殲滅のマタドール:25話 火種
「元々ベアルゴとは度々小規模な小競り合いが続き、いつ本格的な戦闘が始まっても不思議ではない状態だった……乾燥した枯れ葉や枝の積もった山の中では些細な火種が大火事を起こす。……だから火種はほんの小さくても構わない……」
「……あの戦争は確か10年近く前だったかしら……アニィが亡くなってすぐの年だったと思う……」
「ああ、11年前だ……国境を警備していたベアルゴ側へ突如一本の矢が飛来し兵の首を貫いた。彼の死をきっかけに批難の応酬を得て本格的な開戦へと至ったんだ……聞けばメルキオのある弓兵隊が訓練を行っていたらしいが不幸にも国境線近くで訓練を行っていた為に事故が起きてしまったようだな……」
「……本当に事故なの?……貴女の口振りだと怪しいわね……」
「さあ、真相は知っていても話はしないさ……今となっては誰も触りたがらない事だからな……」
その戦争の事は私の記憶にも新しい出来事だ。村へやって来る商人達が慌て、動揺していたのを思い出す。東部から逃げてきたという商人もかなり多かった気がする……。
正反対の地方で、しかも人間同士の戦争という事もあり皆冷ややかな様子で話していたっけ……。
それにしても、今は西部の司令官であるこの女がまさか東部のあの戦争を戦っていたとは思わなかった。いくら優秀な騎士の名家の出身者とはいえ、そこまでの地位に昇ったからには相当な手柄を立てたのだろう。
私は極力嫌味に聞こえる様な口調で言った。
「結構な手柄を立てたのね、何せ今ではこの“お城”の主なんだもの……」
「そこそこ活躍したに過ぎんさ……敵の魔導師を二百人ほど、巻き添えになった敵の騎士も含めればざっと三千人ほどは殺したな……」
具体的な数字まで挙げられると、さすがに私は息を飲まざるを得なかった。さも当然の様に語っているもののそれだけの数の人間を殺してきたのだ……私の暮らしてきたあの村を数十個並べても足りない程の人数だ。
今更になってこの女に対する恐怖心が湧き上がり、顔が青ざめていくのを感じながら私は視線をすぐに外した。
そんな私の横でアヴィは眉を潜めながら何か考え込んでいる様子だった。そして、私とは違い恐怖心など微塵も感じていない様な表情で言った。
「……その人数となると……貴女は魔導師を憎んでいながらも魔術の力に頼ったのですか?……」
それを聞いた女は実に嬉しそうに笑顔を浮かべアヴィの前へと駆け寄ると、まるで玩具を自慢する子供の様な顔をして言い放つ。
「よく聞いてくれた!実は戦争が始まる前に妙な女と出会ってな!」
「……妙な……女?……」
「ああ、彼女から手渡されのがこの−−−−」
その時、慌ただしい足音と共に執務室の扉が開かれた。
「ほ、報告します!城塞中央より更に西、ラゴウ側の建設現場で戦闘が発生!死傷者多数!オーク共の襲撃です!」
息を切らせて飛び込んで来た鎧を纏った騎士は彼女に報告すると、扉の前で跪き指示を仰いだ。
女は表情を引き締めて言い放つ。
「前線に出ている攻撃魔術を扱う魔導士は全て退避させよ!私が直接叩く!」
「し、司令自らですか!?」
「ああ、私が出れば士気も上がるだろう?書類仕事と報告ばかりでは私も気が滅入るのでな……」
「は、はっ!!直ちに司令が現場に向かう事を通信石を通し伝えます!……くれぐれもお気を付けて!」
そう語る騎士の表情は先程までとはうって変わり、明るくなっていた。
戦争という行為と程遠い立場にあった私でも感じ取れるぐらい、この女が兵の誰もに慕われているのが分かった。慌ただしく駆けて行く騎士の背中を見送ると、彼女は自信に満ち溢れた顔で私達に提案する。
「どうだ、二人とも……今起きている戦争の最前線を見て行かないか?」
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その場所が近付くにつれ、二人は濃厚な死の気配を感じ取り馬車の中で顔を俯かせた。
中央に位置するその場所から馬車に乗り込み建造中の要塞の工事現場を駆け抜けて一時間ほど、其処が今回の戦場となっていた。停まった馬車の戸を蹴り開けるようにして外へ飛び出した軍服を着込む麗人は周囲を包み込む濃厚な死の臭い一切動じる事無く息を吸うと、周囲で呆然と目を見開く負傷者達へよく通る声で叫んだ。
「遅れてすまない!よく今まで持ち堪えてくれた!これより私が最前線に赴き剣を振るう!」
その声を聞いた負傷者、治癒魔導士、そして忙しなく動き救助活動を行う使用人の誰もが目を輝かせた。
期待と渇望、そして余りある感謝を一身に受けながら西方の女傑は足を進めて行く。
軽傷の者は勿論、体の半分が千切れかかるような生死の境を彷徨う者までもが彼女の名を口にし、そして称えた。
そのカリスマが齎す熱狂が、死地の戦場に響き渡った。
”クリスティーヌ様!万歳!”
異様な熱気に包まれたその場の空気に戸惑いつつ馬車から降りた二人へ即座にクリスティーヌは指示を飛ばす。
「サシャ!お前はウンディーネの魔術を扱えるな!?」
「え、ええっ!使えるわ!」
「お前はこの場で負傷者の治療を行え!腕や足の負傷なら後回しにしろ!私の兵はそんな程度で倒れる程ヤワじゃない!」
「え、えっと……その……」
目の前で苦しむ大勢の負傷者を前にして放心するサシャを白いローブを纏ったヒーラーの一人が首根っこを掴むと引きずって行った。そして、救える見込みがある負傷者について指示を飛ばす。
それを見て笑みを浮かべると、続けて立ち尽くすアヴィに向けて女傑は鋭い声で言い放つ。
「アヴィ!私に付いて来い!」
「え、えっ!?」
「どうした!お前はゴリアテを潰せる程の戦力を持っているんだろう!?前線で兵を守れ!」
「ま、待ってください!私は!……」
有無を言わさずという様子で戸惑うアヴィの手を掴むとクリスティーヌは駆け出した。開かれた要塞の扉から廊下へと駆けると、そこで血塗れの黒いローブを纏った魔導士が声を掛ける。
「し、司令!敵は猛攻を仕掛けて来ています!」
「ああ、分かってる!だから私が来た!状況は!?」
「武装したオークが多数!連中はラゴウの送り込んだ”徴兵済み”のオークです!組織的な動きを展開し、総攻撃を仕掛けて来ています!」
「了解だ!魔導士は全て撤退したな!?」
「は、はいっ!私が最後です!」
そこでクリスティーヌは彼の肩を優しく叩く。ただそれだけで、心から敬愛する人物が自分を労っているのだと気付くと彼は胸に手を当て敬礼した後に足早にその場を立ち去った。
駆け出した彼女の背中を追いながらアヴィは叫ぶように聞いた。
「なぜ、魔導士を退かせるのですか!?敵の総攻撃があるなら攻撃魔術は有効な筈です!」
「やはりお前は戦争を戦ってきたな!その理由は後で話す!いいから付いて来い!」
二人は阿鼻叫喚の地獄が広がる要塞の廊下を駆け抜け、やがて騒がしい音の聞こえる大きな扉の前に立った。
その音は、戦争の音だ。
敵と味方がぶつかり、殺し合い、命を削る戦の音だった。
大きな戦斧を持つ重武装の騎士が胸に手を当て敬礼する中、女はその大きく分厚い鉄製の扉を開け放つとアヴィへ言った。
「ようこそ!戦争へ!」
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