殲滅のマタドール:26話 Flame Ladys
開かれた扉の先では大勢の兵達があちこちで戦闘を繰り広げている。重く重量のある剣先が相手の肉体を切り裂く音、硬い鎧がへしゃげて破損する音、そして悲鳴……。
其処は紛れもなく、血生臭い戦場そのものだった。
20メートル先の森から飛び出してくる緑色の肌を持つその人影を見てアヴィが口を開く。
「あれが……敵……!」
「ああ、オークと呼ばれる亜人種共だ!奴等は西の果てにあるラゴウ連邦国と軍事協定を結び武器や軍事訓練等の支援を受けている!気を抜くな、手強いぞ!」
鞘からその赤く燃えるような装飾が施された長剣を抜くと、周囲で戦う男達へ女は叫ぶ。
「これより私が纏めて奴らを撃滅させる!総員撤退、弓兵隊は二階より彼等の撤退を援護せよ!負傷者は可能であれば連れ帰れ、しかし何より自身の安全を最優先で確保せよ!」
その言葉だけで空気が大きく変わるのをアヴィは感じた。
それまで数に押されていたと思われていた騎士達は彼女の言葉を聞くと、互いに強固な連携を取り合い後退を開始する。負傷者を庇うように後方へ回すと横一列に並んだ長い戦槍を構えた男達が先頭に立ちながら一糸乱れぬ動きで突撃してくる敵の大群を串刺しにしていく。その強烈な威力を持つ一撃を辛うじて躱した幸運なオークも更に後方に控える男達が首を刎ね飛ばし撃破していく。
その女が現れてから騎士達の士気は高まり、そして期待に応えようと彼等は死力を尽くす。
死ねと言われれば喜んで命を差し出し、生きて帰って来いと指示されれば持ちる限りの戦術と力を駆使し生存率を高めていく。入念な鍛錬を積み鍛え上げてきた彼等の精神的な拠り所、それこそがまさにクリスティーヌ・バンゼッティという若き女性司令官だった。
開かれた扉へ負傷者が最初に雪崩込み、廊下に居る誰もが彼等に肩を貸し搬送を手伝った。二階からは雨の様に大量の矢が放たれ、空気を引き裂く音と共にロングボウの長く重い矢が侵略者の全身を止めた。
やがて開かれた扉へ後退してきた兵隊が全員入るのを確認すると、クリスティーヌは鋭い声で叫ぶ。
「扉を閉めよ!二階の弓兵隊は蒸し焼きになりたくなければ身を屈め頭を上げるな!この数を纏めて焼き尽くすんだ、いくら私でも抑えが利かないぞ!」
それを聞き、二階では一斉に手にした長弓を床に放り捨てて兵達が身を屈めた。
進軍を阻む者が居なくなった緑の肌の侵略者は雄叫びを上げながら巨大な斧や武骨な剣を掲げ全身を開始する。筋骨隆々なその肉体自身が天然の鎧と化し、人間側より破壊力のある巨大な武器を手に彼等は隊列を組み前進した。
迫りくる緑の津波を前にアヴィは隣に立つ女へ静かに声を掛ける。
「……いったいどうするつもりですか?……私の力は、その……」
「いや、無理をして見せなくても良い……今回はお前に私の力を見せてやりたいんだ……」
不敵に笑うと、彼女は手にした剣を天へと掲げた。その豪奢な意匠の施された長剣には刃の付け根に特徴的な点があった。それは火の魔術を扱う際にしようする赤い魔石、レッドサファイアだった。女の持つ剣は単なるロングソードではない、魔術を斬撃に組み合わせて奮う事が出来る魔剣だ。
息を飲みその目にした誰もを魅了するような赤く輝く魔石を見つめていた瞬間、アヴィの脳裏に信じられないような言葉が聞こえた。
< 警告、周辺にてナノマシン散布を確認。敵対者の武装展開を確認。注意して下さい >
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「え、えっ!?……ナノマシンを……誰が……!?」
思わず声を上げた私は周囲を見回し、そして……隣に立つ女を見た瞬間に目を見開いた。
剣を掲げる女の周囲に、赤い光がまるで霧の様に立ち込めていた。その異様な光景に眼前にまで迫って来たオーク達も足を止め、警戒感を露わにしている。
これは……エネルギー変換型のナノマシン!?。
その赤い光は私が扱う物と同じ、あの世界の技術で作られた微細な粒子サイズのマシンだった。変換型のナノマシンは宙域戦闘の際に私の様な戦闘用アンドロイドが使用するエネルギー補助目的の装備品だ。ライフルやランチャー、白兵戦時において戦闘が長引けば真っ先に直面するのは武装の枯渇、ミサイルや実弾のみならずエネルギーを使用する兵器であってもそれは同じだ。
高出力の威力による攻撃が必要な相手、特に艦隊等を相手にする際にはエネルギー補助を目的にした装備は必要不可欠。それを解消する為に生まれたのが大気変換型ナノマシンだった。
存在する空気中のあらゆる成分を武装の出力増大やシールド展開に必要なエネルギーへと変え、その力を持って戦闘をより有利に進めていく……。
そんな……そんな筈はない!……どうしてこの人は……私達の世界の技術を!?……。
「……やはりコレについて、お前は知っているな?……」
「ッ……なぜ、貴女はそんな物を!?……」
「話はアイツ等を焼き払ってからだ!私の傍から離れるな、理屈は分からないがコレが展開している間はこの赤い霧が私達を守ってくれる!」
気が付けば、赤いカーテンの様な光が円形に広がり私達の前後左右を守る。
マーキングによるシールド展開……いったいどうして!?この人は……この人は何者……!?。
前方では再び前進を開始したオークと呼ばれる怪物の群れがもうすぐ側まで迫って来ている。しかし、彼等に対する焦りはない……大気変換ナノマシンにより出力の上がった兵器の威力を私は誰よりも知っているからだ……。
凄まじい熱量の火柱が掲げた剣から立ち昇り、天に届くのではないかという長さにまでそのエネルギーは増大した。そこで私は彼女が何故魔導師を退避させたのかを理解する。
恐らく、彼女の側に居ると魔導師の持つ魔力までもが変換ナノマシンにより吸収されてしまい魔術を扱う事が出来なくってしまうからだ。剣に取り付けられた魔石だけでなく、周囲の酸素すら吸収し赤い光は輝きを増してく。
やがて、その溜まりに溜まった膨大な魔力を一気に放出するように彼女は絶叫する。
「燃え尽きろぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」
目の前に迫り巨大な斧を振るおうとしたオークのその肉体を縦から両断するように、巨大な炎の刃と化した魔剣の一撃が振り下ろされた。
網膜が溶ける様な光熱と真っ赤な眩い光に思わず目を閉じる。まるで、核爆発様な膨大な熱と光が発生し目の前の侵略者へと襲い掛かる。
目を開ける事は出来ないものの、私は確信する。
これを受けて生きている存在など居ないだろうと……。
−−−−−−−
「な、何っ!?……」
突如、地面を揺らす轟音が聞こえたと思ったら奇妙な事が起きた。
治療を行う私達は城塞の外に居た。轟音に目を向けると、建物を挟んだ反対側が真っ赤に光り火の粉がパラパラと舞っていた。眩い光に思わず目を背けると、私の横で治療の手順を手解きしてくれた白いローブを纏ったおじさんが叫ぶ。
「直接見ない方がいい!目がおかしくなるぞ!」
「あ、あれは何なの!?」
「クリスティーヌ様の持つ魔導兵器だよ!あの方が扱う剣ならインフェルノ・ゼロすら凌ぐような炎の術が扱えるのさ!」
「ま、魔術!?あれが!?……」
もう一度見ようとしたが、瞼越しでも熱と痛みに襲われ再び顔を背けた。
あれが……魔術?……前に戦ったゴーレムの使った炎の魔術より桁違いに凄まじい……。
あの女……いったい何者なのよ!?。
ようやく光が収まり目を開けると、建物の向こう側からはその城塞全体を包む様な膨大な量の白煙が上がっていた。
それを見た周囲の誰もが再び彼女の名前を口にし歓声を上げる。
“クリスティーヌ様、万歳!”
“我らに導きを、我らに祝福を!クリスティーヌ様、万歳!”
私は理解する。彼女がここまで皆に慕われているのは外見の美しさや力強い言葉だけではない、一人で地獄の様な戦況すら変えてしまう程の圧倒的な実力があってこそあのクリスティーヌ・バンゼッティという女は若々しいあの年齢でこの西部を支配する女王になったのだ。
私は暫し呆然としながら彼女の名を叫び続ける彼等を見つめた。
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「……どうだ?我が秘剣、“スパーダ”の威力は……」
「……どうして……貴女は……」
目の前に広がっていたのはあらゆる物が焼き尽くされ、白煙を上げる荒れ果てた大地だった。津波の様なオークの群れも、草木に至るまで全てが焼け……まるで巨大な手がその空間をごっそりと掴み取っていった様な奇妙な光景が広がっていた。
剣を鞘へ納めると、彼女は唖然とする私の顎を持ち上げ悪戯っぽく笑う。
「……もっと私に興味が湧いてきただろう?……お前の反応は明らかに何かを知っている様だった……」
「……聞きたい事は……山ほどあります……」
「それは戻ってから話すとしよう……なかなか私も多忙な身でな……」
そう言い残すと彼女は静かに足を扉へと向けて歩き出す。二階からは戦闘が終わった事を確認し身を起こした兵士達がその想像すら出来ない威力で放出された魔力の凄まじさを目の当たりにし放心状態で立ち尽くしていた。
……エネルギー変換ナノマシンはあの時代の中でも一部のアンドロイドにしか備え付けられていない機能だ。それを何故、こんな世界のあんな人間が……。
頭痛すら感じそうな混乱を抱きつつ、私は彼女の背中を追った。
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二人が廊下を抜けて負傷者達の治療が行われている外へと姿を覗かせた瞬間、その場から大地を割るような歓声と彼女を称える拍手が巻き起こる。
自分の名を呼び感謝と敬意を向ける彼等を片手で制すると、引き締めた表情でクリスティーヌは声を上げる。
「よくぞ持ち堪えてくれた!ラゴウに徴兵されたオーク共もこれで我が城に近付く事の恐ろしさをその身に刻んだ事だろう!いざとなれば躊躇わずに私を頼れ!心血を捧げる覚悟を持った同胞を私は決して無下にする事はない!」
それを聞き再度周囲は熱狂に包まれた。
“クリスティーヌ様、万歳!”
そんな声を上げる彼等に片手を上げ応えるとクリスティーヌはゆっくりと待機していた馬車の扉を開け中へと乗り込んだ。
それに続いてアヴィとサシャも中へと乗り込んでいく。
馬車が動き出し暫く経っても、彼女を称える大合唱は響き続けていた。




