすけて……やだ、死にたくない……誰か、たすけて……』
< エストック、有効射程に到達。ウエポンズフリー。 >
もう、いい加減にしろ……死にたくないなら、何故こんな事を……。
どうして、こんな事を続けている!……。
『敵アンドロイド!!当艦の推進剤タンクに接近!!吹っ飛ばすつもりだ!!』
『やだ、やだ、やだああああああっ!!死にたくない、死にたくない、死にたくないッ!!』
『退艦準備急げ!脱出艇射出ハッチ展開!一人でも多く逃がせ!』
『たすけて……たすけてぇぇッ……』
私は、手にしたその白兵戦武装を静かに分厚いコンテナへと突き立てた。まるで飴の様に捲れ上がる装甲から透明な推進剤が噴き出すのを感じた。
それが、彼等の死の音だ。
瞬時に足を付けていたタンクを蹴ると、その瞬間に津波の様な死への恐怖と絶叫が響き渡った。
『敵アンドロイド!推進剤タンクを破壊!ダメだ……当艦は、沈みます!』
『搭乗員の避難は間に合わんか!?頼む、一人でも多く--』
『正面デッキ!誘爆確認、ダメだ!全部吹っ飛ぶ---』
『いやだああああああああッ!!お母さんッ、お母さんッ、お母さん、おかあさああああああんッ!!』
『死にたくない!!死にたくない、助けて、助けてよぉぉぉぉぉぉぉ!!』
『……バケモノめ……!!』
司令塔を失い項垂れたアンドロイド達が、一斉に動きを止めた。
あちこちで爆発を起こしながら沈んでいく船を見つめながら、やがて襲い来る爆風に備えシールドを展開させた瞬間に……心からの憎悪と呪いの込められた声が聞こえた。
『 この 人殺し 』
−−−−−−
「バカ野郎!!お前は味方を殺す気か!?」
蟀谷に血管を浮き立たせた男が帰還するなり格納庫で彼女の肩を掴み上げ唾を飛ばしながら激怒した。
淡々とした表情でアヴェンタドールは答える。
「いえ、あの位置でシールドを張れば誘爆からは逃れられた筈です。完璧にシュミレーションした上で実行に移しました 」
「だからってあんな距離で敵の補給艦を吹っ飛ばす奴があるかよ!艦の側では船外作業中だったクルーだって居たんだぞ!?」
一斉に彼女を批難する視線と声が送られた。
その瞳には血の通っていない戦闘機械への恐怖と、効率良く敵を殺す事を求め続ける彼女への侮蔑に満ちていた。
そういった視線を浴びながら静かに背を向ける彼女へ、特に嫌悪感を滲ませる声が響いた。
「……この殺人機械人形……」
「……はい、私は敵を殺し続けます 」
「……あの船には私の弟が乗ってるんだ、次に巻き込んだら承知しないよ……」
「可能な限り対応します 」
新型戦闘用アンドロイド、アヴェンタドールの初陣は多くの人々から恐怖と嫌悪を抱かせる結果となった。
それから半年後、駆逐艦アレクサンダーは同胞の仇を討つべく罠を張っていた木星貿易評議会側の待ち伏せ攻撃により轟沈、クルーは全員戦死した。
−−−−−−−
……私はただ、呆然と口を半開きにして彼女の話を聞いている事しか出来なかった……。どういった世界なのか、その詳しい事は分からない……だが彼女はそうやって大勢の人が乗った乗り物を次々と落とし彼等の命を奪ってきた。
そして、その苛烈な攻撃によりアヴィは味方からすらも恐れられるようになってしまった。
淡々と振る舞っていたアヴィはその時、感情という機能が封印されていたという。高度な計算を行うべく人間とそう変わらない思考が持てるように作られていたものの、感情がそこに混ざれば的確な判断が付かなくなってしまう。
だから、彼女は冷酷である事を強いられ続けてきた……一人の女の子が背負うにはあまりにも多くの負の感情を向けられながら一人孤独に耐えてきた。
「……それで、貴女は結局どうなってしまったの?……」
私が聞くと、虚ろな目で下を向いたままアヴィは掠れた声で言った。
「……戦争は終結しました……あまりにも多くの被害が生まれ、双方共にこれ以上争いを続ける事が出来なくなったからです……」
「そう……それなら−−−」
「……ただし、停戦の条件が一つありました。互いにとって一番望ましい形での戦争終結を迎えるには処分しなければならない物が一つあった……」
処分しなければ……いけない物?。
彼女の言葉に首を傾げて考えた私は、そこである恐ろしい可能性に思い至り声を上げる。
望ましい形での戦争終結……その為に処分しなければいけないのは……きっと……。
……彼女だ。
「ま、まさか貴女!……戦争を終わらせる為に……」
「……ええ、私の廃棄処分が停戦の最大条件です……。私は、敵にとっても味方にとっても……厄介者でしたから……」
「そんな……そんなのって!……」
「……だから、こんな力はあってはならない……あの世界の技術は常に誰かを不幸にしますから……」
そう俯きながら話すアヴィの横顔はあまりにも弱々しく、そして私の胸に熱い感情を抱かせるには充分だった。
彼女の頭を抱き寄せて撫でると私は静かに囁いた。彼女を安心させるように……彼女がもう二度と苦しむ事がないように……。
「……それでも、貴女はこうして今日だって私を守るために必死に戦ってくれていた……前の世界なんて知らない。私にとって貴女は、アヴィという名前の……とっても素敵な女の子よ……」
「……サシャ……」
「……貴女がどう思っていても……私は貴女に付いていく……。貴女一人に苦しみは背負わせない。私だって……手を血で汚してしまったんだから……」
……私は、ウィルを殺した。それはどんな言い訳をしようとも目を逸らす事の出来ない真実だ。
だから私はこの子の力になると決めた。どんな辛い事も、悲しい事も、痛い事も……私は彼女と共有する。
腰を下ろしていたベッドへ二人で倒れ込むと、お互いの指を硬く握り合ったまま静かに目を閉じた。
……私は、愛する貴女の助けになりたい。いつまでも、どこまでも……。




