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殲滅のマタドール   作者: ユリグルイ
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殲滅のマタドール:二話 名前

「……よく食べるわね……」


「はむっ、むぐっ……ひゃひゃのひょうひほふへははいほうへふ(サシャの料理の腕は最高です)、はむっ……」


「食べるのか喋るのかどっちかにしなさいよ……」


山菜の炒め物を口の中一杯に頬張りつつ感動した様な目を向けてこちらを見つめる彼女へ呆れた様にそう言うと、喉を鳴らし全ての料理を瞬く間に壊滅させたその見た目だけは美しい少女へ聞きたかった事を切り出す事にする。


「ねえ、貴女の名前は?」


「……なま、え……」


「ひょっとしてそれも思い出せない?だとしたら困ったわね……」


本当に困った……名前すら無いとなると、どう呼べばいいのか……。


硬く目を閉じながらあれこれと考えていると、カタカタと小刻みに食器が揺れる音が聞こえ私は不思議に思って目を開けた。


そして、思わず戸惑った様に声を漏らす。


「ちょ、ちょっと……大丈夫?」


目線の先には、目を見開いたままテーブルの上に置いた手を小刻みに震わせて、顔面蒼白になりながら汗だくで震える彼女が居た。


何かを思い出しているのか、それとも……。



「……私じゃ……ない……!」


「えっ?……な、何が?」


「……私はあんな事……望んでない!……」



--------


それは、過去の記憶なのか……それとも混乱した脳が見せた幻なのか分からない。


ノイズと共に色々な映像や音声が、次々と流れてくる……。


頭が割れる、気が狂いそうになる……。


名前……名前……私の名前は……!。



『さすがだアヴ■■■■■■、お前は今回も敵を殺し同胞を救った 』


『見ろよ、アヴ■■■■■■だ……おっかねぇな、今日は何人殺したんだか 』


『テメェ!俺達を殺す気か!?アヴ■■■■■■!味方ごとふっ飛ばしやがって!』


『アイツは死神だ……敵はアヴ■■■■■■を狙って一緒に居た私達も集中して狙ってくる。命が幾つあっても足りないぞ……』



『 ----この人殺しッ!! 』 



ちが……う……。


ちがう、ちがう、ちがう、ちがう、ちがう、ちがうっ!!。違うっ!!私は……私はただ……   


私は……私は……。


「……みんなを……守りたかっただけ……」


皆を守ろうと……頑張っただけなのに……。皆、皆……私の事を嫌って……怖がって、憎悪を向けて……。


どうして……どうして……私、私は……!。



「大丈夫なの!?ちょっと!」


そこで、横から伸びてきた腕が肩を掴んで揺らした。気が付けば私は泣いていたらしく、頬を伝った涙がポタポタとテーブルに零れていた。


我に返った私は目元に浮かぶ涙を拭うと、顔を俯かせた。


「……すみません、名前を……完全には思い出せませんでした……」


「そ、それより……ほんとに大丈夫なの?……」


「……ご心配をお掛けしました、すみません……」


「う……そ、そんなに謝られたらこっちが悪い事したみたいじゃない……」


見ると私を心配してくれたというのに、サシャまで浮かない顔をして黙り込んでしまった。


このままではいけない、せめてあのノイズだらけのフラッシュバックの中で思い出せた事だけでも伝えないと……。



「……アヴ……と、先ほど思い出した記憶の中で皆はそう言っていました……」


「アヴ?……変な名前ね……」


「……恐らく、もっと名前は長いんだと思います……でも、何か雑音が混ざって……それに、それに!……」


それに、その名を口にする人の多くが……私を嫌っていた。


再びその恐怖心と悲しさに満ちた記憶を思い出してしまいそうで、腕を抱くと歯をカチカチと鳴らして震えた。


そんな私を見ると、隣に座ったサシャは大きく溜息を吐きぶっきらぼうに頬杖を突きながら言った。



「アヴィ、それでどう?」


「……アヴィ……」


「アンタにぴったりな名前だと思うけど?……その、なんか危なっかしい感じがして……」


「……アヴィ……アヴィ……ふふっ」


「……な、何よ!そんな大層な名前じゃないわよ!」


「いいえ……ありがとうございます、サシャ……貴女が与えてくれた名前、大事にします……」


アヴィ……何だかあの思い出せない名前なんかよりずっと素敵な気がする。何より、自分の命を救ってくれた人が名前まで与えてくれるなんて……こんなに嬉しい事はない。


自然と口元が緩むのを感じながら感謝を伝えようと彼女の両手を握り締める。頬を赤くしながら彼女は上擦った声を上げる。


「そ、そんなに良かったの!?その名前?……」


「はいっ!とても気に入りました!……私の命を救ってくれた大切な人が考えてくれた私の名前、大事にします……」


「た、大切って……私はほんとに大した事なんてしてないわよ!」


「そんな事ありません!この恩は命と生涯を懸けて返させて頂きます!」


「し、しし、生涯って……アンタ……そ、それ……結婚って意味?……」


「必要とあらば!私はいつでも傍で貴女をお守りします!」


彼女の両手を握りながら自身の決意を述べると、湯気が立ち昇る程に顔を赤くしおかしな声を上げてサシャは目を回し始めた。慌てて必死に彼女の名前を叫びながら肩を揺すっていると目を回したまま「きゅ〜」とか「あぅ〜」とかおかしな奇声を発していた。


心配した私が何度も彼女の名を呼ぶ中で、暫くサシャは目を回し続けていた。



-------


ウィルはその整った顔立ちを緩めつつ逞しい腕を曲げ葉で包まれたハイイロボアの脚肉を担ぎ目指すべき場所へと足を進める。今回の狩りも成果は上々だ、大きく太ったハイイロボアが5匹も獲れた。ハイイロボアはその名の通り灰色の毛並みを持つ四足歩行の雑食性の魔物であり、ボア属の中でも特に大きくなる個体だ。その強靭な牙と硬い頭蓋骨による頭突きは毎年数人の怪我人を出すものの彼等の厄介な点は旺盛な食欲にあった。森の植物や木の根だけでなくハイイロボアの群れは食事を求めてエルフ族達の生活圏内にまでその勢力を拡大している。毎日精を出して耕した畑の作物や神経を擦り減らし育てた果実等を見境なく食い荒らし甚大な被害を与えていた。


故にエルフ族は古くから彼等を狩る事により肉を得てある種の共存関係を築き上げてきた。必要な分だけを狩り、そして命を頂戴する。長くから森に住まう彼等が多少の数を狩った所で豊かな森林による恩恵はその倍以上のハイイロボアを産み出す土壌が整っている。


自然と共に生きるとはそういう事だ。お互いを脅かさない、彼等エルフ族はその掟を昔から忠実に守って来た。


目的地まで着くと、緩み切った頬のまま小さな一軒家の戸をウィルは開け放った。


「よお!サシャ!今日もいい肉が獲れて----」


扉を開け放ったウィルは目の前の光景を見て笑顔のままぼう然した。



「サ、サシャ!サシャ!しっかりしてください!大丈夫ですか!」


「……きゅー……」


「きゅーとかあぅーとかさっきから何なんですか!?顔が赤いですが熱があるんですか!?私はどうすればいいんですか!?」


必死に肩を揺すりながら黒髪の少女がサシャへ叫んでいた。肩を何度も揺すられているブロンドの髪の幼馴染はグルグルと目を回したまま変な声を上げてグラグラと頭を揺らしている。


そんな様子を眺めつつウィルは大きく溜息を吐くと言った。



「……はぁー……照れ屋もここまで来ると病気だな、困った奴だ……」



------


グツグツと煮込まれる鍋からはミルクと野菜、そしてウィルが獲ってきてくれたハイイロボアの足の肉が濃厚な香りを狭い台所に広げ動揺しきった私の気分を落ち着けた。


背が高く、屈強な体付きをしているというのに異様にエプロンの似合うその背中を見つめながら私は力無く言った。


「……ごめんなさい、ウィル……手伝えなくて……」


「いいって!今日は客人に自慢のミルクシチューの腕を見せるつもりだったからさ!」


「客人……ねぇ?」


私は呆れ果てた目を隣へ向けると、あれだけ昼に山菜炒めとパンを壊滅させたというのにお腹をグルグルと鳴らしながら輝く瞳をウィルの背中へ向ける彼女、私がアヴィと名付けた少女に目をやった。


客人というより、食材強奪魔よ……コイツ……。


アヴィは目を輝かせたまま台所で味見をする彼の姿を喉を鳴らしながら見つめ、妙に気合の入った声を上げた。


「とってもいい香りがします!ウィルさんは先ほど言われた通りお料理が得意なのですね!」


「まぁな!なんたって其処の赤面症のお嬢さんに料理を教えたのは俺なんだし!」


「サシャのお料理を教えた……お二人はとても長い間、お知り合いだったのですね!」


目を輝かせ続けるアヴィの頭を軽く叩くと、私はまた赤くなった顔を俯かせぶっきらぼうに言った。


「単なる幼馴染よ!それだけ……」


「あれぇー?“ウィルお兄ちゃんのお嫁さんになるー”なんて言ってたのは誰だっけ?」


「ちょ、ちょっと!やめなさいよ!……」


からかう気満々なウィルの言葉を聞き私は再び怒った様に声を上げた。


バカ……私がどういう想いを向けてるかも知ってるクセに、そして……それを貴方が決して受け入れない事だって知ってるクセに……。


でも、今の私にはそれを笑ってやり過ごせるだけの余裕が出来た。ウィルだってそれを知っているからそんな風にからかって来るのだ。


大きく溜息を吐くと、私は強引に話題を切り替える。


「それで?森の様子は変わりなかった?」


「……まあ、やっぱり変わってると言えば変わってるかな……」


そこでウィルはグツグツと音を立てて煮える鍋を火から離すと、口に入れても火傷をしないように冷ます時間を使い森の様子を私へ告げた。


「……やっぱり変になってる、人間達があの壁の工事を進めてからハイイロボアや他の魔物達もどんどん村側に追い立てられてるみたいだな 」


「……やっぱりね、あれだけ長い事工事してればおかしくもなるわよ……」


「工事だけじゃない、最近は人間が勝手にボア達を狩りまくってるみたいだ……川の向こうのメルキオの貴族達が勝手に狩りをしてるんだとよ 」


人間、その単語に反応し隣に座るアヴィが満面の笑顔を浮かべていた表情を少し曇らせた。それを見ると私は慌てた様に彼女へ声を掛ける。


「べ、別に貴女が悪い訳じゃないの!ただ人間の中には身勝手な奴も居て……」


「……あの、メルキオというのは?……」


そこで私は助け舟を求める様にウィルへ視線を送る。あんまり歴史とか過去とか、そういうのは興味がない。こういう時は博識な彼に任せた方がいい。腕を組んだまま彼は私の意図を汲み説明を始めた。



「メルキオはこの村の傍を流れる川の向こうにある人間の都市だ。人間達が暮らす中では最も大きく、最も強い都市……」



人間と私達エルフが交友を交わした瞬間から……何かが変わった……。






















 

  

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