殲滅のマタドール:27話 募る焦り
「さて、私は自分の持つ力について包み隠さず見せたぞ……次はお前が私の知りたい事に答える番だ……」
執務室の窓際に置かれた様々な書類が山積みになった席に座ると女は興味深そうな表情を浮かべ黒い髪の少女へ目線を向ける。
その視線から逃れる様に目を背けると、アヴィは混乱に満ちた表情で妖しげに笑う彼女へ口を開く。
「……貴女が使用しているその剣には……私が以前居た世界と同じ技術が使われています……」
「……ほお、お前が暮らしていた世界とは?……」
「……此処とは違う世界です……。人類は空の向こう側にまで新天地を求め旅に出て、様々な星で資源を発掘し更なる発展の為に広大な世界への旅を続けていました……」
「……少し、想像が付かない……空の向こうというのは何だ?やはり青いから海が広がっているのか?」
頬杖を突くとやや間の抜けた表情で女は言った。いかに智力に優れる彼女であってもアヴィの語る言葉は理解しがたい物だった。同じ様にサシャも戸惑った様な表情を浮かべアヴィを見ている。
小さく溜息を吐くと、彼女は静かに語り始めた。
「この空の向こうにあるのは果てしない闇の世界です。まるで水の中の様に手を離した物が浮かび上がったり、体が浮き上がったりと今居るこの場所とはまるで異なる環境の世界なんです……私達はその場所を宇宙と呼んでいます……」
「“ウチュウ”……空の向こう側がそんな風になっていたとはな……。それで、お前はそのウチュウという場所で何をしていた?……」
そこでアヴィは表情を歪め胸を押さえると体を小さく震わせた。見兼ねたサシャが会話を止めさせようと思い口を開くと、アヴィはそんな彼女に感謝するように力無く笑いながら“大丈夫”と言った。
小さく息を吐き出すと、彼女は質問の答えを返す。
「……私はその宇宙空間で戦争を行う為の武器として生み出された存在です……。宇宙は生身の人間が出るにはあまりにも危険な環境ですので皆船を使い移動していました……そして、私は……その船を沈める為に人間の大きさと機動力を維持したまま強大な力を与えられた戦闘兵器です……」
「……そんな時代になってもやはり人間という生き物は戦争をやめられないのだな……。そして、お前みたいな怪物まで作り出されてしまった……」
椅子から立ち上がったクリスティーヌは疑いと好奇心の混ざる表情でアヴィの顔をまじまじと眺めると、自分に向けられる言葉に怯えを見せるアヴィのやや控えめな胸を鷲掴みにした。
「ひゃ、ひゃあっ!?」
「……ふむ……お前、本当に武器なのか?……」
「な、なに……言ってるんですか!?……や、やめ、てぇぇっ!」
「……この揉み心地は本物の人間としか思えんな……やや物足りない大きさだが……」
その時、アヴィの肩が掴まれ後ろへと引っ張られる。其処には鬼の形相をしたサシャが怒りを剥き出しにした表情で立っていた。恐怖心で震えるアヴィは咄嗟にその背中へと隠れた。
「アンタ……なに、うらやま……なに失礼な事してんのよ!?」
「私はお前ぐらいの大きさの方が好きだな……」
「誰も聞いてないわよ!!そんな事!!」
唸り声を上げるライガの様に立ちはだかるサシャの後ろに隠れると、アヴィは怯えきった表情でその突拍子もない行動を取った相手へ視線を向けた。
そんな顔を向けられるとさすがに申し訳無さを感じたのか、女は笑いながら言った。
「いや、さすがに悪ふざけが過ぎたな……詫びとして私のも揉んでいいぞ?」
悪戯っぽく微笑む女は軍服の上のボタンをいくつか外すと、まるで誘惑するようにその豊満なバストの張る胸元をさらけ出し唇を吊り上げた。
それを見たアヴィは再びサシャの背中にしがみつく。
「サ、サシャァァッ!……こ、怖いです!……この人……」
「安心しなさい、アヴィ!こんな奴には指一本触れさせない!」
「もう触れたがな、五本の指でしっかりと……」
「うっさいわね!アンタみたいなオバサンの大きいだけの乳なんて触ってこの子が喜ぶワケないでしょ!?」
「……まだ30になったばかりなのに、傷付く事を言うな……」
顔を真っ赤にして激怒するサシャに心外そうにそう言うと、クリスティーヌは再び椅子へと腰を下ろし表情を引き締める。そして、知りたかった事を直球でぶつける事にした。
「話を戻そう……私が“スパーダ”を使う際に出てくるあの赤い光は何だ?アレが周囲を覆うと付近に居る魔導師の魔術が急に使えなくなる……お前はアレを知っている様だったな?」
サシャの背中から顔を覗かせたアヴィはその真剣な表情と声を聞き怯えきっていた顔を引き締めるとサシャの隣に立ち答えた。
「……貴女があの剣を使用した際に出た光は変換ナノマシンと呼ばれる物です……」
「……へんかん……なのましん?……」
「早い話が周囲に存在する空気や魔力をそのまま吸収して使用する武器の力に変えてしまう装置なんです……。あの時には空気を炎の魔力へと変換してあれだけの力を生み出していた様ですね……」
「……なるほど、それで急に魔導師が使い物にならなくなるのか……。やはりこれを使う際に魔導師を退かせる様にした私の判断は正しかったな……」
腰に差した長剣の柄を指で撫でると先程とは違った野心家としての顔を彼女は覗かせた。ギラついたその笑みを無言で見つめると、アヴィは意を決して聞く事にした。
「なぜ、私達の世界の技術を貴女は使えるのですか?……さっき聞いた話では私と違い貴女はこの世界の人間の筈です……」
「……この剣はさっきも言ったが私がベアルゴとの戦争に向かう直前、ある妙な女から渡された物だ……。首都から南にあるダムザという国からその女はやって来たと言っていた……」
「ダムザ?其処はどういった国なんですか?……」
「港を中心に栄えた国だ、この大陸からとは違う異なる文化の混ざる国……あの国の連中は私もよく分からん……」
「……なるほど、それだけ分かればもう充分です……」
そこでアヴィは踵を返すと執務室の扉へと足を進めた。そんな彼女を追いサシャは慌てて声を掛ける。
「ちょ、ちょっとアヴィ!何処に行くのよ!?」
「……サシャ……私にはこの世界で成すべき目的が出来ました。あんな力を野放しにはしておけない、私達が奮うこんな力はこの世界にあってはならない……」
「ア、アヴィ?……」
「……誰かが独占して強い力を持つ事などあってはならない!世界の均衡を乱す人間は放っておくわけにはいかないんです!……」
その瞳は必死だった。ある種の強迫観念とも言っていい感情に囚われていた。肩を掴み止めようと思って差し出していた手を、思わずサシャは動かせなくなった。
そんな二人を見て女は声を上げる。
「何処へ行く気だ?」
「……ダムザという国に行ってその女に二度とこんなバカげた事をしないように言って聞かせます……」
「それは困るな……」
女は唇を吊り上げてそう言うと、片手を持ち上げ指を鳴らした。
するとアヴィが立っていた執務室の扉が開かれ一斉に重装備の兵士達が着込んだ鎧の奏でる重々しい音を奏で突入して来た。鋭い音を立てて抜かれた剣先や両手に構える戦斧の白光りする刃が二人へと向けられた。
「……勝手に捕虜に要塞を出て行かれては困る……私は一応、この地域の司令官だ……」
「……退いてください……私は行かなければならない……」
「断る!その為であれば私は手段を選ばない……」
女はサシャの背後に立つ兵士へ目配せをすると、彼は抜いた剣先を彼女の首筋へと宛がった。そこでアヴィは理解する、この女は本当に……目的の為であれば手段など択ばぬ女であると。
「ア、アヴィ!」
「サシャ!……彼女を放してください!彼女は私が巻き込んだ側だ!」
「……断る、お前に用は無くても私には用がある……。それに反乱者をみすみす見逃すワケがないだろ?」
アヴィは怒りを剥き出しにした。その卑劣な手段をも厭わない女へ浮かぶ怒りの全てをぶつけた。
「このっ、卑怯者!」
「ああ、私は卑怯者だ……」
「貴女は最低です!この力がどれだけ恐ろしい物かを知っても、自分の野心へ利用する気ですか!?」
「ああ、そうだ……私は使えるモノは何でも使う……」
連れて行け!、そんな鋭い声と共に男達は彼女達の腕を掴み上げると無理やり出入口へと引っ張っていく。激しい怒りのままに、男達に引きずられながらアヴィは叫んだ。
「このっ!分からず屋!寂しい気持ちは力などでは癒されないってどうして分からないんですか!?」
そんな言葉を言い残し、二人は喚きたてながら執務室から退出した。
一人残された女はあの黒髪の少女が言い残した言葉を思い返すと、窓の外を見つめながら呟いた。
「……お前に何が分かる……もう、私には後が無いんだ……」
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その城塞には当たり前のように夜がやって来る。暗闇に包まれる廊下を歩いていた青年は、その扉の前で首を揺らす同年代の騎士へ声を掛けた。
「よお、お疲れ!見張りの交代の時間だ!」
「おっと、悪い……それにしてもあんな普通の娘二人に警備を付けるとは、司令は何考えてんだろうな?」
そばかすの浮かぶその青年は口元に垂れたヨダレを拭うと苦笑いを浮かべた。そんな問いに対して黒い髪を揺らす青年は顎に手を当てると、わざとふざけた様な口調で言った。
「あの子達が司令の好みだったとか!?」
「あははっ!ありうるな!……まあ、だけどよ……」
「だけど、何だよ?」
「……どんだけ滅茶苦茶な事したって、あの人は俺達の母親なんだよなぁ……」
そのハーフエルフの青年は壁に背を預けると感慨に耽るように天井をボンヤリと見つめた。
黒い髪を持った青年、同じハーフエルであるヨハンは彼の肩を掴むと意地悪い表情を浮かべて言い放つ。
「何だよ?急に哲学にでも目覚めたか?」
「そんなんじゃなくてさ……この部屋に居るエルフの女の子を初めて見て真っ先に俺は”可愛いな”って思っちゃったんだよ……。すっごく美人だからさ……」
「まあ、可愛いよな……あの子は……」
どうでもいい風に語るヨハンを睨み付けると、そばかすの浮かんだ顔を俯かせ彼は言った。
「……俺はお前とは違うんだよ……森でいつも一人だった。傍に居てくれる人なんて誰も……」
「……ああ、何度も聞いたよ……」
「だからさ、やっぱりあの人以外に居ないんだよ……俺には……」
それは主君であり彼等の母親に向ける絶対的な愛だった。だからこそ、その青年は穏やかな笑みを浮かべる彼へほんの少し、妬みを向けた。
「……シャーリーが居て良かったよな……お前はさ……」
「……あんまりいいもんでもないさ……愛した人を守りたいって気持ちはさ……」
苦笑いを浮かべるヨハンの脇腹を小突くと、青年は静かにその場を後にした。
彼の背中を見送ったヨハンは大きく溜息を吐くと顔を俯かせて言った。
「……大変なんだよ、惚れた子を守るって……」
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